第4章:日、出づる国の動乱

「頭の堅い男よのぅ……妾はただ、『国王に謁見したいだけ』だと言っておろうに……」



長い黒髪。


小柄ではあるが端正な顔立ちの美女が、城門に立つ衛兵の前で呆れて溜め息を吐く。



「ですから……現在、このアズマ国は謎の軍勢と交戦中ゆえ、身分を示すものが必要なのです。」


「だから言うておろう!『大魔導師』であると!!!」



穏やかな物腰の衛兵と、なかなかに強気な『大魔導師』を名乗る美女。



「どこぞの王家の方ですか?」


「いいや。」


「では、爵位か何か……」


「そんなものはない。」


「はぁ……」


あくまで強気な態度を崩さない美女に、衛兵も辟易している模様。



「では……名前を教えていただけますか?」


仕方なく、国王に報告だけはしておこう。報告しに行って断られたのなら、相手も納得するだろう。



「妾の名か?……国王にはこう伝えよ。『大魔導師ヨハネが来た』と。」



小柄ながらも自分を大きく見せようと胸を張り、自慢気に自らの名を語る魔導師の女。


「……分かりました。ヨハネ殿、ですね?確認しますので、くれぐれも強引に通ったりしませんよう……。」


衛兵のひとりが、もうひとりに待機を言い渡すと、城門の奥へと消える。



「ふん……最初からそうしておれば良いのじゃ。」


むすっとした顔の、ヨハネ。

そんな彼女に、残された衛兵が問う。



「あの……陛下とはどのような御関係で?」



至極当然な疑問。


ヨハネは、その問いに迷わずこう答えた。



「案ずるな。……そなた達が幼子の時よりの、旧知の仲じゃ。」



「…………???」


自信たっぷりなヨハネの答えに、ますます衛兵の頭は混乱するばかり。


アズマ国王は、間もなく齢80に近づく老王。

目の前でふんぞり返るヨハネは、若く見ても10代後半。


言わば『少女』である。


そんなふたりが、『旧知の仲』だと言われて、それを鵜呑みに信じることは難しいであろう。



そんな、混乱する衛兵の背後で、重い城門が開く。


中からは、先程の衛兵が血相を変えてこちらに走り寄ってくる。



「どうぞ、お通りください!!」



城内から出てきた衛兵は、取り返しのつかないことをしてしまった、というような慌てよう。


「うむ。では失礼するかの……」


慌てる衛兵、そして混乱する衛兵の間をするりと通り抜けると、ヨハネは城内へと向かった。


「……変わらぬな。いや、若返ったというべきか。以前魔物を討伐した際は、もっと妖艶なおなごだったものだが……」



東洋風の、趣のある造りのアズマ城。


その最奥、王の間で、国王アズマは鎮座していた。



「そなたは老いたの。妾のように転生の秘術のひとつも使えれば、あの頃の壮健さを取り戻せように……」



広々とした畳の間の中央で。

侍女が差し出した座布団の上に仁王立ちとなり、ヨハネはアズマに憎まれ口を叩いた。



「して、何の用だ?……こんな極東のつまらぬ国など、観光以外で訪れるには物足りないだろう。」


アズマは昔話などする気もなく、単刀直入に本題を問う。

それは、ヨハネとの長い付き合いの中で生まれた、ふたりの間の暗黙のルールのようなものだった。


『余計なことは言わない、訊かない。』


かつてアズマ国に強大な魔物が現れたとき、出生も素性も不明だったヨハネは、手を貸す代わりに若かりしアズマ王にそう告げたのである。



「この国の地下に眠る、鉱石が狙われておる。」


ヨハネも、問いの答えを飾ることなく告げた。



「鉱石……?」


「そなたらの間では『秘石』と呼んでおろう。『封魔石』のことじゃ。」



封魔石。


かつて魔物を討伐し、封印したヨハネとアズマ。


ヨハネの強大な魔力をもって、魔物を封印したのだが、たまたまこのアズマの地の『とある鉱石』は、魔力を増幅し、魔物を封じるのにこれ以上無い媒体となった。



「しかし……あの石は、魔力を増幅する、または魔物を封じる媒体となりうる……と言うだけではないか。防具の素材としては脆すぎるし、武器の素材にしては加工しづらい。呪術師や魔導師の間でしか価値を見いださない石であるぞ?」


アズマも、疑問に首を捻る。


そのような価値の高くない鉱石など、貿易でも手に入る。


「譲って欲しい」


その一言だけである程度の量の譲渡は約束される。




そんな石なのだ。



「疑問はそこじゃ。何故そのような石を狙うのか……しかも軍まで用いてのぅ……。」



ヨハネは、王の間をぐるぐると回りながら考え込む。


「……なんだと?」


そのヨハネの『ひとこと』に、アズマの目の色が変わる。


「軍……?」


ヨハネは、しまった、と頭を掻いたが、仕方ない……と口を開いた。



「アズマよ……この地は戦場になるぞ。」



――――――――――――――



「なんで貝や魚を焼かねーんだ……腹、壊すだろうが。」



一方。


アズマの港では、商人相手にゼロが絡んでいた。



「あなた、知らないの?刺身だよ?さ・し・み!!アズマに来て刺身も食べないなんて……あなた旅人の9割、損してるよ!!」


「なんだとぉ!?」


商人も負けていない。必死にゼロに食い下がる。


「まぁ、ではローランドでもお刺身は食べられるのでしょうか?」


シエラの疑問。

商人はゼロの文句を一切無視し、シエラに向き直る。



「そりゃぁ無理だね!刺身って言うのは鮮度が命!釣り上げたばかりの新鮮な魚じゃないと、どうしても無理だ。それこそ腹、壊しちまうよ!」


なるほど……と、興味津々なシエラ。

そんなシエラに商人が小皿を差し出す。



「食べてみな!さっき釣り上げたばかりの魚だ!」



シエラの顔が明るくなる。



「私……お刺身は初めてですわ……」


おそるおそる手を伸ばし、切り身をひと切れ、口に運ぶ。


「~~~~~♪」


よほど気に入ったのだろう。シエラは声にならないといったリアクションで、刺身の味に舌鼓を打つ。



「ジェイコフ!いつか帝国で魚を養殖しましょう!刺身の出せる店を作りましょう!!」



もはや、シエラは刺身の虜であった。



そんなシエラの傍らで……


「ぐぬぬ…………」


あれほど刺身について文句をいっていたゼロは、その味の良さを認められずにいた。


数切れ、口に運ぶと……


「くっそー」


悔しさでうなり出す。


勝ち誇った商人の笑みに、何とも言えない表情を浮かべたゼロ。



「まぁ、アズマの自慢と言えば海産物くらいじゃないか?産業も文化も、西洋の方が発達してる。……だがな、最近じゃそんな海産物も獲れなくなってきてな……」


表情を曇らせる商人。



「海産物が……獲れない?四方を海に囲まれてて、か?」


アズマは島国。

嵐や津波などの自然災害に苦労するも、内陸は山地もあり、自然環境では申し分のない地なのだ。


特に、海。

人々の憩いの場としてはもちろん、豊富な海産物は貿易面でアズマを支える屋台骨の1本でもあった。



「国王の勅命で……一部の海域以外での漁を禁じられたんだ。だから、珍しい魚は、ほとんど店に出なくなった。どうしてしまったのか、国王は……。」


ここでも、政治に関わる者の異変。


3人は顔を見合わせる。


「……行ってみるか、国王のところ……。」




―――――――――――――――――




「戦場……だと?」


アズマ国王の表情が険しくなる。


「……何に鉱石を使うかは知らぬ。しかし、彼奴等はその鉱石が喉から手が出るほどほしいそうじゃ。邪悪な黒の気と、血生臭さが近づいて来ておる……」



入場時の飄々とした雰囲気はなりをひそめ、真剣な表情となっているヨハネ。

その瞳は、アズマ国王を見据え、さらにその先にある『なにか』を見据えているようにもも見えた。


「して……そなた、何故海域を封鎖しておる?海産物と貿易経路の確保は、アズマの生命線であろう?」


ヨハネが、もう一つの『本題』を切り出す。


アズマ国王は、ヨハネの言葉に考え込む。

その表情は、何かを恐れているかのようにも見える。


「……口にするだけなら問題なかろう?海域を開放することで何かが起こる……ということじゃろうて。」


そんなアズマの心境を察してか、優しい口調でヨハネが問う。


「妻が……囚われているのだ。」


ヨハネはそこで異変に気付いた。

普段はアズマと並んでいるはずの王妃の姿が、そこにはなかったのだ。


(……そういうことか。)


ヨハネは、その『意図』を即座に察した。


アズマ王妃は代々伝わる呪術師の家系。

その身を以て、彷徨える魂と会話ができる、類稀な家系なのである。


(声を聞くためか……?それとも、『媒体』としてか……?)


どちらにしても、よい話ではない。

ヨハネは考えた。


「わかった。海域は決して開放するな。何があってもだ。」


「しかしそれでは、我がアズマ国は……」


「ええぃ、話は最後まで聞けぃ!……海域は決して開放するな。『王妃を助け出すまでは』な。」


ヨハネは感じていた。

このアズマ王城に近づいてくる、『3つ』の気配に。


「この地は戦場になる。そなたには悪いが、それは避けられそうにない。しかし、国と、王妃は命がけで守るぞ。」


ヨハネは凛とした表情でアズマ国王に言った。


(こちらとしても、彼奴等の思い通りに事を進めるわけにはいかぬからの……少しばかりの痛みには目を瞑るしかないか。)


近づいてくる気配。

その中の『ひとつ』に並々ならぬ期待を寄せるヨハネ。



「さて……話は終わりじゃ。行くかの。」



話すだけ話し、挨拶をすることなくアズマ国王に背を向けるヨハネ。


「何処へ?」


そんなアズマ国王の問いに、ヨハネは振り返らずに答えた。


「なぁに、人に会いに行くだけよ」




――――――――――――――――



「テメェ……俺は市場で悔しい思いしてんだ。さっさと退かねぇと痛い目に合うぜ?」


アズマ城・城門前。


3人の行く手を阻む門番ふたりに、ゼロが睨みをきかせていた。


(どうして今日は、おかしな客人ばかり来るんだ……)


衛兵のひとりが、大きなため息を吐く。

それを、ゼロは見逃さなかった。


「おい……何だ今のため息は?」


じりじりと門番との距離を詰めるゼロ。


「よさんか。それではただの賊と変わりないだろう。」


そんなゼロの肩を押さえ、ジェイコフが諭す。


「ふふっ……ここは私に任せてください♪」


そんなふたりの横をするりとすり抜けると、シエラはふたりの門番の前に立つと、優しく微笑み、言う。


「私、シエラと申します。ローランド国王の使者として、アズマ国王陛下に会いに参りました。お目通り……かないませんか?」


恭しく頭を下げると、丁寧な言葉で門番に問う。


(まともな客人がいた…)

(しかも……か、可愛い……)


ふたりの門番も、一瞬で警戒を解いた。


「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。しかしながら、国王はただいま謁見中。もうしばし時間をいただきたく……」


「その必要はない。」


門番がシエラに頭を下げようとしていた、その時。

『先客』が城内から出てきた。


「妾の謁見は済んだ。さぁ、通るがよい。」


まるで自分の城のように、入場を促したのは、ヨハネだった。


「門番よ、国王の許可はすでに妾が取ってある。こやつらを通すがよい。」


『国王の友人』がそう言うのでは反抗のしようがない。門番がすっと道をあける。


「わりぃな。通るぜ~」


ゼロはひらひらと手を振り、門をくぐる……が、


「……そなたは待機じゃ。」


ぐいっ……とヨハネはゼロの腕を引く。

その行動の真意がわからず、ゼロは不思議そうに目の前のヨハネの顔を見る。


「俺……お前のことなんか知らねぇぞ?」


「うむ。妾もお主とは初対面じゃ。」




あっさりゼロの疑問に答えると、


「お主に話がある。大丈夫。国王の方はお主がいなくても事が運ぶ。妾との話は、お主にしか出来ぬ話じゃ。付き合え。」


ヨハネは真剣な表情でゼロの瞳を見据える。


「……っ!」


見据えられたゼロは、まるで金縛りにあったように動けなくなる。


(なんだこれ……動いたら、殺される……?)


殺気にも似た、そんな魔力。

それはゼロがこれまでの人生で知りうるどの魔導士よりも強大なものだった。




――――――――――――――――――




「……まぁ、食え。さっきは悪かったの。」




城から少し離れた公園で、ゼロはヨハネに手渡された『寿司』を頬張っていた。


「お、おう……しかしウメェな、この『スシ』ってのは。まさか米に魚を生で乗せるとはな……」


『刺身』に衝撃を覚えたゼロであったが、さらに寿司にも衝撃を覚えたらしい。

何を納得しているのか、うんうん頷きながらその手を進める。


「アズマは独特の文化と海産物が魅力じゃからの。せいぜい今のうちにたらふく食うておくがよい」


ヨハネもゼロの食いっぷりが気持ちいいらしく、その姿を見ては目を細める。



「んで?あんた、俺に何の用だよ?何か用事があるから呼んだんだろ?……あんなにものすげぇ殺気まで出してさ。」



一通りの種類のネタを食べつくした後で、ゼロはようやくヨハネに向き直る。



ヨハネはほう……と感心した素振りを見せると、不敵な笑みを浮かべた。



「『アレ』を感じるとは、お主もただの木偶ではないようじゃの。あれは妾の魔力じゃ。痺れたじゃろう?」


「痺れたなんてもんじゃねぇよ。殺されるかと思ったぞ。」



ゼロの言葉に、ヨハネは納得する。

まるで何かを試していた、その答えを導き出したかのように。


「……あれは、本気で殺す気でおった。お主の頭を捻りつぶしてやるつもりでの……。うむ、合格じゃ。」


ヨハネはその猫のような大きな瞳で、ゼロを射抜く。

ゼロはその迫力に、少しばかりの恐怖を覚えた。



「ご、合格って……何のつもりだよ……」


リラックスしていた雰囲気が一転、緊張感に包まれる。

まるで、いつでもお前の命の灯は握り消せるぞ、目の前の女に言われているようで、体中から噴き出す汗を止めることすらままならない。




「……殺しはせぬよ。もしお主が聞き分けの無い坊主であったなら、すこーしだけ痛い目に遭ってもらおうと思うただけじゃ。……さて、本題に入ろう。」


ヨハネは、笑みを浮かべたままゼロに近づくと、ゼロの胸に人差し指を這わせた。





「魔剣を出せ。」



ヨハネの無機質な言葉に、ゼロの身体が再び強張る。


「ま……けん?」


何のことか分からず、呆然とするゼロに、


「お主が隠し持っている、魔力を帯びた剣のことじゃ。出すことは出来るじゃろ?」



全てを知っているかのような、ゼロの内に眠る聖剣の存在を見透かしているかのような、そんなヨハネの言葉だった。



「な、なんでそれをアンタが知ってるんだよ……」



ゼロの緊張感が一気に高まる。

初対面の女が、突然自分を殺さんばかりの魔力を放ったばかりか、自身の聖剣のことを知っている。


しかし、ゼロはその『知っている』ということに疑問を感じていたのだ。




(俺……2回しかこの剣、使ってないんだぞ……?)


「なぁ、アンタ、ローランドの内乱の時……いたか?」


そんな疑問を解消すべく、ゼロがヨハネに問う。



「……いいや。その時妾は『温泉』を満喫しておった。このアズマという国は。火山の国としても有名での、そこから……」



ヨハネの答えに、ゼロの疑問は深まるばかり。

ゼロが聖剣を使ったのは、ローランドの内戦の時。そして……


(……生き残りが、いたのか?)



故郷であるエリシャ自治州を落とされた、『あの日』だけなのである。



「アンタ……なんで聖剣……」


「……聖剣の存在を知っているか?じゃろ?」



まるで、ゼロの言葉をすでに予測していたかのように、ヨハネが笑う。

ゼロより小柄なヨハネは、ゼロの周りをゆっくりと歩くと、正面に立ち、ゼロの瞳をじ……っと見上げる。


小柄ながらも整った顔立ち。

美女という形容が相応しいヨハネに覗き込まれ、ゼロは少々後退る。



「知っているも何も……妾がお主の前の主に託したからじゃ。その魔剣……ゼロをの。」



一体、この日ゼロは何度衝撃を覚えるのだろう。

姉・アインから託されたこの剣は、聖剣ではなく『魔剣』だった。

しかも、その魔剣は……目の前の、そう自分と歳の変わらない、目の前の女性から贈られたものだという。



「……だって、この剣、姉貴は親父にもらったんだぞ。親父は……この剣、大戦の後に貰ったって……。」



ゼロの頭が混乱する。



父が若かった頃、大陸全土を巻き込む大規模な大戦があった。


『邪竜戦役』


古の邪竜が、数百年ぶりに目覚め、大陸を恐怖と混乱に陥れた……という戦争。



当時、その戦役を鎮めた立役者となった人間が7人居た。

今は亡き、帝国の皇帝・聖王ジークハルト。

そして、ローランド国王。


「俺の親父……ツヴァイクも、7英雄だった……。」


大陸は荒れ果て、破壊しつくされた。

それを、7英雄は再建し、それぞれ治めた。

そして、ジークハルトの治める帝国を中心に、一枚岩であろうと誓ったのだ。



「ん……アンタ、歳……」



そんな話の背景。

ゼロにはもう一つ、疑問が浮かんだのだった。


「乙女に歳を聞くとは……お主、やはり殺されたいのかの?」



にやにやと笑みを浮かべながら、ヨハネはゼロに顔を近づける。


「……だ、だってよ……親父、生きてたら65だぞ……?」


父が邪竜戦役を戦ったのは、母と出会った頃。父が22歳。


「その頃、2歳で……45歳?」


2歳で戦えるはずもない。

どうしても計算が合わず、唸り声をあげるゼロ。


「……アンタ、娘か?」


「お主は馬鹿か。妾は大魔導士ぞ。転生の秘術ぐらい使えて当然じゃ!」



ケタケタと大笑いするヨハネに、少々苛立ちながらも、大変な答えを導き出すゼロ。


「じゃ、じゃぁ……アンタもう結構なババ……」


言葉を終える前に、ゼロの身体に衝撃が走る。


「……え?」



気が付くと、ゼロの身体はヨハネとはだいぶ離れた植え込みまで飛んでいた。


「貴様……今度、妾の歳について口にしてみろ。今度は『上に』飛ばすぞ?」



目を白黒させているゼロの耳元で、クスリと笑い、ヨハネが囁く。

ゼロは、そのヨハネの妖艶さよりも……


(飛ばされたばっかりで、すぐに距離を詰められた……?)


ヨハネがゼロの『耳元で囁く』という現実に、戦慄を覚えるのだった。



「ふぅ……お主と話すと脱線ばかりじゃ。ちなみに、此処の国王・アズマも7英雄じゃ。そして……」


今回ばかりは。

ゼロはヨハネの言葉を想像できた。



「妾も、7英雄がひとり。大魔導士・ヨハネじゃ。」


これで、ゼロが知る7英雄は、5人。

・聖王ジークハルト

・大斧の戦鬼ローランド

・剣帝ツヴァイク

・侍マスター アズマ

そして、大魔導士ヨハネ。



ここまで近くに英雄を感じ、そして、『英雄の遺物』のひとつが自らの手の内にある。

その現実を受け入れるのに、ゼロには少々時間を要した。



「さて、分かったなら剣を出せ。ここまでお主と腹を割って話したのじゃ。悪いようにはならんじゃろう?」



ほれほれ、と手のひらをひらひらと動かしながら、ゼロに剣を出すよう促すヨハネ。



「……わかった。」



ゼロは仕方なく、剣の意識を右手に集中させる。

刹那、ゼロの手のひらには漆黒の長剣が現れた。


「ふむ。……相変わらず見事な剣じゃ。名工の品は年月を経ても美しいの……」


その剣の姿に、うっとりとした表情を見せたヨハネだったが、すぐに大きなため息を吐き、ゼロを見据えた。


「……使う者が『阿呆』でなければの。」


「阿呆……?」


ゼロが、ヨハネの言葉に反応し、眉間にしわを寄せた。


「そう、阿呆じゃ。」



そんなゼロの気持ちなどお構いなしで、きっぱり言い放つヨハネ。


「この剣と、おれの頭とどう関係あんだよ!!」


たまらずゼロがヨハネに食ってかかる。

しかし、あの強大な殺気と魔力を見せつけられた後のこと。言葉しか出ない。



「お主、この剣が本当は『どんな剣か』知っておるか?」


ヨハネの問い。

ゼロは、即答する。


「どんな剣って……魔法が使えるようになる剣……だろ?もっとも、最近は使えなくなっちまったけど……」


ゼロがこの剣を託されたのは、姉・アインの死の間際。

この剣のことなど聞くこともできなかったし、そんな余裕もなかった。


「……ふぅぅ。」


そんなゼロに、ヨハネは大きなため息を吐いた。



「よいか、聞いて驚け。この剣は、『魔力を喰らい、成長する剣』じゃ。」


ヨハネは、漆黒の剣を細くしなやかな両腕で持ちあげ、切っ先をゼロに向ける。


「相手と決めた者の魔力を・生命力を喰らい、それを自らの糧とする。故に剣が成長すればするほど、所有者も強力な魔法が使えるという恩恵が得られよう。」



ゼロは、そんなヨハネの言葉に首をかしげる。



「じゃぁ……なんで俺は魔法が使えなくなったんだよ?」


この剣で、強大な敵を倒してきた。

それなのに、この剣は成長するどころか、魔力を失ったようにも見える。



「その原因は……ゼロ、お主じゃ。」



その質問を待っていた、と言わんばかりに、ヨハネはゼロの鼻先に人差し指を突きつける。


「お主、生まれながらに魔力を持たない、と思っておったじゃろ?」


「……あぁ。」



また、話してもいない自分の魔力のことを言い当てられた。もはや隠し事はできないと悟ったゼロは、素直に返事をする。



「よろしい。人間はみな、微弱ながらも魔力を持っておる。お主だってそうじゃ。では、何故お主には魔力が無いのか……それは、魔力を溜める器に穴が開いておるからじゃ。せっかく生んだ魔力を垂れ流しておる。残念なことじゃ……。」


やれやれ、と手を広げながら、心底残念そうな顔をするヨハネ。


「俺が……欠陥品だっていうのかよ……。どうすれば治るんだよ、この欠陥は。」


ゼロも、自分のことを散々に言われ、さすがに不機嫌になっていた。



「簡単じゃ。……穴が開いたなら、塞げばいいのじゃ。」


「穴が開いたなら、塞げばいい……って、アンタ簡単に言うけどよ、俺のどの部分に、どんな穴が開いてるって?」



もはや自分の理解出来うる範疇を超えたヨハネの話に、混乱しかないゼロの思考回路。

ヨハネは、そんなゼロを見てクスリと笑う。


(これがツヴァイクの息子か……父に似て、頭の固い)


「よし、目を閉じよ。」


ヨハネはゼロを座らせるとその前に立ち、ゼロに言う。


「お、おう……」


ゼロは素直にヨハネに言われた通り、目を閉じる。


「人間には魔力を貯える『器』があると言うたな。お主の中にも、その器は存在する。父が生粋の剣士だったが、母は童を凌ぐ魔力の持ち主だったからの。そなたの器はなかなか上質じゃ。……案ずるな、この程度の穴、直せぬ妾ではないわ。」


目を閉じたゼロの耳から聞こえるヨハネの言葉。

気の強さを感じるも、その言葉は優しく、ゼロに響いていく。



『大魔導士ヨハネの名に於いて命ずる……』


静かに詠唱を始めるヨハネ。ゼロの身体を光が包む。


「荒療治になる。少しだけ苦しい思いをするが、我慢せよ」


ヨハネが、まるで子供に言い聞かせるようにゼロの頭を撫でる。


『万物を司る精霊たちよ、その力を以ち、紡げ……新たな生命の器を!』


ヨハネの手から発せられた強い光が、ゼロの頭から体内に流れ込んでいく。



「…………!!」


その瞬間、ゼロが苦悶の表情を浮かべた。



(なんだこれ……胸が熱い……焼けそうだ!!)


まるで頭から胸にかけて、溶岩でも流し込まれているような、熱さと痛みがゼロに走る。


「うっ……うぅぅ……」


必死に耐えようと、声を押し殺し、歯を食いしばるゼロ。

そんなゼロを、ヨハネは優しく抱きしめる。


「もう少しじゃ。耐えよ。お主も7英雄の血を引くものなら、見事耐えて見せよ。……案ずるな。お主は絶対に死なせはせぬ。死ぬのはこの老いぼれが先、と相場が決まっておるからの……」



まるで、自分の子供をあやすかのようなヨハネ。そんなヨハネの優しさに、ゼロは何故か安心感を覚える。



(あれ……この感覚……?)



ーーーこれが、そなたの子か……!!---


ーーーあぁ。ふたり目は男の子だ。ーーー


ーーーそうか!!良かったの!!……可愛いのう、可愛いのう……---


ーーー息子はやらんぞ、剣士に育てるーーー


ーーー……なんじゃ、弟子にしてやろうと思うたのにーーー




「……いま、の……?」



ようやく意識を取り戻したゼロ。

そんなゼロを、ヨハネは覗き込んでいた。



「ようやく目が覚めたか。この寝坊助め。」


憎まれ口をたたきながらも、その表情は優しい。

周囲を見回す。

明るかった景色は、いつしか夕日に染まりかけていた。



「姉の愛を垣間見た。」


不意に、ヨハネが口を開いた。


「そなたに魔剣を託したのは姉だったか。なるほど。微弱ながらに剣に魔力が残っていたのはそういうことだったか。」


その表情からは、深い悲しみが見て取れた。


「……なんで、分かるんだ?」


「お主とて、妾の記憶の断片を垣間見たであろう?形のないものを作るには、その相手と『同調』しなければならぬ。その同調の間にお互いの心の内が見えたのじゃろう。」


ゼロは、良くわからない……といった様子で唸る。

そんなゼロに笑みを向けると、



「姉は自らの死期を悟った。遺す弟には魔力を貯える術がない。しかも置かれた状況は最悪。それでも姉はもう、弟をその身を以て守ってはやれぬ。……命の灯が消える短い時間で考えたんじゃろう。結果、『魔剣に自らの全ての生命力を喰らわせる』ことで、剣に魔力を貯え、弟を守ったのじゃろう……。」


今度のヨハネの説明は、魔法の学のないゼロでも驚くほどしっくりと、その頭に入っていった。



エリシャ自治州が落ちた、あの日。


アインから託された、漆黒の剣。

アインは最期に、この剣に魔力を込めたのだと思っていた。


「姉貴……自分の命を喰わせたのかよ……。」


もし、この剣に命を注ぐことがなかったら、アインは死なずに済んだのだろうか?

魔力があれば、いや、剣技だけでも自分にもっともっと力があれば、アインはこんな心配しただろうか……。


全て、自分の非力さが招いた結果だろう。


ゼロは、ぐっ……と歯を食いしばった。

ギリ、と音がするほど強く、強く。



「強く……強くなりてぇ。」


吐き出すように呟いた言葉は、まさしくゼロの全て。

ヨハネはそんなゼロの胸に手を当てる。


「そう思うのならば、強くなればいい。お主の身体には、英雄ツヴァイクの。そして母の。そして何より、気高く強い姉の血が流れておる。……強くならない訳がなかろう、たわけが。」



ヨハネは微笑んでそう言うと、ドン……とゼロの胸を突く。



「男ならひたすら進め!家族など誰もいないというのなら、妾が後見人になってやる!この目に、成長を見せよ!」


ヨハネの激励。

ゼロは胸の奥に、何か熱いものを感じた。



両親はもう居ない。

たったひとりの肉親である姉・アインは目の前で逝った。



自分は何のために戦うのか?

自分は誰を守ればいいのか?



自問自答した時もあった。


だから、ひたすら剣を振るった。


信念だけは守っていこう、と、たとえ不利な戦況であっても、『正しい』と思う方に力を貸した。



そんなゼロは、『ひとりじゃない』とようやく思えた。




目の前の、魔導師の言葉によって。





「俺……何のために戦えばいい?」



「……それは、妾が決めることではない。戦いとは、己の信念でするものじゃ。」



ヨハネも、ゼロの欲する答えを簡単に出さない。


ヨハネ自身、目の前に立つ成年がどの様に成長していくのか見守りたい、そう思っているから。




「……わかった。とりあえず俺は、この国の問題を解決してみようかと思う。……何かあんだろ?海域を封鎖しなきゃならない、何かが。」



恐らくそれは、別行動をとっているシエラとジェイコフが話をしているであろう内容。



「……ま、それが近道じゃの。お主はこれから、強大な力とまみえることとなる。それは恐らく……この戦いからじゃ。」



ヨハネが不適な笑みを浮かべ、ゼロに告げる。



「……なんだよ、楽しそうじゃねぇか。」



そんなヨハネの笑みを見て、ゼロが不満げに言う。




「なぁに、嬉しい誤算よ。」



ヨハネの誤算。

それは、ゼロが思いの外『芯の強い男だった』と言うこと。


そして、『頭のキレる男』であること。




自らの欠点を受け入れ、辛い事実を受け入れてなお、前に進もうとする。

しかも、どの様に前に進もうかをしっかりと考えている。



そんなゼロに、ヨハネの笑みは消えない。



「……ただの阿呆じゃなくて、よかったわい。」




思わず、憎まれ口を叩くヨハネ。



「他にどんな阿呆がいるんだよ!」


思わず反論するゼロ。

そんなゼロの頭に優しく手を乗せ、撫でる。



「な……なんだよ。」


「……期待しておるぞ。まぁ、ひとりで突っ走らず、『仲間と』協力して乗り越えていこうではないか。」




戦友の遺した希望の欠片。



ゼロは命に代えても自分が守る。

ヨハネは心の中で、そう決意した。



「さて、城へ戻ろうかの。そろそろ話も終わる頃じゃ。」


ヨハネはそう言うと、ゼロの前を歩き出した。

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