あたしは『のび太』に初恋を奪われた
藍条森也
一章 『のび太』に恋するプロローグ
「
中学二年の春の昼休み。あたし、
このときのあたしはもちろん、知らなかった。
この一言があたしの人生をかえることになるなんて。そして、スクールカースト最上位女子として、校内ではちょっとは知られた存在だったあたしが、最下層男子である『のび太』に恋をするなんて。
《あたしは『のび太』に初恋を奪われた》
岐阜という田舎の県の、そのまた田舎。白川郷のほど近くって言えばだいたいのところはわかってもらえるかな。なんとかの世界遺産に登録されて有名だそうだから。
あたしの通う中学校はそこにある。田舎の中学校にしては生徒の数も多くて、レベルも高い方だったりする。もちろん、あくまでも『田舎にしては』ってことで、都会の本物のマンモス校とか、進学校には及びもつかないけどね。
とにかく、そこがあたしの学校。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ったことを口実に、『のび太』から逃げ出して教室に戻ったあたしに、ひとりの女子生徒がよってきた。
「
「
「シイッ! 声が大きいっ!」
あたしはあわてて
「うちの学校は『あだ名はイジメにつながる』って、あだ名禁止なんだから。先生に聞かれたら叱られちゃうよ」
「そうだった」
って、
「でもさあ」
『のび太』はどう見ても『のび太』じゃない。みんな、陰ではそう呼んでるよ。
「うっ……。ま、まあ、それはそうなんだけどね」
それを言われると弱い。
たしかに、あたしも普段から
……いや、だって、どこからどう見てものび太なんだもの!
背は低いし、体格は貧弱だし、力は女子よりも弱い。色気というものを完全に無視した、短く刈りあげた髪型に丸メガネ。顔立ちは地味で平凡。成績も悪い。運動も苦手。いやもう、どこからどう見てものび太そのもの。あまりにものび太振りが板についているので逆に目立つ。ある意味、校内屈指の有名人。なにしろ、『
「ああ、あいつか」
って、誰もがうなずく。
あだ名を禁止している側の先生たちでさえ、うっかり気を抜くと『のび太』って呼んでいる。本人はそう呼ばれても別に、気にしていないみたいだけど。
まあ、あたしの『
ボッチキャラなのは確かだけど、『我が道を行く』というか、そんなところがある。教室でもどこでも堂々とひとりでいる。だから、クラスの陽キャたちからもイジられたりすることはないんだけどね。
「でもさあ……」
「『のび太』って、ドルヲタなんでしょう?」
「……そうみたいね」
たしかに。『のび太』のやつはよくひとりでアイドルの動画を見ている。『のび太』とは二年になってから別のクラスになったけど、一年のときは同じクラスだった。最初の頃はそうでもなかったはずなんだけど、気がついたらしょっちゅう、アイドルの動画を見ているようになっていた。
――ドルヲタで三次元に興味がないから、いつも堂々とひとりでいるのかな?
あたしはそう思ったけど、
「スクールカースト最下層のボッチの上にドルヲタだなんて……本物ののび太よりヤバいじゃん。そんなやつに告白されたなんて知られたら、
「いや、告白なんかじゃなかったから」
あたしはそう言ったけど、
いや、まわりによってたかって転落させられる。一夜にして立場が逆転し、まわりからバカにされ、イジられる対象となってしまうのだ。
それが、スクールカーストの怖さ。だから、あたしとしても正直、『のび太』とは関わりたくないし、いままで関わらずにいたんだけど……。
その『のび太』が『あんなこと』を言うなんて。
いまだに、言われたときの驚きがなくならない。
「でも、校舎裏のサクラの木の下に呼び出されたんでしょう? 我が校伝統の告白スポットじゃない」と、
「それは、そうなんだけど……」
あの『のび太』が、そんなことを知っているとは思えない。
「とにかく。告白なんかじゃなかったから」
「じゃあ、なんだったの?」
あたしは答えに困った。『あれ』はいったい、なんて言えばいいんだろう?
「なんて言うか……将来に関する相談というか」
「将来?」
「先生が来たよ!」
誰かの声がした。その声に――。
あたしと
午後の授業が終わり、あたしと
自分の席に座ってスマホを取り出し、大真面目に画面に見入っていた。かすかに女の子の歌声が聞こえてくる。アイドルの動画を見ているんだろう。
――やっぱり、あいつって、ただのドルヲタなの? だから、あたしに『あんなこと』を言ったわけ?
あたしはそう思いながら
「あのふたり、また一緒だな。仲良いよなあ」
「
「くうっ~、うらやましい! おれも
「そうか? おれは
「げっ、マジかよ」
「いや、だって、
「まあ、たしかにな。メガネのせいで地味に見えるけど、よく見ればけっこうかわいいし、成績もそこそこいいし。
「それに、性格もいいんだぜ。おれみたいなふつ~の中学生にも気さくに声かけてくれるしさ」
そろそろ色気づいた年頃の男子たちが好き勝手なことを言っている。こんな風に男子の品定めの対象になるっていうのは正直、気分はあまりよくない。
そりゃあ、まあね。あたしは校内でもかわいい方だって自分でもわかってるけど、でも、それだけでスクールカースト上位にいられるわけじゃない。地位を手に入れるためにはそれなりの苦労がつきもの。
毎日まいにち早起きして鏡と格闘してるし、スタイルが崩れないよう食事にも気を使ってるし、運動もしている。ファッション雑誌だってチェックしているし、校内での話題についていけるよう、注目の動画やYouTuberを見ることも欠かせない。
もちろん、成績が悪かったら話にならないから勉強だってしなくちゃいけないし、部活での実績も必要だからダンス部にも入った。……別に好きなわけでもないのに。
それらの努力の甲斐あってスクールカースト上位に入っていられる。そのおかげで安心して学校生活を送っていられる。それは確かなんだけど……。
スクールカースト。
どこまで行ってもスクールカースト。
スクールカーストからは逃げられない。中学を卒業するまで。ううん。中学を卒業したら今度は高校。スクールカーストの存在はもっと大きく、重くなる。その上位にいるおかげで誰にも攻撃されず、イジられず、安心して学校生活を送れるのは事実だけど……。
これからもずっと、こんな毎日がつづくのかと思うとさすがにうんざりする。
――小学校の頃はもっと気楽だったんだけどなあ。
カーストなんて気にせずかわい子も、かわいくない子も、勉強のできる子も、できない子も、それなりに一緒にいて楽しく過ごしていたんだけど。
中学に入った途端、バキッ! って、音を立ててわかれちゃった。そしてもう、そこからは逃げられない……。
あたしは思わず、溜め息をついてしまった。
「どうかした、
そんなあたしを心配して、
「あ、な、なんでもないから……!」
「そう? ならいいけど……」
こう言う、わりとあっさりしたところが
――そうだよね。あたしには
あたしは気を取り直した。胸を張って
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