4-4

祭壇の上。

封魔石の周囲の空間が歪んでいく。


封魔石は、詠唱に合わせて鼓動を繰り返すように膨張していく。

それはまるで、『石』と言うよりは『生物』のようだった。



「なぜ、なぜこの採掘場がずっと護られていたのか。その謎が分かりましてね。」



ジェイコフが歪んだ笑みを浮かべながら語りだす。



「ただの石の採掘場なら、どんどん開放すればいい。封魔石をアズマの特産品にでもしておけば、もっともっとこの国は豊かになったはず。しかし、歴代国王たちは、それをしなかった。それは何故か……。」



詠唱に合わせ、当初の倍以上のサイズにまで膨張しいていく、封魔石。



「特産にでもなったら、採掘される量も増える、そうなれば当然、深部にまで人の手が及ぶ。歴代国王たちはそれは都合の悪い事だった。何故なら……。」




ジェイコフが、ヨハネから視線を外し、ゆっくりと祭壇へと向かって歩き出す。

ヨハネは、そんなジェイコフの様子を見る。


殺意は、無い。


(こやつ……何を考えておる……?)




少しずつ、しかし確実に空間を歪めていく封魔石。



「……最深部に、『我らが王』を封印していたのだから!!」


ジェイコフが両手を広げる。

強まる詠唱。

歪む空間。


そんな状況に耐え切れなくなり、崩れ落ちていくアンデットたち。



「……何じゃと!?そ、そんなはずは……」



ジェイコフの言葉に、一気に青ざめるヨハネ。



「まさか……お主らの狙いは……奴の復活、なのか……?」




カタカタと震える、ヨハネの身体。

それでも力を振り絞り、阻止しようと祭壇へ走る。



「懲りない方だ……邪魔しないでいただこう!!」



今回はジェイコフも語気を荒げる。

ヨハネに一閃、刀を振るう。


「……!?」


ヨハネが防御魔法を展開するより早く、太刀筋はヨハネの身体を袈裟切りにした。



「……ぐっ!!」



走った勢いで倒れ込むヨハネ。


「ヨハネ様!!」


ようやくミコトの回復を終えたシエラが、ヨハネに駆け寄る。

位置にして、祭壇の真下。


「ならぬ……ゼロとミコトを連れて、祭壇から出来るだけ離れるのじゃ……。」



駆け寄ってきたシエラに、ヨハネは苦悶の表情を浮かべながら言う。


「ここは妾が時間を稼ぐ。遠くへ……少しでも、遠くへ逃げよ……。」



力を振り絞り、立ち上がるヨハネ。


「もう……遅い。」



ヨハネの目の前にいたジェイコフ。

その気になればヨハネにとどめを刺すことは容易かったはずだが、そのまま踵を返し祭壇へと向かう。



「……く……っ」



傷を負ったヨハネ。


魔導士は遠距離攻撃専門。

肉弾戦にはめっぽう弱い。


剣士同士ならあまり大きなダメージではなかったかもしれないが、ヨハネにとってジェイコフの一撃は、立ち上がることも出来ないほどのダメージ。

それはすなわち、この戦線からヨハネが離脱したことを意味していた。


ジェイコフの裏切り。

ヨハネの離脱。

手負いのゼロ。


まともに動けるのはシエラだけ。


この絶望的な状況で、ジェイコフは誰にも刀を振るわず祭壇でひざまづく。




「王の……お目覚めだ。」


自ら召喚したはずのアンデットたちを、刀で一閃するジェイコフ。

断末魔の叫びをあげながら、崩れ消えゆく。



「……え?」



ヨハネの回復に向かおうとしていたシエラが、一瞬振り返り、驚愕の声を上げる。



封魔石が、人間ほどの大きさまで膨張していた。

赤黒く変色し、どくどくと波打つ封魔石は、まるで生物のよう。

禍々しい魔力を発しながら、その鼓動のような動きは速くなり……



「ご帰還、お待ち申し上げておりました、我が王よ……。」



そんなジェイコフの言葉を合図に、漆黒の闇が封魔石を包んだ。




「逃げろ……シエラ、ゼロを連れて、逃げるのじゃ……」


自分のもとに回復に来たシエラにヨハネは何度も逃げるよう促す。




「だから、遅い……と申し上げたはずですよ?」


そんなヨハネにジェイコフは歪んだ笑みで言う。



「あなた方の命運は……我が王に委ねましょう。もう、どうあってもあなた方の命は王が握ってしまうのだから……。」



封魔石を包んでいた漆黒の闇が、次第に消えていく。

その、封魔石のあった場所には……



「男がひとり、立っていた。」



ジェイコフは、改めてその男の前にひざまづく。




「お帰りなさいませ、我が王よ……。」



男は、目の前に膝まづくジェイコフを一瞥すると、


「……老いたな、死神よ」



低く太い声でジェイコフに言った。


「まぁ、力の衰えは感じぬ。栓無き事だ。」



そして、ゆっくりと祭壇の端に向かい、歩く。

そんな男の後姿に、ジェイコフは言う。



「はっ……栓無きことでございます。この世界はアガレス様……貴方様が支配されるのですから。」



アガレスと呼ばれた男は、ジェイコフの言葉に特に反応することなく、ゆっくりと祭壇から降りる。


ゆっくりと、自身の身体の動きを確かめるように。



「……コイツ、何を考えてやがる?」



その、周囲の緊張感とは裏腹な行動を取るアガレスの心臓部分に、ゼロは慎重に魔剣の切っ先を向け、照準を合わせる。


そんなゼロに、アガレスが気付いた。




「男、それは余に抗う姿勢、と見て良いのだな?」



その口元が、歪む。



「抗うも何も……テメェは最初っから敵だろうが!!」



そう虚勢を張ってみたものの、魔剣を握るゼロの両手が小さく震える。



(くそ……何て存在感だよ……。近づいたら、やられる)




ゼロも剣士。

本来なら、いち国家の騎士団一個隊長に匹敵するほどの使い手。

故に、相手の戦力を測り、また感じることは出来た。



そんなゼロが、『敵わない』そう悟った。


ひとりなら、『逃げる』という選択肢もあった。

目覚めたばかりのアガレス。

身体が完全に目覚める前に、自慢のスピードで撤退すれば、ジェイコフが追ってこない限り逃げ切れただろう。


しかし、こちらには仲間がいた。


皇女シエラと、手負いの大魔導士ヨハネ。


これまで行動を共にしたふたりを置いて逃げることなど、ゼロには出来なかった。

故に……ゼロは考えた。



選択肢は2つ。


自身で時間を稼ぎ、ふたりを逃がすか。

3人それぞれ別の方向に散り、『確実に一人だけでも』逃がすのか。


もし後者を選ぶのであれば、逃がすのはシエラ。


(姫さんを逃がせば、いつかきっと……)



シエラに目を遣る。

ジェイコフの裏切り、そしてアガレスの復活。

シエラにとって、理解できないことの連続で、その瞳には明らかに動揺が見て取れた。



(何かを合図に……)



ゼロは、周囲に何か突破口は無いか、見回しながら探す……。





……その視線を、人影が遮った。



「男よ、余の前で考えることほど無為なものは無いと思え。全ての事柄は、余を中心に回る。愚民どもが知恵を働かさなくとも、余の赴くままに動けば良いのだ……」



ゼロの眼前、そこには少し離れた場所にいたはずの、アガレスが居た。



「……なん、だと……?」



気配も感じず、動きさえも見えなかった。

ただ、『眼前に居た』アガレス。



「そろそろ……男、そなたの運命を決めるとするか……」


幾度となく、危険な戦いはあった。


しかし、今回ほど『死』を目前に感じたことは無かった。

ゼロは、初めて『確実な敗北』の足音を感じたのだった。



「……あ……。」



身体も震えない。

冷や汗ひとつ、出てこない。


(あぁ……これが、本当の『死の予感』ってやつか。何だろ、こんなもん……なんだな……)




刃を向けられているわけではない。

戦ってすら、いないのだ。


ただ、目の前に『立った』だけ。


それだけで、ゼロはアガレスとの力の差を感じた。




微動だにしないアガレスと、『動くことの出来ない』ゼロ。



傍から見れば、ただ睨みあっているように見えるその場では、確実に『生死のやり取り』が行われていたのだ。



「……ふっ。」




ふと、アガレスが鼻で笑う。

その僅かなしぐさに、ゼロの身体がまるで痙攣したかのように跳ねる。



「……力の差を感じることは出来るか。良い、良いぞ男よ。」



アガレスにとっては、ゼロの存在は微々たるもの。

しかし、アガレスは目の前のゼロに『興味』が沸いた。

理由……それはただ一言『気まぐれ』であろう。



すっ……と、アガレスはゼロに背を向ける。



「なんの……つもりだ?」



ようやく、ゼロの口から言葉が漏れだす。

しかし、その言葉は弱く、力がない。



「なんのつもりか……?ふむ、それはなかなか面白い問いだ。」


アガレスは、ゼロとの会話に応じながらも、視線を合わせようとせず、ただ祭壇の方へ向かって歩く。




「……男よ。」


そして、ジェイコフの側へたどり着くと、振り返りゼロを視線で射抜く。



「……そなたは、道行く虫けら一匹一匹の命について考え、慮り、歩くのか?」



その口元には、邪悪な笑み。




「死神、余は何処へ行けばいい?」


ジェイコフは頭を垂れ、言う。



「アガレス様が大陸を統べるための拠点を、すでにご用意してございます。先だって『害虫』どもを駆除しておきましたので、そちらへ……。」



「ほう……準備が良いな。その場所は?」



ジェイコフは、すっ……と立ち上がり、シエラを一瞥する。

その瞬間、シエラは悟った。

ジェイコフが言う、『アガレスの拠点』を。



「ジェイコフ……冗談でしょう?」


縋るような目でシエラはジェイコフに言う。

しかし、そんなシエラを意に介さず、ジェイコフはアガレスに、告げた。



「大陸の中心部。かつて『帝国』と呼ばれた地……」


「…………」



シエラは、言葉を失った。


ジェイコフの答えは、予測していたものだったのに。

きっと、帝国が滅ぼされたのも、こうなるための『布石』であることがなんとなくわかり始めていた。



それでも、シエラはジェイコフの口からこの答えだけは聞きたくなかった。



ーーー殿下、この帝国を全てをかけて守るのです。貴女がいつか、皇帝としてこの帝国を治める時……その時は、貴女を中心に笑顔の絶えない国でありますよう……---



ジェイコフのこの言葉。

まだ、12歳になったばかりの頃に、政務の勉強が嫌だと部屋を抜け出したシエラをジェイコフが捕まえて、抱き上げながら言った言葉。




「……ジェイコフ」



あの時のジェイコフの微笑みが頭にこびりついて離れないからこそ、シエラは辛かった。


「帝国……か。ならば余も、これより『皇帝』を名乗ろうではないか。」



そんなシエラの気持ちなどまるで気に留めることなく、アガレスは口元に邪悪な笑みを浮かべる。



「死神よ、案内せよ。」


「……この者達は、如何なさいましょうか?」


「……取るに足らん存在だ。捨て置け。」


「……御意。」



このふたりのやり取りが、あまりにも無機質で、無慈悲だったので……



「……必ず。」


シエラは、気持ちにひとつの区切りをつけた。

目の前にいる、昔から知っている老剣士の顔。

その老剣士は……


師であり、祖父のようであり、また友人のようでもあった、この老剣士は……



「必ず、あなた方より帝国を奪還します。皇女・シエラの名において!!」



ジェイコフは、もう敵だ。



そう、気持ちを切り替えた。


そんなシエラの頬に、一筋の涙。




「……良かろう。楽しみにしておる。いつか力をつけ、『我が』帝国を奪いに来るがよい。余は……逃げも隠れもせぬ!!」



アガレスは、復活してからこれまでの短い時間で、いちばん満足げな表情を見せた。


「余の前では、何人も畏れ、慄いてきた。忠臣以外で余はそれ以外の人の表情を知らぬ。……皇女よ、そなたは違う。実に興味深い……。」



現状では、力の差は歴然。

それでも、アガレスはシエラの決意のこもった瞳に『何か』を感じたのだった。



「これから幾度となくそなたらとは相まみえることになろう。……失望させてくれるなよ?」


ジェイコフが転移魔法を発動する。



「さらばだ……愚民どもよ。」



「待ってください!!!」



シエラが、アガレスを追おうと走り寄る。

しかし、あと一歩……と言うところで、ジェイコフの転移魔法が発動してしまう。


「……あぁ……。」



シエラ、ゼロ、ヨハネ、そしてミコトとアズマの祈祷師たちが残された、採掘場地下の祭壇。



そこに残ったのは、喪失感そして絶望感。




「あ……えぇとさ……。」


この重苦しい空気をいち早く打開したかったのが、ゼロだった。


結局、このアズマでの戦いでは何もできなかった。

ジェイコフに後れを取り、アガレスの前では身動き一つとれないまま、2度の敗北を味わった。


ミコトを救ったのはシエラ。

そして、その時間稼ぎをしたのは、ヨハネ。


何ひとつとして力になれなかったことを、ゼロは悔い、そして恥じた。




「俺……結局何も出来なかったわ。足、引っ張っちまった。だからさ、もっともっと強くなる。あのくそジジイと互角……いや、それ以上に戦えるように。だからさ……今は、今は悔しいけど立ち上がって、歩こうと思う。」



いつの間にか手から落としていた魔剣を拾い上げ、鞘に収める。

そして、ヨハネに向き合う。



「俺は、どうすれば強くなれる?……数年後、とか悠長なことは言ってられねぇ。少しでも早く強くならなきゃ、きっと大陸は『あいつ等』に征服されちまう。俺は……命に代えても、この大陸を守りてぇ。……頼む。教えてくれ。」



ヨハネが、ゼロの姿に目を丸くする。

無鉄砲で、プライドだけはあって、人の忠告を聞かない青年だと思っていた。

しかし、今回の敗戦で、ゼロは自身の立ち位置を確りと見極め、そして自分の弱さを素直に受け入れた。


ヨハネは長い戦いで、こういう剣士が強くなり、世界を救ったことを知っている。



(……まるで、父のようじゃの。)


ヨハネの戦友、剣帝ツヴァイクが、そうだった。

7人の中で、当初いちばん弱かった彼は、戦いの中で経験を積み、いつしか欠かせない存在となっていたのだ。



「……案ずるな。そなたは必ず強くなる。この戦いの中で、妾を超えるほどに……

な。そなたに流れる『血』が、そう言っておるわ。」



ヨハネが、微笑んでゼロの頭をそっと撫でる。


「う……何だよそれ……。」



頭を撫でられることに慣れていないゼロが、少しだけ恥ずかしそうに身をよじる。



「さぁ、此処にいても仕方がない。皆を連れて表へ出るぞ。」



――――――――――――――



採掘場の最深部から外に出るのは、来る時よりも長い時間を要した。



敵がいたとはいえ、体力も魔力も万全だった行き。

何より、敵だったとはいえジェイコフも同行していた。


しかし、帰りはゼロも、シエラも……何よりヨハネが消耗しきっていた。

その状態で、憔悴しきったミコト、そして囚われていた祈祷師たちの安全を確認しながら脱出しなければならない。


しかも、3人には『敗北』という事実も重くのしかかっていた。

3人にとって、これほど気持ちの重い凱旋は初めてだった。



「やっと……出られたの。妾の魔力が充分残っていれば、転移魔法で一瞬……だったのにの。」



肩で息をしながらヨハネが言う。



「とんでもございませんわ。ヨハネ様にばかり負担をかけるわけには参りません。私の方こそ……ごめんなさい。結局、最後は足を引っ張ってしまいました。どんな犠牲があっても、必ず帝国を再興して見せる、そう誓ったばかりだったのに……。」



シエラにも、思うことはあった。

帝国再興は苦難の道。

一筋縄ではその道は歩けない。

そう、覚悟を決めて臨んだはずだった。

しかし、実際は腹心が裏切ったことでショックを受け、戦意を喪失してしまった。



(私が……ゼロに代わってジェイコフに剣を向けるべきだった……)



過去の想い出に縛られ、『敵』となったジェイコフに刃を向けることが出来なかったシエラ。


「ヨハネ様……私は、本当に帝国を復興させるだけの器があるのでしょうか?」



自らの弱さを知ることで、シエラはなお不安になってしまった。




「シエラよ、そなたはもっと世界を、そして人を見るのじゃ。経験を積まずして人は大きくは成れぬ。これからそなたは『人の上に立つもの』としての経験を積み、父であった『覇王』を継ぐのじゃ。世界を正しい方向へ導くために、の。」



そんなシエラにヨハネは言う。


ゼロに可能性を見出したように、ヨハネはシエラの資質に可能性を見ていた。



(……剣技・内政・外交……全てに才のある者は珍しい。まだ若いが、武勲で国を治めたジークハルトを超える可能性など、いくらでもあるわい。)



「ま、気長にやることじゃ。とにもかくにも、あのアガレス等を黙らせない限りは国の復興などないのだからの。」



そう、シエラに微笑みかけると、



「なんか妾、今日は説教してばかりじゃの……」



と、小さな苦笑いを見せた。

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