4-5:黄昏のナイトベルグ領

 私達の加勢もあって、その日はなんとか魔物を退けた。

 大森林との間にある壁は、ただの壁じゃない。神官たちが祈祷をして、その壁に沿って『神気』の層ができるんだ。

 だから普通なら魔物は越えられないのだけど――数が多すぎると、話が別になる。

 そして今回まさに数が多すぎた。私達の加勢がなければ、領地は危なかっただろう。


 もちろん、みんな最初はものすごく警戒された。兵士も集まってきたけれど、あっちだって困ってる。

 隣のセレニス王国、それも忌み嫌う魔獣の使い手であっても、救援には変わりない。ロランさんが事情を説明した後は、食事をわけてもらうことや、村の空き家で休むことも許された。

 隣国で魔物が大発生すれば、いずれ森を渡ってセレニス王国にも被害が出かねない――そんな理屈もおおむね納得されたみたい。


 お父様、ナイトベルグ辺境伯への連絡だとかも、私は心配していた。

 あの性格だから『加勢するなら挨拶に来い』くらいは言いそうだもの。でも、その心配はしなくて済んだ。

 なんでって?

 ……お父様たちの軍勢が、一番の被害を受けていて。

 全員大森林から退いたみたいだけれど、お父様は大けがを負って伏せっているらしい。

 辺境伯が動けないから、現場兵士達の判断で素早く私達を受け入れられたんだね。


「でもなんで、そんなことに……」


 与えられた空き家で、私は首をひねった。

 思い出すのは、黒いもやをもくもくと生み出して、台風のように渦巻かせていた大森林。木々の根元には、確かにトリシャがいたんだ。

 ……お父様が大けがをしたことも、普通じゃない。なんで領地で一番偉い辺境伯が、怪我をするのさ。

 悪い予感が止まらなくて、私はエアを抱き寄せる。


 ナイトベルグで聞こえた話と、風谷で得た情報を合わせると、どうやら珍しくて強いスキルを引いたトリシャにお父様らは『何か』をするつもりだったようだ。

 王都から専門家を集めていた、なんて話もあったし。

 魔物の大発生が起こる前、お父様たちは兵士を連れて大森林への調査に向かっている。それだって風谷に噂は入っていたけれど――本当の目的はどうもトリシャのスキルを試すためだったみたい。


 眉間に力が入ってしまう。

 お父様がトリシャにやろうとしていた何かが、この異変の原因――そうとしか思えなかった。

 ロランさんとコニーさんが、空き家に戻ってくる。


「事情はわかった」


 そう言って、ロランさんは疲れたように椅子に深く腰掛けた。コニーさんも無言で座り、足を組んでしまう。

 私達が空き家で休む間、2人はさらなる事情聴取に向かっていたんだ。


「この村に辺境伯直属の兵士や、神官が逃げ込んでいた。とても明るいニュースとはいえないが」

「聞かせてください。何があったんですか?」


 急きこむ私に、ロランさんとコニーさんは目で相談しあう。

 ダリルさんが口を開いた。


「……アリーシャちゃんにこそ、聞く権利がある話だと思いますよ」


 だろ? とダリルさん。私はこくんと頷いて、エアをさらにぎゅっと抱きしめた。ちなみにディーネは隅で横になっているけど、耳が立っているからしっかり聞いてると思う。

 空き家には風谷から同行した4人の召喚士もいて、巨竜のモリヤさんは外から窓を覗き込んでいる形だった。


「教えてください、ロランさん」

「――危険な実験をした」


 ロランさんはメガネのフレームに指を添え、目を伏せた。


「召喚術は、セレニス王国の強力な武器だ。獣霊神の加護を受けて使う力だからね。半面、聖リリア王国では、代わりの技術が色々と発達している。魔物から得られる魔石を加工する技術や、人のスキルを封じたり強めたり、ね」


 私は顎を引いた。

 確かに、両国で得意分野が異なる。ただ違うからこそ、協力し合えれば魔物とかにもうまく対応できる、なんて思ってた。

 思ってたんだよ……。


「聖リリア王国では、召喚士に対抗して、別の何かを操れないか研究が進んでいた。秘密裏にね」

「それは――」

「魔物だよ」


 ロランさんは首を振る。


「トリシャは〈王の中の王ロード・オブ・ロード〉という指揮をするためのスキルを授かった。それで、辺境伯が聖光神殿に売り込んだんだ」


 次の言葉で、私は開いた口がふさがらなかった。


「統率スキルで、魔物を操ることができないか、とね」


 ダリルさんも唖然として、コニーさんは深くため息をつく。

 同行した4名の召喚士達も、だいたいおんなじ反応だ。窓から様子をうかがっていたモリヤさんが、首をひねった。


『火遊びがすぎる』

「――モリヤさんも、危険だって、言ってます」

「もちろんそうだ。だが、ナイトベルグ領では、利益が危険を上回ると判断したんだろう。そのために兵士を引き連れて、実験のためトリシャを大森林の近くまで連れて行った。しかし……」


 言葉を切るロランさん。


「トリシャの近くにいた兵士らから話をきけた。何か、黒い蜂のようなものが突然現れ、トリシャの背中にとまり――やがて体にしみ込むように消えてしまったと」


 私を声をあげてしまう。


「それって! 風谷にも出た、あの黒い虫じゃないですか!?」

「うん。その後、周囲から雪崩のように魔物が押し寄せた」


 ロランさんは指を立てる。


「冷静に、事実と仮説を分けて考えよう。今まで話したのはすべて事実、そしてこれからは仮説だ。真相は辺境伯本人か、トリシャしか知るまい」


 みんなは息をひそめて、頷いた。


「まず、トリシャは魔物に指示を出せるよう、特別な魔道具や、神官の術を受けていたはずだ。つまり魔物の声を感じやすい――あの黒い虫にも、取りつかれやすい状態になっていたのだと思う」


 そ、そうか。

 話せないと、操るなんてできないものね。魔物との伝達がどういうものか、見当もつかないけど。

 ダリルさんが上を向いて頬をかいた。


「あの『グオー!』とか『ガー!』とかしか言わない魔物に命令なんて、可能なんですかね?」

「魔石があるだろう。魔物の結晶ともいえるあれを使えば、理論上は可能だ。実際、群れる魔物だっているだろう」


 ロランさんは言葉を継いだ。


「そしてあの虫は、やはりナイトベルグで発生した新種だろう。魔石で稼ぐために魔物を放置している間、新種が生まれたんだ」


 ぞっとして、言葉を失ってしまう。

 トリシャも、あの蜂みたいな魔物に取りつかれているってことか……。かつてのモリヤさんとおんなじだ。


「さて、事実の確認に戻ろう。トリシャが虫に取りつかれてから、魔物達は一気にナイトベルグ領に攻めかかった。魔物は付近の森から続々と集まり、一帯は邪気が非常に濃い場所になってしまった」


 くしゃり、とロランさんは茶髪を掴む。


「状況の悪化原因は、間違いなくトリシャの統率スキル〈王の中の王ロード・オブ・ロード〉だ」


 軍団を指揮するためのスキル――だったよね?

 ん? 待って? 指揮って……


「あ、まさか」


 頭に、森で整然と並んでいた闇鬼ゴブリンが過ぎった。

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