5-4

部隊の編成は、思いのほか速やかに進んだ。


その要因として、カミューについてきた『エルシード黒騎士団』の力があった。



黒騎士団の団長は、エルシード城でゼルドの側に着いたゴルドー。

彼に半ば強制的に従わざるを得なかった黒騎士団員が、およそ半分。

そして、ゴルドーのやり方に不満を抱いていた黒騎士団員が、半分。


その半分の黒騎士団員は、副団長であるカミューについた。



そんな黒騎士団員たちが民たちを率いる形で、幾つかの舞台が出来上がった。



程なくして、ゼロ・ガーネット・ヨハネの3人も砦に戻り、彼らを主軸とした部隊も出来上がった。が……。



「……俺に部隊は要らねぇよ。俺は他の人間に指示を出すより、目的に向かって進むとか、単独で戦った方が力出せる。」


と、ゼロは部隊を持つことを拒否したのだ。

我儘を言うな、とヨハネはゼロを叱責したが、シエラはゼロの意見を汲んだ。



「確かに、貴方には比較的激戦区に身を置いていただくことになるかもしれません。そんな貴方に民をつけては、わざわざ民を危険にさらすようなもの。……でも、約束してください。決して無理はしないと。」



ゼロには遊撃を頼む代わりに、深追いをしないことを約束するようシエラは頼み……。



「……分かった。俺の性格と力を信じてくれた上での返事だろう、俺も、お前の言葉を守る。絶対に深追いはしねぇよ。」



ゼロも、二つ返事で承諾した。



そして、ガーネットは遠距離攻撃部隊を率いることとなり、ヨハネは救護隊を指揮しながら長距離からその魔力で支援することとなった。



「……思えばさ。」




部隊編成会議が終わった頃、ふとゼロが口を開く。



「こんなにガチでやる戦争らしい戦争って、初めてじゃねぇか?結局ローランドの時も俺達だけで奇襲を仕掛けたようなもんだしさ……。」



あとは、宣戦布告をして戦うだけ。


シエラの読みでは、


「ゼルドの性格上、私達が宣戦布告をしたところで、彼はエルザ様をすぐに処刑することはしないでしょう。エルザ様に、そして私たちに圧倒的な力の差を見せつけ絶望させ、そんな絶望の中で処刑を実行し、見せしめにする……。」



その、ゼルドの慢心を逆手にとって、エルザを救出しようというのだ。



「多分勝てねぇ戦いってのもどうかと思うが……勝てなくても、国を解放できるとかいう奇跡に、ちょっと乗っかってやろうじゃねぇか!」


ゼロは、不敵に笑った。


そして、その夜のうちに、シエラとカミューは行動に出た。




「ヨハネ様、お願いします。」


「別に明日でも良かろうて……。」


「あまり待つと、その分エルザ様を救う時間が減ってしまいます。」




砦内のいちばん大きな部屋、作戦室にシエラとカミュー、ゼロにガーネット。

そして各隊の隊長たちを集め……。




「では、行くぞ。」



ヨハネは自身の魔力をエルシード王城へと飛ばした。

数刻して、作戦室の大きな壁に幻影が浮かび上がる。



「あぁ?……なんだぁ?」



その幻影には、こちらを覗き込む大男……ゼルドの姿があった。



「ほう……魔法の力か。あの皇女さんのところに居た『ババァ』だな?」


にやり……と邪悪な笑みを浮かべるゼルド。




「こやつ……今すぐ黒焦げにしてきてもいいかの?」



対するヨハネも、同様の邪悪な笑み。


(俺でも……もうババァなんて言えねぇ……)


まぁまぁ、とヨハネをなだめながら、ゼロは苦笑い。




「さて、貴様ごとき妾の魔法で黒焦げにしてやれなくもないが、今回はこの者達の用事に付き合うだけじゃ。聞け。」



低く、くぐもった声で凄むヨハネ。


そして……




「ゼルド、今回はお前に……いや、闇の軍勢とエルシード混合軍に対し、正式に宣戦布告する!!」



カミューが、高鳴る心臓の鼓動を抑えながら、ゼルドに宣戦布告を言い渡す。



「あ?」



ゼルド自身は、全く状況が呑み込めてなかった様子。

カミューが言った言葉の意味を、よく考えているようにも見えた。



「あ~~!そう言うことか!!」



程なくして、ゼルドが大きな声を上げる。



「つまりだ。テメェらは俺に逆らおうって言うんだな?……面白い!!」



ようやく宣戦布告の意味を理解したゼルド。

大きな声で笑うと、



「あの白騎士の姉ちゃん……殺すぞ?」


と、今度は真剣な表情で言う。



「貴方は絶対にエルザ様を殺さない。何故なら……。」



本当は、怖い。

しかし、シエラは精一杯『不敵に笑って』みせた。



「……こ、こんなにも楽しめそうな『遊び相手』がいるのですから。」




シエラの、精一杯の強がり。

ゼルドは、シエラを覗き込むようにして、言った。



「……皇女さん、いや『お嬢ちゃん』、なかなか面白いことを言うじゃねぇか。面白れぇ……乗ってやるぜ。楽しい2日間にしようじゃねぇか!!」



ヨハネは、これ以上はまずいと、幻影を消した。



「こ、怖かった……。」



ヨハネが幻影を消したところで、シエラがその場にへたり込む。




「うむ、お主にしては上出来じゃ。さて、明日はどうするかの?」



シエラに水を手渡し、ヨハネが問う。




「部隊の編成も迅速に済みました。練度という問題はありますが、今は1日が惜しい。明日の早朝、早速進軍いたしましょう。」



シエラ自身、剣の腕はかつての帝国でも指折りではあった。内政力に関しては、父であった皇帝をも凌ぐほどの才女だった。そして、軍略は……



「……私に、考えがありますの。」




……実は、戦争の指揮を執るのは初めてだった。

絶対的な国力を誇った帝国。

戦争など起こらなかったからである。



シエラは、各隊の隊長を集め、大きなテーブルにエルシード城の図面を広げながら、自身の作戦を説明する。




「……これは、思わぬ軍師ぶりじゃ。」



ヨハネはその策に思わず笑みをこぼし、



「わ……私が、出来ますかね……。」


カミューは緊張で青ざめ、



「おいおい……俺の役割で勝負、決まっちまうじゃねぇか……。」


普段緊張しないゼロさえも、少しだけ表情が強張る。



そんな、作戦だった。





この日は、作戦の説明だけ。

それぞれの部隊の隊長が、シエラの発案した作戦をそれぞれ持ち帰り、部隊間で周知徹底することとなった。



「なぁ……アンタは勝てると思うのか?」


その日の夜更け。

人気のなくなった作戦室に、ひとり佇むシエラを見つけたゼロ。

どう切り出して近づけばよいのかわからなかったので、率直に自身の疑問を投げかけることで近づいた。



「……ゼロ。」


「1日前……あいつの、ゼルドのものすげぇ力を目の当たりにして……アンタの作戦が上手くいったとして……アンタは、ゼルドに勝てると思うか?」



いつになく真剣な表情のゼロ。

シエラは、手近にあった椅子を引くと、静かに座る。



「……分かりません。でも……勝ちたいです。」



少しだけ、困ったような表情。



「ジェイコフの時もそうでした。そして今回も、そう。私達が相手にしようとしている『敵』はあまりにも強大な相手。でも……。」



座ったまま、自身のスカートを両手でぎゅっ……と握りしめる。




「勝たなければなりません。世界の平和のためには。たとえ、私が命を落としたとしても……。」



その瞳には、決意の光が灯っていた。




―――――――――――――――――




そして、翌朝。



日が昇りかける頃、『エルシード解放軍』は動き出した。


総力戦。


戦えない女性や子供たちは、そのまま砦に待機し、その砦を一個小隊で守護した。

砦守護の部隊以外の『戦える者』は全て夜明けに進軍を始めた。



砦からエルシード王城までは、徒歩で1時間ほど。

それでも、ゆっくりと時間をかけて解放軍は進軍していく。

陣形を乱さず、緊張の糸を切らさず……。




そして、辺りが明るくなってきた頃。



「……見えましたわ。」



ようやく、エルシード王城が目視で確認できる距離にまでたどり着いた。

しかし……。



「まぁ……こうなるよな。」



城下から場外までを埋め尽くすほどの、敵兵の数。

もともと、漆黒の軍勢はその名の通り、漆黒の鎧を身に纏っている。



「数が多いのは……黒騎士団の半数が『あちら側』だからですね……。」



カミューが悲痛な表情で言う。

漆黒の軍勢の隊列には、同じく漆黒の鎧を身に纏った『エルシード黒騎士団』も控えていた。



「わかっちゃいたが……やりづれぇな。」



ちっ……とゼロが舌打ちする。



「しかし、やるしかありません。出来るだけ黒騎士団の方の命を奪わないように……。大変難しい戦いですが、私達なら出来る。そう信じましょう。」



そんなゼロに、そして兵たちに、シエラはしっかりとした強い口調でそう言った。



「ま、やれねぇことはねぇだろ。さぁリーダー、始めようぜ!」



ゼロが背負った大剣を鞘から抜き、カミューに向かって笑みを向ける。

シエラも、カミューに笑みを向けた。



「ではカミュー様、開始の声を。リーダーの一声に合わせ、作戦を開始いたしますわ。」



シエラの穏やかな声。

そんな穏やかさが、逆にカミューを緊張させる。



「あ、あぁ……。」


肝心なところで言葉が出ないカミュー。

シエラは、そんなカミューに一言告げる。




「……貴方のために、戦ってください。貴方はどうして……戦うことを決めたのですか?」



シエラの質問。

これがカミューの心を決めた。




「……エルザ、今行く。」



小さくそう呟くと……




「これより作戦を開始する!みんな……私に力を!!」



カミューは抜いた剣を、高々と掲げた。

それと同時に、地鳴りのような鬨の声が響く。


その声はもちろん、

エルシード混合軍にも聞こえたらしい。

遠巻きに見えていた松明の火が、一斉に消えた。


「ガーネットさん!」



カミューの合図を聞いたシエラが、ガーネットに合図を出す。



「……了解です!!」




ガーネットは、弓を思い切り引き絞る。

その弓には、火矢。


ガーネットが矢を向けているその先を、各部隊隊長は固唾をのんで見守る。



「ど、どこを狙ってるんだ……?」


「あの向きは……玉座の間?」


「いや……あそこは!!」




エルシード出身の兵士たちが、まさか、と顔を見合わせる。

そして、一方で、ゼロが魔剣を手に砦の入口へと向かっていく。



「ど……どこへ?」



恐る恐る訊ねる兵に、ゼロはニヤリと笑って答える。



「何処へ?……決まってるじゃねぇか、戦場だよ!」



そう言うと、単身城へ向かって走り出した。

そして、それを合図にガーネットが火矢を放つ。


火矢はゼロの頭上をまるで流星のように追い越していき……




「……さすが、最高の射手だ。」



エルシード城・玉座の間の外壁、つまり城の中央部に掲げられた漆黒の旗の中心を射抜いた。


「あれは……漆黒の軍勢の旗?」


カミューが、目を凝らして言う。



「……おそらく。その中央には、おそらく主である『覇王』が描かれています。さすがガーネットさん。『狙い通り』ですね。」



カミューの隣で、シエラが答える。


「狙い通りって……まだ陽も昇り切っていない今、しかもあんなに遠くの国旗の、さらに中心部の覇王の絵を射抜いた……と言う事ですか!?」



カミューは初めて、ガーネットに対して戦慄を覚えた。

エルシード国内にも、ここまでの弓の使い手などいない。

もし、彼女が敵だったら……


「……本当に、皆さんが仲間でいてくれて、良かった……。」



カミューは、安堵の溜息を吐くしかなかった。




「……成功です。シエラ様、次の指示を。」


ガーネットがシエラに指示を問う。

シエラは、にこやかに微笑むと、


「もう、次の作戦に入っています。ガーネットさんはゼロの援護を。カミュー様、私達もそろそろ出ましょう。」



そう言って、自身も砦の入口へと向かう。



「……決意の時だ。何時までも情勢に流され、命令に忠実だった黒騎士団副長の私はもういない。今から私は……。」



カミューは、自身の黒騎士の鎧に、漆黒のマントをつける。

そして、愛用の剣を鞘に収めた。



「……今から私は、解放軍のリーダー・騎士カミューだ!!」

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