3-3

砦から、ローランド城下町へ向かう、その途中。


身を隠すのはちょうど良い岩場の陰に、ガーネットの弟は居た。


「……あそこだ。」


ゼロは、少し離れたところで足を止め、ガーネットに弟の場所を告げた。


「……わりぃ、俺が回復魔法の一つも使えれば、傷とか消してやれたんだけど、な……。」


まるで、岩陰に寄りかかって眠っているかのような、ガーネットの弟。

ガーネットは、なかなか近づけないでいた。

眠っているように見える。

しかし、実際はどうなのか。

それを、彼女は『知ってしまっていいた』から。


そんなガーネットの背を、ゼロは軽く押す。


「ちゃんと……お別れしてやれ。俺も、ちゃんとお別れした。」


ゼロの脳裏に、少しだけアインの姿が浮かんだ。


「……うん。」


ガーネットはゆっくりと。

少しずつ踏みしめるように歩みを進める。

近づく弟の姿。


遠くから見れば、眠っているよう。

しかし、近づいていく度に、その詳細な様子が見えてきて……


(あぁ……弟は、本当に生きてはいないんだな。)


ガーネットの胸を締め付ける。


そして。

手で触れられるくらいの距離。

ガーネットは、愛する弟の頬を撫でた。


……冷たい。


生気を感じないその弟の肌に、一瞬手がびくん、と跳ねた。


「……トパーズ、指輪……ありがとう。おかげでこの手で宰相を倒せた。」


その表情は、姉が弟に向ける優しいもの。


「これで、ローランドは安泰だ。シエラ皇女も協力してくれる。また、昔みたいに狩りをしながら平和な生活ができる。」


優しく語る、ガーネット。

しかし、その身体は小刻みに震えていた。


「なのに……なのにお前が居ないんじゃ、意味がない……」


ついに、ガーネットの瞳から、大粒の涙が落ちた。

一粒、落ちた涙はとめどなくガーネットの頬を流れていく。


ゼロが、そんなガーネットの肩に手を置いた。


「まだ……言うこと、あるだろ。」


ぐっ……と、置いた手に力を込める。

ガーネットは、涙を流したまま。

それでも、優しく微笑んで。弟に言った。


「私を愛してくれて、ありがとう。大切な気持ちを、ありがとう……。私も、お前を愛していた。…………さようなら。安らかに。私もいつかそちらへ行ったら、また狩りの腕を競おう……。」


そっ……と弟の頬の両手を添え、額を合わせる。


その光景を見ながら。


(姉ってのは……みんな、強いんだな。)


ゼロは、込み上げてくる感情を、抑えた。



―――――――――――――




シエラとジェイコフの戦後処理は、それは見事なものだった。



宰相を討伐した後、シエラは速やかに砦の最上部の宰相派の旗を焼き、勝利を宣言。


ジェイコフは捕虜の解放と投降した兵達の受け入れを速やかに行った。


戦ったとはいえ、もともと同じ国の民。

決して処刑はせず、軍事、行商等に一分のペナルティを課すことで、国王派の兵達も納得した。



そして。



ローランド国王の口から、声高らかに『勝利宣言』が為され……



ローランド王国革命は、国王派の勝利という形で幕を閉じた。




その翌日。



「ガーネット、貴殿を近衛騎士団長に命ずる。」


宰相を討ち取った功労者として。

革命を沈静化した立役者としての功績を買われ、ガーネットは近衛騎士団長に任命され……



「慎んでお受け致します。私の弓が、このローランドを守るために、少しでも力を発揮できれば幸いにございます……。」


ガーネットは、その任を受けた。


ずっと狩人として生きてきたガーネットがこの地位に就くことを、軍部そして政務の者達は驚いた。


と同時に、ガーネットという言わば『ローランドの象徴』とも言える女が、近衛騎士団というローランド1番の組織の長に就いたことで、軍部・政務ともにその権力を抑制された。



それも、国王の思惑であったということは言うまでもない。




ガーネットの叙勲式の後……


……翌日、国葬が営まれた。

件の革命の犠牲者達の国葬。


『なぜ、こんな戦いで犠牲者が出たのか。』


民は嘆き、悲しんだ。


そんな国葬での、ローランド国王の演説は、その後の大陸史にも残される名演説として後世にも伝えられている。



「この革命は即ち、私の弱さであり、過ちである!民よ、私はもうこのような過ちは犯さぬ!だが、独りではなにもできぬ、私はちっぽけな人間だ。だから民よ頼む!私に……力を貸してくれ!!ローランド王国再建のため、非力な私に力を貸してくれ!!」


ローランド国王は、 自らの弱さを認め、また国民には謙虚に助力を求めた。



元国王は、後のローランド史においても『明君』と評価されることになるが……



……それは、まだ先の話である。




―――――――――――――――――――




「東へ、行こうと思う。」



ローランドの内乱が終結し、5日ほど経った頃。

ゼロが不意に口を開いた。


「東……もしかして、アズマの地へ行かれるのですか?」



大陸の東方、特に極東の地は、『アズマ』と呼ばれ、不思議な術や特異な剣術を使う民が住む地として知られている。


外交を積極的に行わないその国民性。

よって攻め入られることもないだろう、と大陸各国もアズマに対しては静観の姿勢を取っていたのだ。



「どうして、このタイミングでアズマへ?」


不思議そうに訊ねるシエラ。



「大陸各国が静観してようが、漆黒の軍勢は別だろ。おかしな術を使う民が驚異と感じるなら、さっさと潰しに来る。そうなる前に手を組む。いざというときに助力を求めるために。」



思いつきではなかった。


ゼロは、大陸の情勢と謎の軍勢の動きを予測した上で、最善と思われる策を打ち出した。

ジェイコフも、そのゼロの意見には驚かされた様子。


(確かに……アズマは盲点だった……。しかし……。)



ジェイコフは、『アズマ』の言葉に、一縷の希望を見いだした。



「シエラ様、私も同行致しましょう。アズマの地は、私にも縁がございます。ゼロがひとりで向かうよりも事は上手く運ぶはず。」


一歩前に歩み出るジェイコフ。

そんなジェイコフを見て、シエラは微笑む。



「あら……私もいきますわよ?ローランド王国からの大使、として。私が適任でしょう?」



ゼロもジェイコフも、予想はしていたが、その申し出には不安もあった。


「でもよ、せっかくローランドの協力を得たのに、戦力を割いたら……」



解放されたローランド。

しかし、3人が出国した隙を狙われたら……


これが、ゼロとジェイコフの心配事だった。

少数で動き、ローランドは守りたい。


珍しく意見が一致していたのだ。



「……それに関しては、大丈夫!」


シエラが自信ありげに言う。


「ローランドおじ様は、かつて『大斧の戦鬼』と呼ばれるほどの戦士でしたのよ?簡単にはやられません!それに……」


ガーネットを見て、微笑む。



「ローランドには、大陸最強の射撃手がいるではありませんか。」



シエラの視線を真っ直ぐに受けたガーネットは、応える。



「もちろん。ローランドに近づく前に、この弓で敵を牽制・撃退致しましょう。」



その瞳は、凛とした強さを秘めていた。



―――――――――――――――



そして明くる朝。




ゼロ・シエラ・ジェイコフの3人は、ローランド王国軍に見送られ、東へ旅立とうとしていた。



「こう見ると……恐ろしいまでの組み合わせだのぅ……」


ローランド国王が、笑いながら言う。


帝国の『白い剣聖』、そして『剣豪』。

そして、姉であるアインから黒き聖剣を受け継いだ、『黒い剣士』。


たった3人で、一体何個小隊に勝るのであろうか。




「まーでもよ、油断なんてしない方がいいぜ。結局、宰相相手に俺達男勢は手も足も出なかったんだからな!」


苦笑いで言うゼロ。

一方で、先日の戦いを思い出し、反省の念にかられるジェイコフ。



「迂闊でした。もっと魔術も習得しておけば……」


真面目に後悔しているジェイコフ。

シエラはそのジェイコフに苦笑い。



「人には得手、不得手があるのです。良いではありませんか、私が対魔力を持っているのですから。」


ゼロとジェイコフ、ふたりの背に手を当て、シエラが微笑む。



(この女が……姉さんの言ってた『天才』か……)


ゼロの姉、アインが帝国へ剣術指南へ行っていたとき、帰ってくると毎度の土産話のようにひとりの少女について語っていた。


「剣筋に全く淀みがないの。彼女は天才よ。ゼロ、あなたとは全く正反対のタイプね。でもね……」



アインとの会話が、まるで昨日の事のように思い出される。





「あなたの剣の方が、私は好き。不器用で、一本気で……。それでいて、決して折れない信念がある。あなたならきっと、剣聖を継げるわ。」



自分と歳があまり変わらないながらも、『剣聖』の称号を冠しているシエラの、美しい笑顔。


自分の前にととっ……と駆け出し、歩き始めるその細く華奢な後ろ姿に、



「負けねぇ……からな。」


と、強い思いを静かにぶつける。





「旅立ちにはちょうど良いお天気!さぁ、行きましょう!」


先頭に立って歩くシエラと、その後ろに続くゼロとジェイコフ。



これから世界のために戦おうとする剣士達に、ローランド兵達は期待の眼差しを向け、口々に応援の言葉を投げ掛けるのであった。




3人の姿が、地平線の向こうに消えるまで……。

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