4-8:大森林の大バトル
そして、夜が明けた。
私は空を見る。風谷から吹いてくる強風には、今日も神気が宿って見えた。日光が、空を流れる神気をきらめかせている。
風谷では、残ったカイルさん達が祈祷をして神気を強めていた。そんな神気が、大秘境からの風に乗って届いているんだね。
草地から空を見上げていると、ディーネが言った。
『風谷をあまり留守にすると、神気が弱まるぞい。なんとしても、今日中に決着をつけんとな』
こくん、と私は頷く。
私は正体を隠すため、今日もだぼっとしたローブとフードを被っていた。しかし、あっついなこれ……。
昨日の神官さん達には口止めしたしで、これを被っていれば領地の長女として騒がれることはないだろうけど。
防具としての魔法効果があるらしいので、安心材料にもなる。
大狼エアが私に歩み寄ってきて、大きな鼻をこすりつけた。
「……今日はお願いね、エア」
「ばうっ」
エアを中心に、突風が起こった。
黒髪が真後ろに流れる。周りの兵士達がどよめくし、召喚士達までびっくりしていた。
うう、やる気いっぱい!
ロランさんが私に近づいてくる。
「そろそろ、行こう。準備はいいかな」
「は、はいっ」
「僕ら召喚士は2組に分かれる。ナイトベルグ領の兵士らと共に、森から魔物を引き付けるグループ。そして、空から森の中心部に降り立つグループだ」
ごくっと喉が動く。
私は、森に入る方のグループだ。周りが森から魔物達を引き付けたら、私達が空から大森林に飛び込む。
「森に入れば、まずは強力な神獣を呼び出せるカギ、『要石』を目指す。自然と奥地に向かうことになるから、魔物も妨害するだろう」
首の裏に鳥肌が立つのがわかった。
「は、はい」
「トリシャ本人にも出くわすかもしれない。その時、トリシャに神気を当てて正気に戻すか、あくまで『要石』を目指すか、それは状況次第だ」
神獣達や、ロランさん達が私を守ってくれる。
でも数千体の魔物がいる森に飛び込むなんて、もちろん大変な危険だ。大半が小型魔物だし、兵士さんや、風谷の
「共に入るのは、僕、コニー、そしてダリルだ。全員で、なんとしても君だけは守る。けれど、万が一、危なくなったら――」
ロランさんは屈んで、私と目を合わせた。
「先に逃げて」
「……わかりました」
ここに至って、『あなた達と最後まで戦います』とは言えない。この人達は、私を生き残らせるのがお仕事なんだ。
そういう人を連れてきて、頼ることを選んだのは、私。
だから――
「そんなことにならないよう、私も頑張ります」
「うん、いい子だ」
壁の向こう、大森林が騒がしくなる。
もう戦いが始まっていた。
魔物達の呻り声も聞こえだす。
兵士達はまず城壁近くで戦ってから、森へ打って出る予定だった。
魔物を防ぐ神気の壁もあって、わかる範囲では亡くなった人はまだ出ていない。けれど――今日もそうだとは、限らない。早く、なんとかしなければ。
だって、考えてもみてよ。助けたトリシャに、『人が亡くなりました』なんて報告、したくない。
『我もゆこう』
ずん、と大きな足音を立てて、モリヤさんが歩いてきた。
『森の外に、魔物らを引き付けよう』
「あの虫に気を付けてくださいね」
『大事ない。見晴らしのよいところで戦う上、お主らの策もあるしのう』
モリヤさんの口は、牙のあたりが神気でキランとした。
エアの風をたくさん吸ってもらったうえ、ディーネの水で歯磨きしたんだ。結果、口にうっすら神気がまとうことになって――これなら、あの魔物も飛び込んでこないだろう。
発案は私なんだけど……
「お口ケア、か」
フローラルな香りがしたりして。
『む?』
「な、なんでもないです」
『虫』については、トリシャに取りついたもの以外、特に目撃情報はない。でも念には、念だ。
モリヤさんは対策済みで、森に入るみんなはエアとディーネの神気で守る。
飛んでいくモリヤさんと入れ違いに、やがてダリルさんとコニーさんがやってきた。
「神獣召喚士さま」
「そろそろだな」
私は手を挙げて、みんなに合図する。
大狼エアがぺたんとお尻を地面につけて、遠吠えを放った。
――アオオオン……!
青い光が全身を包み込む。
そして、くい、と私達を見てから腹ばいになった。
乗ってってことだね。
私とダリルさん、コニーさんがエアに乗る。ちなみにディーネは、リュックに入ってひとまず私の背中。
『こりゃ楽ちんじゃのう』
「……エア、お願いっ」
「わんっ」
ロランさんはというと、巨大フクロウと化した
地面を蹴って、空に舞い上がるエア。
下には、草地で戦う兵士や
すぐに邪気が作る雲の下に入り、空が暗くなった。
昨日と同じように、大森林から黒い鳥型の魔物がギャアギャアと湧き出してくる。
「ばうっ」
エアが神気の風を送ると、たちどころに霧散していった。
でも大森林からは、新たな黒い柱のように、極太のもやが立ち上がる。それが木々を覆う巨大な傘のように広がって、行く手を塞ぎだした。
ばさりと羽音。
ロランさんとルナが前に出る。
「ルナ、頼めるかい」
ルナが翼を広げて、大きく羽ばたく。するとエアのように、きらめく風が巻き起こった。
風は渦を巻きながら黒い壁にぶつかり、たちまちもやを霧散させてしまう。邪気のせいか、その先の森は、朝なのに夜のように暗い。
単に光が届かないんじゃなくて、黒い何かが満ちているような、そんな空間。
私達は、飛び込まなきゃいけないんだ。
「アリーシャちゃん、平気だ」
「ええ。私達もついています」
ダリルさん、コニーさんの言葉が頼もしい。
上を見ると、暗雲のわずかな隙間で、風谷から届く神気が励ますようにきらめいた。
「――森の中、突っ込みますよ」
ぶわっと生暖かい空気が私を包み込む。
先行するロランさんとルナ、その後に私達。
地面に降り立つと、周囲にいた小鬼――
「ギイッ!」
飛びかかってくる魔物を、ダリルさんが剣で切り払う。
コニーさんも召喚獣の
大小2頭のヘビが、コニーさんを守るように首をもたげる。
コニーさんは緑髪をなでてから、クリスタルくんと一緒に、森の奥へ目を凝らした。
「あちらに、敵の気配があるようです」
ディーネが、身体をわさわさ揺らして、リュックから地面に降りてきた。
『……ほいっ! 「要石」を感じる方角と、同じじゃのう。アリーシャ、覚えておるかのう』
「まずはそっちを目指す、だよね」
ナイトベルグ領は、かつて風谷のような秘境だった。神獣達が暮らせる場所で、それはつまり、神界とここを繋ぐ『要石』もあったということ。
その大事なものが――おそらく、トリシャが隠れたこの森にある。
「わんっ」
私を乗せたまま、エアが吠える。
「あっちです! 行きましょうっ」
そこからは、激戦になった。
ロランさんとルナ、それにコニーさんとダリルさん、二組が私の左右に立って、道を切り開き続ける。
ディーネも巨大な長毛種のわんこに戻って、神気の水で後押しした。水鉄砲で、襲いかかってくる熊や猪の魔物を、押し流していくんだ。
でも、さすがに数が多い。
私は温存してきた体力、まず使うことにした。
「ばうっ!」
エアのきらめく風が、周囲の魔物ともやを払ってくれる!
今のうちっ。
「獣よ!
頭の中で、必死に覚えた名前を思い出す。
「えぇと……あ! エート、イート、アート、ウート、オットー、カート、キート、ケイト、コート、サート、シート、スー、セート……」
神獣召喚、カーバンクル達!
風谷からやってきた彼らは、朝ごはんの片づけでもしていたのか、何匹かはエプロンを巻いていた。
「キキ!」
「キィッ」
「わ、わ、ごめん……」
びっくりするカーバンクル達だけど、すぐさま状況を理解したようだ。
全員で私達を囲うと、ちっちゃな手を掲げる。
「「「「「「きゅいっ」」」」」」
ぼこんと音がして、地面が盛り上がった。
それは壁だった。
即席の城壁が、あちこちでボコボコ持ち上がり、私たちを追ってきた魔物を阻む。
壁はかなり長くて、高くて、ちょうど私達の後ろに密集していた魔物達を内部に閉じ込めた形だった。
「す、すごい……! ありがとうっ」
「きゅい、きゅい」
職人肌っぽいエートは鼻の下をこすってみせる。
カーバンクルの力強い後押しで、私達は魔物の群れをさらに切り開いた。
やがて、ぼうっとした光が見えて来る。
「なに……」
エアが身を揺らした。速度を増して、一気に駆け始める。
「エア!?」
「わんっ」
魔物達を風で押しのけながら、風のようになって駆けるエア。
必死にしがみつく。
「何か、思い出しそうなの?」
「くぅ……」
ロランさんがルナの足に掴まって飛んできた。その後ろには、巨大な蛇に乗ったコニーさんと、ダリルさん。
「アリーシャ、要石が近いのかもしれない」
「は、はい。この先の光が、多分――」
あとちょっと、ほんの4、50メートル先で要石、というところで、魔物の群れが立ち塞いだ。
巨熊型の
そして群れの足元には――虚ろな目をしたトリシャ。
何も言わずに、人形のように青白い顔をして、じっとこちらを見つめていた。
『お嬢ちゃん。あの要石、やはり神気を出して、周りに抵抗しておるぞ。この上の神界に、神獣がおるのかもしれん。力を借りられれば、風谷からやってくる神気と、この要石が放つ神気で、一気に邪気を払うパワーは倍じゃ』
私はぐっと顎を引いた。
ただ、そのためには――
「近づかなきゃ、だよね?」
「やれやれ。念のため聞くけれど……トリシャ・ナイトベルグ!」
ロランさんが声を張る。
「君に意識があるなら、すぐに戦いをやめてほしい。家族を迎えに来た人がいる」
トリシャは、なんの反応も示さなかった。
ただ無造作に手を挙げて、私に向けて振った。
……本当は、嫌いなんだろうか。助けても、今まで話さなかったこととかが、埋まるわけじゃない。
でも……!
「助けたい、です」
ロランさんが、メガネ越しに微笑んだ。
信じたいんだよ。
たとえ一度はすれ違っても、私やエアのこと、好きになってくれるって!
「いいとも。僕らも、そのために来たんだ」
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