2-2

ローランド王国。


穏和な国王のもと、自然を愛し、民を愛した自由国家。

決して軍事が発達している国ではないのだが、豊富な自然から産み出される食物、そして織物は、国を潤すのに充分な財であった。


直接戦闘に長けた軍は持ち合わせておらず、騎士団ではなく、自警団が国を巡回し、守る。


しかし、あるひとりの女騎士により、ローランドの軍事体制は革命的に変遷を遂げる。


弓騎士ガーネット。


彼女は、もともとは狩人として身を立てていた。

射てば百発百中。

獲物を次々に仕留めるその姿は、狩猟の神・アルテミスの化身だとも言われるほどであった。


ある日、城下町が狼の群れの襲撃に遭う。


逃げ惑う民。

苦戦する自警団。


そこに、狩人であるガーネットが立ち上がる。


城壁の上から、次々と狼の眉間を撃ち抜いていくガーネット。


一介の狩人は、一夜にして救国の英雄となった。


国王に喚ばれたガーネット。

そこで彼女は、ある決意をする。


「私は、自警団に加入しようと思います。」


国王は、狩人の国を想っての申し出に、自分のふがいなさを恥じた。


「私が軍備を疎かにした結果だ。今後は軍備も力をいれるゆえ、狩人として身を立てるそなたが気に病むことはない。気を遣わせてしまったこと、許してくれ。」


一介の狩人に、頭を下げる国王。

これで、ガーネットの心は決まった。


「陛下が国を豊かにしてくださったからこそ、私の技は生きる。狩人として生きてこられた。ならば私は、この豊かな国を獣達から守る弓となり、矢となりましょう。剣だけが軍備ではない。」


国王としては、願ってもない申し出。だがそれは、ひとりの女の狩人としての人生を奪うことでもあった。


「しかし陛下。有事の際は戦いますが、それ以外の時は狩人として生きることをお許しください。そして、弓の技術を伝える猶予を、私にお与えください。」


国王の気持ちを悟ったかのように、ガーネットが笑顔で言う。


国王は、優しき狩人に心を射たれた。


「……よろしく頼む。自警団ではなく、新たに組織を作ろう。ガーネット、そなたを筆頭とする、大陸一の弓兵団を作り上げようではないか!」



こうして、ローランド弓兵団は生まれたのであった。



――――――――――――――――




ローランド王城・謁見の間


華美な装飾を好まず、城内はシンプル。しかし、要所要所に美しい花や、地産の調度品などが飾られ、荘厳な雰囲気を醸し出していた。


そんなシンプルな造りの部屋のいちばん奥、玉座に国王は座していた。



シエラは恭しく膝をつくと、


「頭を上げてくだされ。貴女は帝国の皇女殿下。我々のような一介の小国王など、立ったままで充分……と、堅苦しい挨拶はこの辺にしておこうか、シエラよ。」


ローランド国王は、玉座に深く座り直すと、シエラに向かい笑いかける。


シエラも安心したのか、


「ご無沙汰しております、おじさま。」


と、一礼し、微笑んだ。


「数年ぶりだが……いやはや、美しく育ったものだ。好い人のひとりやふたり、居るのだろうな?」


笑いながら言う国王に、シエラは、


「なかなか御縁がなく……。まぁ、未だ早いと思っておりますから。」


と、さらりとかわす。


「貰い手がなければ、儂が貰ってやろう。」


「では、20年後に独り身だったら……」


「儂の霊に嫁ぐか!それは良い!」


数年ぶりとは思えない、打ち解けた会話。

シエラは、この国王の寛大な在り方が昔から好きだった。


「ジェイコフも、変わらず壮健のようだな。」


ジェイコフは、無言でただ、深く頭を下げる。


「そなたがローランドに居たなら、騎士団を任せられたのだがな、剣豪」


若き日に『剣豪』として名を馳せたジェイコフ。彼は流浪の頃、皇帝と刃を交えたことがあり、皇帝の懇願により、帝国騎士団に入団した。

そのことを、皇帝はローランド国王に自慢げに話していたものである。


帝国の剣を得た……と。




「おじさま……教えて下さい。宰相派、とは?」


少々思案した後、シエラが国境より持っていた疑問を国王に訊ねる。


国王は、神妙な面持ちで語る。


「エリシャ自治州が落ちたのは知っているか?」


シエラとジェイコフが、顔を見合わせる。

エリシャ自治州といえば、守備に特化した騎士団を、『華将軍』と呼ばれる美しき女騎士が率いていることで有名。


その鉄壁な守備は、いかなる侵攻をも弾く、と。


シエラ自身、『華将軍』アインとは面識があった。

その力を、地位を鼻にかけない、ひたすら謙虚な、控えめな女性であった。


「まさか……あのアイン様が敗れたと言うの……?」


驚きを隠せないシエラ。

アインとは何度か手を合わせたが、勝つことは今まで無かった。



エリシャ自治州、陥落の報せ。


『華将軍』アインの戦死。


シエラには衝撃的な報せが、2つ同時にローランド国王より発せられた。


「自治州内の詳細は分からぬ。民は皆殺しになっていたそうだ。領主オスカーは行方不明。アインは弟によって葬られたらしい。まぁ、これも風の便り、ではあるが。」


エリシャには、大陸でも屈指の英雄が2人居たのだ。

オスカーとアイン。

オスカーは、かつて帝国騎士団に所属していた。

時期団長の声も上がっていたのだが……


それよりも、シエラは驚いたことがひとつあった。


「アイン様……弟がいたのですね……。」


何度かアインとは顔を合わせていた。会話だってもちろん。

しかし、その中で彼女が弟の話をすることは、ただの一度もなかったのだ。


「その、弟さんは……?」


アインを弟が『葬った』。……と言うことは、弟はエリシャ陥落後も生きていた、と言うことになる。


「行方知れずだ。ひとり、生き残ったとは言われているのだが……。なにぶん、私もアインに弟がいるのを知らされていなくてな。探そうにも見当がつかん。」


シエラは耳を疑う。

国王までもが知らない、『アインの弟』の影。

いったい何者なのだろうか………。


「隠さねばならない秘密があった、と言うことですな。」


ジェイコフが、口を開く。


「旅をしながら探してみましょう。帝国の敵なら、こちらの仲間になってくれるかもしれない」


シエラもその意見には同意。小さく頷いた。


「そうですね。……その前に。」


シエラは、これからの長い戦いに向けて、少しでも戦力を増やしていきたいと思っていた。


将も軍勢も分からない、謎の漆黒の軍。

対抗するためには、数人では不可能。


「おじ様……もし内乱が収束したら……力を貸していただけないでしょうか?帝国を、エリシャを滅ぼした漆黒の軍と戦うために。これ以上、悲劇を生まないために……」


その真剣な眼差しに、国王は頷く以外の選択肢を用意してはいなかった。


「もちろんだ。帝国の隣国であるこのローランドを拠点にしても良い。惜しみ無く協力しよう。」


国王の返答に、


「ありがとうございます。」


と、深く頭を下げるシエラ。そして……


「ガーネットの同行を許可して欲しいのです。」


と、現在の国内において、難しく感じる申し出。

国王は、神妙な顔つきで、言い辛そうに答える。


「ガーネットは、宰相派なのだ」


国王の意外な回答に、驚きを隠せないシエラ。

そんなシエラの聞きたかったことを、ジェイコフが代弁する。


「……恐れながら。宰相派とは、そもそもどのような派閥なのですか?派、と言うからには、陛下と志を違えるものと理解しておりますが……」


シエラも、はっ……とジェイコフの問いに頷く。


「帝国陥落の報せを受けた我々は、帝国を落とした、漆黒の軍勢への警戒を強めるよう命を下した。そのとき、宰相は、言ったのだ。」


国王の、険しい表情。


「漆黒の軍勢へ下ろう、と。」


ジェイコフの眉がピクリと動く。


「突然、素性も知れぬ軍勢へ下ろうと申すのを、私も黙って見過ごせなかった。戦うも協定を結ぶも、彼方の出方次第であろう、と申したのだ。そうしたら……」


シエラも、その先は想像できた。


「国王の考えは民のための考えではない!迫りくる恐怖を回避し、民を安定に導くのが王の役目ではないのか!……もうよい。私が、貴方に代わり国を統べましょう!」


突然の反旗。

国王としては、


「帝国を落とし、民を皆殺しにした軍勢へ下ろうとも、待つのは死、だけだ。」


あくまで慎重に対応しようという国王に、宰相は真っ向から対立した。


「そして……宰相は北の砦に同志を集め、『宰相派』として対立したのだ………。こんな時に国を分かつなど、国王失格だな……」


苦笑いの国王に、


「……宰相殿、何者かに唆されていると言う可能性は?」


ジェイコフは、あくまで冷静に問う。


「宰相は……そうかもしれん。漆黒の軍勢へ下ろうと言ったときも、取り乱している様に見えた。……もともとは、温厚な男なのだ……。」


背後になにか大きなものが動いている、とジェイコフは悟る。


「ガーネット殿は……?」


「ガーネットは、自らの意思で宰相派についた。別段、変わったところはなかった。忠義を貫けず、申し訳無い……と頭を下げられた。」


ガーネットは正気。だとしたら……


「ガーネット殿は、おそらく宰相側につかねばならぬ理由がありそうです。シエラ様……砦を攻めるのも、なかなかに困難ですな……。」


ジェイコフの冷静な推察。シエラは頷くと、


「私とジェイコフは、もし交戦が始まったら砦を攻めます。」


「……危険だぞ?」


「いえ、私たちだから、逆に安全なのです。ガーネットが相手なら、将軍クラスの力がないと、犠牲を増やすだけですから。」

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