4-7:決戦前夜

 夜の内に、私達は大まかな方針を固めた。


 目指すのは、大森林から出て来る魔物達の一掃。


 そのためには今いる魔物達を倒すだけじゃなく、新しく発生したり、遠くから集まってくる魔物もなくさなければいけない。つまり、邪気や魔物に『ここに集まれ!』と命令している人を――トリシャを正気に戻す必要があるってこと。


 魔物を防ぐだけなら、兵士さんや、連れてきた召喚士サモナーで対応できる。

 でもトリシャを助けるなら、神獣の力が必要だ。

 黒い蜂のような虫に取りつかれているなら、近くから神気を当てて、虫を追い出さなければいけない。巨竜のモリヤさんの時は口から大量の神気を吸わせたけど、同じことをトリシャにもやるってことだ。


 私達は――大森林に乗り込まないといけない。

 トリシャと会うために。


「わんっ」


 夜、大狼エアの弾む息。

 背中に乗る私も揺れて、同乗のディーネが文句を垂れた。


『こちとら年寄りじゃっ。腰に響かぬよう、優しく運んでほしいのう』

「自分で走れるくせに」


 苦笑しながら、丘に出た。夜風が私の黒髪をなびかせていく。

 月が出ていた。黒いもやを立ち上らせる大森林と、周りに集結する魔物達が見える。

 高い木々の間に揺れる赤い光は、きっと魔物の目だ。

 何百、いや何千という魔物が村々のすぐ近くにいるなんて――本当に、なんという事態になってしまったのだろう。


「くぅ――」


 エアが鼻を鳴らす。青白い毛並みと長い尾を、風がそよがせていった。

 私は地面に降りて、相棒の背中をなでてあげる。


「見つけたの?」

「わんっ」


 エアが鼻先で示したのは、壁の向こうにそびえる大森林。トリシャが立てこもっている森だ。


「ナイトベルグ領の要石、あそこにあるんだね……」

『わしも、神獣の神気を感じるのう。間違いあるまい』


 私達が探していたのは、ナイトベルグ領にもあるという『要石』だった。それが状況打開のカギになる。


「じゃ、トリシャと同じ森に、神獣と繋がれる場所があるんだ……」


 風谷で何度か神界の夢を見た。

 こう思うんだ。


 ナイトベルグ領に訪れる危機を察知して、この地の神獣が私に助けを求めていたんだって。『要石』が神界と現世を繋ぐものなら、要石を見つけることで、あの神獣も呼び出せるかもしれない。


 もしエアやディーネより強力な神獣だったら、なりたての神獣召喚士――つまり私じゃ召喚できない。

 ナイトベルグ領から風谷の私に呼びかけてたし、かなりの力なのは確か。

 でも要石の傍だったら、可能性はあるらしいんだ。

 神獣召喚士と『要石』、呼ぶ力が2倍ってことだもんね。


 それに、森に集まる邪気の影響もある。あまりにも濃い邪気は神獣召喚を邪魔するから、夢で見た神獣に助けを求めるなら、要石を探すことに賭けるしかない。


「エア、もしかしたらあなたの家族かもしれないね」


 ふん、と鼻を鳴らすエア。

 エアにそっくりな大人の神獣、それがナイトベルグ領にいて。エアと最初に出会ったのも、ナイトベルグ領。

 ……前世で飼っていて、途中で離れ離れになってしまったクウのこと。

 色んな『もしかして』が心の中にある。

 でも、すべては明日にはっきりすることだった。


「トリシャを、助けないとね」


 その時、上から翼の音がした。

 私はすぐにやってきた人に気づく。


「アリーシャ、あまり壁に近づいては危ないよ」


 ロランさんだった。ルナの足に掴まって飛んできたのだろう。そのまま、ひらりと私の側に飛び降りる。

 ルナは小さくなると、ロランさんの肩に軽やかに止まった。


「この地の要石を探していたのかい?」


 私は頷いた。


「はい。もう見つけましたけど――トリシャがいるのと同じ森です」

「『神界』と繋がるための石、か……」


 召喚士サモナー協会も、さすがに隣国領地にある『要石』までは知らない。だから私達で位置を探してたんだ。


「ルナも同じ意見だった。神獣は要石の存在を感じられるようだね」


 少しの間、私とロランさんの間に沈黙が降りる。

 丘の前方は大森林で、後ろは森。周りには誰もいない。ただ風が渡っていくだけだ。

 そよ風のように、ある考えが過ぎる。

 あの時言いそびれたことを――伝えておきたかったことを、今の内に話したい。


「ロランさん。私――ただの子供じゃないんです」

「知っている……なんて言ったら、失礼かな」


 そう言って、ロランさんはくしゃりと笑った。


「前、私から、自分のことをないがしろにして死んでしまった人のこと、言いました。それ――私なんですよ」


 ほろりとこぼれた言葉で、胸が一気に楽になる。続いて、怖さも。

 神獣のディーネくらいしか知らなかった、前世のこと。

 それを、この人には知っておいてもらいたいと思うんだ。


「200年前の神獣召喚士、サキチさんは別の世界からやってきたという伝承があったんですよね? 私も、同じなんです。前世では早くに死んでしまったので、転生というか――この世界で生まれ直した、みたいな状況なんですけど」

「ふむ……」


 ロランさんはメガネを直した。


「意識と肉体を保ったままこの世界にやってきたのではなく、この世界の赤子に生まれ変わった、ということかな」


 って、すご!? すんなり理解したよ。


「君の判断や、勇気、何よりも物おじしない芯は、子供とは思えない。神獣召喚士だから、と最初は思っていたが――そうか、異世界からの記憶と知識、か。確かに、先代のサキチ様にも似た言い伝えがあったけど……」


 緊張する私に、ロランさんが身を屈める。

 青い目は優しげで、最初に会った時と同じ親切なお兄さんのままだった。


「打ち明けてくれてありがとう……前世も、黙っていることも、辛かっただろう」


 微笑みは、私の心にあった心配事を、きれいにとかしてくれるかのようだった。


「驚きました?」

「正直、少しね。でも納得だ、君ならば――ただ、そのことは伏せた方がいいだろう。異世界の知識や、存在は、悪用しようとする人も出るかもしれない」

「……ロランさんは、気にならないんですか?」

「言っただろう? 僕は知りたいのであって、暴きたいわけじゃない。君がその気になったら教えてくれればいいさ」


 立ち上がるロランさんに、私だけ気をもんでいたのがなんだか悔しくて。

 見た目だけでなく、心もきれいとは。

 それか、聞きたいことはもっとあるけど、私のために待っていてくれているのだろうか。

 ……どっちでもいいか。だって、私のこと、それでも信じてくれたってことだから。

 この人なら悪いようにはしないって、私も信じてる。

 仮に後で後悔するようなことがあっても、抱え込んでいるより、話して後悔する方が私好みだ。

 前世の知識があれば解決できる問題って、もしかしたらあるかもしれない。ロランさんなら、今後はそんな時に私へも相談してくれるだろう。

 でも、試しにちょっと上目遣いに言ってみた。


「前世の世界の、動物のこと……」

「うっ!? そ、それは気になるな」


 ちらっと動物知識を見せると、早速逆らえずに反応するロランさんが面白い。

 私達はどちらともなく笑って、みんなが明日に備えて待つ村へ戻る。

 心が、すっと軽くなった。

 さぁ、後は――トリシャを助けにいこう!

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