5-2

2年前。

帝国で行った、4年に1度の国際会議。

各国のトップが帝国大会議場に会し、政治・経済・軍備などのバランスをとるための会合。


7英雄の子孫である国家の主が、英雄たちが守ったこの大陸を大切にしていこうと始まった会議。


各国とも、国王・代表とその側近や騎士団長を同行させ、万全の警備を図っていた。


しかし、エルシード王国だけは違った。


エルシード国王は、有事の際のために、騎士団長を敢えて国に残し、将来有望な若い騎士を2人、同行させていた。


その時の2人の1人が、今シエラと話しているカミューである。



「貴方は黒騎士の……。」


「いやぁ、覚えていてくださったのですか!嬉しいなぁ!!」



カミューはシエラの手を取り、ぶんぶんと上下に振る。


「しかし……もともとお美しかったが、2年でさらに美しさに磨きがかかったようですな!……国内ではお気を付けください。鍛錬と戦術にしか能がない、固い男たちの集団ですからね、エルシード城下は!!」



大きな声で笑いながら、カミューは話す。



「……能天気な奴だなぁ……。」




ようやくヨハネに元の姿に戻してもらったゼロが、呆れたように呟く。



「なぁに、お主と似たようなものじゃろ?……しかし。」



ヨハネは、カミューのその立ち居に興味を覚えていた。



「……何があっても対応できるよう、闘気を張り巡らせておる。視線は常にシエラの周囲を気にし、とっさの行動に移せるよう、半身に必ず重心を置いておる。……かなりの手練れじゃ。」



あまりにヨハネがカミューを評価しているものだから、同行者としてゼロは面白くなかった。


「そーんなの、見かけだけなんじゃねーの?」




手元に落ちていた、そこそこの大きさの石を拾い上げ、ひょいっとカミューの後頭部に向かって投げる。




「……!!あいたァ!!」



ゼロが投げた石は、真っ直ぐ何の障害もなく、カミューの後頭部に当たった。



「……え?」



あまりにもすんなりヒットした石の行方を追い、ゼロは唖然とする。




「君、何なの!?初対面だよね俺達!!俺が何か悪いことした?……カッコいいのはそんなに罪な事なのかい!?」


涙目で訴えるカミュー。


「あ……ご、ごめん。」



そんな様子に、ゼロもつい素直に謝ってしまった。




「……ちょうど、シエラ様からゼロは死角になっていた……。」



そんなふたりの様子に、ガーネットは驚きの表情を見せた。



「……?」


死角のシエラは状況を全くつかめず、キョトンとした表情。

そんなシエラに、カミューが涙目で訴える。


「シエラ様……あの男に投石されたのですよ!私が一体何をしたと!?」



恨めしそうにゼロを見るカミュー。


「だから、悪かったって……。」



もっとこう、石を見ることなく叩き落すとかそういった反応を期待したゼロは、いささか拍子抜けしてしまった。


しかし、ガーネットだけは、そんなカミューを真剣な眼差しで見据えていた。



(……あの騎士、石が飛んできたことを確かに察知していた。察知していて『敢えて』当たることを選んだ。避けてしまえばシエラ様に直撃するかもしれない。それに、小石程度が頭部に当たったところで致命傷にはならない。それを全て見越しての演技だとしたら……。)



仮にも、騎士団国家エルシードの騎士団の双角・黒騎士団の騎士を務める男。

ガーネットには、そこまでカミューが能天気には見えなかった。



「……まぁ、今後の行動次第で判断するか。」



自分に言い聞かせるように呟き、



「シエラ様、そろそろ先を急ぎませんか?漆黒の軍勢が何か仕掛けてくる可能性は充分あります。確固たる足場が出来るまでは、時間が惜しい。」



シエラに進言する。

どんな時でも、大局には冷静。

そこが、ローランド国王がガーネットを登用した理由の一つでもあるのだ。



「あ、そうですね。カミュー様、案内していただけますか?」



シエラが、恭しくカミューに頭を下げる。




「恐れ多い!皇女様が私のような一介の騎士に頭を下げるなど!!もちろん案内いたしますとも!では、行きましょうエルシード城へ!!我が国王もきっと喜びます!」



シエラがカミューに対し頭を下げたので、カミューはシエラの前に膝まづいて応える。

その様は、どう可笑しく繕っても騎士そのものであった。




「この砦からは、徒歩で1時間もかかりません。長旅でお疲れでしょう。疲れたら休み休み参りましょう。その間に、この国が短期間でここまで変わった経緯などをお話いたします。きっと、良い暇つぶしになりますよ。」



そう言いながらも、カミューは苦笑いを見せる。



「きっと、余程の理由があるんじゃろうの。」



ヨハネの言葉に、



「……本当に、笑い話ですよ……。」




カミューは少しだけ寂しげな表情を見せるのであった。



「エルシードは、英雄アイラが国王として興した国です。しかし、アイラ様自身が逝去されたその年に、革命が起きたのです。」


エルシード王城までの道を歩きながら、カミューが語る。



「順当にいけば、アイラ様の娘であるエルザが女王としてこの国を治めるはずでした。しかし、国内各地の爵位を持つ者たちが、それを良しとしなかったのです。」



カミューは、『革命』などという言葉を発しながらも、半ばあきれ顔で話している。




「アイラ様は確かに大陸を救った。しかし、『平民の出』だった。数々の領土をもつエルシードにおいて、爵位がない言わば『平民』が王位に就くことは、爵位を持つものからしたら屈辱以外の何物でもありませんでした。」



「そんなの……国のために何もせず、日和見してた奴らの勝手な言い分だろう?そんなのいちいち聞いたのかよ?」



途中まで、カミューの話を黙って聞いていたゼロだったが、少々不満げにカミューに問う。



「国民たちは、皆アイラ様を慕い、エルザもその娘として愛されていました。しかし……。」



カミューの言葉を聞き終わる前に、シエラが一言、呟くように言う。



「評議会……ですね?」


「はい。いくら民に……平民に愛されても、国の規範は評議会で審議・決定される。つまり、民がいくらエルザを支えても、一部の貴族たちの集まりである評議会に決定権があったのです。」



国の方針だから仕方ないですけど、と言いながらも、カミューの表情は悔しそうだ。



「……エルシードは、大陸を救った英雄の恩を蔑ろにしたって事か……。」



心底機嫌が悪そうに、ゼロが言う。

そんなゼロに苦笑いを見せながら、カミューは頷く。



「体裁ばかりの貴族より、民のことを、大陸のことを考えられる者を国王とした方が、絶対に国は栄える……そう思うんですけどねぇ……。」



このようなこと、きっと国内で言ったら不敬罪にでもなるのであろう。

しかし、カミューはその本心を、分かってくれそうな者たちに話した。

それはつまり……



「……国、変えたいんですよね。アイラ様が興して下さった当初の、立場の弱いものに手を差し伸べることを厭わない、優しく強いエルシードに、またこの国を戻していきたい。」



そうこうしているうちに、ようやくエルシード王城が見えてきた。



「……で、そのエルザは何をやってるんだ?今。」


「……もうすぐ、会えますよ。」





――――――――――――――――





「しかし、見事なものじゃ……これが、アイラが数年で興した国の姿か……。」



エルシード王城。



ただの王国の城とは異なる、堅固な造りの城門。

ところどころに兵が配置できるスペースを設け、2階・3階部分にも、大砲や砲門が見える。


「王城っていうより、巨大要塞だな、ここは……」



最上階の大きな国旗を見上げながら、ゼロが感嘆の声を上げる。



「新王がまず手掛けたのが、軍備の徹底。まずは王城から。そして各地の要所に砦を構え、そして各地方・そして城下の兵力を強化しました。」



カミューが、自分の漆黒の鎧、そしてマントにつく勲章を指す。



「各地の領邦軍でも選りすぐりの騎士に与えられるのが、この『騎士勲章』。そして、その騎士勲章を持つものだけで結成される王宮直属の騎士団が『黒騎士団』・『白騎士団』なのです。領邦軍の部隊長クラスでないと、黒にも白にも所属できないのです。」



カミューは漆黒の鎧。つまりエルシード黒騎士団なのであろう。

しかし、カミューのマントには、騎士勲章のほかにもう一つ勲章がついていた。

ガーネットは、それを見逃さない。



「カミュー殿の、その勲章は?」


「あぁ……これね、私、一応副団長なんです。黒騎士団の。」



あまり言いたくなかった、そんな様子で笑うカミュー。



「……何だと!?」


「……人は見た目で判断するな、と言う事じゃの……。」



カミューの言葉に思わず絶句する、ゼロとヨハネ。



「それで……エルザ様は?」


「あぁ……エルザはですねぇ……。」



シエラの問いに、カミューは少しだけ上を見る。

4人もつられて上を見ると、そこには白銀の鎧を身にまとい、長く美しい金の髪を風になびかせる女騎士がいた。



「カミュー!遅い帰還だな!!どこで油を売っていた!!」



その姿は凛としながらも気品を感じ、そして……



「あの女、絶対強いぞ。隙が全く見当たらねぇ……。」



ゼロを一瞬で認めさせる、そんな雰囲気を醸し出していた。



「油を売る……エルザ、それはサボっている人間に言うものだよ?俺は領内にやってきた客人の様子を見に……。」



「そんなもの、部下に任せればよかろう!!全く、お前が居なければ黒騎士団の統率が取れないことくらい自覚しているだろう?」



カミューの返答に、大きな溜息を吐くエルザ。



「……失礼。私はエルシード白騎士団長・エルザ。ようこそエルシードへ!」



「彼女が我がエルシード白騎士団の長・エルザ。かの英雄・槍聖アイラの血筋にして、国内一の槍の使い手でもあります。……ちなみに私、槍を持って彼女に勝ったことは一度もありません。」




カミューがエルザを指して紹介する。



「何を言う……お前のもともとの武器は剣だろう?槍を持って私と相対するなど、陳腐な事よ。」


「だって……女子に得意な武器で勝負したら、何か必死みたいじゃない?」


「馬鹿か!戦場など、常に必死であるべきだ!男女の違いなど、戦場では無意味。殺すか殺されるかのやり取りなのだぞ!!」




『武人』という言葉がぴったりなエルザに、のらりくらりとしたカミュー。

お互い、信頼し合っているのだろう。

団長と副団長という格の差を感じさせないやり取りである。



「でさ、カミュー、黒騎士団長はどんな奴なんだ?」



ふと、ゼロが疑問を口にした。


「あぁ……黒騎士団長、ですねぇ……。」


副団長・カミューが思わず苦笑いをする。



「陛下の腰巾着なら、謁見の間にいるだろう。……会うだけ無駄だぞ?」



エルザが、心底不満そうに吐き捨てた。



「何……?黒騎士団長は嫌われ者か?団長ってくらいだから、相当強いんだろ?エルザにカミュー、お前たちと同等かそれ以上って事だろう?」



ゼロは、黒騎士団長に対するふたりの反応に違和感を感じていた。

彼の頭の中では、『騎士団長は尊敬されるべき猛者』でしかないのだ。


そう、彼の姉・アインがそうだったように。




「ウチの団長殿は……貴族出身でねぇ……。」



副団長のカミューが、言いづらそうに口を開く。



「革命のときに、貴族出身者が王となり、その王のお気に入りの男が黒騎士団長になった。腹心、のつもりなのだろう。しかし、勝手なことはこの私が白騎士団長の間はさせぬ。民を守るのが、騎士団の務めなのだから。」



カミューが言葉を濁していたのを見て、エルザははっきりと自身の思いを告げる。



「……凄い、騎士の鑑だな。」


そのエルザの言葉に、最も感銘を受けたのはガーネットだった。



「こんなところで立ち話も何でしょう。陛下に会いませんか?何か理由があってここに来たのでしょう?」



カミューが、ちょうど良く空気を読み、会話が停滞したところでゼロ達4人に提案をする。



「そうですね。私の知る国王陛下では無い以上、現在の国勢などをしっかりお伝えしておく必要があります。」




――――――――――




「……こちらです。」



エルシード王城。

荘厳な造りの王城内は、ところどころに騎士が配置され、警備の厳重さをうかがわせる。


その一番奥。

大きな扉の奥に、謁見の間があった。



「私は黒騎士団・副団長カミュー。陛下に謁見したいという4名の旅人をお連れ致しました。」



先程までのカミューの声とは少し違う、ハリのあり良く通る声。


程なくして、大きな扉がゆっくりと音を立てて開いていく。



「お待たせ致しました。陛下がお会いになるそうです。」


扉を守る2人の騎士団員が、カミューも含めた5人に言う。



「身内でもやっぱり緊張するなぁ。こういう時エルザがいると凄く心強いんですが……。彼女、陛下と黒騎士団長にはなかなか会いたがらないんですよね……。ま、もと王族の娘だから仕方ない気もしますが。」



玉座まで続く、長い赤絨毯の上を歩きながら、カミューは4人に小さな声で愚痴る。



「おおカミュー!要塞に侵入した賊は無事に討伐できたのか?」



玉座に座るエルシード現国王。その傍らに立つ漆黒の鎧の男がカミューに言う。

野太い、大きな声。

恰幅の良い体形に、立派に蓄えた髭、そしてスキンヘッド。



見るからに『貴族出』であることが想像できる佇まいであった。



「ゴルドー様、侵入したのは賊ではありませんでしたよ。もう、『要人』過ぎて私自身、ビックリしてしまったくらいです。陛下、こちらの方のお顔はご存知でしょう?」



国王を前にしても、団長を前にしても変わらないカミューの口調。



「……む。」



ゴルドーの太い眉が、わずかに動く。


「これはこれは……帝国の皇女殿下ではございませぬか。」



そして、口元に歪んだ笑みを浮かべ、言った。



「初めまして、新王殿下と黒騎士団長殿におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」


「如何様ですかな?『亡国の』姫君が我が国に。亡命でもお考えか?……それならば我が国は最適でしょう。なんせ我々白・黒騎士団が護っているのですから。」



シエラが挨拶をしようと言葉を紡いだ瞬間、ゴルドーの野太い声がそれを遮った。

まるで、シエラを小馬鹿にするような質問で。



「団長~、襲撃されたとはいえ、シエラ様は帝国の皇女殿下。あまり失礼がないよう……」


見かねたカミューがゴルドーに進言する。



「構わぬ!!国力が足りず滅びた国だ。助けを求めに来たのであれば、それなりの『礼節』があるだろう。」



エルシード黒騎士団長・ゴルドー。



『革命』により国王に選出された貴族派筆頭だった現国王。

彼は、革命時に空席となった黒騎士団長の座に、懇意にしていたゴルドーを座らせた。



武芸に秀でるわけでもない。

知略に長けるわけでもない。


『国王と、懇意にしていたから』


それだけの理由で黒騎士団の筆頭の椅子に座ったのが、彼であった。




次期団長をカミューだと信じていた黒騎士団員の中には、失望し退団するものも出た。

しかし、カミューは必死にそれを引き留めようとした。



「地位じゃない。我々は騎士道を持って、この国を支えよう。」



その、普段からは想像もできないくらい真剣で、真摯な言葉に黒騎士団は再び団結したのだった。


団長を除いて。





「……で、御用は何ですかな?『皇女殿下』?」



嫌味をたっぷりと含んだ口調で、ゴルドーがシエラに問う。



「テメ……!」


「良いのです。」



ゴルドーの態度に激昂したゼロを素早く静止し、シエラは国王の前で膝を折る。



「シエラ様……膝を折るなど!!」


止めようとするカミューをも笑顔で制し、シエラは口を開いた。




「今、私達は『黒の軍勢』と呼ばれる敵と戦っています。彼らの目的はこの世界を征服すること。私達はそれを阻止しなければなりません。ですから……。


「それは、無理な頼みですな。」



シエラの言葉を遮るように、ゴルドーが話に割って入った。

そして、そんなゴルドーの言葉に、国王も小さく頷く。



「無理……?」




国王が、ゆっくりと立ち上がる。


「どんな手法であれ、大陸を統べると言う事は並大抵のことではない。我々エルシードは、『力ある大陸』の剣であり、盾でありたい。そこで……。」



歪んだ口元。

それが、何を意味しているのかを察知したのは、



「……愚か者めが。」



沈黙を守っていた、ヨハネだった。



「すでに、我々はお主たちの言う『黒の軍勢』と同盟を締結した。つまり……お主達は、『敵』だと言う事だ。早急にこの地を立ち去るがよい。さもなくば……。」



国王が、ドカッと音を立て、玉座に座る。

それと同時に、ゴルドーが手を上げ……。



「……痴れ者が。」



謁見の間にいた、カミューを除くすべての騎士が、シエラ達4人に槍を向けた。



「……そんな……。」



大陸の国家は全て仲間だと信じていたシエラ。

その信頼が、脆くも崩れ去った。



4対多数。


エルシード王城・謁見の間の中で、そんな構図が描かれていた。



客として謁見したはずの元皇女・シエラに、一斉に槍を向けるエルシード黒騎士団。


「ちょっ……何やってるんですか団長!!この方は……」




カミューが止めようとシエラと黒騎士団の間に立つも、




「カミュー、控えよ。彼女が何者かなど、我々も分かりきっていること。」



ゴルドーは歪んだ笑みを浮かべながら、カミューの問いに答える。



「おいハゲ!……返答次第じゃ容赦しねーぞ?」




ゼロがいきり立ち、ゴルドーを睨みつけるが、ガーネットがそれを制する。



「ダメだゼロ。国王の御前で事を起こすこと、それは国家間の問題になりかねない。シエラ様のお供でついて来ているならなおさらだ。」




ガーネットの、やや語気を強めたその言葉に、ゼロが何とか踏みとどまる。

そんなゼロの姿を嘲笑うかのように、ゴルドーは笑う。



「亡国の皇女様では、こんな傭兵崩れしか共に置けぬのか。つく側を間違えなくて良かったわ。」



その言葉に、いち早く反応したのがヨハネだった。




「つく側……お主らは、もう『何者か』と同盟または協定を結んだ、と言う事じゃの?」



ちっ……と舌打ちし、ヨハネは問う。

そんなヨハネの表情を見ながら、


「察しが良いな大魔導士。そう、我々は……」



そう、ゴルドーが言いかけたところで、勢いよく閉じられていた謁見の間の扉が開いた。




一同、その場にいた者が全員、扉の方向を見る。



「よぉ。」



軽く手を上げ、挨拶をする大男。

身長は2メートル近くあるだろう。鍛え上げられた肉体。

ぼさぼさの髪。

無精髭を生やしているが、よく見ると整った顔立ち。


低く、良く響く声。



「なんだぁ、客人か?とりあえず、散れよ。俺は今日は国王と2人で話に来たんだ。」



戦いに発展しそうな現状でも動じることなく、かつマイペースで自分の用事を進めようと歩みを進める大男。

しかし、こんな状況でも、エルシード側は誰一人、大男を止めようとしない。



「おい待てよ!……俺達のが先に……!」


ゼロがそう言いかけた瞬間。

大男はそんなゼロを睨みつけた。



「……!!」



たったひと睨み。


その僅かな瞬間に、大男の殺気そして闘気が一気にゼロに向けられる。



「……テメェ」


身体が即座に緊張する。

ゼロの本能が、『今は勝てない』そう判断した瞬間だった。


「……ほう。」



エルシード国王が立った玉座にドカッと乱暴に座り、謁見の間全体を見渡す大男。



「……そこの女、帝国の皇女か?」



そして、シエラと目が合うと、その低い声で問う。



「そうです。彼女が皇女……」


「……テメェには訊いてねぇ。俺はあの女と話をしてるんだ。」




大男の問いに答えようとしたエルシード国王を、冷たく鋭い視線が射貫く。

国王は、何も言えずに後退った。



「……そうです。私はシエラ。この国に助力を求め……」


「……そこまでは訊いてねぇ。」



シエラの返答も最後まで聞かずに遮る大男。

その振る舞いは、まるでこの大男がこの場全てを掌握しているようだった。



「なるほどな。そこの『雑魚』と、後ろのお姉さんふたり……お前らが『死神』が言ってた、俺達に対抗しうる勢力、か……。」



大男は、ゼロ・シエラ・ヨハネ・ガーネットの順に視線をやり、歪んだ笑みを浮かべる。



「雑魚だと!?」


大男の言葉に興奮するゼロ。



「まぁ……でも、ただの雑魚じゃねぇな。ただの雑魚ならさっきの時点でなりふり構わずかかってきやがる。『人並み以上に戦えるが、俺から見たら雑魚』に訂正しといてやろう。」



鼻で笑いながら、大男はゼロを指さす。



「テメ……」


「お主に問おう。『漆黒の軍勢』だな?」



ゼロの言葉を、今度はヨハネが遮る。



「……アンタは『大魔導士』様か。『死神』が言ってたぜ。アンタが居なけりゃアズマの侵攻はもっと簡単で短時間で済んだってな。……そうだ。俺は『死神』と並び称される将。そうだな、さしずめ『漆黒の4将』とでも言っておこうか。その1人・ゼルドだ。」



玉座に座ったまま、ゼルドと名乗った男は自らの胸に親指を突き立てる。



「漆黒の……4将?あのジジイみたいのが、4人もいるのかよ……。」




ゼロの顔から血の気が引く。

全く歯が立たなかったジェイコフとの闘い。

そんなジェイコフと肩を並べる将が、あと3人居るのだ。


「どう……戦っていけばいいんだよ。」



ゼロも、そう呟かざるを得なかった。




「俺は国王とふたりで話そうと思ってたんだが……まぁいいや。お前らも聞いていけ。今この時間から、このエルシードは、我が漆黒の軍の『属領』となる。」



再び、ゼルドの歪んだ笑み。



「な……話が違いますぞ!!エルシードは『同盟国』のはず!!」



国王の横に控えていたゴルドーが、叫んだ。



「お前……自分の立場、分かってんのかぁ?」



反論するゴルドーを、鋭い視線で射抜くゼルド。



「テメェみたいな『一兵卒』、一瞬で消してやることだって出来るんだぜ?黒騎士団長だか何だか知らねぇが、いきがるんじゃねぇよ。」




殺意に満ちた、その視線に、ゴルドーは反論はおろか、言葉さえ出ずに立ちすくむ。




「あ……あぁ……」



ガタガタと震えるゴルドーの身体。

まるで死を目前としたかのように、顔面は蒼白。

そして、その雰囲気は一気に謁見の間に浸透していった。


謁見の間という空間が、ゼルドのたった一言で『ゼルドの領域』と化す。



(厄介じゃの……。『死神』の時とは違い、こやつはあからさまに殺意や戦意を剥き出しにしてくる。この雰囲気に我々が呑まれてしまっては、今後勝ち目は……)




戦争とは『士気』次第で戦況は如何様にも変わるもの。

『漆黒の軍勢』に対抗しうるシエラ達。

その主力たるメンバーが、今回この場に居合わせている。


そんな彼らが、敵勢力の将1人に呑まれていては、力の差を露呈させるだけだ。



(妾が、ここは繋ぐしかないか……)



かつての英雄・ヨハネ。

ゼルドと同じ土俵で戦えば、勝率は恐らく5分。

それぞれ得意な間合いで戦えば。お互い勝率は100パーセント。


そんなヨハネだけが、この『ゼルドの領域』で怯まずにいられた。




「お主……それはアガレスの意思なのか?」


小さく、それでもはっきりと呟いた。



ゼルドは、ほぅ……と笑みを浮かべると、




「『あの人』からは『全て任せる』と言われてきたんだ。つまり、このエルシードがこっちのものになれば、手段は問わないって事さ。だから、決めた。」



ヨハネの問いにはっきりと答えたゼルドは、玉座からゆっくりと立ち上がる。




「同盟とか、協定とかめんどくせぇ。国王よ、今から言う俺の言葉は『勧告』だ。3日以内に、この国を渡せ。さもなくば……」



その巨体。大きな腕。

大きな掌が固く握られ、突き立てられた親指を、太い喉元に当てがった。




「……皆殺しだ。」




ざわめきすら、起きない。

反論するものすら現れない。

ただ静まり返った謁見の間にいた人間たちは、ゼルドの言葉をまるで死の宣告のように聞くしか術がなかった。




その時、不意に謁見の間の大きな扉が開いた。




その扉を開けたのは……エルザだった。



「エルザ……!」



振り返ったカミューが、思わず声を上げる。



「そなたが漆黒の軍勢の将か。失礼だが、その椅子から立っていただこう。槍聖アイラが護ってきた、由緒ある玉座だ。」




正面に鎮座するゼルドに怯むことなく、少しずつ歩を進めるエルザ。


「ダメだ……君だけは来てはいけない……。」



そんなエルザを制しようとするカミュー。


エルシードを建国したのは、エルザの祖母であるアイラ。

革命がおこり、王位から退いたとはいえ、カミューはこの『由緒ある血筋』を守りたかった。



「ゴルドー殿!あなたはエルシードを守る黒騎士団の団長であろう!騎士の誇りはどうしたというのだ!!」


謁見の間にいる騎士たちが、誰も言わなかった、言えなかった言葉をエルザは発する。



「……陛下の御意向だ。陛下に仕える黒騎士団長が、余計な口を挟むことでは無かろう。」



その圧力にややたじろぎながらも、ゴルドーは反論する。



「では陛下、あなた様に問いましょう。この由緒ある騎士の国・エルシードを、得体も知れぬ軍勢に明け渡すというのか!!」



それは、『騎士』として生きるものなら誰しも持つ疑問であろう。

それを堂々と言えるのは、エルザの血筋のみならず、現在の立場も影響しているのだろう。



「……なかなか活きのいいお嬢さんだな。何なんだ、アンタは?」



ただ話を聞いているこの現状に苛立ったのか、ゼルドが口を挟む。



「私は、エルシード白騎士団長・エルザ。黒騎士団が開城に同意したとしても、白騎士団は抗戦の意思を此処に表明する!!」



背から白銀の美しい槍を手に取ると、ゼルドの眉間に向かい突き付ける。



「……ほう、いるじゃねぇか、ちゃぁんとした『騎士』が。」


自分が槍を突き付けられているにもかかわらず、ゼルドは笑って手を叩いた。



「……何がおかしい!」


「ただ大人しく城を明け渡すようなら、どのみち皆殺しにしようと思ってたんだ。でもなぁ……。」



何か面白い『玩具』を見つけたかのように、ゼルドが歪んだ笑みを浮かべる。



「1時間やろう。この城・城下町の住人を逃がす時間だ。あんたのその騎士道に免じて、皆殺しはやめてやろう。だが……。」




歪んだ口元が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「白騎士団長さん、全員逃がしたら、アンタはまた戻ってこい。3日後、アンタを公開処刑しよう。それが、民を救う唯一の条件だ。」



「バカな……エルザを人質に取ろうというのか!」



もう一人、ゼルドの領域に呑まれなかった男、カミューが思わず声を上げる。



「人質……?違うな。それは弱者が強者に対してやることだ。」



そんなカミューの問いに、ゼルドが口元を歪めながら答える。


「俺が言ってるのは……人質じゃなくて、『見せしめ』だ。そこの女、この国の象徴的な存在なんだろう?なら、全国民の前でいたぶって、辱めて、そして惨たらしく殺す。ほぉら、誰も俺達に歯向かう奴なんて居ねぇだろ?逆らったらこんな風になる、って思えばよ?」



笑いながら。

大きな声で自身の考えをカミューに告げるゼルド。



「……貴様!!」



そのゼルドの言葉が終わるや否や、カミューはゼルドに向かって弾けるように突進した。



「……速い!!」


ゼロが、そのカミューの素早さに驚くが、




「たわけ!!犬死する気か!!!」


そのゼロをか細い腕で押しのけ、ヨハネがカミューに向かって転移魔法を詠唱する。




「ほう……お前、速いな。でもな……丸見えなんだよ!!」


カミューの動きを捉え切れないゴルドーの脇を抜け、ゼルドの右脇腹を薙ぐように剣を振るカミュー。

しかし、ゼルドは焦りの色ひとつ見せず、そのカミューの右頭部に向かい、大きな拳を振り下ろした。




「……あ……。」


眼前に迫るゼルドの拳。

カミューは僅か一瞬で力の差を理解し、瞬時に死を覚悟した。



ゼルドの腕が、ぶん……と大きな音を立てて振るわれる。

カミューの頭は、まるでトマトのように潰れ……




「ふぅ……間一髪じゃったの。」


……潰れる前に、ヨハネの隣に転移された。




「……え?」


状況が掴めないカミュー。

そんなカミューの頭を軽く小突くヨハネ。



「たわけが!お主がこんな所で簡単に命を散らすということの『意味』をもっと真剣に考えぬか!!」



エルシード黒騎士団と白騎士団。

騎士団の双璧を成す二つの騎士団。


黒騎士団長であるゴルドーは、貴族派からの成り上がりのお飾り団長。

そして白騎士団長であるエルザがゼルドに囚われてしまうとなると、『副団長』であるカミューが犬死にすると言う事は、国民にとって大きな絶望を生むだろう。




「今は耐えよ。エルザを奪還して、あやつをこの国から追い出す方法を考えるのじゃ。」



圧倒的に不利な戦力。

そんな中でも冷静に、ヨハネは言った。



「心配するな。私なら大丈夫だ。カミュー、民を頼む。」



城門を境に立つ、カミューとエルザ。


「……必ず、助けに来る。だから、くれぐれも無茶だけはしないでくれ。」



カミューが今にも泣きそうな顔でエルザに訴えかける。


「心配無用だ……と言いたいところだが、今回だけはカミュー、君の言う通りにしておくよ。騒ぎは起こさないようにする。」



そう言って、笑うエルザ。



「俺達が、必ずお前の事助けに来るからさ、そうしたらあのデカブツ倒すの、手伝ってくれよな!!」



カミューとは裏腹に、出来るだけ明るく振舞うゼロ。

そんなゼロに、


「……あぁ、必ず。私の槍がどれ程のものか、いつか必ずお目にかけよう。」


エルザは気丈に答える。




しかし、シエラは見逃さなかった。

エルザの手のひらは、小刻みに、本当に注意しないと分からないほどではあるが、震えていた。



「……エルザさん。」



シエラは、エルザに近づくと、そっと手を伸ばす。


「??」


「手。少しだけ私に勇気をいただけませんか?」



そう言って苦笑いをするシエラの手を、エルザは何も言わずに自らの手で包んだ。



「……ありがとうございます。私、少しだけ怖いんです。私よりずっと大きな力を持った人たちが、私の前に立ち塞がっている今が。私は……ちゃんとこの大陸をひとつにできるのでしょうか?志半ばで死んでしまうのではないか……って。」



その、エルザに包まれた手を額にそっと当て、瞳を閉じる。



「ですから……少しだけ、貴女の勇気を分けてください。勇気を出して、私が貴女を救うという采配が出来るように……。」



全く自分は『戦場』において役に立てていない。

シエラは、自分の事をそう振り返っていた。

だからこそ、エルザは守りたかった。

同じ騎士として、そして女として。



「……大丈夫。殿下ならきっと大丈夫です。」


そんなシエラに、エルザは凛とした表情で言った。


「私が信頼するのです。それで良いではありませんか。心を奮い立たせるきっかけなど。」



そう言うと、少しだけシエラの手を握る力を強めた。



「それに……。」



衛兵の合図で、エルザとシエラが引き離される。

ゆっくりと、門が閉まっていく中、エルザは言った。




「私もどうやら人間らしい。……正直、怖いです。これからの事を考えると……。」

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