「シエラ!!なぜお主まで此処まで来たのじゃ!!」


「敵の情勢を見たうえで判断いたしました!大丈夫、城の守りはガーネット様とおじ様が引き受けてくださいました!」



一方、前線は最前線にグスタフ、その後方にヨハネ。そしてそのやや後方にシエラ隊という布陣となっていた。


「……あちらの方は?」


「彼はグスタフ。ローランド王子じゃ。……なんじゃ、初対面かえ?」



シエラが最前線に立つ男のことをヨハネに訊ねると、予想外の言葉が返ってきた。


「グスタフ……。あ、あぁ……よーく覚えていますわ。そうですか……彼は、グスタフなのですね……。」



幼少期の苦い記憶が蘇る。


いつもいつも、シエラに悪戯をしてきた悪ガキがいた。

ドレスの中に虫を入れてシエラを驚かせたり、お気に入りの靴をわざと木の枝に引っ掛けたり……。


少年期には、剣士を目指そうとしたシエラに、


「女が剣士になんてなれるわけないだろ!恥かく前にやめておけ!」


などといちいち絡んできたものだ。

だからこそ、シエラの負けず嫌いの性格に火をつけたと言っても過言ではないのだが。



「……しかし、ちゃんと強くなったんですわね、彼……。」


それから約10年ほどは、グスタフと顔を合わせることは無かったのだが、久しぶりに見る彼は、大軍相手に一歩も引けを取らない、屈強な戦士となっていた。



「……お?もしや、幼馴染の恋の予感……」


「ありません!!」



ヨハネの冷やかしに、シエラは少々不機嫌になりながら答える。


「……少しずつ、後退していますわね。昔のように、戦術無視の戦い方でないだけ安心しました。ヨハネ様、彼と私の隊が合流したら、このまま攻めましょう。私たちがアンデット兵たちを減らしますので、ヨハネ様は彼女を……。」



シエラとヨハネの視線の先にはセラがいる。

現状、彼女と互角以上に戦えるのはヨハネだけである。

それをシエラは判断し、援護に回ることを決めたのだ。



「……うむ。じゃが妾も敵を減らそう。あの数は多すぎる。」


「いえ、ヨハネ様は出来る限り魔力の温存を。消耗したまま勝てる手合いではありませんわ、きっと……。」



そういうシエラの脳裏に、一瞬ゼロの後姿が浮かぶ。


(こんな時、彼がいてくれたら……。)


もし、この前線にゼロがいたなら、即座にグスタフと連携しアンデット兵の討伐にあたり、シエラは回復・補助をしながらヨハネの魔力も温存できたであろう。


(……ゼロはゼロなりに頑張っているはず。私がこんなことで音を上げるわけにはいかない!!)


城下で顔を合わせた時、ゼロは自分の今回の役割に納得し、そして『心配するな』と笑顔を向けてくれた。

シエラの仕事はそんなゼロとローランドの民たちを、守り切ったこの地に無事、迎え入れること。



「ヨハネ様、行きましょう!……魔法剣士の皆さん、ヨハネ様と王子殿下を援護しながら進みます!」



そして、シエラは魔法剣士たちと共に、まずはグスタフの援護へと向かう。


「ご無事ですか!?」


横に広がりながら進軍してくるアンデット兵たちを、グスタフが対処できる範囲まで処理しながら、ようやくシエラ隊はグスタフのもとまでたどり着いた。



「援軍か!ありがたい!!」



グスタフは、少しずつ後退しながら、シエラ隊と合流する。



「独りでこの大軍を相手にするなんて無茶ですわ!私と魔法剣士の軍で援護します!」



グスタフは、隊を率いているのが女性であることに驚き、振り返る。



「…………。」



そして、シエラの姿を確認すると、少しだけ動きを止めて考え込み……。




「お嬢さん!あなたこそここは戦場だ!誰も情けはかけてくれないぞ!!」



大きな声でシエラにそう言った。

そんなグスタフに、シエラは思わず苦笑い。



(私のこと……覚えていなかったのですね……。まぁ、彼らしいと言えばらしいのですが……。)



しかし、この場で名乗ってしまってはいろいろと面倒なことになりそうなので、ここは敢えて名乗らず、『魔法騎士団の隊長』として通すことにした。



「お気遣い、痛み入りますわ。しかしここは戦場。私もこの場に来ている以上、情けは無用だと思っています。何より、一国の王子が単身で大軍に挑み、戦死するとあらば、騎士として最大の失態……!」



シエラが上手く取り繕ってグスタフと話す。が……。



「そうか騎士か!!ではある程度頼りにさせてもらおう!!しかし、この場は退くのだ!」


グスタフはそれでも、シエラに退くことを指示する。



(本当に……頑固な方ですね……。)


「ならば王子殿下もお退き下さい!体勢を立て直し、相手の数を減らしながら勝機を窺いましょう!」



シエラは、グスタフの性格が変わっていないことに苦笑いを浮かべながらも、戦術的な進言をする。



「大丈夫だ、俺は死なない!!……だが、俺もある場所まではちゃんと後退する!だから先に退け!!」



グスタフは、シエラの進言にそう答えた。

その答えに、シエラの方が驚いた。


(退く……ですって!?彼がそんなことを言うなんて信じられない……。)



いつだって自分の力を信じ、敵に後ろを見せまいと退くことをしなかったグスタフ。

そんなグスタフが、自らの口で『退く』と言ったのだ。驚かないわけが無い。




「今いる地点は、スナイパーの射程圏外だ。もう少し退くことで彼らの射程圏内に入れば、援護を受けながら戦える。敵軍も前がかりになればその分、縦に伸びるからな!!」


「あ……!!」




シエラは、自分の耳を疑った。


グスタフが単身、最前線で戦っていたのは、戦術的な理由があったのだ。

シエラ隊が来るまでは、背後にはヨハネ独り。少々無理をしてでもヨハネへの攻撃を減らし、敵をグスタフの前方で足止めする必要があった。


しかし、シエラ隊の合流により、ヨハネを守る負担は軽減した。

今度は敵軍の数を減らすことを念頭に置き、少しだけ後退することで弓騎士たちの援護を受け、効率よく敵と戦う方法を選んだのだ。



「もしかして……最初から敵の陣形に合わせて戦っていたということ……ですか?」



驚きを隠せないまま、シエラがグスタフに問う。




「……俺はこの国を守るんだ。少しでも無駄は省いておきたい。敵の進軍に右往左往しながら後手に回るのが許せない。それだけだ。」



国を思う、王子の言葉。その言葉で、シエラのグスタフに対する過去の苦手意識が吹き飛んだ。



「ゆっくりとゆっくりと弓騎士団の射程内まで下がります。下がりながらも王子殿下を援護し、城に向かおうとする飛兵たちは掃討します!」



そして、シエラはグスタフより先に後退を開始。



シエラがグスタフを独りの将として認めた瞬間だった。




――――――――――――――――




一方、城の城壁の上から戦況を見守りつつ、飛来する飛兵たちを撃ち落としているガーネット率いる弓騎士団。


彼女たちの活躍で、未だ敵の城下への侵入を許していない。



「一瞬足りとも気を抜くな!疲労の色が濃いものは屋内に入り、救護隊の回復を受けてから再び戦線に入れ!!」



いちばん高いところから、最も敵を撃ち落としているのが、隊長であるガーネット。

その狙撃力は群を抜いていて、他の弓騎士達よりもはるか後方の敵を撃ち落としていた。



「……ん?」



そんなガーネットが、敵軍の中に異変を発見する。



「あの一部だけ、敵軍が……少ない。」



ローランド国軍と比べ2倍以上のアガレス軍。

その半数はアンデット兵で構成されており、数が減れば敵の祈祷師たちが次々と召喚していく。


言わば無尽蔵の敵軍。

しかし、こちらも負けてはいない。


グスタフ、ヨハネ共に一度に数百、数千の敵を倒すだけの力を持っているし、シエラ率いる魔法剣士の隊は、アンデット戦に特化した部隊。

数的不利など感じることは無いだろう。

しかし、ガーネットが感じた異変は、その『数の問題』ではなかった。



次々と迫り来る軍勢の中で、ガーネットが気になった部分だけ、極端に兵が少ないのだ。

しかし、その場所は、敵将であるセラのいる中央やや後方。


軍としては、将のいる中央を重点的に守るのが基本。

その基本からかけ離れた、兵の薄さ。



「もしかしたら……。」



そして、ガーネットはある仮説を立てる。



「伝令!!」


ガーネットは伝令の兵を一人呼ぶ。


「はっ!!」


「前線はおそらく、我が弓騎士団の援護を受けつつ一時防戦し、頃合いを見て敵将のいる中央を突破する作戦のようだが……、おそらくその中央には敵将の右腕……いや、同等クラスの兵がいる。私の思い過ごしならいいのだが、念のため、殿下に伝えてはくれないか?」



このところ、ゼロやシエラ、ヨハネが目立ち戦ってきた中、ガーネットはずっと援護に回ってきた。

そんな彼女は、今回の戦いでも援護の役割ゆえ、他の自軍の将より目立った活躍こそないものの、その真価は『戦況の把握能力』と『危険察知』。


戦場の両軍の動きや地形を離れたところから観察し、そしてその流れから両軍の動きを予測し、そこから自軍にとって有効な援護射撃をする。


ガーネットの働きがあるからこそ、ローランドは野盗や魔物の襲撃に遭いながらも無傷であったのだ。



「ゼロのいない我が軍。敵将と同じクラスの将が現れたら、対抗しうる将はシエラ様と王子殿下のみ……。王族に頼らなければならない、など騎士の名折れ……。何とか策を考えなければ……。」



自分の狙撃能力で出来ること、それをガーネットは模索した。


「伝令!!敵将後方に異変あり!!ガーネット様より注意するようにとの伝令を賜っております!!」



ガーネットの放った伝令は、直ぐにヨハネのもとにたどり着いた。


「異変……じゃと?」


「はっ!本来ならば厚みを持たせるはずの敵陣中央が、異様に薄いとのこと。確かではありませんが、隊長クラス……または将軍クラスの敵が控えているかもしれないとガーネット様の予測であります!」



伝令が、ガーネットの懸念していたことを正確にヨハネに伝える。


「セラが背中を任せるに値する将……という事か。」



ヨハネは、ガーネットの言葉を信じ、少しずつ後退してくるグスタフとシエラ軍に早めに合流しようと前進する。


そこで、ヨハネは異変を感じた。



(……魔力を感じない……。その『敵将』とやらもアンデットなのか?だとしたら、セラは将軍クラスのアンデットを自在に生成できる……?)



ヨハネに不安が走る。

現在の敵軍は、雑兵だからこそ被害なく駆逐できているが、これが将軍クラスの軍勢だとしたら、さすがのヨハネ達でも城下への侵入を防ぐ事は出来ないだろう。



「出来るだけ早く、セラを沈黙させなければ、この戦いは勝てぬ、という事じゃな……!」



とにかく対策の一手を打ちたいヨハネは、シエラの姿を見つけると一気に飛んだ。



「……ヨハネ様!?」


シエラもヨハネの魔力を感じて振り返る。

ヨハネが迫り来る速度で、緊急性を悟ったのか、降り立った先に素早く駆け寄る。



「どうしたのですか!?」


「……つくづく、察しの良い娘で助かるわい。……伝令じゃ。あのセラの後方には、将軍クラスの兵がいるらしい。魔力を感じぬゆえ、アンデットかも知れぬ。しかし、アンデットだとしたら……。」


「……将軍クラスの兵を、敵軍は自在に生成可能、という事ですね……。」



ヨハネの言葉の意味を即座に解釈し、理解するシエラ。



「うむ。出来るだけ素早くセラを沈黙させねば、こちらの被害が大きくなりそうじゃ……。」


「難しい戦いになりましたわ……。」



深刻な表情で敵軍の方向を見据えるヨハネとシエラ。



「なに、中央が手薄なのであれば、中央突破すればいいではないか。」



そんな中、口を開いたグスタフ。


「……その中央には、将が2人いるのですよ?安易に突破しても……。」


「こちらは3人。あちらは2人。こちらの方が1人多いではないか。」



一体何を心配しているのか?

そう言いたげな、グスタフの表情。



「指揮官と、背後の将に1人ずつ。もう1人は分が悪そうな味方の援護。それでいいではないか。雑魚が背後に逸れても、ガーネットの隊がいる。それで防ぎきれなくても、最後にはオヤジがいる。年老いたが『戦鬼』と恐れられたオヤジだ。そうそう負けはせんだろう。」



グスタフの自信たっぷりな意見。

その自信にあふれた言葉に……。



「……確かにそうじゃの。妾はこの戦況をちと深刻に考えすぎた様じゃ。」



ヨハネがにやりと笑い、頷いた。



――――――――――――――



その一方で。


アガレス軍の陣営に動きがあった。



「なぁ、小娘よぉ。俺の出番はまだかよ?」


大柄の戦士が、セラを『小娘』と呼ぶ。


「もともと、貴方の出番などないと言ったはずです。私だけで充分、敵軍を殲滅できる。」


小娘と呼ばれたセラが、心底不機嫌そうに大男に言う。


「あんた……可愛い顔して酷いこと言うよな~。魔導士って言う人種はみんな口が悪いのか?え?」



冷淡に話すセラの口ぶりを、まるで楽しむように戦士が笑う。


「でもよ……今回はちょっと激しい戦いになりそうじゃねぇか?敵軍の将……俺も知ってるが、一筋縄ではいかねぇぜ?特にあの魔導士……アレは曲者だ。」


戦士がヨハネを指さし、不機嫌そうな表情を見せる。

そんな戦士を一瞥し、セラが答える。


「……そんな事、分かっています。」


両軍を通して、ヨハネのことを一番分かっているのはセラ。

自分でそう思っているだけに、セラはヨハネのことを他の誰かに語られることに嫌悪感を感じた。



「……あのガキがいねぇな。逃げたか、死んだか?」


戦士が戦場を見渡し、小さな声で呟く。


「……あの、ガキ?」


「あー、俺のおもちゃ。まぁ、でも替わりが居そうだからな、今回はそっちで楽しませてもらうとするぜ。」



戦士が、最前線にいるグスタフを見て、にやりと笑う。



「ちょっと待ってください。私は貴方に助力を求めたつもりも、出撃を許可した覚えもありません。余計なことは……。」



強引に出撃しようとした戦士に、セラが釘を刺す。



「……俺が勘違いしていると?……お前も、勘違いするあよな、セラ。」



セラの言葉に、戦士はセラのすぐ眼前に立ち、見下ろすようにその小柄な身体を睨みつける。



「俺はお前の部下じゃねぇ。同じ『四将』なんだ。いちいちお前の指図を受ける立場じゃねえんだよ。お前の部隊に参入した覚えはねぇし、俺は俺で勝手にやる。邪魔するなら……お前でも、殺すぜ?」



その、野獣のような視線に殺意を感じる。



「……なら、好きになさい。こちらも貴方の援護はしません。せいぜい自由に戦えばいいわ。『四将』の力、見させていただきます。ゼルド。」




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