4-4:再び、ナイトベルグ領へ

 南下する召喚士達の背中を、神気の風が押していた。

 特級召喚士ロランは後ろを振り返る。


 空をいくのは、まず巨大な竜。神秘的なほど黒々としたウロコ、それが覆う背中には3人と2匹が乗っていた。

 先頭は8歳の神獣召喚士、アリーシャ。そしてロランが信頼する部下、ダリルとコニーが続く。神獣であるエアとディーネは、小型犬サイズに縮んだ上で、リュックに入れられダリルとコニーに前側で抱えられていた。


 他には2頭の天馬ペガサスが続き、召喚士が2人ずつ乗っている。

 ナイトベルグ領へ向かう人数は、合計で8名。

 もちろん全員を先導するのは、特級召喚士ロランと、その神獣――巨大フクロウのルナである。


 この場にいないカイル達、獣霊会の神官らは風谷に残っていた。祈りを捧げ、秘境からナイトベルグ領へ届く神気を少しでも増やすために。


「平気かい、アリーシャ!?」


 ロランが叫ぶと、アリーシャはぶんぶんと手を振った。黒髪が風で真後ろに流れ、すぐ後ろのエアがくしゅんと小さなくしゃみをする。


 ――一番大変なのは、君だろうに。


 頼もしさとおかしさが等量に胸に生まれ、なんともこそばゆい。

 ルナの言葉が頭に響いた。


『よかったです。考えを改めてくださって』


 主の選択に、ルナも気をもんでいたようだ。


「心配をかけたね」


 くすりと笑って、ロランは昔を思い返した。


「君と言葉を交わせるのは、いつぶりだろうね」

『長く力を失っていましたから』


 神獣ルナは、神獣召喚士の妹が亡くなってから、みるみる力を落とした。再び話せるようになったのは、風谷で力を取り戻してからである。


『「兄を頼む」と――妹君から託された約束を、ようやく果たせました』


 ルナなりに、ロランを心配したのだろう。


「……さすがに気づいたよ。アリーシャに言われるまで、残されて待つ方のことなんて、考えもしなかった」


 神獣召喚士の妹を守れず、自分が神獣召喚士になることにも失敗した。

 その悔いをどこかで消したかった。

 過去に囚われる内に、どこかでアリーシャを妹に重ねていたのだろう。


「スローライフ、か」

『どうしました?』

「いや、アリーシャがたまに言うんだよ。確かに――生きているのだから、気楽にやってもいいのかもしれない」


 そのためには、目の前の出来事を片付けなければ。

 ロランはルナの頭に手を添える。

 言葉がなくとも、増速の合図は伝わった。巨大なフクロウが強く羽ばたく。

 ナイトベルグ領からの空気に、いやな、邪気の感覚が混ざり始めていた。



     ◆



 出発する前、大人たちは難しいことをずっと議論していた。幼女がわざわざ口に出すまでもなく、大勢の召喚士サモナーがドラゴンや天馬ペガサスに乗って国境を越えるのである。


 ――それ、びっくりされない?

 ――攻めてきたって勘違いされない?


 ロランさんによれば、聖リリア王国と、セレニス王国の国交は完全に絶えているわけではなくて。今回は目的が救援だから、到着時に貴族でもあるロランさんが事情を説明しつつ、物事が落ち着いたら互いの外交で越境問題を納める算段のようだ。

 確かにロランさんの家は、一度は手紙を送っているわけだしね。

 魔物の発生は本来ナイトベルグ領の問題なのだから、助けるための越境は大目に見ろ、という感じだろうか。


「いざとなったら、私がナイトベル領の人に事情を説明するのも、手だけど……」


 モリヤさんの背中で、私はぎゅっと特製の鞍にしがみつく。

 後ろのダリルさんがちょっと難しい顔をした。


「そうすると、アリーシャちゃんの力がナイトベルグ領に知られてしまう。降りたらそのローブとフード、しっかり被っておきなよ」

「う……はい」


 私がロランさん達にもらったのは、ダボっとしたフードとローブだった。目深にかぶれば、万が一知っている人と出くわしても正体はわからないだろう。

 ……今は風がスゴイからフードを外しているけれど、地上だと暑いだろうなぁ。

 コニーさんが後ろから声を張った。


「見えてきましたわ」

『ぬう……なんだ、あれは?』


 モリヤさんが呻くのも無理はない。

 ナイトベルグ領の空を、黒い雲が覆っていた。大森林から、真っ黒いもやがいくつも立ち上がっている。まるでたくさんの巨大な柱が、暗雲を支えているみたいだ。

 空では、雲が台風のように渦巻いている。直径は、ゆうに数百メートルはあるだろうか。

 渦の中心は、まるで空に開いた巨大な目。


「これ……魔物が多いとできる、『魔界化』ってやつ?」

「わん……」


 声を震わせる私に、エアも不安げに鳴いている。

 ロランさんの声がした。


『予想よりも、さらに状況は悪いな。みんな、高度を落とそう。地上の様子を見るんだ』


 ルナの先導で、私達は高度を落としていく。

 地上の様子がわかってきた。ナイトベルグ領と大森林をへだてる壁には、魔物達がびっしり群れていた。


「ロランさん、あれ」


 私は眼下を指さした。びっくりすることに、壁の外で――つまり魔物がうようよいる中で戦っている人もいる。

 大森林はあちこちが開拓されていて、通り道や広場のような草地がけっこうあるんだ。空から、そこを走る馬が見える。

 ダリルさんがくしゃっと赤髪をかいた。


「こりゃどういう状況だ?」

「魔物の大発生。その原因を、探っているのでしょうか?」


 コニーさんの疑問に、ロランさんが応じた。


『いや……原因を探っているというより、何かを呼び掛けている。声が聞こえるぞ』


 私は下からの声に耳を澄ませた。


 ――トリシャ様! 正気に戻ってください!

 ――トリシャ様!


 あんぐり口を開けてしまったの、許してほしい。


「と、トリシャ!?」


 私の、義理の妹だ。あの子、何してるの!? ていうか、この状況……なにを、されたの?

 状況がわからないと、加勢もなにもあったものじゃない。

 渦巻く暗雲を一周する。

 雲の中心には、1つの森があった。そこは伐採によって周りの木が切られ、独立した島のようになっている。実際、古代樹は高さ50メートルはあり、それらが作る森は断崖に囲まれた島のようにも見えるんだ。

 森の麓には、闇鬼ゴブリンのような小型魔物が整然と並んでいる。

 まるで誰かに指示をうけているみたい。


「あの森が中心地ですね」

『まず間違いないだろう』


 みんなで旋回した時、大森林から何かが出てきた。

 それは――女の子に見えた。金髪を緩くカールさせて、場違いに華美なドレスを着こんだ、女の子。

 彼女は私を見た――のだと思う。

 ぞくっとした。

 距離が遠くても、私にはトリシャだとわかった。


「と、トリシャ! なんで、そんなところに……」


 トリシャが手を振ると、魔物達が騒がしくなる。木々がざわめいて、森から黒い影のような鳥が次々と飛び立った。

 ロランさんが叫ぶ。


『アリーシャ! 飛鬼ハーピーだ! 一旦、城壁の内側に降りようっ』

「は、はいっ!」


 もう、どうなってるの!?

 街道を守る城壁でも、魔物達がいっせいに攻勢をかけている。

 加勢するため、私達もそちらへ飛んだ。

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