5-3

固く閉ざされたエルシード城門。



その前に、残されたシエラが立っていた。



「シエラ様、そろそろ行きましょう。ここに来る途中に私と出会った砦、あそこを我々の拠点といたしましょう。」



そんなシエラに優しく声をかけるカミュー。



「カミュー様、貴方は……助けられると思いますか?」



カミューとは目を合わさないまま。

閉ざされた城門の、重い扉から視線を外すことなく、シエラは訊ねた。



「……正直、分かりません。敵は、あまりにも強大です。負けるかもしれない。」


冷静に、現状を分析し、カミューは答える。



「そう……ですよね。」


シエラは、そう言うと俯く。

カミューは、そんなシエラの肩に、そっと手を置く。



「……でも、『助ける』んだと思います。助けられるか、ではなく、助けるんです。」



それは、おかしな言葉だったのかもしれない。

敵が強く、勝機があるかもわからない。

それでも、助けるなど。


シエラは、カミューの顔をようやく見た。


「……!」



カミューの顔は、驚くほど青く、血の気が引いていた。




「あんなバケモノみたいな将を倒すか出し抜くかしてエルザを助ける。出来っこないかもしれません。敵は強い。もしかしたら大怪我を負うかもしれないし、もしかしたら命を落とすかもしれない。そりゃ、怖いですよ……。」



その手も、小刻みに震えている。

無理もない。先ほど謁見の間で、凄まじい『差』を感じたのだから。



「でもねシエラ様、それでも、私はエルザを助けますよ。必ず、助ける。」



顔面蒼白。

小刻みに震える身体。


それでも、カミューはしっかりと言って見せた。



それで、シエラの迷いも消え去った。



「カミュー様、ありがとうございます。これで、私も気持ちを決めました。」




理屈ではないのだ。

仲間が囚われている。


助けに行かない理由など、果たしてあるだろうか?



「砦へ行きましょう。作戦を立てます。出来るだけ早く決行できるように、時間を惜しまず急いで行動しましょう。」



先程まで弱かった、シエラの瞳の色に決意という強さが灯る。



「そんなに時間が惜しいのなら、妾の転移魔法で行こうではないか。片道3秒じゃ。」



シエラとカミュー、ふたりのやり取りを遠巻きに見ていたヨハネが声をかける。



「シエラ、お主にしては上出来じゃ。その決意、妾も支えてやろうぞ。」



決断したシエラの行動は早かった。



残された時間は3日しかない。

それまでにゼルド率いる軍勢を相手にしなければならないのだ。

事は急を要した。



まず、シエラはゼロとガーネットに指示を出す。



「城下で、出来るだけ沢山の人に聞こえるように噂を流し歩いていただきたいのです。




エルシードで顔の知られていない、他国民のゼロとガーネット。

ふたりは恋人に扮して城下で噂を流して歩いた。



『同盟国だと思っていた黒の軍勢が、まさかこの国を乗っ取るつもりだったなんて……。』


『3日後には、白騎士団長・エルザが公開処刑されるらしい。』


『国境付近の砦で、黒騎士団副長・カミュー様が義勇軍を募っているらしい。私はそこへ行く』




……ふたりは、この噂をとにかく広範囲にわたって流し続けた。

その結果……。




「おい、今の話は本当なのか!?」


「詳しく教えてくれ!!」



ふたりの話を聞き、心配して真偽を確認する人々が徐々に増えていった。



しかし、シエラはこうなることを予見し、ふたりに釘を刺した。




『詳細については決して語らないでください。砦でカミュー様が演説をするらしい。私達も真偽を確認しに行こうと思っている、と、こう答えてください。』




ゼロもガーネットも、シエラの先見の目に驚きを隠せなかったが、それなら……と承諾した。



シエラの思惑通り、1日でかなりの人々が砦に集結したのだった。


そして、それもシエラの予想通り。

次の指示を出した相手は……。




『貴方の力は必要不可欠です。あなたの言葉が、多くの人の心を動かす。貴方はそれほどの影響力を持った方です。お願いします。エルシード王国の今後の平和のため……私に力をお貸しください。』




砦の城壁の上。

辺りが良く見渡せる場所に、漆黒の鎧を身に纏った騎士がひとり、立つ。



黒騎士団副長・カミューだった。



「私の力が、本当に役に立つのでしょうか?剣をただ振るってきただけの男。演説などしたことがありません。」



当初、カミューは演説はシエラが行うものだと思っていた。

しかし、シエラは静かに首を振ったのだった。



「大丈夫です。自信を持って。貴方が今の地位にいる理由をよく考えて。皆が貴方を支えて、そして頼ってきたからこそのその地位なのです。今のあなた以外に、エルシード解放軍を率いる人物はいませんわ。」



――――――――――――



そうして。


エルシード国境の砦前は、有志でごった返すこととなった。


『ゼルドに対抗する勢力』


その存在は、国民にとっては希望であった。

そして、その軍はたった1日で人々から『解放軍』と言わしめるのであった。



その『解放軍』のリーダーは……。




「私がこの場で演説をするなど、期待外れかも知れない。もっと適任がいるだろう、と。事実私もそう思う……。」



大衆の前で演説などしたことのないこの男、カミューであった。



「本来なら、ここにいらっしゃる帝国皇女・シエラ様こそこの座には相応しいのかもしれない。事実、そうだろう。しかし……。」



横にシエラが控えてはいるものの、人の頂点に立つなど、これまでの人生で一度も無かったカミュー。

途中で頭が真っ白になる。言葉が浮かばない。



そんな中、シエラがそっとカミューに近づいた。



「シエラ……様?」



シエラが近づいてきたことで、演説を代わってもらえるのかもしれないと、わずかに期待したカミュー。

しかし、シエラはそっとカミューの背に手を当て、周囲には聞こえない大きさで囁く。




「格好の良い台詞など思い浮かばなくて良いのです。肝心なのは、『心』です。……格好良くなくたっていいではありませんか。言いたい事を、話しましょう?」



それだけ囁くと、シエラは再び元の位置に戻った。


(私の……言いたい事……。)




暫く言葉が出ないでいるカミュー。

観衆たちもざわつき始める。

そんな中、カミューは静かに目を閉じ、大きく息を吸った。



「ふぅ~~っ」



そして、大きく息を吐き、目を開く。



「……すまない。私はどうやら、もともとカッコいいキャラではなかったようだ。」



……そう言うと、笑顔を見せる。

その言葉で、場の緊張が一気に解ける。


「そうだ!カミュー様、いつも通り!」


「大丈夫!!見た目はカッコいいから!!」



観衆から、次々に声援が飛ぶ。



(やっぱり……民に愛されている、これが頂に立つ者の資質なのです。この軍のリーダーをカミュー様にお願いしたのは、正解だったようですね……)


シエラは、吹っ切れた様子のカミューを見て、微笑んだ。



「聞いて欲しい。ゼルド達に対抗する理由は……国を守るため。そう言えば聞こえはいいが……。みんなすまない!!私は、エルザを助けたいと思う気持ちがいちばんだった!!」


顔を真っ赤にしながら、カミューは打ち明けた。


カミューの演説は続く。



「なんだかんだ言って、私は……幼馴染のエルザが国のために無駄死にするのを見捨てるわけにはいかないんだ。私は騎士!民を守るためにこの身をささげる。エルザだって……エルシードの民だ!」



観衆からは拍手が沸き起こる。



「こんな、人間臭い私だ。皆をしっかり守り切れるかと言ったら不安が残る。だから……出来る限りで良い。皆の力を貸してくれないか?ゼルドを倒す……倒せなくてもいい!この国から追い出せれば、新たなエルシードの歴史が始まる、そんな気がするんだ!!」



城壁の上から身を乗り出して。

声の限りカミューは叫ぶ。

そんな一生懸命なカミューの姿に、観衆は心を奪われた。



「俺……やるよ!!戦ったことはないけど、食材の運搬とか砦の修繕なら出来るよ!!」


「私は、救護で頑張る!」


「罠づくりは任せとけ!!」



ひとりひとりの声は、やがて大きな声援となり……。



「エルシードに栄光あれ!!」


「カミュー様、万歳!!」



砦周辺は、熱気にあふれた。



「みんな……ありがとう。ありがとう!!」



カミューはそう言うと、その場にへたり込んだ。

シエラが、そんなカミューの肩に手を置き、微笑む。



「お疲れさまでした。近年稀に見る……名演説でしたわ。」



シエラの世辞のない言葉に、カミューは赤面する。


「いやはや……恐縮です。必死過ぎて本来話すべき礼儀を欠いてしまったかもしれません……。」



自分が話した言葉すらよく覚えていない。

それほど、カミューは必死だったのだ。


しかし、それは間違いなく伝わった。

それを示すのが、観衆の止まない声援。


「……ここから、どうしたらよいのでしょう?」


カミューが頼りなさげにシエラに問う。

シエラはクスリと笑うと、



「では、ここからは私もお手伝いいたしましょう。父の二番煎じではございますが……。」



と、カミューの前に出た。



シエラが前に立ったことで、観衆が少しずつ静かになってくる。



「エルシード国民の皆様、私はシエラと申します。亡国である帝国皇女です。」



観衆がどよめく。

皇女自ら、自国を『亡国』と呼んだのだ。


「故に、私達の協力は『同盟』でもなければ『援軍』でもございません。文字通り、私達はこのエルシード解放軍に『協力』するためにここに居ます。」



凛とした佇まい。

温和な雰囲気はそのままに、シエラはしっかりと観衆を見据えた。



―――――――――――――



シエラの演説は、それは短いものであった。




「私達が話したい事は、全てカミュー様が話してくれました。私達に出来ることは……カミュー様を、そしてエルシード国民の開放を文字通り『助ける』ことだけです。しかし、私達だけではとてもあの『黒の軍勢』に歯が立たないでしょう。皆さんの力、貸していただけませんか?私が話したいことは……これだけです。」




これだけ話すと、シエラは優雅に一礼し、再びカミューの後方へと下がった。



暫しの間。

そして……



「やるぞ!!どうやって解放軍に入隊したらいいんだ?」


「俺も!!」


「私も!!」



閉ざされた砦の門に大勢の人々が押し掛ける。



「俺、城下の人呼んでくる!」


「あ、俺も組合員呼んでくらぁ!!」


「私、いつもの飲み仲間誘ってみる!!」



一方で、砦の外……エルシード城下へと走っていく人間もちらほら。

どちらにしろ、カミュー達『解放軍』に力を貸そうとする者の活気で、砦周辺は活気づいたのである。



「ありがとう……みんな、ありがとう。」



カミューから見たらまるで夢のような光景。

観衆の前で演説する人間を守る立場だったカミュー。

そんなカミューの言葉が、こんなにも大勢の民の心に届いたのだから。



「さぁ、カミュー様、これで仕事は終わりではありませんよ!入隊を希望してくださる方々を受け入れ、部隊の編成も行わなければなりません。隊を作り、戦力を分配したり……これをあと1日で行わなければなりません。大変ですよ?」



少しだけ演説の余韻に浸っていたカミューの背を、シエラが優しく叩く。



「えぇ……ここまで来たら、やってやりましょう。シエラ様、どうかお力をお貸しください!」



そう言うと、シエラの返事も聞かず、カミューは階下へと向かった。

そんなカミューの背を見ながら、シエラは微笑む。



「……もちろん、微力ながらお力添えいたしましょう。」



聞こえないであろう返答。

それでもいい、と囁くと、シエラも階下へと降りた。





「……ふむ。なかなか良い傾向じゃの。さて、では妾達も動くかの。ゼロ、ガーネット、行くぞ。」


「へいへい。今回は俺の活躍する場はあるのかねぇ……。」


「それは、私達次第だろう。とにもかくにも、エルシード解放は、我々のためにもなる。ここは黒子に徹してでも協力しようじゃないか。」




ヨハネ・ゼロ・ガーネットは、エルシード城下へと向かった。


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