第5章:騎士の誇り

「エルシード王国へ行くぞ。」



ローランド王国に帰還し、3日ほど休んだある日の事だった。

国王に現状を報告し、帝国跡地に細心の注意を払いながらも、疲れを癒すことに専念したシエラ達一行。


そんな休息の日々は、ヨハネの一声で終わりを告げるのであった。


女性同士、相部屋だったシエラは、ヨハネの言葉に反応する。



「エルシード……大陸屈指の騎士団を持つ国ですね。エルシード・ランスリッター(槍騎士団)の機動力と攻撃力は特筆すべきものだと、ジェイコフが……」




シエラが、説明の途中で口ごもる。



裏切者だったジェイコフ。

シエラが彼から学んだことは、決して少なくはなかった。



「うむ、それほどの騎士団を、アガレス軍が放っておくわけがない。力をもって従属させるか、徹底的に滅ぼすか……。どちらにせよ、戦うことにはなるじゃろう。エルシードは、是非とも我が仲間に加えておきたい。元英雄の作った国じゃからの。」



「確かに……エルシードは英雄のひとり、神槍アイラの興した国。ヨハネ様が向かえば、協力してくださるでしょう。」



シエラは、ヨハネの先を考える力に感嘆した。

しかし、ヨハネは首を振る。



「妾は、『エルシードの協力を得たい』と言っておるのじゃ。」


「ですから……ヨハネ様が7英雄ですから……。」


「シエラ、お主の力でエルシードと同盟を結ぶのじゃ。これから先、アガレスと戦うのはお主たち若い世代じゃ。これからの国を背負って立つ世代の、若き君主が必要なのじゃ。シエラよ、父ジークハルトの遺志を継ぎ、新たな皇帝となるのじゃ。……今回のエルシードは、その第一歩じゃと思え。」



同盟を結ぶにも、もと7英雄のヨハネなら話は早いだろう。

しかし、ヨハネは今後の世界のことを考え、次世代の君主、つまり先代皇帝ジークハルトのような役目が出来る可能性を、シエラに見出したのだ。


「……それとも、シエラ、お主は『やれない』と申すか?」




ヨハネの口元に笑みが浮かぶ。

それは、シエラを試すような、そんな笑み。



「……やります。同行していただけませんか?」


シエラの心は決まっていた。

腹心だと思っていた、ジェイコフの裏切りがきっかけで。



「私……もっと、強くなります。ですから……見守って下さいませんか?」



ヨハネは、シエラがそう言うことを予感していたのだろう。

静かに微笑んだ。




「……もとより、そのつもりじゃ。」



―――――――――――――――――――――



「では、行こうとするかの。」



エルシード城門に集まったのは、ヨハネ、シエラ、ゼロ。そして……




「陛下、本当に良いのですか?」


「うむ、今度からは有事の際にはヨハネの転移魔法がある。そして儂も控えておる。世界の状況を見聞きしてくるのも重要な任務だと思え。」


「……はっ!!」



ローランドの弓騎士・ガーネットも同行することとなった。



(ふむ……英雄の血は引かずとも、しっかりと英雄の『素質』はありそうじゃの。楽しみじゃ。)


今回が初の同行となるヨハネとガーネット。

ヨハネはそんなガーネットの潜在的なものを『視て』いたのだった。



「よろしくの、ガーネットとやら。」


「こちらこそ。お噂はかねがね。足を引っ張らないように注意します。」



優しく握手を交わすふたり。その傍らで……。




「……?どうしたのです?ゼロ。」


何やら微妙な表情をしているゼロに、シエラは思わず声をかけた。



「女3人……間違いなく、俺の扱いが雑になるパターンだよな……。」



剣士2人・弓騎士1人・魔導士1人。


戦闘をするにはこの上ないバランスの組み合わせなのだが、ゼロは『戦力』よりも『性別』の方が気になったようだ。



「そうですわね……宿とか……」


「そうそう!!」


「……お荷物を運ぶのがゼロだけでは大変ですわね……。」


「……心配するとこ、そこか?」




どうにもかみ合わない、ゼロとシエラの会話。



「遊んでないで近くに寄れ!!置いていくぞ!!」


そんなやり取りに呆れながら、ヨハネがふたりを呼ぶ。



「遊んでねぇって……。」


「申し訳ございません!すぐに!!」



ようやく集まる4人。



「では叔父様、行ってまいります。」


シエラが会釈すると、ローランド国王は小さく頷く。


「うむ。頼んだぞ。エルシードは、絶対に敵の手に渡してはならん。」




国王の言葉に、3人が頷いたのを合図に、ヨハネは転移魔法を詠唱する。



「今回は少し遠いし久しぶりじゃからの。城下から少し離れた場所に転移するかもしれん。それなりの覚悟はしておけ。」



目を閉じ、エルシードの風景をイメージするヨハネ。

そして……



4人の姿が、一瞬で消える。



「まったく、この魔力……絶対に敵に回したくはないな……。」


共に戦っていた頃は自分も体験した転移魔法。

しかし、時が経って改めて、その強大な魔力に驚かされるの国王なのであった。




「……エルシード王城までは、歩いて1時間じゃ。」




不満げな声で話すヨハネ。


「1時間かよ!……もっと近くに転移しろってんだ!!」



1時間と言う言葉に敏感に反応するゼロ。


「……うむぅ、妾の記憶力は人並み外れておるはずなのじゃが……。」


おかしい、と頭を捻るヨハネ。



「建物や地形が大幅に変わった……のでは?記憶と現実のイメージが合わなければ、転移魔法は成功しないのでしょう?」


シエラが、少し考えてから言う。



「……そうかもしれんの。とにかく、行ってみない事には……じゃ。」



ヨハネにしては珍しく、トボトボと歩みを進めていく。

普段見ないヨハネの様子が面白くて、ゼロもついつい……。



「なんか、魔法失敗したアンタ、まるで普通の女の子みたいじゃねぇか。可愛らしいな!」



……ついついヨハネを冷やかしてしまう。



「ほう……ゼロ、お主はまだ妾の恐ろしさを分かっていないらしいな。」



魔法の失敗、そしてゼロの冷やかしにヨハネは苛立っていた。

ゼロに向かって右手をかざすと、


「キーキー五月蠅い、そなたは猿じゃ。」



無詠唱で魔法を発動。


「……!?」



一瞬で猿に姿を変えたゼロ。


「……まぁ、可愛らしい!」



そんな『ゼロ猿』に興味を示すシエラと、


「……な、なんという魔力だ……。」



純粋にヨハネの魔力に感嘆の声を上げるガーネット。

一方の『ゼロ猿』は、突然の出来事で状況を把握できていないらしい。ぐるぐるとヨハネの周囲を回っては困ったような表情を見せる。



「……ふふっ、愉快じゃ、愉快じゃぞゼロ!妾を冷やかすなど1000年早いぞ猿!」



ヨハネはそんな『ゼロ猿』の様子が滑稽なのだろう。

ぐるぐる自身の周囲を回り続けるその姿に、ニヤリと笑みを向ける。




「……そろそろ、動き出しませんか?王城に辿り着くまでは、時間が惜しい。」



この、コミカルな雰囲気を元に戻したのは、この雰囲気にまだ慣れていないガーネットであった。



「……お主、本当に真面目じゃのう……。まぁ、一理ある。さっさと向かうとするか。……行くぞ、猿!」



ガーネットに促され、ようやく歩き出すヨハネ。

自分の道具袋からロープを取り出すと、『ゼロ猿』の腰に巻き付け……



「……ぷっ……ふふっ……!」



歩きながらも笑いの止まらないヨハネなのであった。




――――――――――――――――



「……こういうことであったか。」




エルシードに向かって歩くこと30分。

ヨハネは、何故自分の転移魔法にずれが生じたのか理解することになる。



「……わぁ……凄いですね……。」



隣を歩くシエラも、その風景に思わず息を呑んだ。




数年前までは、のどかな田園風景だったこの場所。

そこは、当時の面影は微塵もなく、『石畳の要塞』と化していた。


いたる所に積まれた石壁。

その陰には大砲が設置され、守備と攻撃を両立させる。


国境外からこの要塞までは、街路樹ひとつ植えられておらず、遮蔽物のないその風景は、国へと向かう人々を格好の的とする。





「ここまで様変わりしてしまっては……転移魔法など使えるわけもない。変わっていない風景の限界までしか飛べぬわ。」



やれやれ……とため息を吐くヨハネ。



「この辺り……近年で此処まで発展したと仰るのですか?」



ヨハネの言葉をいまいち理解できないガーネット。



「砦と言うのは、しっかり定着するのに5年は必要です。築城し、場に慣れ、戦術を構築し……その戦術に慣れて、早くて5年。それが『数年』と言うのはあまりにも早すぎる……。」



ローランド王国にも砦はある。

ゼロとシエラが攻めた、あの砦である。


築城3年。


しかし、砦を築いてからが大変だった。

周囲を伐採し、やはり遮蔽物を無くし……

砦の周囲に堀を設け……


ガーネットと言う『絶対的な戦術の象徴』に合わせた戦術・戦略を構築した。


此処までで、5年。

それだけ時を費やしても、ゼロとシエラに攻略された。



「それを……ここまで堅固な造り。戦術が間に合っているはずがない。」



このガーネットの言葉は、すなわちガーネットの騎士としての経験だった。





「ならば、試してみるか?」




その時、要塞の奥の方から威勢の良い男の声が響き渡る。



「……誰だ!」



声のする方をガーネットが見る。そこには……




「ようこそエルシードへ!!私はエルシード黒騎士団のカミュー!」


漆黒の鎧に身を包んだ騎士がいた。




「ほう……なかなか洗練された騎士のようじゃの。大方侵入者を察知して哨戒に来たか。」



その身にまとう闘気に、ヨハネが感嘆の声を漏らす。



「あなた方が『敵勢力』であればそうしたでしょう。しかしどうやらあなた方は敵では無い様だ。良く知るお方がいらっしゃる。」



カミューは、シエラを見てそう言った。



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