4-3
ジェイコフの去った坑道内。
残された3人は、ジェイコフの去った先をただ見ていた。
「……いけない!」
シエラが一番最初に我に返り、ゼロのもとへと走り寄る。
「大丈夫ですか!?」
「……大した事ねぇ、かすり傷だ。……野郎、俺の事を完全にカモにしやがった。傷口は浅く、派手に出血させて足止めしやがったな……。」
シエラの回復魔法を受けながら、ゼロがぎり、と奥歯を噛む。
実力の差は歴然だった。
エリシャでの死闘、ローランドの開放を経て、ゼロは自身でも力をつけたと思っていた。
しかし、共に戦ってきたはずの、そして同レベルの実力だと思っていたジェイコフに、まるで子供の用にあしらわれた。
剣先すら、力を見せたジェイコフには届かなかった。
守ろうとしたシエラには心配され、治療まで受ける始末。
「……ちくしょう。」
その事実がただ悔しくて、ゼロは吐き出すように呟いた。
「……悔しいのなら、さっさと立たぬか、この痴れ者めが。」
そんなゼロに、厳しい言葉を投げかけたのはほかでもない、ヨハネだった。
「たかだか1度負けたからと言って、いつまで寝ておる?命があるだけありがたく思え。そんなに悔しいのなら、力をつけよ。何時までも起きぬのなら、そなたは何時までたっても『一兵卒』じゃ。あやつの言う通りじゃて。」
「そんなに厳しい事を言わなくても……。」
ゼロに浴びせられたヨハネの言葉。
シエラが庇うように口を挟む。
しかし、ヨハネは意にも介さない様子で言葉を続ける。
「シエラ、そなたもじゃ。何時まで下を向いておる?皇女が、これから世界を救おうと、帝国を再興させようと立ち上がったはずのそなたが、旅半ばで下を向くのかえ?……ならば諦めよ。その程度の意志の強さで、民は束ねられぬよ。」
今度はシエラに。
ヨハネは気付いてほしかった。
自分たちの為そうとしていることに、どれほどの覚悟が必要かということに。
「……悔しいけどよ、アンタの言う通りだぜ。俺はまだまだ強くなるぜ。姉貴のためにも、俺は『剣聖』になるんだ。」
魔剣を杖のように立て、必死で身体を起こすゼロ。そして……
「ありがとうございます。私も……もう、迷いません。」
ゼロの身体を支えながら立ち上がり、しっかりと、そして真っ直ぐにヨハネを見据えた。
「そうじゃ。若者は簡単に下を向いてはいかん。」
ゼロの傷は、出血の割に浅かった。
シエラの回復魔法の力をもってすれば、全快までさほど時間はかからなかった。
(逆に、その程度の傷に留めたということか。あくまで足止めのために。……何と言う力量じゃ。いや待てよ、と、言うことは……。)
ヨハネは、ジェイコフの行動に不信感を覚えていた。
本気で殺す気なら、たとえこちらが3人とて殺せただろう。
経験値不足のゼロ。
ショックで意気消沈しているシエラ。
そして、魔力は高くも剣士とは相性の悪い魔導士・ヨハネ。
ジェイコフほどの腕なら、無傷とはいかなくとも、この場で3人を全滅させることも出来たはず。
(余裕があるからか……それとも……!?)
ヨハネの表情から、余裕が消える。
「ゼロ、シエラ!急ぐぞ!!おそらく奴らは目的のものを『すでに手にしている』可能性が高い!!逃げられる前に、王妃だけでも救うのじゃ!!」
ジェイコフが3人を殺すと都合が悪かったこと。
それは、道連れを狙った退路の破壊や、目的の『封魔石』の破損を恐れたから。
つまり、目的のものはすでに手中にあり、足止めさえしておけば容易く目的が達せられる状況にあった、と言うこと。
(ちっ……王妃が生きている確率は、5分5分、と言うことか……)
どうしてこのことに気が付けなかったのか。
ヨハネは自分に対しての苛立ちを募らせる。
そんなヨハネの様子をゼロは即座に感知した。
「姫さん、俺はもう大丈夫だ。急ぐぜ!!」
シエラの肩に手を置くと、そのまま奥へと走っていく。
「お主じゃまだ力不足じゃ!妾が先行する!」
そんなゼロを全速力で追うヨハネ。
「シエラよ!!お主は今回の戦い、最後尾で援護じゃ!相手が剣士であるなら、ゼロを先頭に、妾が攻撃で援護、そなたが補助・回復で援護する形が最も望ましい!」
シエラとすれ違いざま、出来るだけ簡潔に作戦を告げる。そして……
「走るのじゃ!事態を良くするも悪くするも、これからのそなたの行動次第ぞ!!」
今度は振り返らず、聞こえるように大きな声でシエラに告げた。
少しだけ遅れること数秒。
ゼロ・ヨハネとの距離が少しずつ開いていく中……。
「……私は、この戦いを終わらせる。こんな戦い、辛い思いしか生まないのだから……。」
意を決し、2人の背を追う。
そして、3人は坑道の最深部へとたどり着いた。
「なんだ……コレ。」
最深部に辿り着いて、最初に口を開いたのはゼロだった。
採掘場の最深部。
採掘場と呼ぶには些か風変わりなその空間。
その中央には祭壇のようなものが設けられ、周囲には女性が数人伏していた。
「祈祷師……か。」
ヨハネが小さな声で呟く。
「祈祷師?」
「そうじゃ。生まれつき魔力が高く、且つ感応力の高い女子が選ばれる、異界と交信できる者の事じゃ。」
「異界……ですか?」
「うむ、死後の世界とでも言えばいいか……。『この世ならざる世界』じゃ。しかし、あの疲弊のしよう……ずっと祈祷させられ続けたのじゃろうな。」
祭壇の周りに伏している祈祷師たち。
祈りで伏しているのではなく、その表情からも疲労の色が濃くみられる。
「あれ……見てください!!」
そんな祭壇の中央に、シエラが何かを見つける。
「……惨いことを」
ヨハネが険しい表情を見せる。
祭壇の中央。
まるで柱のようにそびえる石碑の中央には、ひとりの女性が縛り付けられていた。
「……アズマ王妃・ミコトじゃ。」
ヨハネが険しい顔のまま告げる。
ミコト……アズマ王妃は項垂れたまま動かない。
「もしかして……生贄?」
「いや、生きてはいるようじゃ。ミコトは霊媒師。異界の魂をその身に宿し、声を聞く者。おそらく、何度も霊媒させられたのじゃろう。たった一度でも相当の魔力を使うと言うに……。」
ヨハネが細い指をぎゅっ……と固く握る。
その様を見て、ゼロは思った。
「さっさと助けようぜ!みんな目の前で死なせるなんて、俺はごめんだぜ!!」
魔剣を構え、数歩出る。
シエラもゼロに同意したのか、横に並んで身構える。
「…………何故、引き返して下さらなかったのです?シエラ様。」
そんなふたりの前に、『死神』が立ち塞がった。
「ジェイコフ……。」
シエラの顔が、苦悶に歪む。
「命を奪わずに、私は最深部へと向かった。それがどういう意味を持つのか、聡明な貴女なら分かったはずです。」
静かに漆黒の刀を抜く、ジェイコフ。
「テメェ……なんだかんだで無差別殺人かよ!!騎士道が聞いて呆れるぜ!!」
先ほどの敗北のこともあり、いきり立つゼロ。
しかしそんなゼロの言葉には耳も貸さず、ジェイコフは告げる。
「機は……熟しました。我々の時代が、ついに始まるのです……。」
ジェイコフの一言を合図に、低く暗い声が周囲から響く。
「……なんだ?」
辺りを見回すゼロ。
その周囲から、黒く蠢く影。
声の主は、その『蠢く影』だった。
「不死兵を……詠唱に使っていたか。生命力を糧にして、度重なる祈祷を行っていたというわけか……。下衆なことを……」
ヨハネが、険しい顔で呟く。
ジェイコフは、意志を持たぬ不死兵を次々と召喚し、その身体が朽ちるまでずっと祈祷をさせていた。
この祭壇の中心に、『力』を送るために……。
「う、うぅ……」
ふと、ミコトが呻き声をあげる。
「生きてる!!」
ゼロが祭壇に向かい走る。
しかし、それを『死神』が許すはずがなかった。
「……お主は、『学ぶ』と言うことを知らぬのか?ここに私がいるということを、忘れたわけではなかろう……。」
ジェイコフが、今度はしっかりゼロに正対した状態で刀を抜く。
「俺はそんなに馬鹿じゃねぇよ。……でもな、ただ無様に負けたままってのが気に入らねぇだけだ。」
ゼロも、しっかりと足を止め、魔剣を抜く。
(ゼロ……魔剣ゼロ。今度は最初からお前の力、あてにしてるからな!!)
ゼロの心の声に反応したのか、魔剣が鈍く光る。
それを合図に、ヨハネが詠唱を始めた。
「今の俺じゃアンタにゃ勝てねぇ!でもな、死なずに『時間稼ぎ』が出来れば、それで目的は達成なんだよ!!」
魔剣に秘められた魔力を借り、瞬発力だけを目いっぱい上げてジェイコフに飛び込むゼロ。
(ぬ……先程とは早さが違う……。力を隠すような器用な者ではないと思っていたが……。)
ゼロの一撃を難なくいなすジェイコフ。
多少能力が向上したからといって、『死神』の絶対的な力には及ばない。
「あれを初見で見切るかよ……やっぱりバケモノだな、お前!!」
すかさず身を翻し、連撃をジェイコフに見舞うゼロ。
姉、アインに教わったこと。
『攻撃を受けないためには、相手に攻撃の手番を与えないこと。』
実力が伯仲していれば、ゼロも通常の攻撃でそれは為せる。
しかし、実力が数段も上のジェイコフだからこそ、ゼロは魔剣の力を借り、攻撃力よりも瞬発力を上げることで、反撃させない素早い手数を選択したのだ。
(頼むぜ……そんなに持たねぇぞ……。)
魔力で一時的に向上させた身体能力。
ゼロの身体が悲鳴を上げ始めていた。
「はっ、はぁっ……」
ゼロの息が荒くなる。
僅か3分。
その3分が、ゼロにとっては長く感じられた。
気を抜いた時点で命を奪われる恐怖感。
そして、どこにどんな攻撃をしても避けられ、いなされるというイメージ。
勝ち目のない戦いをするということが、これほどまでに『疲労』として身体に影響していくとは。
(俺は……どうすればあの域までたどり着ける……?)
自身の未熟さへの歯がゆさ、そして相手……ジェイコフの強大な力に対する羨望。
苛立つ気持ちを必死に抑え、ゼロは『死なないための一手』を模索し繰り出していく。
「不毛な……何を考えている?」
一方のジェイコフも、ゼロの行動にようやく異変を感じ始めた。
僅かな時しか行動を共にしていないが、ジェイコフはゼロが考え無しに自分に向かってくるとは思っていなかった。
性格上、考えるより行動の人間に思われがちだが、その実何かを必ず狙っている策も持ち合わせている。
それがゼロだと、ジェイコフは知っていた。
「ちっ……バレたか。だが遅い!!」
振り返ろうとするジェイコフの喉元を、魔剣が襲う。
「……なるほど、囮と言うわけか。しかし、私は剣術だけではない……。」
ゼロの攻撃を漆黒の刀で受け、そのまま弾き飛ばす。
ゼロが再びジェイコフとの距離を詰めるよりも早く、
「闇の牙よ……。」
自身の背後を走る存在に、闇の牙を穿とうと放った。
「……読みが浅かったの、死神よ。」
闇の牙が放たれたその先、そこにはヨハネがいた。
「その程度の魔力で妾を倒そうなど片腹痛いわ。小僧の片手間に、この大魔導士様が倒せるものか!!」
ヨハネが放たれた闇の牙を無詠唱で倍返し。
「……無詠唱でその魔力……。貴女の存在は反則ですよ。」
ちっ、と舌打ちをしたジェイコフは、ゼロをいなしながらヨハネの反撃をかわすことに全力を注ぐ。
「そうじゃ。…………それでよい。」
ヨハネの口元に笑みが浮かぶ。そしてヨハネはジェイコフに反撃した右手はそのままに、左手に魔力を込める。
「さぁ、跳べ!!」
そのヨハネの言葉を合図に、控えていたシエラが祭壇の中央に向かい、跳んだ。
その足元目掛け、ヨハネは風の魔法を放つ。
「同時に2つの魔法を発動……だと!?」
さすがにジェイコフも、ヨハネの離れ業に驚愕する。
(もう少し……もう少し!!)
ずっと、身を隠して期を伺っていた。
ジェイコフの裏切り。
対峙して傷つくゼロ。
ヨハネに任せてもミコトは助けられたのかもしれない。
それでも。
ミコトを助けるという大役は、シエラ自身が成し遂げたかった。
『ジェイコフ、貴方は間違っている』
そのことを、言葉で伝わらないのなら自身の行動で示したかった。
そして、ハッキリと『従わない、立ち向かう』と言うことを示したかった。
ヨハネの魔法で、跳んだ自身の身体が加速する。
今までに体感したことのない速度。
この速度なら、一瞬でミコトに届く。
しかし、すれ違ってしまったら戻るまでに時間を要する。
きっとジェイコフは『次』という機会を与えてはくれないだろう。
つまり、チャンスは1度。
大きな石碑に、ぐんぐんと身体が近づく。
怖い。
その速度も、近づいてくるミコトに手を伸ばすチャンスが1度きりと言うことも……
……ジェイコフの、無慈悲な瞳も。
怖い。
それでも、シエラはぐっ……と奥歯を噛み、その瞬間に備える。
「……!!それが狙いだったか!!」
慌ててジェイコフもシエラに向かい加速する。
間に合うか、間に合わないか……
シエラのプレッシャーが増していく。
心臓の鼓動が、まるで振動のよう。
小刻みに、手が震えているのが分かる。
「それでも……私は為さねばならないのです……!」
ミコトまで、もう少し。
「シエラ様……諦めなさい。貴女の力など、取るに足らない。その力では、世界を護ることなど叶わないのですぞ……!」
みるみるシエラとジェイコフの距離が詰まる。
今までは、シエラを護るために駆けつけてくれたジェイコフ。
今は、シエラを殺すために、距離を詰める、ジェイコフ。
シエラの瞳に、涙が浮かぶ。
「無力なことなど……わかっています!!」
それでも、必死にシエラはミコトに手を伸ばす。
「……むっ!?」
不意に、ジェイコフの身体に衝撃が走った。
「無力かもしれねぇ……『独りなら』、な!!」
それは、ゼロの魔剣から放たれた衝撃波。
「……この、雑兵が!!」
失速するジェイコフが、ゼロをにらみつける。
「王の器とは、人を束ねてはじめて判るものじゃよ。」
そして、失速するジェイコフを、ヨハネの魔法の網が縛り付けた。
「……ちっ!!」
シエラの目前で、ジェイコフが失速し、落下していく。
その必死の形相に、シエラの胸は痛む。
それでも、自分の為すべきことだけに集中し……
「ミコト様!!」
シエラは必死に伸ばした両手で、ミコトを抱えた。
超スピード。
ミコトの体重。
シエラ自身の腕力。
それらの条件が導き出した答えは……
「……くぅっ!!!」
シエラの両腕にかかる、大きすぎる負担。
ぎしぎしと、シエラの両腕がきしむ音が聞こえる。
これまでは、苦しいときは助けてもらった。
いや、もともと、苦しいものなどほとんどシエラ自身が行うことはなかった。
「……うぅぅ……。」
両手が千切れてしまいそうな激痛。
離してしまいたい。
ゼロに、ヨハネに助けを求めてしまえば、どれほど楽なことだろうか。
しかし……
(私が……私がやるの!私はこの手で……今はひとりだけど、これから多くの民を守っていくのだから!!)
ジェイコフと言う『護り手』を失くしたシエラ。
母国である帝国も滅亡し、今や直属の部下などいない。
それならば。
「私が……守るん……だ!!」
自分の手で、守る。
そう、決めた。
しかし、思いとは裏腹に、身体が自由に動かない。
華奢で腕力などもともとあまりないシエラが、スピードも加わった衝撃に耐えられるはずもなく……。
シエラの身体は、外壁に向かって一直線に飛んでいく。
「耐えろ……耐えるのじゃ。」
ヨハネは、ただ祈る。
魔法で助けてやりたいが、いまはジェイコフを拘束するので精いっぱい。
捕縛を解いた時点で、ヨハネ自身かシエラは間違いなくただでは済まない。
「うっ……うぅぅ……。」
必死に衝撃を和らげようと、シエラは外壁に向かって背を向ける。
自分がクッション代わりになって、せめてミコトだけは守ろうという『選択』をしたのだ。
刻一刻と外壁がその身に迫る。
どのくらいの衝撃なのだろう?
どのくらい、痛いのだろう?
想像もできないダメージに、シエラの心が恐怖に迫っていく。
もう、外壁は眼前。
シエラはぐっとミコトを抱く両腕に力をこめ、かたく瞳を閉じた。
「……姫さん、残念だが、その『選択』は不正解だぜ。」
そんなシエラの背後、外壁とシエラの間に居たのは、ゼロだった。
ゼロは思い切り外壁を蹴り、ミコトを抱えたシエラに向かって飛び込んだ。
「……ゼロ!!」
死をも覚悟したシエラ。
急接近する外壁と自分。
その間に立ったのは、ゼロだった。
「退いてください!!この速度で人ふたり分は受け止めきれません!ゼロ、貴方が……!」
ただでは済まない。その圧力、衝撃を考えると、しかもゼロは先ほどまで、ジェイコフと戦っていたのだ。そのダメージは計り知れないものだろう。
「……貴方が、死んでしまう!!」
シエラが、唇を噛む。
自身の力では、外壁に向かう軌道を変えることは出来ない。
ゼロが自らその場を退かない限り、シエラとの衝突は避けられないのだ。
「……俺の事、低く見過ぎなんじゃねぇのか?」
そんなシエラの心配などどこ吹く風。
ゼロは不敵に笑うと、魔剣を鞘に収め、その鞘に手をかざした。
(ラッキーだったぜ……あと一回分、残ってる……)
ジェイコフとの死闘。
消耗しきった体力、そして蓄えられた魔力。
しかし、勝敗を決する前に、ジェイコフはシエラの作戦に気づいた。
故に、ゼロを『仕留め損なった』のだ。
「……ジジィ、後悔するんだな!!一兵卒が必ずしも戦って散るだけとは限らねぇぜ!」
ゼロは、外壁を力いっぱい蹴り、シエラの方へと飛び込んでいく。
「……ゼロ!!」
こちらへ飛び込んでくるゼロをかわそうと、シエラは必死に身をよじる。が……
「姫さん!!じっとしてろ!!絶対に全員無事だから!」
ゼロはシエラに動かないよう促すと、
「頼んだぞ……『風の盾』!!」
収めた魔剣の鞘を握り、力いっぱい叫ぶ。
すると、収められた魔剣の切っ先の辺りから、爆風が起こりゼロの背後に壁を作る。
「……なるほど、弱った両腕では爆風の衝撃に耐えられないとみて、魔剣を鞘に収めることで切っ先を固定したか……。」
ほう……とヨハネが感嘆のため息を漏らす。
その間近では、ジェイコフが起き上がり、舌打ちをしてヨハネを睨みつけていた。
「どうあっても、邪魔をするつもりですか……。」
「……ふむ、そなたたちの行いが『悪』であると妾は感じた。故に邪魔をすることとした。……そのためには小僧たちが必要じゃ……。」
シエラとゼロの邪魔だけはさせない、とヨハネはジェイコフに向かいその両手をかざす。
戦闘の経験豊富なヨハネなら、足止め以上の成果が見込めると踏んでの行動。
現に、ジェイコフはヨハネの前から動かずにいた。
―――どさっ―――
ゼロが、シエラを抱きかかえたまま落下し、地面に落ちる。
そのシエラは、ミコトを抱え……。
「ぐえっ!!」
女性とはいえ、二人分の体重が丸ごとゼロにのしかかる。
「ゼロ!!……大丈夫ですか?」
シエラは慌ててゼロの上から飛びのき、ゼロの様子を見る。
「お……おう。このくらいなんでもねぇぜ!」
すかさず体を起こし、親指を立てて見せる。
正直、この救出劇でゼロは体力も魔力も尽き果てていた。
しかし、少し先の視線……『死神』の目をごまかすためには、消耗していることを悟られるわけにはいかなかった。
「良かったのう、ゼロ。女子ふたりの肢体の感触を堪能出来て、お主は幸せ者じゃ。」
「あ……う、うるせぇ!!ババァは黙ってそいつをどーにかしとけよ!!」
緊急事態故、ゼロは自身にそんな役得があるなど考えもしなかった。
しかし、そんな冗談を言っている場合ではない。
「シエラ!早く王妃に回復魔法!!」
ゼロは傍らでぐったりしているミコトを指さし、シエラに言った。
「そ、そうですね!すぐに!!」
シエラがミコトに駆け寄り、回復魔法をかけ始める。
時間と共に、徐々にだがミコトの顔に生気が満ちてくる。
「……随分と余裕じゃの、死神……。」
そんな状況の中、ヨハネだけがジェイコフの動向に疑問を抱いていた。
回復していくミコト。その様子を妨害するわけでもなく、ジェイコフは祭壇をただ眺めていたのだ。
「余裕……ですよ。何故なら私にとって、『祈祷師の命』などどうでも良いのです。私たちの目的は……」
ジェイコフが右手を上げる。
不死兵たちが一斉に詠唱を始める。
祭壇の『封魔石』が、赤紫色に発色し、周囲の空気を巻き込んでいく……。
「……そういうことか!!」
ヨハネがジェイコフの意図に気づき、祭壇に向かおうと踏み出す。
しかし、今度はジェイコフがヨハネに向かい刀を突きだす。
「この距離。貴女がいくら無詠唱で魔法を放とうとも、私の居合い抜きに勝速度ではないでしょう。動いたら……斬ります。」
『死神』の異名にふさわしい、突き刺すような視線。
これにはさすがの『大魔導士』も動けない。
相手は剣士。
魔導士としては相性は最悪。
ゼロは消耗しきっている。
シエラはミコトの治療。
進んでいく、詠唱……。
「ちっ……」
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