4-5
「この度は……妻ミコトを救ってくれたこと、感謝する。辛い戦いであっただろう……」
翌日。
離島から帰還したシエラ達一行は、アズマ王城の謁見の間に来ていた。
「いいえ……ミコト様がご無事で何よりでした。それより、私達の力不足で漆黒の軍勢の力を強めてしまったことをお詫び申し上げます……。」
アズマ国王に恭しく頭を下げ、詫びるシエラ。
結果的にミコトを救い出し、漆黒の軍勢を退けたことになったのだが、アガレスの復活を許してしまったことが、シエラの心に爪痕を残していた。
「漆黒の王・アガレスか……。シエラ殿、そなたの部下が実は相手方の将だったと聞いた。武力はおそらく……他6国を凌ぐのであろう……。ここは、他国と結束して制圧せねば……」
帰還した祈祷師たちの報告により、アズマ国王はおおよその状況を把握していた。
「……私が各国を回り、協力を募ります。聖王ジークハルトの娘の名に於いて……。」
「しかし、滅ぼされたとはいえ、帝国の皇女に使い走りのような真似をさせるわけには……。」
シエラの申し出に難色を見せるアズマ。
シエラの父、先代皇帝ジークハルトとは戦友とはいえ、国土を広げて功を成した帝国と、当方の島国にとどまったアズマとは、国力にそもそもの違いがあった。
『島国』の王が『大国』の皇女に事を頼むのは憚られたのだ。
「陛下、もうそういう思慮は必要ありませんわ。帝国はもう、滅びたのです。そして私は未だ無力な『元皇女』に過ぎない。ただの旅の剣士です。私が帝国復興を目指し、漆黒の軍勢を制圧するためには、各国の情勢を自らの目で見、耳で聞き、心に刻まなければならない。これは『使い走り』ではありません。『復興への準備』なのです。」
シエラは、もう帝国が滅びたときの弱い皇女から脱却しようとしていた。
滅亡を知り、敗北を知り、挫折を知り……。
それでも、希望を胸に、協力者がいることを知り、人の輪の大きさを知った。
シエラは確信していた。
いつか、必ず大きな人の輪で漆黒の軍勢を退けることが出来ると……。
「アズマ陛下、漆黒の軍勢を打ち倒すため、どうかお力を貸してください。」
その、真摯な姿勢にアズマの答えは一つしかなかった。
「もちろんだ。我らアズマ国は漆黒の軍勢を退けるため、シエラ殿……そなたに協力をしよう。ローランドにも同盟の書状を早急に送ることにするよ。」
―――――――――――――――――
アズマ国王の協力を得たシエラ達。
「さて、これからどうするのじゃ?」
ヨハネが、これからの計画について訊ねる。
「ローランド王国に戻ろうと思います。帝国が闇の軍勢に制圧されてしまいそうな今、隣国ローランドで敵をけん制する必要があると思うんです。それに……」
言いかけて、シエラは言葉を濁す。そんなシエラの言葉の先を知るように、ヨハネが言葉を続けた。
「うむ。今のままでは些か戦力不足。アガレス等とやり合ったところで捻りつぶされるのは目に見えておる。なんせ奴の将ひとりにすら敵わなかったのだからな。」
ゼロが苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
ゼロ自身、今回の戦いでは何もできなかったと思っていた。
これから先、戦力も己の力も強めていかねば、アガレスを倒すことなど、夢物語なのであろう。
「ローランドへ戻ろう。隣に宿敵はいるが、まずは戦力を増強することが先決だ。国王の助けも借りて、次にどこへ行くべきか考えようぜ。」
ゼロにしては的確な意見。
「……ほう。やはり、敗北はマイナスばかりではないか。よく成長したの。」
ヨハネは、少しでも成長したゼロの姿に、少しばかりの喜びを感じた。
「さて、善は急げだ!俺、港で船の手配をして来る!!」
こういう時の行動力は、ゼロが一番。
アズマ国王に軽く頭を下げると、謁見の間を走り去ろうとする。
「ゼロ!!もう……失礼ですよ!」
呆れるシエラに、
「ふっふっふっ……ゼロよ、止まらぬか。」
不敵な笑みを浮かべるヨハネ。
止まれ、と言われ、ゼロは不満げな表情。
「なんだよ~!こういう時はさっさと行動しないと、何でも仕損じるんだぜ!!」
少し離れた位置から大きな声を出すゼロ。
ヨハネはそのすぐ眼前に、一瞬で転移する。
「……!!」
ゼロの額に触れそうなほど近づく、ヨハネの美しい顔。
「……い、一瞬で!?」
驚きと、気恥ずかしさで飛びのくゼロ。
「そうじゃ。妾は一度訪れた場所なら転移魔法で飛ぶことが出来る。あの『死神』のようにの。そして、妾はローランド国王とは旧知の仲じゃ。……言いたいことは分かるの?」
ヨハネがにやりと笑い、その笑みでシエラは察した。
「……お願いして、よろしいですか?シエラ様。」
シエラの申し訳なさそうな問いに、ヨハネは笑って頷く。
「任せておけ。妾は大魔導士ぞ。」
これまでのゼロたちの船旅は、いったい何だったのだろう……?
そう思わせるような、ヨハネの転移魔法。
気が付くと、ローランド城下町へと転移していた。
「嘘……だろ?俺達結構、長旅だったぜ?」
驚きと、少しの落胆を見せたゼロ。
「魔導士とは……皆こんなすごい転移魔法を使えるものなのですか?」
かたや、興味津々の様子で転移魔法についてヨハネに訊ねるシエラ。
「まぁ……個人差にもよるが、目的地のイメージが強く浮かべば誤差も少ない。跳べる距離は、魔力により異なる。妾は一度行ったことのある場所なら、この星の端から端まででも転移できるぞ!」
まるで自慢するように胸を張るヨハネ。
少女の姿に転生したヨハネが偉そうな素振りを見せると、何だか可愛らしくも見える。
「……シエラ、お主もいずれ使えるようになるじゃろ。まぁ……妾ほどの距離にはならないだろうがの。」
「……本当ですか!?」
シエラの魔力の才能に、ヨハネは出会ったときから着目していた。
剣士と魔導士の血を分けるシエラ。
しかし、どちらの才能も月並みに言えば『天才』。
そんな逸材、ヨハネの知る中では一人もいなかった。
(本当に……この娘の生誕は奇跡としか言いようがないの。世界を救うために生まれた……と言っても過言ではないじゃろ。それに……)
ヨハネは、ゼロを見る。
「なんだよ、姫さんばっかり才能だとかよ~!ズルくねーか?」
シエラがヨハネに太鼓判を押されたのが羨ましいのか、ゼロが不貞腐れたように呟く。
(ゼロの内面の『闘気』……とでも言うべきか?父親のものとはまた違う、何か大きなものを感じる。これは……育て方を間違えたら厄介かも知れんの……)
ヨハネは、ゼロの内面に秘められた、底知れぬ、強大な『何か』を感じ取っていた。
「まぁ良い。ほらお前たち!城に戻って熊男に報告に行くぞ!のんびりする余裕などないぞ!!」
とにかく、ふたりが育つまでは、見守り、護っていこうと決意するヨハネ。
「次は、もうひとりの英雄縁の地へ行くぞ。新たな仲間が得られるかもしれぬ。」
いつか、シエラが先頭に立ち、ゼロがその剣として支え……
多くの縁によって集まった仲間たちと、世界の平和を目指し戦う……。
そんな近い未来のために、『元英雄』は後世に尽くす決意を固める……。
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