5-6

「野郎……さっきからちょこまかとネズミみたいな野郎だな……!」



ゼルドの苛立ちが目に見える。

ゼロは真っ向勝負を避け、素早さでゼルドを翻弄し足を止める作戦を選んだ。


魔剣の攻撃はゼルドには有効。

その屈強な身体をもってすれば、両断こそできなくても手傷を負わせることは出来る。


ゼルドもそれは理解しているのだろう。ゼロの斬撃に対し、その剣で受け止めるかかわすかの選択を迫られている。




(戦いに関しては、馬鹿じゃないみたいだなこの将軍。自分の身体を過大評価して、腕の一本も出してくれれば一気に有利になったんだけどな……。)



ゼロがちっ、と舌打ちをする。

いくら手数が勝っているとはいえ、ゼロの体力も無尽蔵ではない。

このまま素早さで翻弄し続けたとしても、致命傷を負わせるかゼルドが退却という判断をしない限り、勝つ事は出来ない。



(カミュー、そうそう時間に余裕はねぇぞ……)



周囲ではエルシード軍と解放軍が交戦中。

もし戦況が変わってエルシード軍の援軍が来たら……。


たとえ兵士が何人来ようとゼロを負かすことは出来ないだろうが、ゼロも兵士たちを退けながらゼルドの相手をすることなど不可能。



(まったく……スリリングな展開だな、おい!)



久しぶりに、凍り付くような緊張感を感じるのであった。




「あー。つまらねぇ、つまらねぇなぁ……な?兄ちゃん」




そんな時だった。

ゼルドがその太く低い声で、まるで呟くように言った。



「もっとこうよぉ……剣と剣のぶつかり合いていうか……そんなのやろうぜ!防いで逃げられて……俺は何かの的じゃねぇんだよ!!」



ゼルドが苛立ちを表に出し、大剣をブンブンとゼロに向かって振り回す。



「おっと……おいおい、『足止め』担当が、わざわざリスクを冒して敵を仕留めに行くかよ!!お前さ、戦うだけしか能がねぇのか?」



そんなゼルドの斬撃を紙一重でかわしながら、ゼロが言う。




(しっかし、ものすげぇ風圧だな……。こりゃ、うっかり当たった時点で負け確定だな)



背筋に冷や汗を感じる。

真っ向勝負したい気持ちはある。


もし、個人同士の決闘であれば、たとえ分が悪くてもゼロは勝負を挑むであろう。


しかし、これは軍を上げての戦い。

ひとりではない。



「ガチでやり合うのは、個人同士の決闘の時までとっておこうぜ!今は……作戦だからな!」



―――――――――――――――――――



「はっ、はっ、はっ……」


いつもなら駆け上がることなどない、テラスへの螺旋階段。

カミューはそこを全速力で駆け上がっていた。


ゼロのお陰で、背後を心配しなくてよい。


ゼロの相手は、これから世界を征服しようとしている軍勢の、将軍のひとり。

一筋縄でいく相手ではないのは分かっている。

おそらく、今のゼロでは時間稼ぎくらいしか出来ないかもしれない。


それでも、カミューはゼロを信じた。



あれだけ気が強く、剣技にも長けている彼が、今回の戦いではずっと黒子に徹していたのだ。

自分のためにだけ戦うのではなく、仲間のために戦える剣士。

そんなゼロを、カミューは信じよう、そう決めたのだ。



「ゼロさん……無理はしなくていい。足止めだけでいいんだ。私がエルザを助け出したら……とりあえず、退こう。」



国家を、城を守ることは、騎士にとっては命よりも大切なものなのかも知れない。

しかし、今回の戦いでカミューの心は少しずつ変わっていった。


国家や体裁に拘り、民をないがしろにするというのは、果たして騎士の為すことなのか?

戦いのためとはいえ、人質を取ることは、本当に騎士の戦いなのか?



子供の頃から憧れ、そして現在に至るまで腕を磨き続けてきた、カミューにとっては『拠り所』である騎士団。


しかし、そこには本当に『騎士道』はあったのだろうか……?



たまたま居合わせ、力を借りることになったゼロ達の方が、自分達より余程『騎士らしい』のではないか……?



そう考えるうちに、カミューはこの戦いでの自分なりの結論を導き出した。



敗戦でも構わない。敗戦によって自分が『戦犯』と呼ばれるのなら、それも甘んじて受け入れよう。

たとえ、汚名を浴びようと、自身に危険が迫ったとしても……。


今の自分には、守らなければならないものがある。

民の命を、そして笑顔を。

そして、大切な人の命を……。



「はっ、はっ……」



戦いの疲労が、まるでカミューの両肺を鷲掴みにしているような、そんな息苦しさ。

それでもカミューは階段を駆け上がる。


重くなる足。

この重さも、試練。



「私は……騎士に、なるんだ……!」



いつか、自分の事を子供たちが見た時。

自分に憧れを抱き、やがて騎士を目指してもらえるような……




……父のような、騎士に。



「待っていろ、エルザ。お前はこれから……私とともに騎士の国を変えていくのだから!」




―――――――――――――――




「……だーーー!!テメェ、かてぇんだよ!!」



一方、謁見の間では、未だゼロとゼルドが交戦している。


ずっと大剣を振り回し続けたゼルド。

その巨体が、わずかに肩で息をし始める。



「おやおや、そろそろ疲れてきたのか?大男さん!」



そんなゼルドを、ゼロが挑発する。

とにかく、カミューがエルザを救い出すまで、時間を稼ぐ。

それが、今のゼロの戦いだった。



「……やめだ。」



不意に、ゼルドが動きを止める。



「なんだと……?」



手数は多いが決して優勢というわけではない。

むしろ、地力ではゼルドのがはるかに有利。

そんなゼルドが、まるで諦めたかのように動きを止めたのだ。



「つまんねぇ。対して効果的じゃねぇ攻撃ばかり。俺の攻撃を一撃も受け止めもしねぇ……男と男の戦いじゃねぇのか?お前が望んでいた戦いは……こんなものか?」



心底落胆した表情で、ゼルドがゼロに問う。



「男の戦いとか、今はそんな事を言ってる場合じゃねぇんだよ!今は軍として、カミューの……」


「『お前は』それでいいのか?」



ゼロの答えの途中で、ゼルドの野太い声がそれをかき消す。



「お前は、本当にそれでいいのか?」



ゼルドの、落胆し切った表情。

そんなゼルドの問いが……

……何故か、ゼロの胸に突き刺さった。



「こんなに強い相手と殺し合えるんだぜ?男なら……ゾクゾクしねぇか?自分より強い相手を、殺せるかもしれねぇんだぞ?騒いでこねぇか?お前に流れる『剣士の血』がよぉ……。」



この時、ゼロは悟った。

ゼルドは、漆黒の軍勢の……アガレスの命でこのエルシードに侵攻してきたが、そもそもゼルドには、『エルシードの隷属化や降伏』などどうでもよい話だったのだ。



「せっかく、強い奴と戦えると思ったんだけどな。」



そう、ゼルドの言葉には、欠片の偽りもない。

強い者と戦うためだけに、この地にやってきたのだ。



「おかしいと思ったぜ。本当にこの国を制圧する気なら、回りくどいことせずに国王をさっさと殺せばいいんだからな。お前なら、それが出来た。」



ゼロは、不快な表情を浮かべたまま、ゼルドに言う。




「……よーくわかったじゃねぇか。そう、俺はただ、強い奴と戦いたい。それだけだ。こんなお堅い国がどうなろうと、知ったこっちゃねぇよ。だから……。」



ゼルドが、上半身の鎧を脱ぎ捨てる。



「もっと真剣に、俺に付き合えよ!!!」


「……ぐっ!!なんだコイツ……力だけじゃねぇのかよ……!?」




ゼルドが鎧を脱ぎ捨ててわずか3分。

その3分でゼロは劣勢に追い込まれていた。


謁見の間の床にめり込むような重さの鎧。

それを脱ぎ捨てたゼルドは、その巨体からは想像もできないようなスピードでゼロに詰め寄ったのだ。



「テメェ……鎧は……枷だったのか!」



ゼロは、その動体視力をもってして、辛うじてゼルドの攻撃をかわす。



「仕方ねぇだろ……だーれも本気の俺に敵わない。今じゃぁ本気の俺に挑んでくるような奴もいねぇ。だったら、『力はあるが遅い大男』って相手に思わせておけば、少しくらいは挑戦者も来るってもんだろ。……お前みたいになぁ。」



理由はどうであれ、畏れられ、敬遠されてきたゼルドに勝負を挑んできたゼロという剣士の存在が、ゼルドには嬉しくてたまらなかったのだ。



「ちっ……面倒くせぇ奴だな!!」



少しずつ、後退していくゼロ。

力に素早さまで加わったゼルドは、いつしかゼロから反撃の機会すら奪い去っていた。



「さーてと、俺も久しぶりに楽しんだ。……そろそろいいか?俺も遊びに来たわけじゃねぇ。ぼちぼち上に逃げた『ネズミ』を始末しねぇと、アガレス様に怒られちまう。……俺も、まだまだ命は惜しいんでな。」



ゼルドの視線が、天井を向く。



「なん……だと?」



ゼルドが何気なく言った、アガレスの話。


(こいつが畏れるほどの奴なのか……?アガレス、漆黒の軍勢の長ってやつは……。)




ジェイコフにも勝てなかった。

ゼルドにも、全く手傷を負わせていない。


そんなふたりを従えている存在。



その圧倒的な力の差を、ゼロは感じた。




「それにしてもな、ここを通すわけにはいかねぇんだ!まだ死にたくはねぇけど、死ぬ気で邪魔させてもらうぜ!!」



完全に沈黙させなくてもいい。

カミューが、エルザを助け出して脱出する、その時間だけ稼げれば今回の戦いは成功なのだ。



「いいから……さっさと退け。」



ゼルドは少し呆れた様子で、ゼロに大剣を振り下ろす。



「退けと言われて、素直に退く敵が何処にいるんだよ!!」



ゼロはすんでのところで大剣をかわし、ゼルドの顎を蹴り上げる。

その時、ゼルドと目が合った。



「面倒くせぇ……。じゃ、一気に『両方』実行するしかねぇな……。」



ゼルドは険しい表情でそう言うと……




ゼロに向かい、爆発的な勢いで突進した。




―――――――――――



一方で、カミューはようやく屋上へとたどり着いた。

ゼロのお陰で、余力を残したまま階段を駆け上がれた。


数人程度なら、騎士達も相手に出来る。


それはすなわち、エルザを救出できる可能性が増えた、ということだ。




「……エルザ」



そして……




屋上の突き当り。

広く開放された城壁に磔にされた状態で、エルザが居た。



「エルザ!!無事か!?返事をしてくれ!」




まだ、エルザとは距離がある。

しかし、走り寄る時間すら惜しかった。

大きな声で、エルザを呼ぶ。


その時、エルザが身体を少しだけよじった、そんな気がした。そして……



「カ……ミュー…………。」




エルザは、呻くようにカミューを呼んだ。

もう、カミューは止まらなかった。


全速力で、エルザに近づき……




轟音と共に弾け飛んだ床によって遮られた。



「な……っ!?」



そこには、2つの人影があった。



「……よぉ。間に合ったか?」


その人影のひとりは、ゼルドだった。

文字通り、天井を『突き破って』ゼルドはこの屋上へとたどり着いたのだ。



「まさか……階段を使わずに、天井を突き破ってくるなんて……。そんなの、非常識すぎる……。」



カミューの驚きの言葉に、ゼルドはにやりと笑い……




「非常識?……俺様にはいい誉め言葉だぜ!」



そう言って、背負っていたゼロを、カミューの前に放り投げた。



「ゼロさん!!」


少し後退し、ゼロのもとに駆け寄るカミュー。



「わ、ワリィ……。アイツ、とんでもねぇ強さだ……。」


辛うじて身を起こすゼロは、息も絶え絶えの様子。


こうなることはなんとなく予想していた。

ゼルドの圧倒的な力を目の当たりにしたときに、カミューは自分とゼロ、そしてゼルドの力を冷静に分析した。


その結果、カミューの導き出した答えが、



『ゼロとカミュー、ふたりがかりでもゼルドには勝てない』


だった。




「いやー、コイツは頑張ったぜ?これまでに戦った雑魚どもの中で一番頑張った。でもな……役不足だ。俺に戦いを挑む、そんな段階じゃなかった。」



天井を突き破った際についた埃を払いながら、ゼルドはエルザに近づく。



「やめろ!!エルザに何をする気だ!!」



カミューが、止めようと近づく。

しかし、ゼルドが現れた時の大きな床の穴のために、近づききれない。



「何もしねぇよ……」



そう言いながらも、ゼルドはエルザに近づいた。


ぐったりと項垂れるエルザ。


そんなエルザに手の届くところまで、ゼルドが歩み寄る。



「あーぁ……ヒデェ事するねぇ……。」


そう言うと、ゼルドは項垂れたままのエルザの顎を掴み、顔を無理やり上げさせた。



「……エルシードは……渡さない……!」



衰弱し切ったエルザ。

しかし、エルザは気力を振り絞って言う。



「おーおー、いいねぇ。やっぱり、騎士たるもの諦めが悪くなくちゃならねぇ。でもよ……」




エルザの言葉に、ゼルドの表情が険しくなる。



「状況を考えろよ、状況を!!お前さ、もうすぐ死ぬんだぜ?もうすぐこの国は亡びるんだぜ?そして……この国で最強なのは、この俺だ。……しっかり考えてから物言えよ!!」



そう言うと、エルザの腹部をその大きな拳で突いた。

呻き声とともに、エルザの口元から血が滴る。



「やめろ!!やめろーーー!!」




カミューの悲痛な叫び。


ゼルドは、カミューの方を振り返る。



「じゃぁ……俺を倒せよ。ここじゃぁ……少なくとも『この場』では力がすべて。俺を正したいのなら、俺を倒せよ。」



その、邪悪な笑みからは、余裕すら感じられた。





「ほぉぅ……それは良いことを聞いたわ。つまりじゃ、お主を力で抑せばお主はなんでも言うことを聞く……そういう事じゃの?」




階段の下から、不意に声が聞こえる。



「……ったく、遅ぇよ……。」



ゼロが、力なく笑う。その視線の先には……




「なんじゃ情けないのう。大の男が二人そろって雑巾の様ではないか!」



ヨハネがいた。

いつも通りの、不敵な笑み。


そして、そのあとにシエラ、ガーネットと続く。



「シエラや、その情けない男たちを回復してやってくれ。」


「分かりました。」



ヨハネの合図で、シエラがゼロとカミューに回復魔法をかける。



「結局……アンタが立ち塞がるんだなぁ……。いい歳してよくやるぜ、『バァさん』。」



ゼルドが憎まれ口を叩く。

しかし、その表情からは余裕が消えていた。



「ゼルドが……警戒している?」


カミューも、そのゼルドの表情を見逃さなかった。




「きっと、『相性』ですわね。」



ゼロの回復をしながら、シエラが言う。



「ゼルドは生粋の剣士。魔法攻撃に弱い。だから魔導士のヨハネ様に苦手意識を持っている。ゼルドからしたら、ヨハネ様は『天敵』なのです。」



向き合う、ヨハネとゼルド……。



じりじりと、慎重に距離を詰めようとするゼルド。



そんなゼルドを牽制するように、自身を取り巻く領域に魔力の罠を張るヨハネ。



「近付けねぇって寸法らしいが……俺は、1、2発貰おうが、片腕が吹っ飛ぼうがテメェを殺すぜ?」


にやり、と邪悪な笑みを浮かべ、ゼルドがヨハネを挑発する。



「お主は阿呆か?……妾が1、2発貰って生きていられるような、そんな半端な魔法を撃つわけが無かろうて。一撃じゃ。一撃でお主は身体ごと消し飛ぶか、バラバラになるわ。」



一方のヨハネもゼルドの挑発には乗らない。それどころか、威圧感のある視線でゼルドを射抜く。



そんなヨハネの様子を、ゼロは見て驚く。




「初めて見た……。あんな『眼』は。マジで戦う、そんな眼じゃねぇか……。」



いつだって軽くあしらわれていたゼロ達。

英雄の余裕だと思ってさほど気にしてはいなかった。



しかし、ゼロはここまで考えた事は無かった。



もし、ヨハネが本気で戦ったら、どれほど強いのかを。




「ゼルドと言ったか。お主は妾を2度も『ババァ』と言った。万死に値するぞ?……後悔させてやろう。」



その目は真剣。



「……根に持ってやがったのか……。」



ゼロが、思わず苦笑いをする。




「シエラよ、その位置からあの女子に回復魔法は届くか?」



不意に、ヨハネはシエラに訊ねる。



「え、えぇ……。距離があるので効果は薄めですが、何とか……。」


「ならば、少しでも回復せよ。今の体力のままでは……。」



ヨハネは口元に笑みを浮かべ、



「……妾の魔力に当てられて、死んでしまうかもしれぬからの!」



どうやらヨハネは全力でゼルドを迎え撃つらしい。



「面白れぇ……この国で戦ったどの剣士より、ババァ……アンタのが楽しみで仕方ねぇ。この、殺すか殺されるかの境界線が、たまらなく好きなんだよなぁ……。」



ゼルドも、カミューやゼロと対峙した時のような余裕はない。

しかし、慎重に、ゆっくりとヨハネとの距離を詰めていき……



ヨハネが引いた、魔力の罠の境界線につま先が触れた。




「……3度目じゃぞ!小僧が!」



ヨハネが踵をカツン……と鳴らす。


すると、まるでそれを合図にしたかのように、四方八方からゼルドに向けて無数の光の矢が飛ぶ。



その全てが、無詠唱。

そのことに一番驚いたのは、唯一魔法の使えるシエラだった。



「全部無詠唱なんて……あり得ませんわ!!」


ゼルドに襲いかかる、無数の光の矢。



「う……おぉ!?」



ゼルド自身、こんな攻撃はこれまでされた事が無かったのだろう。

大きく目を見開き、動揺した様子を見せる。



「さっさと消えろ!木偶が!!」



ヨハネの鋭い目が、光の矢の行方を見守る。



「……まじか。あんなのまともに食らったらホントに消し飛んじまう……。」



味方のはずなのに、ヨハネの攻撃を見たゼロの頬を冷や汗がつたう。

これまでは、本当に実力の半分さえ出していなかったのだ。


「じゃぁ……今は、本気を出さねぇとヤバいってこと……だよな?」



そしてゼロは、ようやく自分たちが危機の中に身を置いていることを悟る。



「テメェ……!!」



一方のゼルドも、光の矢を辛うじて凌ぎ切る。



(あの魔法を、耐え抜いた!?……化け物かアイツ……)



数発被弾はしたものの、ほとんどをゼルド愛用の大剣で弾いたのだ。



「ちっ……。」


憎々しく舌打ちをするゼルドと、不敵な笑みを浮かべるヨハネ。

ヨハネはその小柄な身体からは想像もできないほど大きな火球を両手に発動する。



「……退くならば見逃そう。しかし、これでも抗うのであれば……哀れじゃが消えてもらうしかあるまい。妾は、あまり気の長い方ではないのでな。」



強大な火球さえも無詠唱。



「シエラ様、魔法というのは熟練すれば詠唱など要らないという事ですか?」


遠くから見守るガーネットが、エルザを回復しているシエラの邪魔にならないよう、そっと問う。



「初級魔法であれば、熟練度次第で無詠唱で発動することは可能です。でも……ヨハネ様のような、上級魔法、それに禁呪クラスの魔法にもなると……熟練度だけではどうにもならないですわ。精霊たちと心を通わせるか……自らが精霊となるか……いいえ、それはあり得ませんわ……。」



シエラにも、ヨハネの魔法の仕組みは分からなかった。

ヨハネの魔法は、シエラにとっても『未知の領域』だったのだ。




そんな、雲の上の存在のようなヨハネを、ゼロ達解放軍一同、呆然と眺めていた。

すると、ヨハネの視線がカミューに向いていることに、ゼロが気付いた。



「カミュー、バァさん、お前のこと見てるぜ?」


カミューはハッとして、ヨハネを見やる。

ヨハネは、自身の人差し指を、右方向……エルザの方に向けた。



「ここは任せて、エルザのもとへ行け……って事じゃねぇか?」



ゼロだけが、ヨハネの意図を察した。

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