そして翌朝。



申し合わせるでもなく謁見の間に集まったローランド国王始め国の幹部たち、そしてシエラ一行のもとに、兵より一報が入る。




「陛下!!帝国の方角に、漆黒の軍勢を確認!!数は……概算ですが、25,000……!!」



顔面蒼白な兵士。

その圧倒的な兵力を目の当たりにし、慌てている様子である。



「25,000だって!?王様、こっちの兵力は?」



ゼロが国王に問う。


「国内でも8,000が限度じゃ……。増援を呼ぶにも、隣国である帝国はすでに落ち、エリシャもまた……。」



さすがに国王も神妙な表情。

そんな中、兵士の前に歩み出たのはヨハネだった。



「……敵軍の中心に、魔導士風の女は居たか?」


「遠目で鮮明には確認できませんでしたが……おそらく、小柄な女性が一人……。」



ヨハネは、その言葉を聞くやいなや、謁見の間から出ようと歩き出す。



「……妾が出る。ローランドよ、もう一度だけ訊ねよう。『降伏する気はないな?』」



そして、扉の前で国王に向かい、ひとこと言った。

国王は、少しだけ思案したのち……



「降伏は、しない。奴らが力をもって我が国を属国としようとするなら……この身を賭して戦うのみ!!」



ローランドは国王らしく、力強く言った。

それを聞いたヨハネは、口元に笑みを浮かべる。



「意気や良し。……おそらく、このまま戦になるであろう。第一波は妾がどうにかする。ローランドや、妾がこの部屋を出たら速やかに作戦を立て、実行に移すのだ。時間が勝負ぞ!!」


「……うむ。早速、作戦に取り掛かろう。」



ヨハネが、謁見の間を出る。

それと同時に、国王が立ち上がり、指示を出す。



「ガーネットは弓騎士団を率いて場内外に展開!そなたはいちばん敵を狙いやすい位置にて指示を出すのだ!」


「御意!」



ローランドの指示を受けると、ガーネットは素早く外に出る。



「近衛騎士団、ローランド重騎士団は出撃の準備!近衛騎士団は民が避難完了後戦線に進め。重騎士団は準備が整い次第、ヨハネの援護だ!」


「はっ!!」



騎士達も準備に向かう。


「シエラや、そなたは僧兵・魔導士と共に騎士たちを援護してはくれぬか?負傷者の治療、そして援護魔法での兵の補助を頼みたい。」


「かしこまりました。」



そして、シエラも謁見の間を出ていき、中には国王とゼロだけが残る。



「ゼロの気持ちも分かるが……」


「……民の避難なら任せろ。敵軍じゃ到底追いつけないようなルートで、攻めづらい場所まで避難させる。心配するな、誰も死なせやしない。」


「……すまぬな、前線に出してやれなくて……。」


「俺の方こそ悪かった。今は俺がいちばん出来ることをやる。勝利のために!!」



ゼロは昨夜、心を決めた。

『勝利のために全員が力を合わせる』。

自分も、そのためのピースになることを決めた。



「……じゃ、行ってくる。終わったら戻ってくるからよ、酒盛りの準備も忘れずにしとけよ?」


「……剣帝の息子よ、そなたと酒を酌み交わすことを楽しみにしているぞ!」



こうして、作戦が始まる……。



―――――――――――――




「ヨハネ様、おひとりでは危険です!」



ローランド城下町の門の前。

外に出ようとするヨハネを、城下の民が必死に止めていた。



「……案ずるな。妾とて『英雄』と呼ばれた類。雑兵ごときが何人いようと敵ではないわ。それより、此処はもうすぐ戦場となる。ゼロがそなた達を安全なところへ避難させる。身の回りの大切なものを持ち、速やかに広場に集まるがよい。」



必死に止める民たちを諭すように、ヨハネは優しく言う。



「私たちは……国を失うのでしょうか……?」



心配そうに、民たちはヨハネに問う。



「ふむ……かつて大陸を救いし英雄が2人いるこの国が、簡単に落ちると申すのだな?そなた達は。」



そんな、心配そうな表情を見せる民たちに、ヨハネは少しだけ意地悪そうに微笑む。



「い、いえ、そんなことは………。」


「まぁ、自分の地が戦場になるのじゃ、不安になる気持ちも分からなくもない。じゃがの、妾は負けぬよ。何故なら……『勝ち続けているからこそ』、現世に生き永らえているのじゃから。」



それは自信たっぷりに、ヨハネは笑って見せる。

その自信にあふれたヨハネの表情に、民も少し安心したらしい。ヨハネを囲む輪を少しだけ広げた。



「なぁに、少し敵将と話をしてくるだけじゃ。上手く話がまとまれば戦にはならぬし、なったとしても妾が半分くらい兵を消し去ってやるわ。」



そう言うと、ゆっくりとヨハネは歩みを進め、前方に立ち塞がっていた大柄の男の肩をポン……と叩いた。


「ちゃんと、女子供を守ってやるのじゃぞ?」


「……分かりました。ヨハネ様も、無理はせずに……。」



そして、大柄の男もヨハネに道を譲る。



「じゃぁ、行ってくる。まぁ、安心せい。これからこの国を守るのは、現英雄と、次世代の英雄たちじゃ。大船に乗ったつもりでいるがよい。」




そして開かれた門より、外へと出た。




外へ出ると、ヨハネはすぐに転移魔法で数キロ先に跳ぶ。

遠目にローランド城が見える、国境付近の平原。



「おぉ……これは大軍じゃの。」



視察の兵が見た地点よりはるかに近く。

敵将と会話ができる距離にまで、ヨハネは跳んだ。



「……まさか、あなた様が単身で来られるとは思ってもいませんでしたわ。」



ヨハネの姿を確認すると、軍の中央に立っていた魔導士が、少しだけ前進する。



「……そやつ等に囲まれると、悪党に見えるぞ?……セラよ。」



ヨハネの里の魔導士にして、アガレス4将のひとり。

魔導士セラがそこにいた。



「あなた様ひとりという事は……降伏ではなさそうですね?」


「当たり前じゃ。……おそらくお主が軍を率いているじゃろうと思ってな……。説教に来た。」


「まぁ……。私などのために痛み入ります。」




どちらも、殺気など出さず、ただ会話をしている。

ヨハネが単身、前線に来ることを選んだのは、今回の相手はセラだから。


魔法攻撃の前に、剣士は圧倒的に不利。

そして彼女の魔力に対抗できるのは、大魔導士として名を馳せるヨハネだけだった。


「改めてお伺いいたします。……降伏は、しないのですね?」



あくまで平静に、セラがヨハネに問う。



「無論じゃ。力により絶望を生んだそなたらに降伏するわけにはいかぬ。妾達が目指しているのは、恐怖や絶望を生まぬ、国の存続。それだけじゃ。」



ヨハネは、25,000もの兵を前に怯むことなく答えた。



「……残念です。」


セラは、心底残念そうな表情を浮かべ、小さくため息を吐く。


「……もう一度、考え直していただくチャンスを与えます。言わば『最後通告』。これでダメなら、ローランドを戦場にさせていただきます。」



そのセラの瞳には、もはや慈悲の欠片も無かった。

静かに右手を上げると、500程度の兵が動き出す。



「ほう……アンデット兵か。生を持たぬものを妾にあてがうことで、仕置きでもするつもりか……?」


じわり、じわりとヨハネの方に向かってくるアンデット兵。

しかし、ヨハネは余裕の表情。

実際、500程度のアンデットなら、時間をかけずに一掃できる自信がヨハネにはあった。



……しかし、その時であった。



「まてまてまてーーーーい!!」



ヨハネとアガレス軍とが向き合う、その右側より、雄たけびをあげながら疾走するひとりの男。


「……ヨハネ様?」


「わ、妾は……知らぬぞ。」



男はあっという間にヨハネとアンデット兵の間に割って入る。



「お主!!一人では危険じゃ!!せめて妾のところまで下がれ!!」


ヨハネが間に割って入った男の背に、精一杯言葉をぶつける。

しかし、男は仁王立ちのまま、迫り来るアンデット兵たちを見据える。



「妾の話を聞かぬか!!一人では危険……」


「心配御無用!!!」



ヨハネの忠告を途中で遮るように男は声高らかに叫ぶ。

そして、背負っていた大斧を構える。



「……その斧は……!」


見慣れた斧に、ヨハネは目の前のに立つ青年が誰なのかを即座に理解した。



「お嬢さん、この私が来たからにはもう安心だ。この程度の兵力、私があっという間に蹴散らして見せましょう!!」



男は、大斧を構える腕に力を込める。



「不死人だろうと容赦はせん!!この私・ローランド王国王子グスタフと、父王より受け継いだ炎の斧・クリムゾンがある限り、負けはせぬ!!」



アンデット兵とグスタフの距離が、次第に詰まってくる。



「良いから下がれ!!先のことを考えて行動せぬか!!第一波を退けたとて、敵の総数は25,000!体力が持たない!」



ヨハネは、グスタフを止めるために近づく。



「お嬢さん、離れて!!」



グスタフは、背後に近づくヨハネを気配で察知し、自身の『射程距離外』でその場で留める。

そして、クリムゾンとグスタフが呼んだ大斧を、アンデット兵めがけて振りかざす。



「……!!!」



それは、まさに一瞬。

斧は空気を切り裂き、その摩擦熱で炎を纏い、アンデット兵たちを薙ぎ、そして燃やしていく。



「……ふふん。お嬢さん、この通り一掃できるので、体力などさほどかからんのですよ。」



自慢げな笑みを浮かべ、グスタフが第二撃を放とうと構える。



(これが、ローランドの息子・グスタフ……。なるほど、戦闘力だけならシエラやゼロをも凌ぐな……。)


ヨハネの口元に笑みが浮かんだ。



「……これは、私たちも呑気に構えている場合では無さそうですね……。」



グスタフの一撃をもって、セラの表情から余裕が消える。


「大魔導士・ヨハネ様と、炎の斧を携えし英雄の息子……。逆にここでこのふたりを倒せば、ローランド軍も弱体化できるというもの……。」



セラが、再びその手を上げる。



「波状攻撃を仕掛けます!!ネクロマンサー(死霊魔術師)達は詠唱を開始!魔力の続く限りアンデット兵を召喚し続けなさい!魔力が尽き次第後退し、ヒーラー部隊の回復してもらうように!」


「……はっ!」



セラの指示で、ネクロマンサーたちが一斉に詠唱を開始する。

それと同時に、約25,000ものアンデット兵たちが、数個の舞台に分かれてローランド王城側に迫る。



「ちっ……これだけの数、洩らさずに倒せるか……?」



ヨハネは両手に魔力を集中しながら、敵の出方を観察する。



「むぅぅ……女々しいぞ不死人共め!!目の前に好敵手がいるのだ!!真っ直ぐこちらに向かってこぬか!!」



一方のグスタフは、本気モード全開。

波のように広がりながら迫るアンデット兵たちの気を引こうと猛る。



「……アンデットじゃからの、思考能力など無かろうて……。」



避難を促したところで、おそらくグスタフは受け入れはしないだろう。

仕方なく、ヨハネはグスタフの射程圏外の敵に狙いを絞ることにする。


両手に集められた魔力。

右手は眩い光を発し、左手には炎が発生する。



「光に消し飛ぶか、灼熱の炎に焼かれるか……好きな方を選ぶがよい。」



ヨハネは無詠唱のまま、魔力の集まった両手を固く握りしめる。



「グスタフよ!妾は回復魔法は使えぬ!死なない程度に戦い、徐々に引け!城付近から城までには幾重にも作戦部隊が待機しておる!負けはせぬ。妾達だけ消耗しなくても、負けはせぬ!」



魔法発動数秒前。

ヨハネはグスタフに忠告する。



「……なるほど。ならば私は前方3,000ほど斃してから徐々に後退するとしよう。右方、左方は射程距離外だ。そちらはお任せしてもよろしいかな?お嬢さん!」


「無論じゃ。……しかし、若い男に『お嬢さん』と呼ばれるとは……気持ちの良いものじゃな。転生の秘術様様じゃわい。」



ヨハネがにやりと笑みを浮かべる。

自分の予想に反し、しっかりと自分の力と現状を把握していたグスタフに、ヨハネはこの戦いに勝機を感じたのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る