第4章:もふもふは世界を救う
4-1:大騒ぎの風谷
夜が明けて、風谷は大騒ぎになった。
そりゃ、そうだよね。だってナイトベルグ領には神気の風が届いて、魔物は減っていくという話だったのだもの。
なのに起きたのはまったく逆。
魔物の大量発生を引き起こす『魔界化』ときたものだ。
最悪、ナイトベルグ領だけの問題じゃなくて、魔物がセレニス王国にもなだれ込んでくるかもしれない。
――なぜ急に。
――間違いじゃないか。
そんな声もあったけれど、朝には危険を裏付ける手紙も届いていた。
ファリスという街が南西にあるのだけど、そこに獣霊会の拠点が置かれている。その人たちが、大勢の魔物による邪気をナイトベルグ領の方角に感知したというんだ。
神獣エアの召喚を察知したように、獣霊会の人たちは『魔界化』も感じられるのだろう。
「きゅきゅ!」
「きゅい!」
カーバンクル達が出してくれる朝ごはんを、もったいないけれど口に放りこむようにして終える。ロランさんを始め召喚士達は、話し合ったり、
こんな時でも、日課の見回りは欠かせない。なにか、谷にも変化があるかもしれないもの!
大狼となったエアの背中に飛び乗る。
「エア、行こうっ」
「わんっ」
風谷のシンボルである大風車、その裏手に回った。しめ縄が巻かれた大岩を、私はエアの背中から見上げる。
「……ナイトベルグ領に、こういう『
『むう? 大昔はあったが……あいや、可能性はあるのう』
ディーネもまた、器用にエアの背中にちょこんと座っていた。
『要石は、もともと古いふる~い岩が神界との懸け橋の役目をするようになったもの。森が拓かれて多くが壊されたり力を失ったりはしても、あれほどの古代森なら1つか2つは残っているかもしれんな』
私は、苔むした大岩を見つめる。
その先に、何かがあるみたいに。
……あの夢で去っていったクウ、とかね。
「ナイトベルグ領、昔は風谷のような秘境だったんだよね?」
『うむ。今では聖リリアとかいう国の領地じゃが、神獣らが暮らしていた時もあったのう』
「私が見た夢みたいな……神界も、ナイトベルグ領にもあるの?」
ディーネは目を細め、尻尾を揺らした。
『そうさのう。神界は、この空に広がっていると思えばええ』
「空――」
クウのことを思い出して、胸がきゅっと締め付けられる。
こんな時でも、夏の空は気持ちいいほど青い。
『ナイトベルグ領の上にもあるし、この風谷の上にもある。ただ、普通は行けない。お嬢ちゃんの世界で言うと――「えれべーたー」がないからじゃな』
いきなりなじみがある単語が出てきて、私は口をもにゃもにゃさせた。やりとりの間に、前世の単語を覚えたな……。
でも、わかりやすい。要は、特別な装置がある場所じゃないと、行き来ができないってことだ。
「その『エレベーター』が、要石ってこと?」
『そーいうことじゃ』
そういえば、カイルさんから教わったことのおさらいだな。神獣召喚士の力は、一瞬だけ召喚士本人が要石の代わりになって、神獣を呼び出しているらしい。
「その夢、前と同じで、昔の飼い犬に似た子が出てきたの。エアにも似ていたんだけど」
「くぅん?」
エアがくい、と首を上に向ける。
「正体はわからない。でもたぶん、神獣だと思うの。けどすぐに遠くへ行っちゃって……どこに行くのかと思ってたけど、他の場所にも神界があるなら、自分の土地に帰っているのかなって」
『なるほど、ありうるのう。風谷には風谷の神界があり、他所の土地にもまた神界がある』
エアのもふもふ毛を握る手に、汗がにじんできた。
「……もしかして、その子は、ナイトベルグ領から来ていたのかも」
「わんっ」
お、エアもそう思ってる? 心なしか、吠え声も強い気がした。
クウは――本当にクウならだけど――まるで私を呼ぶように一鳴きした。
あれが助けを求めていたなら、そんな事態が起こっている場所はナイトベルグ領しか今は考えられない。
「あの魔物、『蜂』みたいな、取りついちゃうやつ。あれも、もしかしてナイトベルグ領から来たんじゃ……」
どうしよう、悪い予感が止まらない。
今は、確かな情報だけを考えよう。
ナイトベルグ領は、とにかくピンチなんだ。
「エア、一周したら、お屋敷へ戻ろう」
「わん!」
森から出る。夏の日差しは明るくて、ざわざわした胸騒ぎにひどく皮肉だ。
お屋敷の前でも、もちろん騒ぎは続いている。
「麓の村長が、風谷にお伝えしたいことがあると」
「協会へ伝令を――」
「しかし、風谷を大勢で空けるわけには」
喉が鳴ってしまうほど、ピリピリした雰囲気。
戻ってきた私に視線が集まる。コニーさん、ダリルさん、カイルさん、そしてカーバンクル達、みんなの視線が。
……この生活の目的は、スローライフだ。
それだけは、絶対に、譲れない。
私は、まだ怖いんだ。前と同じように疲れ切って、擦り切れてしまうことが。
揺らぐ心で、身体も揺れる。どうしよう、エアから、降りられない。
『お嬢ちゃん……』
「くぅん……」
俯く私の側に、誰かが立った。
「アリーシャ」
ロランさんだった。
メガネを直して、優しく微笑む。大丈夫、って言ってくれたみたい。
「特級召喚士ロランとして、まずは対応を決めたい」
杖をついて視線を集めると、特級召喚士ロランさんは宣言した。
「ナイトベルグ領へ調査に向かう」
頼もしい、有無を言わさない声音。
「向かうのは、僕だけだ」
え、と私は顔をあげる。こちらを見ないのは、多分、あえてだ。
――僕は君を守る。
その言葉を、実践しようとしてるんだって、嫌でもわかる。
安心した。ほっとした。そんな自分に、なんだかムカッとした。
今までずっと、隠して、耐えて、がんばってきた人に……そりゃ、天才かもしれないけど……すべて任せちゃっていいのだろうか。
ロランさん、そんなに強くて、あなたのことは誰が助けてくれるの?
私は、きゅっと手を握った。
助けたい。力も、何もないかもしれないけど、私はエア達に助けられてばっかりだから……。
今度は、あなたを。
私はエアから降りて、地面に立った。
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