4-9:ナイトベルグ領の秘境


 飛びかかってくる魔物の群れを、コニーさんのウワバミが長大な尻尾で打ち払った。

 神獣のように即座に倒すことはできないけれど、小型の魔物には十分な強さ!


「さ、さっすがコニーさん!」

「わんっ」


 エアが吠えて、生じた隙間に神気の風を送り込む。

 生まれた竜巻が、残された魔物達を一瞬で霧散させた。カーバンクル達が土の城壁を立ち上げて、みんなを守ってくれる。

 だけどその間に、トリシャは奥へ逃げていく。


「――追いましょう、みんな!」


 カーバンクル達の城壁、ディーネの水、それにエアとルナの風。

 これほど魔物が多いと、神気を帯びた攻撃で、一発で倒していかなければ、とても敵の数に追いつかない! 隙をついて跳びかかってくる魔物は、コニーさんやダリルさんが倒していった。

 ロランさんはルナに掴まって、上空へあがる。


「風よっ」


 杖を振り、ルナの風とタイミングを合わせるように魔法を使った。

 ロランさんの風が道を塞ぐ闇鬼ゴブリンたちを吹き飛ばし、それでも消えない大柄な闇熊ダーク・ベア闇猪ダーク・ボアといった魔物に、ルナの風が吹きつける。

 神気を受けた魔物は、たちどころに消えていった。


『道ができました』


 ルナの声が心強い。

 神獣たち、そしてみんなに私は叫んだ。


「行こうっ」


 トリシャ、あるいは要石かなめいし

 どちらかに辿り着ければ、戦いは終わりだ。

 コニーさんが大蛇に乗って先行する。けれども、トリシャの側には最後の魔物が残っていた。エアと同じくらいの大きさを持つ、大狼型の魔物。

 遠吠えを放つと、魔物達の動きが鋭くなる。

 乱れた列を組み直して、私達を押しつぶすように左右から迫った。まるで、大波に挟まれたみたい!


「きゅいっ」


 カーバンクル達が、地面を持ち上げて左右に即席の壁を作る。

 その壁の上に、大狼型の魔物が乗って、走ってきた。


「わんっ」

「エア!?」


 敵の狼は、噛みつくウワバミをすり抜け、ばかりか爪で切り裂く。き、傷は深くはなさそうだけど……!

 大狼は私をまっすぐに狙う。

 エアが身を傾けて庇ってくれた。

 私は地面に落ちてしまったけれど!

 ロランさんが地面に降り、ダリルさんが近寄ってくる。


「平気か、アリーシャちゃん! って、うお!」


 壁を乗り越えた小鬼が、上から降ってきた。

 ダリルさんが剣を振るう。

 一体の魔物が、ロランさんの腕に噛みついた。


「ロランさんっ」

「く、相手もなかなかだ! ……ほう、闇鬼ゴブリン種とはいえ、嚙む力もけっこう強い。邪気が強いと強化されるのかな?」

「ぶ、分析してる場合ですか……」


 大乱戦になってしまった。


「ガァッ!」


 大狼型の魔物は、巧みに神気の風を避ける。これじゃ、エアもかかりきりだ。

 ディーネもルナも、周りの大波を防いでいる。ただ、今いる位置と要石までは、一直線。うっすら光っている大岩は、風谷のように縄が巻かれているわけじゃないけれど、私でも神気を感じた。

 ……周りに邪気が濃いから、対抗しているのかもしれない。


「わんっ!」


 エアが叫んだ。


 ――走って!


 そう叫んでいるみたい。私だけじゃなくて、エアにとっても、この要石は大事なものなんだろう。

 ナイトベルグ領で召喚して、記憶を失くしていたエア。だとしたら、この子にとって大事なものってことは――


「――って、今は行動でしょ!」


 私は、跳びかかってきた魔物をぴょんと跳んで避けた。

 うわうわと泣きそうになりながら、要石に向かって走る。カーバンクルのエートが、私についてきた。

 ぺたり、と高さ2メートルはありそうな大岩に手を添える。


「……ん」


 真っ青になる私。


「この後、どうすんだ」


 な、何かしないといけないのかな!?


「きゅい!」


 カーバンクルが叫び、私は慌てて身を引いた。そこには、トリシャが立っていた。

 手には、どこから手に入れたのか、折れた剣を持っている。

 虚ろな目だけど、焦点はビシっと私にあっていた。


「あ、えっと、トリシャ――」


 トリシャは無言でいる。


「なぜ」


 小さな唇が動いた。


「……いなくなったのですか」


 振り下ろされる剣を、慌てて避ける。危ない、危ないよっ!

 カーバンクルが、トリシャの顔にもふん! と張り付いた。虚ろで怖い顔は見えなくなったけど、代わりに剣をぶんぶん振り回す。


「きらい、みんな、きらい……!」


 エアも、ディーネも、強烈な神気を出せる子は――お取込み中かっ。


「アリーシャ!」


 気づいたロランさんが魔法を放つ。小型の竜巻がトリシャの剣を吹き飛ばした。

 大混戦の中、頭に誰かの声が響く。要石が、光を増してる?

 頭がぐるぐる回る中、しなければいけないことを考えた。

 神獣召喚士として。

 なら、できることは、よく考えれば一つしかない。

 邪気の中で、弱々しく輝く要石に手を添える。

 かつてのディーネや、エアのように、この子にはもうあっちから呼びかける元気はないのかもしれない。ならば、こちらから呼べばいい。


「獣よ、境界さかいを越え! 我の下へ!」


 もしかしたら、違うかも――そんな恐れを無理やり押さえ、私はその子の『名』を呼んだ。

 だって、ずっと会いたかった子なのだから。


「クウ!」

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