4-2:風向き
気づくと、私は前のめりになっていた。
「ロランさん、一人だけで?」
「そうだよ」
「そ、そんなの……!」
「正確には、ひとまず『今日は』という意味だけどね」
戸惑う私に、メガネを直して穏やかに笑うロランさん。
はぐらかすような言い方、ずるいよ。
場違いなくらい爽やかな夏の風が吹く。
「君に危険な思いは、もうさせない。みんなも聞いてほしい」
ぐるりと私達を囲うように集まった、ダリルさん、コニーさん、それにカイルさん達。
ロランさんはみんなを見渡した。
「まずは風谷を守ってくれ。何が起きているのか、まったくわからない状況だ。油断せずに、風谷と、アリーシャを守ることを優先してほしい」
「お、お待ちを」
発言したのは、コニーさんだった。
目元にいれた紅化粧にいつも以上の迫力がある。
「お独りで解決に向かわれると聞こえましたが」
「文字通りの意味だ。ナイトベルグ領で魔物が次々と出現する魔界化が起きている。なら、対応速度が大事だ。僕は到着次第、戦って、解決を図ろう」
コニーさんが「は?」という顔をした。すぐに目を厳しくする。
蛇睨み並み――とはいかないけれど、かなりの迫力なのに、ロランさんは涼しい顔で受け止めた。
「隣国の、魔物の密集地ですよ? ロランさま、あなたと連携できる味方は一人もいないです。せめて私とダリルも、それに――」
「……その増員には、アリーシャが含まれるのだろう」
「魔物と相対するにあたっては、神獣ほど頼りになるものはありません」
「そうだね。しかし神獣という意味では――」
そう言って、ロランさんは肩にとまったルナを見やる。
ばさぁ!と音がして、きらめく風が放たれる。風谷の上空へと、生み出された風は昇っていった。
召喚士達が口々に言う。
「し、神気の風!?」
「え、エア殿と同じ……」
とん、とロランさんは杖をついた。
「みんなに、伏せていたことがある。ルナもまた、神獣だったんだ」
え!? いきなり、それ明かすの!?
カイルさんが右手で顔を覆う。
「先生、なにもこんなタイミングで明かさなくても」
……カイルさん、苦労してるんだなぁ。
もっと呆気にとられたのは、風谷にいたコニーさんやダリルさん達だろう。ロランさんがいつも連れている召喚獣、ルナが神獣だったなんて知るはずもないのだから。
「風谷に集められたみんなは、神獣の実在を知る限られた者達だ。だから伝えるけれど――僕の妹は神獣召喚士で、病で亡くなった」
堂々と話すロランさんだけど、私はどうしても昨日のことを思い出してしまう。
ちょっと胸が苦しい。
「ルナは、妹が遺した神獣だ」
今、風谷には13人の大人がいる。ほとんどはぽかんとしていたけれど、カイルさんのような獣霊会の数名は落ち着いていた。
コニーさんが眉をひそめる。
「ろ、ロランさま? 急に何を……」
「俺は、そんな気がしてましたけどね」
赤髪をかきながら、ダリルさんが前に出た。
「だ、ダリル?」
「……あなたはなんでもやりすぎですからねぇ。妹さんのことは知ってましたし、亡くなられてからの様子で何かあるとは思ってました」
私は目をパチパチしてしまう。
そういえば……ダリルさん、ロランさんとは幼馴染だったっけ。よく見てる。
「ちょいとびっくりしましたけどね。あと、少しは自分のこと話せって感じですよ」
「ダリル……気づいてたのかい」
驚くロランさんに、ダリルさんは苦笑した。
「ま、長い付き合いですからね。急に無茶言うのも慣れっこですよ」
いかにも年上のお兄さんっぽい、おおらかな微笑みだ。
そんな2人の様子に、獣霊会以外の
――確かに強力な召喚獣だし……。
――言われてみれば……。
一番長い付き合いのダリルさんが認めたことで、隠していたことを許す雰囲気も流れ出す。
だらだら汗を流すコニーさん。
同僚のダリルさんが感づいていたんだもんね……。
「…………私も実は、ずっとそんな気がしていましたわ」
む、無理しないで、コニーさん!
すっかり勢いを削がれた形だけど、緑髪をばさっとなでて、もう一度目元を険しくした。
「ですが、神獣召喚士がいなければ、神獣は力を維持できないはずでは!? 呼び出された神獣は、神界に帰っていくはずと――」
「修行した」
「え――」
「それは、修行してなんとかした」
コニーさんの顔は青くなり、ダリルさんでさえ固まった。
周りの召喚士もざわついている。
天才が、努力した。
神獣を、神獣召喚士以外が伴にし続ける――そんなことがいかに離れ業だったか、その努力がどれほどのものだったか、固まった空気で私でも察することができる。
空気をとりなすように、カイルさんが頬をかいた。
「ええと、はい。改めて、ボクらからも説明します。神獣を探す任務の獣霊会は、事情を知っていました。ルナは確かに神獣なのです」
今度は、みんなの視線が小さなカイルさんに集まる。
「ロラン先生の妹君は、神獣召喚士でありましたが、惜しくも病で身まかられました。ただ、その時、ルナを兄君――つまりロラン先生へ遺されたのです。『兄を助けて』という妹君の最後の願いと、ロラン先生の膨大な魔力で、ルナは神界へ帰らず現世に留まりました」
風谷に集められるような、一流の
新たな神獣の登場に、カーバンクル達も戸惑っている。
「きゅう……」
「きゅいっ」
ディーネの言葉が頭に響く。
『カーバンクルらは、力があまり強くない神獣じゃ。思いを言葉にできず、神気を出せても、その量はごく少ない。だから、秘境風谷にいるだけで存在を維持できた。しかし、あのフクロウはそうではない』
感心するような、でも少し哀しげな口調。
『かつては、エアやワシに劣らぬ神獣じゃったはず。それが、ワシらが神獣と気づけぬほど、神気を出す力を失ってまで現世に残り続けた――相当に強い絆じゃな。召喚士も、見事じゃ。失われた神気の代わりに、日夜膨大な魔力をルナに注ぎ続けたはずじゃ』
意思と、膨大な魔力、そして妹さんへの気持ちだからこそ、なしえたことなんだ。
ごくりと喉が鳴ってしまう。
ロランさんは口元を歪めた。
「……確かに、それなりにきつかったけどね。おかげで魔力量がさらに増えた」
話題を切り替えるように、杖をついて緩く首を振った。
「風谷には神獣エアがやってきていた。風属性の神獣として、秘境を復活させた」
ロランさんは言葉を継ぐ。
「今、この秘境は、完全に200年前の姿に戻っている。ルナは、一時力を落としたけれど、谷の豊富な神気で回復した」
あ、そうか。それで昨日、ルナは私達に話しかけてこれたんだね。
そのルナは目を閉じて、ロランさんの肩に止まっている。何かを待っているみたいに。
「コニー、質問に答えるよ。僕はナイトベルグ領へ迅速にゆき、すぐにも解決を目指す。魔物を一瞬で打ち払える『神気』、それを産み出せる神獣が、僕にもいるということだから」
ダリルさんがゆっくりと手を挙げた。
「そこ、ちょいと待ってください。とにかく、ロラン殿が一人でナイトベルグ領へ行って、そこに神気を出せる神獣もいるってのは、わかりました」
でも、と言いつのるダリルさん。
赤毛をかきながら、目は真剣に細められている。
「一人だけってのは、ちょっと思い切りがよすぎじゃないですかね? 重たい装備をマジック・バッグに詰めれば、ルナでロラン殿ともう一人くらいは運べるんじゃ……」
私はこくこくと頷くけど、コニーさんが手で制した。
「ダリル、1人増えたくらいじゃ、むしろ足を引っ張るでしょう。ロラン様と協働しようと思えば、4、5人は必要です。だからこそ別の隊を――いえ、そういうこと、ですか」
苦々しく口を結ぶコニーさん。
「こ、コニーさん? どういうことです? 空を飛べる人、風谷にもいますよね?」
「神獣召喚士さま。地図を、思い出してみてください」
ダリルさんが途端に渋い顔になった。
「お、ンン……? あ、そうか」
地図……? 私は、ナイトベルグ領と風谷を結ぶ地図を思い出した。二つの地点の間に広がっているのは――
「大森林?」
「現実問題として、危険地帯を飛ぶことになる。僕とルナはいい。飛ぶのが速いし、今から出れば夜までに着ける。仮に夜になったとしても、フクロウのルナは飛行になんの障りもない」
しかし、とロランさんは指を一つ立てた。
「カイルや、他の
獣霊会の人や他の
「
私は太陽の高さを確かめた。正確な時間は知りようがないけれど、もうじきお昼時だろう。
「大勢で準備を整えて出発となれば、おそらく夜までの到着には間に合わない。人数が増えると行動が遅くなるのは、野外調査も行軍も同じ。かといって少人数では、アリーシャの護衛に障るだろう」
まるで城壁のように、ロランさんは言葉の壁を組み上げていた。
「僕が言うのは、今日出発して今日戦える僕が先行して、しっかり準備を整えたみんなは明日の朝に出てほしい、ということなんだ」
みんなが顔を見合わせ合う。コニーさんもぐっと言葉に詰まっているようだった。
……すごく、理屈は通っている。ひとまず今日は、ってそういうことね。
でも私は違和感を覚えていた。
なぜって? 私、はっきり聞いたもの。一番最初に、『向かうのは僕だけ』って。
明日以降に準備を整えたダリルさん達が合流するから、『一人で行く』状態から譲歩された感じになってるけど――これ、典型的な交渉術だよ。前世の会社員で、海外の取引先がよく使ってた。
最初に極端なことをいって、ちょっとの譲歩も大きく見せる、という。
確かに理屈は通ってはいる。さすが、っていうくらい、コニーさんもダリルさんも何も言えないくらい、完璧なんだ。
神獣召喚士の私に万が一があってはいけないから、準備に一日の時間をかけるのも、間違ってはいないのかもしれない。
でも、ロランさんは、みんなにとって――ううん、私にとって肝心なことを変えてない!
「ロランさん」
私は問うた。
「でも、ロランさんは、お一人で全部解決するつもりですよね?」
増援を求めてはいるけれど。
私達が到着する明日以降には、きっと全部、ロランさんが片付けているつもりなんだ。
ロランさんは笑って、屈んで私に視線を合わせる。
『まいったな』と優しげな目が言っていた。
「ごめんね」
そうだって言っているようものだ。それが私には、ちょっときつい。
ここでロランさんをいかせたら、ロランさんと私達との間に明確な線が引かれてしまう気がした。ロランさんは、以降、どんな大変な仕事でも、自分の役割としてそれを引き受けていくのだろう。
どうしてだろうか。
妹さんへの、悔いとか、そういうのがあるのだろうか。
ぎゅっと唇を引き締め手を握る。
子供である。
わがままだ。
でも、嫌なものは嫌だ。だって、子供なのだから!
「ばうっ」
大狼エアが吠えた。
目がきらっとして、『僕を頼って!』と言っているみたい。
背中に受ける風。そう、『風』だ。
エアが応援のために吹かせてくれたものかもしれないけれど――頭に、希望が閃く。
「エア……できるの?」
「うぉん!」
私はロランさんを見上げた。
「ロランさん」
ギギ、と音を立て大風車が少し回転を速める。
「嫌です、私も――いえ、行きたい人全員で行きましょう」
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