隙間の出来事・18

 なるほどなぁ。アクア・アジュールは目の前の青年を見上げて納得した。

 あの、あのワルキュレアが落ちたと聞いた時点で興味は沸いた。ロッドルヴァーンとゲルディアルまで許容したと聞いて、確認に至った。我々が待っていた「星降人」はこの男だと。

「ようこそおいでました、星降人ほしふりびと様。ようよう、我が国を堪能してくださいませ」

 自覚をもってたおやかに、上目遣いに男を見上げるが、男はそれに色めいた反応を一切せず、「ありがとうございます」と微笑んで見せた。男よりも、男の目付け役のように共にやってきた我が国所属の星降人の方が、こちらを男を何度も見比べておろおろとしている。

 おろついている女をなだめながら頭を下げて去っていく男の後ろ姿を見送り、その姿が完全に見えなくなったところでアクアはポンポンと軽く手をたたいた。そうすれば、常にアクアに付き従っている従者がすぐに姿を見せる。

「閣下、お待たせいたしました」

「よいよい。いやはや、面白い星降人だよ、アレは」

 アクアがそういえば、従者は少し不思議そうな顔をするも、「よぉございましたね」とアクアを肯定する。この従者はまだアクアの下についてからさほど経っていない割に、アクアの言葉を理解できないなりに飲み下し肯定する術を身に着けていた。

「おそらく、近日中に世界規模で遺跡の再調査が始まるぞ。ラウヌューラを拠点にしていないものも含め、古遺物研究と遺跡研究の関係者はすべて招集せよ。合わせて、他四国と、たしか語学研究が得意なものがスェンテヴァ、樂园レユアンに多く在籍していたはずだ。そっちにも話を持っていくように」

「かしこまりました。芸術方面はいかがいたしますか?」

「そっちはワルキュレアのほうが詳しいだろう。機構ならばサンドリオンとスネドゥロニジェン、カミサマとやらはレッドキャップで十分賄える。遺跡や古遺物の研究職ならば我が国にもおれど、言語研究はスェンテヴァと樂园に勝る国はないからな」

 そこだけはつらいところだ。長い袖に埋まってしまった手を顎に当ててアクアは考え込む。

 トレディシェンは結局のところ、五大国家と呼ばれる土地も豊富な国々にいつくことができず、小さな集落を「自治しているから国である」と言い始めたすでに無い小国が主導になって五大国家に立ち向かおうと身を寄せ合っただけのただの烏合の衆である。

 ゆえに、トレディシェンという集合体は五大国家の目にも止まらず、所属国家の内のいくつかとだけ各国がほそぼそと取引をしていただけだった。

 それに不満を覚えた某国がサンドリオンを崩壊させようとしたり、レッドキャップで五大国家を装ってテロ活動をして当時の首都を水の中に沈めたり、スネドゥロニジェンもワルキュレアも、それ相応の被害を被っている。もちろんブルー・バードもだ。

 森林王国しんりんおうこくと呼ばれてはおれど、ブルー・バードの本質は狂国きょうこくトゥオネラから受け継いだその莫大な歴史に関わる研究記録だ。これは、どこの国も知らないことだが、全体的な物量はサンドリオンほどではないにしろ、ブルー・バードには歴史や遺跡に関する研究の記録が大量に存在している。

 サンドリオンでも持っていないような資料も含めてだ。だから、アクアは自国の遺跡がどんな役割を持っていた遺跡だったのか、実は知っている。

 、すべてを開示することも、研究をしていることも、資料があることも、。それは、アクア以前のブルー・バードの大統領も、ブルー・バードの国民も全員である。

 唯一、ブルー・バードで研究が進まなかったのは言語の研究だけだ。これだけは、残っている資料も含めて、すべて現在の統一言語で執筆されてしまっている。また、遺跡本体を研究する、遺物を研究する、方向に才を伸ばすものは多くいたが、言語だけはダメだった。

 この言語研究については、トレディシェンに所属はしているもののかなり距離を置いている国家のウチの二つ、「倭国わこくスェンテヴァ」と「漢国かんこく樂园」がかなり進んでいる。ゆえに、歴代のブルー・バード大統領は、トレディシェンの中でもこの二か国だけは国交を途絶えさせないように細心の注意を払ってきた。

「……長かったといえば長かったか、まあ、大統領を引き継いでからはたったの三十年だ。まだましだろうて」

「お言葉ですが、閣下。普通の人間には三十年は長いですよ」

「あぁ、そうか、そうだったな。そういう意味では、こうして肉体年齢が凍結されてしまった事故も悪くはないのかもなぁ」

「閣下……」

「ああ、気にするでないよ。とにかく、各国へ早く連絡を」

「かしこまりました」

 すっと従者の気配が消える。先ほどまで従者が膝をついてこうべを垂れていた場所を見れば、そこにはもう誰もいなかった。

 実に有能だ。しかし、少々こちらに入れ込みすぎかもしれないな、とアクアは嘆息する。

 ずっと待ちわびていた機会がやってきた。ブルー・バードはもとより中央空白も、それの取得権をかけた代理戦争も正直どうでもいいのだ。トゥオネラから引き継いだ歴史と資料と遺跡、それらをつなぐか細い糸を、ようやく太く縒りあう機会がやってきたのだ。

 おそらく、この機会を逃せば二度目はもうやってこないだろう。星降人など、いつ消えてもおかしくない泡沫の存在だ。こちらの準備が間に合えばよいのだが。

 もう一つ嘆息し、アクアは踵を返して屋敷の奥へと向かう。従者が帰ってくるまでに、できる限りの準備を進めなければと。

「もう少しです、おとうさま。もう少しで、我々の悲願が達成される……」

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