第30話 ヒーロー


「花岡さん、モンスターです」


大西さんが敵の出現を知らせてくれる。


「皆さん、切り替えていきましょう」


天の助けか! 完全に詰んだ状態から、どうにか抜け出せた。

いや、モンスターが天の助けってことはないけど今はありがたい。


「皆さん、ちょっと待ってください」


突然試験官が声を上げた。

ダンジョンで初めて声を聞いたけど、どうかしたんだろうか。


「おかしいです。急激に魔素が濃くなっています。これは……」


魔素ってたしか、ダンジョンの中で観測されてる空気中の成分で、モンスターの増減や活性化に影響があるのではと考えられてるんだったか。

目を凝らすと、ところどころ周囲が雪の結晶のようにキラキラと蒼白く光っているようにも見える。

これが魔素?

魔素って視認することが出来るのか。

だけど、さっきまではこんなことはなかったのに。


「ホーンラビットじゃないぞ!」


その数は3。

初めてみるモンスターだ。

この階層にもホーンラビット以外のモンスターがいたようだ。

その姿は何回か戦ったうさぎの姿ではなく、トラに近い。

大型の猫のような姿をしているが、その風貌は完全な肉食獣だ。

あきらかにホーンラビットよりも強そうに見える。


「皆さん、逃げてください!」


??? 

逃げろというのはどういう意味だろうか。


モンスターを前にして逃げるってそんなことあるのか?


「あれはこの階層にいるべきモンスターじゃありません。今の皆さんでは危険です。私が時間を稼ぐので逃げてください」


そういうことか。


「え? どういうこと?」


試験官の声にメンバーに動揺が走る。

たしかにホーンラビットよりはかなり強そうに見えるけど、試験官の人でも手に余るほどか。

もしかしたら、魔素が視認できるこの状況も関係しているのかもしれない。

だけど、時間を稼ぐって俺達が逃げたあと試験官の人はどうするんだ。

もし一人で倒せるのならそんな言い回しにはならないはずだ。

それって試験官の人が逃げる事が出来ないって事じゃないのか?

試験官の人が俺達の犠牲になるって事か?


「おい、オッサンどうすんだよ」


本当は試験官の指示に従うべきなんだろう。

実力の劣る俺がいても足を引っ張るだけかもしれない。

だけど、この状況で試験官を置いていくことは出来ない。

昔からヒーローに憧れた。

ヒーローを夢見て、ずっとヒーローになりたかった。

魔法を夢見てずっと魔法使いになりたかった。

三十歳で魔法使いには成れなかったけど、四十歳を迎えた今の俺は大魔導士だ。

そしてヒーローになれるかもしれない魔法という力も手にした。

そんな俺が試験官を見殺しにする?

それはない。

俺が憧れたヒーローはそんなことはしない。

そんなことをしてしまったら、たとえこの場を助かったとしても、俺はこれから防衛機構に入る意味を失ってしまう。

ヒーローは人を助けるものだ。

ピンチの時必ず現れてみんなを救う。

それがヒーローだ。

俺はそのために大魔導士になったんだ!

ここでやらなきゃいつやるんだ花岡修太朗!


わかってる。これは俺の我儘だ。

だから……。


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