第4話イケメン団長はまさかの童貞!?

「遅くなってすまない」

旦那様が部屋に来たのは、随分遅くなってからだった。ボトルは最早ほぼ空で、俺はそのことがバレないように、ボトルをベッドの脇に素早く隠すと、旦那様を寝室に迎え入れた。

「とんでもありませんわ。お仕事、お疲れ様です」

入浴を済ませて来たのか、旦那様の流れるような黒髪は濡れそぼっていた。服装もバスローブ一枚で、はだけた胸元から覗く胸筋がセクシーだ。俺は旦那様の前に進み出ると、さあ用意はできてますよと旦那様の顔を見つめた。

「……レミリア」

「はい……」

旦那様が俺を抱きしめる。思ったより力強く抱きしめられて、俺は少し焦った。

「だ、旦那様、もう少し優しく」

「あ、ああ、すまない」

旦那様の体が勢いよく離される。あまりの勢いの良さに、俺は前髪が乱れてしまった。

「す、すまない」

再度謝りながら、旦那様が俺の前髪をさっさと整える。

そんなに謝る必要ないのに……。

俺が訝しんで旦那様を見上げると、旦那様はひとつ咳払いをした。

「レミリア、改めてその、俺と夫婦になってくれて感謝している。これから、お前が望むままにこの屋敷で過ごしてくれて構わない。使用人たちには、最大限、お前の望みを叶えるように伝えてある」

「まあ、嬉しいですわ」

「俺は仕事で屋敷を留守にすることも多いが、何か不満があれば執事に言えば、後で俺に報告が上がるはずだ。それから」

なんか妙だな……。

俺は段々と違和感を覚え始めていた。結婚式前に見た、部下の前で堂々と立つ騎士団長はどこに行ったんだ?

俺は旦那様の手を取り、それを俺の頬へと導いた。

「旦那様、お喋りも良いのですが、そろそろ……」

俺がそう言って上目遣いで旦那様を見ると、旦那様は大袈裟に体を揺らした後で、小さく頷いた。

「あ、ああ、すまない……」

旦那様の顔が近づいてくる。やれやれ、随分前おきが長かったが、ようやく初夜らしくなってきた。俺がほっと胸を撫で下ろしていると、旦那様の唇が俺の唇に重なった。

「ん……」

そして、それは永遠かと感じるほど長い間、押し当てられていた。

流石に、流石に、長くないか?

旦那様はピクリとも動かず、ただじっと俺の唇に自分の唇を押し当てている。そう、押し当てているだけなのだ。

まさか、これがこの国の作法だったりする?

耐えかねた俺がそっと旦那様の胸を押すと、旦那様の体がパッと離された。

「す、すまない、痛かっただろうか」

「痛?は?」

「いや……、そろそろベッドへ移動しよう」

旦那様はそう言って俺の手を取ると、俺をベッドに座るよう促した。旦那様の意図がわかりかねて困惑している俺が、されるがままになっていると、旦那様がそっと俺のことを押し倒し、旦那様の手が俺のネグリジェの裾へと伸びてきた。裾から入ってきた手は俺の下着をゆっくりとずり下ろし、その手は俺の大事な場所へと伸ばされ……俺は慌ててその手を掴んで止めた。

「ちょ、ちょっと待って!」

「ど、どうした?痛かったか?」

「痛いも何も……え?まさかもう挿れるつもり?」

思わず素で聞いてしまうと、旦那様の動きが止まった。

「……性交というのは、ここを使うのではなかったのか?」

旦那様がボソッと呟いた言葉に、俺は目を瞬いた。

「……もしかして、旦那様は、こういったことをされたことがないのですか?」

俺の言葉に、旦那様は一瞬黙った後で、観念したかのようにゆっくりと頷いた。

つまり、童貞ってこと!?

俺はあまりのことに驚きを隠せなかった。

こんなにイケメンで、黒騎士団の団長で地位もあるのに、童貞だと!?この国の女は何やってんだ!?

もし旦那様が俺のいた店にいたらNo.1間違いないだろう。いや寧ろあんな狭い店を飛び出して、歌舞伎町で天下をとっていたかもしれない。

俺がそう考え込んでいると、旦那様はベッドに腰掛けて項垂れてしまった。

「……この家に生まれた子供は代々、騎士になることが決まっている。幼少期の頃から、立派な騎士になれるように、親に徹底的に武術を叩き込まれた。武術以外に目を向けることはなく、俺は体を鍛え続け、そして騎士団長へと上り詰めた」

「つまり、女にうつつを抜かす暇などなかった……というわけですね」

「令嬢は随分、そういったことに詳しいようだな。まさか、経験があるのか?」

「まさか!」

貴族の箱入り娘が、ふしだらだと思われたらまずい!

俺は慌てて否定した。

「では、どこで知識を?」

「えーっとそれは……、本で読んだのです!」

「本?」

俺は大きく頷いた。これはあながち間違いではなく、お屋敷からほぼ出ることなく生活していた俺にとって、娯楽といったらお屋敷にある蔵書を読むくらいで、その中にお母様がこっそり読んでいた恋愛小説があったのだ。えらく耽美な内容でよく分からなかったが、主人公が何人ものを男たちと性を謳歌していたことだけは分かった。

「そんな本があるのか……」

「あ、でも、恋愛の小説だったので、決していかがわしいものではっ」

「……俺も読んでみよう。そして、後日改めて令嬢と夜を共にしよう」

「え?」

旦那様が立ち上がり、そのままドアへと向かい始める。

「ちょ、ちょっとお待ちください!」

俺は慌ててベッドから降りると、旦那様の背中へ抱きついて、部屋を出て行こうとする旦那様の足を止めた。

「令嬢?」

「ま、まさかこのまま何もしないまま、出ていこうというのですか?」

「ああ、今の俺では経験不足。令嬢のことを満足させることはできないだろうから……」

旦那様が心なしかしょんぼりしている気がする。もしかすると、居た堪れないのかもしれない。だが、このまま、はいそうですかと部屋を出て行かせるわけにはいかない。こんなに早く部屋を出て行かれてしまっては、このお屋敷の使用人達になんと思われるか容易に想像がつく。

奥様はご主人様を満足させることが出来なかったのだわ。

もしかして、このまま離婚されるかもしれないわね……。

なんて噂が立ってしまえば、俺はここでの居場所を失ってしまう。伯爵家から離婚された俺を、実家は決して受け入れないだろう。そうなってたまるかと、俺は旦那様から体を離すと、覚悟を決めた。

「旦那様のお気持ちは分かりましたわ。でしたら、こちらを向いて、少し屈んでくださるかしら?」

「え?あ、ああ」

旦那様が俺に言われた通り、俺へと向き直って少し屈む。

「もう少し屈んでくださる?そう、目線が合うように、そう、そうですわ……」

旦那様と俺の目線が一緒になると、俺は旦那様の唇を奪った。

「んむ……!?」

旦那様が驚きで目を見開く。そのまま舌を絡ませ合うと、旦那様が体を離そうとしてきた。向こうの困惑っぷりが伝わってくるが、逃さないぜと俺は旦那様の唇を貪り尽くした。

「はぁ!は、はぁ……息が……」

俺がようやく唇を離すと、旦那様が息も絶え絶えな様子で、全力で呼吸を始める。俺は今がチャンスと、真っ赤な顔で酸欠に喘ぐ旦那様をベッドへと押し倒した。

「わっ!?」

「旦那様……」

旦那様の長い黒髪がベッドの上にサラリと広がる。俺はそれを踏まないように気をつけながら、旦那様の上にのしかかると、片手で旦那様の顎を固定し、再び唇を奪った。旦那様が抵抗するが、徐々に体から力が抜けていく。俺が唇を離すと、旦那様は潤んだ瞳で俺を見上げてきた。

「れ、令嬢……」

一体、これから自分はどうなってしまうのか。何をされてしまうのか。困惑、そしてどこか期待を込めた表情で、屈強な男が自分のことを弱々しく見上げてくるその様に、俺はたまらない気持ちになった。

こんなの、前世でも味わったことないぞ……。

俺はゴクリと生唾を飲んだ後で、旦那様を怖がらせないよう、優しい声音で言った。

「旦那様……あなたが何も知らないのでしたら、私が教えて差し上げますわ」

だから、どうか身をゆだねて……。

俺が旦那様の額に優しくキスすると、旦那様は観念したように目をぎゅっと閉じた。

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