第3章:ローランド王国の内乱

「なぁ……ガーネットよぉ……」



ローランド北の砦。

ひとりの剣士が、気だるそうに隣の弓騎士を呼ぶ。

ガーネットと呼ばれた弓騎士は、優しげな笑みを剣士に向け、


「どうしました?ゼロ」


剣士に答える。


「別に、俺はこの国の住人じゃないから良いけどさ……。お前、本当にあの宰相の意見に同意したの?こっち、どー考えても強行派だぜ?」


ローランド北の砦。

ここは小高い丘の上に造られた、ローランド国内の防衛要所である。


周囲に妨げとなるものは少ない。つまり、ローランド弓兵団にとって、360度全て、どちらを向いても的が狙える砦なのである。

また、遮蔽物がないと言うことは、敵も弓兵団の矢から身を隠すことが出来ない。


つまり、ローランド弓兵団が詰めている限り、この砦へは矢をかいくぐった猛者しか到達できないのだ。


そんな砦の最上層。

見晴らしのよい場所で。

黒い服に身を包み、漆黒の剣を携えた剣士は、弓兵団の長に訊ねた。


「……私は宰相派につくと言った。それだけです。」


是とも非とも言えない回答を、ゼロの目を見ず口に出すガーネット。


「ま、いいけどさ。俺はお前に拾われた身だ。とりあえず手伝いくらいはしてやるよ。」


ふぁ……と欠伸をしながら、ゼロは言う。



エリシャ陥落からひとつき。


先ずは帝国の様子を見ておこうと向かったゼロ。

しかし、帝国は漆黒の軍勢に制圧されていた。


滅ぼした国を制圧した漆黒の軍勢には疑問を感じた。


━━ならば火など放たずに、壊さずに制圧すれば良かったのに━━


……そんなわけで、仕方なく隣国ローランドまでたどり着いたのだが……。


たどり着いた国境は、『宰相派』の制圧していた側だった。


強行派と言われる宰相派。

半ば『国王派』であると言う発言を許さないと言うその姿勢に、仕方なく『宰相派』と答えた。


もし仮に、国境が『国王派』管理であったなら、ゼロはシエラとともにこの砦を攻めていたであろう。



「お前さ……しんどくねぇか?」


ふと、隣のガーネットに気持ちを聞くゼロ。


「そんだけ美人で、そんだけ弓が使えてよ……ある程度ならお前の自由に出来るだろ。……なんでそんなに自分を殺して生きてんの?」


ガーネットは、その長い髪を風に靡かせながら、寂しげな目で、答える。


「私個人の感情など、どうでも良いのです。民が傷つかず、幸せに生きられれば……。」



「ガーネット様……宰相がお呼びです。」


不意に、宰相軍の兵がガーネットを呼んだ。


「……わかりました。すぐに行きます」


ガーネットは返事をすると、ゼロに、


「宰相と会ってきます。」


と告げる。

どうしてゼロに、わざわざ言ったのか?

気になったゼロは、あぁ、と返事をすると、去っていくガーネットの後を、気づかれないように、追う。


砦の作戦室。そのいちばん奥の椅子に、宰相は座っていた。


「……遅いぞ」


小太りの中年。入ってきたガーネットを舐めるように見ると、偉そうに、という言葉がふさわしい、そんな口調で言った。


「……申し訳、ありません」


そんな宰相の言葉に、片膝をついて謝罪するガーネット。


(……何であんなに低姿勢なんだ?あいつ……)


そのやり取りを、ゼロは作戦室の入口で聞いていた。

見つからないように、気配を殺して隠れながら。


「……まぁよい。国王派がこの砦を落とす算段を立てているらしい。こちらも備えは万全にしたいのでな。ガーネット、お前の力で迫り来る敵を狙撃するのだ。」


至ってシンプルな、そしてこの砦を守るには最善の作戦を、宰相はガーネットに告げた。

ガーネットは、少しだけ、悩んだものの……


「……はっ。恐れながら宰相。……どうしても国王派とは戦わなければならないのですか?……交渉、という方法は、取れないのですか?」


自らが一度は忠誠を誓った、ローランド国王。

だこらこそ、自ら手を下すことだけはしたくなかった。


「交渉はない。我が宰相派は、国王を倒し、新たな国を作るために集った、言わば革命軍である。」


……と、まるで歴戦の将軍のように胸を張り、そう答えた。

そして。


「ガーネット、余計な気は起こさないことだ。北の山の牢獄には、私の腹心達がおる。一度伝令を飛ばせば……その時点でガーネット、貴様の弟は命を落とすのだ。……それを忘れるな。」


不適な笑みを浮かべ、ガーネットに告げた。


「……仰せの……ままに。」


奥歯が折れてしまいそうなほど、ガーネットは歯を食いしばり、怒りを抑えて頭を下げる。



そんなやり取りを、ゼロは一通り見ていた。


(なるほど……ね。次の俺のやることは、決まったな。)


ゼロはそっと、作戦室から離れる。



「ちょっと出掛けてくる。俺はよそ者だ。偵察するならいちばん怪しまれないし、顔も割れてない。」


もっともらしい理由をつけて、ゼロは砦を出た。



――――――――――――――――




一方、ローランド王城では。


シエラをはじめとする、北の砦討伐軍が編成されていた。


先陣をジェイコフ。その後ろをシエラが進む。

砦内部に侵入したタイミングで、ローランド兵の一軍が、一斉に突撃をかける。


「それだと……ジェイコフとシエラで相手軍勢の殆どを相手にすると言うことか?」


心配そうに訊ねるローランド国王。

ジェイコフは、淡々と語る。


「この編成……先陣を切る者は、私しかおりますまい。」


確かに、ローランド兵の力を考えると、ジェイコフとシエラの力は抜きん出ている。


(剣の力は、おそらく殿下の方が上ではある、が……)


若くして『剣豪』を凌ぐ力をつけたシエラ。しかしジェイコフは、シエラを先陣にするわけにはいかなかった。


「シエラ殿は、私の後方にてサポートをお願いしたい。……御心配は無用。」


シエラも、そんなジェイコフの気遣いを察していた。なにより、ジェイコフの力を知っているからこそ。


「はい。貴方のサポートを致します。……まぁ、ガーネットの矢にだけ注意を払えば、さして難しい事では無いと思いますけど……」


不安は1つだけ。


ガーネットの放つ『矢』である。

一撃必中。

そんな言葉が相応しい、彼女の矢。

それさえ凌げれば、砦攻略は成せるであろう。


逆に……その矢を凌げなければ、必ず死はこちらに訪れる。


(意外だったのは、彼女が宰相派についたこと……。なにかきっと、裏があるはず。ガーネットと話したい……。)


しっかり話を聞ければ、ガーネットと戦わなくて済むかもしれない。しかし、そのためには……



(ガーネットを倒さず、接近して説得……なんて難しいの……。)


相手が手練れであればあるほど、またその相手を死なせたくない、と思えば思うほど。


そのミッションの難しさが、シエラの背にのし掛かる。



「……立ち止まっていても事は進まない。……夜が明けたら、砦へ向かいましょう。」


シエラは決断する。

犠牲は出したくない。

しかし、それも綺麗事であるのなら……


「犠牲は、最小限に……抑えましょう。もともとは、同じ国の……民なのだから。」


国を失ったシエラが、隣国の民のために剣を取る。

2度と、同じ悲しみを味わうことが無いように。


この穏やかな国の民が、無用な涙を流さないように……。




―――――――――――――――――




深夜。


ゼロは、砦の北にいた。

小さな、砦と言うにはあまりにも粗雑な作りのそこに、数人の民がいた。


「なーにが、国のために、だよ……屑が。」


手錠で後ろ手に縛られ、拷問された様子がうかがえる、数人の男女。


痩せ細り、生気は失せ、ただ「生きている」状態。

食事と呼ぶにはあまりにも雑な食糧を地面に撒かれ、水は飲まされるのではなく、かけられた。


ぎり、とゼロの奥歯が音を立てる。


「お願い……あの人だけは……助けて……」


兵士のひとりにすり寄る女を、まるでゴミをよけるかのように蹴り飛ばし、


「ゴミが私に触れるな!」


と罵声を浴びせる兵士。

泣き声とも、悲鳴とも取れる呻きをあげながら、地に突っ伏す、女。


その背に容赦なく、鞭が振るわれる。


「反省しろ!身の程をわきまえぬ、ゴミどもが!」


何度も、何度も打ち付けられる背は、まるで女のものとは思えない、ただれて醜いものであった。


「もう、殺しても良いんじゃないか?」


兵士のひとりが、鞭を持つ手を止める。


「どうせ、宰相派に入れられれば抜けられないんだ。入った時点で、人質など用済みだろう?……あのガキみたいに、手遅れのやつもいるし、ひとりもふたりも変わらんだろう?」


醜い笑顔で、兵士が奥を指差す。

そこには、


まるで雑巾のようにボロボロになった、少年の姿があった。


兵士が、突っ伏す女を無理矢理仰向けにする。

その手には、鞭ではなく槍が握られていた。


驚きと恐怖で言葉がでない、女。

兵士は血走った目でその様子を見て笑うと、


「一度、無抵抗な女を貫いてみたかったんだよ……」


槍を、振り上げた。


「……あの世でやれよ、バァカ。」


振り下ろそうとしたその視界に、ゼロがいた。


「………………え?」


現状を理解するより早く、兵士の身体は横たわっていた。


真っ赤な血が、そんな兵士を染め上げていく。


「ちょ……待って……死にたくない……。」


ふるふると身体を震わせ、命乞いをする兵士。

それを冷めた目で睨み付け、ゼロが言う。


「……何人殺した?二人か?三人か?……なら、お前は……四人目だ。」


兵士の最期を見届けることなく、他の兵に向かって歩くゼロ。


猛るもの、怯えるもの……

様々な表情が、一斉にゼロに向けられる。


「……お前らは……どうする?俺から見れば、全員……」


その目には、怒りがこもっていた。


「……ゴミクズだけどな!」


剣先から滴る返り血。


数名、破れかぶれで襲ってきた兵達は、迷わずに斬り捨てた。

それを見た数名は、恐れをなして逃げていった。


「……苛々する。」


ゼロは舌打ちすると、逃げていく兵達の背を見送る。

その気になれば、一気に距離を詰めて、斬り伏せることもできるだろう。

だが、それをしてしまったら……


「姉貴に、顔向けできねぇ……」


騎士として清廉潔白に生きてきた姉、アインの名を汚すことになる。


(俺は、弟なんだから。)



苛立ちを吐き捨てるように、大きく溜め息を吐く。そして、人質達のところへ歩いていく。


「もう大丈夫だ。……怖かったな。」


槍を向けられた女に声を掛ける。女はゼロの足にしがみつき、まるで呻くように泣いた。


「大丈夫だ。あんたらはローランド王城の方に必ず帰してやる。……で、あと何人いるんだ?」


優しく問いかけるゼロに、女は答える。


「捕まったのは……6人。でも、3人はもう……殺されて、私と……奥にふたり……」


泣き顔のまま答える女に、ゼロは再び沸き上がる苛立ちを抑えるのに必死になる。


(3人も……殺しやがったのか。)


逃がさなければ良かった、と言う衝動を抑え、ゼロは奥へと進む。



「……なんだ、こりゃ……。」


先程、女が言っていた、「殺された3人」の中で、ひとりはぐったりと横たわり、もうひとりは、自らの身を守るように、丸くなっていた。


鼻をつくような、血の匂い。


(ひとりは生きてる。問題ない。あとひとりは……)


横たわる少年を抱き起こす。


「おい!しっかりしろ!もうすぐ帰れるからな!……おい!聞いてるか!?」


ゆさゆさと、身体を揺さぶる。

……と、その時、着ていた服がはだけた。


「……!!」


無数の痣、そして切り傷。拷問と言うにはあまりにも凄惨な、まるで「いつ死ぬのか」を楽しんでいたかのような、そんな傷が少年の身体の至るところに刻まれていた。



(……ふざけやがって……!!)


宰相派への怒りと、回復魔法の使えない自分に怒りが込み上げてくる。


聖剣の力を借りようとも考えたが、何故だか反応しなかったのだ。


「おい!生きてるな?反応しろよ!」


耳元で怒鳴るように声を掛けると、ようやく少年が絞り出すように声を出す。


「ね……えさ…………」


その言葉を聞いたゼロの背中に、『黒い予感』が走るのに、そう時間はかからなかった。


「一度伝令を飛ばせば……その時点でガーネット、貴様の弟は命を落とすのだ。……それを忘れるな。」


ガーネットにそう言った、宰相の言葉をゼロは思い出していた。


ざっと周囲を見回す。


遺体も含めて、捕虜は6人。

先程、兵士達から助けた女。

牢の奥で、縮こまって身を守ろうとしていた女。


遺体は、男ふたり、女ひとり。

そして……


ゼロの腕の中。

息も絶え絶えの、少年がひとり。


この少年以外は、皆……おそらく成人男女。

そして、少年が口にした「ねえさん」という、言葉。


もう、ゼロも疑う余地はなかった。


「お前!……ガーネットの弟だな!……おい、しっかりしろよ!」


体を揺すり、少年の意識が途絶えないように努めるゼロ。

しかし、ゼロは分かっていた。


(たぶん……夜明けまで持たない……)


その傷の多さ、打撲の多さ。

兵士たちは、生死を問わず、この少年をいたぶったのであろう。

慈悲の欠片もないその様に、ゼロの怒りは止めどなく膨らんでいく。


「ガーネット……姉さん……」


少年が呻くように呟く。

もう、待っては居られなかった。少年を背負い、


「おい!コイツ、急いで城下に連れていく!……お前ら、ゆっくりで良いから城下に来い!」


助けた女に、大きな声で告げる。女は状況を理解したのか、大きく頷いた。


「おい、しっかりしろよ!……姉貴に会うぞ!それまで生きろよ!」


少年を背負ったまま、ゼロは大きな声で少年に言い続ける。時折その体を揺すりながら。


地を蹴る、走る。

現在地からならローランド城下町の方が距離的に近い。

自分のことを怪しむ兵は居るだろうが、寛大だと有名なローランド国王。きっと背にした少年の様子を見れば、中に入れてくれるはずだ。


城下町に入ってしまいさえすれば、そこには僧侶でも神官でも控えているだろう。


「急ぐぞ!揺れるぞ!……お前は、絶対に寝るんじゃねーぞ!」


とにかく必死なゼロ。

ガーネットには、自分と同じ悲劇を味わって欲しくなかった。


きょうだいが、ひとり欠けるという、あの絶望を。


「寝るなよ……絶対に寝るなよ!……俺が姉貴と会わせてやる!……姉貴は絶対に死なせねぇ!……内乱なんてすぐに終わる!そうしたら、ふたりで猟師でも再開すれば良い! 」


姉との幸せな生活。

自分では叶わなかった、その夢を。


ゼロは少年に託すかのように、必死に大声で伝えながら、とにかく走った。



遠く、地平線に、ローランド城下町の城壁が見える。


「もうすぐだからな!絶対に寝るなよ!」


ずっと背負った少年に声をかけながら、ゼロはひたすら走る。


「……とめて……ください…………。」


そんなゼロを制止する、少年のか細い声。

思わず地を滑り、その勢いを止める。


「止まったら危ないんだぞ! 城下に着けば、お前は……」


「……きっと、そこまで持ちません。」


ゼロの希望を砕く、少年のひとこと。

分かっていた。

たとえ城下に着こうとも、すぐに僧侶や神官がつかまるとも限らない。

探している間、少年が持ちこたえる保証など、どこにもなかった。


それでも。

少年には、生きて欲しかったのだ。


「……くっ」


奥歯を噛みしめ、少年を降ろし抱き起こす。


「姉さんに……これを。」


少年は、震える手でゼロに向かって指輪を差し出す。

翡翠の宝玉が付いた、美しい指輪だった。


「つけてると……とられちゃう……から。」


震える手は、次第に下がっていく。

ゼロはその手を力強く握り、指輪を受け取った。


「鷹の目の指輪……。僕が弓、下手だから、姉さんがつけてくれた……。その指輪をつけた姉さんは……むて……き」


少量の血を吐く少年。


「……んなもん、お前が直接渡せ!何……死ぬ気でいやがんだよ!」


きっと、少年はここで死ぬ。

それはもう、必至だ。

それでも、ゼロは簡単には認めたくなかった。


「姉さんに……伝えて。……ありがとう……って。」


少年は、最後に精一杯の笑みを浮かべると、静かに目を閉じ……


「寝るなって!……テメェ男だろうが!」


……そして、絶命した。


力の抜けた少年の亡骸を、手近な岩に寄りかからせ、


「ちょっとだけ、待ってろ。こんな下らねぇ内乱、とっとと片付けて……ガーネットが迎えに来るから。」


城下の影に背を向け、砦へと向かう。


(何が内乱だ……民のために、とか言っておいて、その民が殺される……ふざけんじゃねぇぞ!)


激しく沸き起こる、怒り。

叫びだしたくなるような衝動を必死に堪え、ゼロは砦へと走る。


本当は、宰相をこの手で斬り捨ててやりたい。

だが、その役目は、自分のものではない。


「宰相……お前は、絶対に許さねぇからな……!」


翡翠の宝玉が光る指輪を握り締め、足が千切れそうなほど、走った。



そんなゼロの背を、朝日が照らす。


夜が、明けようとしていた。

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