「始まったか……。」



グスタフが放った、炎を纏った一撃を、遠くローランド城の物見塔から肉眼で確認し、ガーネットは周囲に視線を散らす。



(まさか……最前線に王子がいるとは思わなかったが、我が軍の士気が上がるのは必然となった。あとはどうやって王子とヨハネ様を援護しつつ、部隊の足並みを整えるか……)



弓兵と、弓の熟練度の高い弓騎士で編成された、ガーネットの弓騎士団。

ローランドの誇る、最強の矢であり盾である騎士団である。


遥か遠方から敵の行動を牽制し、しかも足止めだけではなく実際に敵を仕留める力も有するローランド弓騎士団は、大陸各国を唸らせる存在であった。



その中心にいるのがガーネット。


彼女は、狙撃手にとっての最高の称号『スナイパー』の称号を冠する、まさに弓の達人。


このローランド城の物見塔からであれば、城下の門付近までの距離であれば、確実に敵の急所を射抜くことが出来る。


ローランドの弓騎士たちのとっても、ガーネットの射撃術はもはや『神の領域』なのである。



(まずは……王子が討ち洩らした敵兵の牽制……。)



その城下の門より遥かに先。

豆粒程度しか見えない対象に向かい、ガーネットは弓を引き絞る。



その光景を、弓騎士たちが見守る。



「出るぞ……ガーネット様の『神の矢』が……。」



数本の矢を一度に持ち、一斉に撃つ。

その矢は真っ直ぐ同じ方向へと飛んでいき、遠くに見える数体の敵兵の眉間をそれぞれ貫いていく。



「す……凄い。」


「次元が違う……。これが我が弓騎士団の長の力か……。」



兵たちが感嘆のため息を漏らす中。



「続け!!百中である必要はない!味方に危害を加えぬよう、そして敵の進軍速度を確実に落とすために我々は攻撃を開始する!!良いか、決して手柄を焦るな!この戦では、総力で我が国を守れればそれでよい!!」



ガーネットが塔の上から大きな声で弓騎士たちを鼓舞する。


「おぉぉぉ!!」


「ガーネット様に続け!!敵を足止めするのだ!!」



そんなガーネットの声を合図に、弓騎士団たちが一斉に攻撃を開始した。




「……ん?」


そんな状況で、ガーネットだけひとり、敵軍の中に異様な影を確認する。



「……有翼種?まさか……アンデット兵の中には翼をもつ者がいるのか……?」



鳥と見間違うほどの、小さな影。

しかし、ガーネットはその影に異変を感じていた。

その影は徐々に近づき、やがてその全容が明らかになる。



「皆の者!!上方に気をつけろ!敵兵に有翼種がいるぞ!距離感を第一に考え、距離の近い敵から攻撃するのだ!!」



即座に作戦を切り替えて対応する弓騎士団。




―――――――――――――――




一方、場内ではシエラが司祭・僧侶を集めて待機していた。



「始まりましたわね……。しかし、やはり戦争。私たちの思惑通りにはいかないようです。」



主に回復・支援の役割を引き受けたシエラ。

しかし、アンデット兵に飛兵がいたこと、そしてグスタフの登場は、良くも悪くも戦況を変えた。



「おじ様、王子様が先頭に立ったことで、敵軍の陣形が大きく広がってしまいました。王子様とヨハネ様が殆どの敵を殲滅して下さってはいますが、時間と共にふたりが消耗したら、討ち洩らしが出るかも知れません。ガーネット様の援護はありますが……ここは私も魔法剣士を従え、打って出ようと思います。」



この戦いの最大の目的は、民を守ること。

しかし、民を守ったところで大切な居住区を失っては元も子もない。

シエラは、何とか敵を城下外で掃討しようと考えたのだ。



「だがシエラ、お主は帝国の皇女……。」


「……今では亡国の皇女ですわ。今なすべきことは、『ローランド軍の将のひとりとして』、この国を出来るだけ傷つけずに守ることです。お願いします。出撃の命令を……。」



ローランド国王は、かつての戦友、皇帝ジークハルトの娘としてシエラを見ていた。

しかし、シエラ自身は、自分を『一人の魔法剣士』として覚悟を決めていたのだ。

自分の立場、危険よりも国を取る。

その姿勢たるや、まさに将そのものだった。



「……分かった。ローランドの魔法剣士を集めよう。シエラよ、その者たちを率いて城外へ。城下に敵を侵入させることの無い様、掃討作戦にあたって欲しい。」



ローランドも、シエラの覚悟の前に、もはや躊躇などしなかった。



「はっ!この聖剣シンクレアと、亡き父ジークハルトの名にかけて、全力を尽くしますわ!」



シエラは剣士らしく、恭しく国王に一礼すると、場外へと飛び出していった。



そんなシエラの後姿を見送りながら、ローランド国王はふと、考え込む。



「はて……?ジークの奴が使っていた槍も『シンクレア』だったと思ったのだが……。シンクレアは、剣もあるのか?」



英雄であった聖王ジークハルトが携えていた、光の槍。

英雄たちがそれぞれの武器を鍛えてもらった際に、名をつけた。

その時、確かにジークハルトは言っていた。


『闇を打ち払うもの・シンクレア』……と。



「まぁ……『シンクレア』の名をシエラが受け継ぎ、彼女も使いこなしているのだ。私の疑問など、栓無き事なのだろう。」



武器とは敵を倒すためだけに存在しているわけではない。

大切なものを守るためにも、武器は存在して然るべき。

ローランドは、ずっとそう思ってきたし、息子であるグスタフにもそう教えてきた。



「『シンクレア』が、シエラを守り、彼女の大切なものを守り、そして邪なるものを切り裂く光であることを、願おう……。」



ローランドは胸に手をあて、暫し祈り……。



「僧兵・司祭は私の指示で動け!バカ息子とヨハネはもちろん、ガーネット隊とシエラ隊の援護・回復まで、力の限り動くぞ!!」



直ぐに部隊を再編し、危機に対応すべく網を張った。




―――――――――――――――



そして、もうひとり。



ゼロはローランド城かの広場に民を集め、隣国エリシャに向けて出発するところだった。



「忘れ物や、大切なものがあるなら取ってくるんだ!絶対、また戻ってくるけど、もしものことはいつも考えておいた方が良い。それに、心細い時……大切にしているものが側にあれば、必ず励みになる!」



民たちの不安の言葉の数々を、ゼロは真摯に受け止め、出来るだけ不安が無いようにと気を回す。



「ゼロさん……出発、こんなに遅くても大丈夫なんですか?そろそろ……。」


心配した民がゼロに問う。



「大丈夫!!まだまだ城下に敵はこないさ。なんたって、ローランドの将はみんな、そこいらの将よりも強い。城下の民を避難させるのだって、配色が濃厚だからじゃない。近くが戦地になってるから、念のため安全のため、だ。心配すんな。またみんなでここに帰って来よう。」



ゼロは、笑顔で民たちに言う。



「ゼロ様がそう言うなら……。」


「しかし、ゼロ様が前線に出ないで、本当に勝てるんですか?」



民の不安は、まだまだ消えない。

それもそのはず。

自国で大きな戦が始まっているのだ。不安になるのも無理はない。



「あんたらさ、自分たちのこと、もっと大切にしろよ。」


ゼロが、大きなため息を吐く。



「王様が、俺を避難誘導につけたときに言ってた。民は国の宝だってな。あんたらは、王様も認める『宝』なんだ。だから、俺が責任をもって必ず、全員無事にエリシャへ逃がす。それで、また全員無事で帰ってくる。……俺の今回の仕事はな、戦うよりもずっと責任重大なんだよ!」



ゼロが大きな声で訴える。

その言葉に、涙する民も出てきた。


「ゼロ様……私たちのために、本当にありがとうございます……。」


「礼なんかいらねぇよ。またここに戻ったら、メシ……みんなで食おうぜ。それでいいや。」



民から歓声が上がる。


そしてその頃、城内から騎士たちが出てくる。


「おぉ……聖騎士と魔法剣士の隊……。」


「本気で戦うんだ……。そりゃそうだよな……。」



ゼロはその中に、シエラの姿を見つけた。

シエラと視線が交錯する。



(そんな心配そうな顔するな。ちゃんと仕事してくるからさ。)



ゼロがシエラに向かい、親指を立てると、シエラの表情が明るくなった。



「さーて、じゃぁ行くか!」


「ゼロ様、エリシャまではどのくらいで行けるんですか?」



老人や子供に速度を合わせながら移動するゼロとローランド国民達。

移動を始めておよそ1時間後、民のひとりがゼロに訊ねた。



「そうだなぁ……俺一人なら2日くらいで行けるけど、今回は老人や子供もいるからなぁ……4日はかかるんじゃないか?」


「そんなに……かかるんですね……。」


「まぁ、戦争だし、移動先は隣国だからな。そのくらいは覚悟しながら動こうぜ。」



慣れた様子でゼロは言うが、戦争というものから縁遠い民たちには、その日数が長いものに感じた。



「戦争って、実際は1年近くかかるものもあるし、もっとかかる戦いだって過去にはあった。国同士の殺し合いって言うのはすぐには終わらないし、終わらせられないんだ。そして、終わったら終わったで、負けた国は民を弔ったり、壊れた家屋を復旧したり……勝った国に賠償を払ったり、大切なものを奪われたり……。戦争なんて、良いことは何一つねぇよ。」



ゼロは将軍の弟として、そして剣士としてたくさんの戦いを体験し、また目の当たりにしてきた。


そんなゼロだからこそ、戦争の怖さ、悲しさを民に語れるのだ。



「ローランドは、戦争を自分から起こすなんてのは、先の内戦で最後に使用

この国は、土地も国も美しい。こんな国をわざわざ炎に包む必要なんて、どこにもないんだからな。だから……守ろう。これからは、この国を。」



自分の母国ではないのだが、まるで自分の国のように親身に話すゼロに。民たちの信頼感も次第に増してくる。


「私……申し訳ない話ですが、ゼロ様は結局は他国の民だろうって思ってました。もし負けそうになったら、この国を置いて居なくなってしまうのかも……って。」


「ごめんなさい、私もです……。」


「本当は、こんなに良い方なのにな……。情けないことです。」



民が口々に自分の本音を語る。

そんな民たちの様子に、ゼロは思わず吹き出してしまう。



「誰だって、そんなもんだろ。実際に俺は他国民だし、そんな奴に避難を任せようだなんて、王様もどうかしてるぜ。」


笑いながら、冗談めかすゼロ。


「でもな、俺は絶対にみんなを守るぜ。王様は違う国の人だけどさ、ガーネットも、シエラもヨハネも、みんな違う国の人間だけどさ……、みんな信頼できる『仲間』なんだ。仲間が俺を信じてこの役目をくれたんだ。俺は絶対に信頼に応えてみせるさ。」



エリシャを滅ぼされ、独りぼっちになってしまったゼロ。

そんなゼロに仲間たちは手を伸ばし、そして掴み上げてくれた。

ゼロを独りぼっちにしなかった。


口には出さないが、ゼロは仲間たちに感謝していたのだ。



「だからさ……。他所の国の剣士だけど、ローランドの民はみんな『仲間』だと俺は思ってる。頼りねぇ剣士だけど、信じてくれよな。」




ゼロの言葉に、民たちは一様に頷く。



「もちろんです。ゼロ様、私たちを導いてくれて、ありがとう……。」



移動1日目は、穏やかな雰囲気で終わろうとしていた。

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