3-8:守谷さん
私とロランさんは、エアに乗ってゆっくりと空から降りた。
もふもふとした毛並みに揺られ、木々を見下ろしながら。
最後、エアは優しい風を生み出してふんわりと着地してくれた。
みんながそれぞれの召喚獣で駆け寄ってくる。
「神獣召喚士さま!」
カイルさんは
「ご無事のようですね」
「エア達のおかげで、なんとか」
「わふん」
得意げに鼻を鳴らすエア。
ロランさんがまずエアから降りて、私の手をとってくれた。地面に立つと、やっと人心地って感じるね。
「……あなたを見くびっていました」
カイルさんは緩く首を振る。
「まさかこんなにも大胆で、神獣とも心を通わせているとは。古竜さえ、戦いながら癒してしまうなんて」
お、大げさだなぁ。
私は頬をかいて、目をそらしてしまう。ほとんど全部、わんこ達や、みんなのおかげだと思うけど。
「私は別に……」
「一番勇気があったのは、間違いなく神獣召喚士さまですよ」
カイルさんは法衣が汚れるのも構わず膝をついた。
「――獣霊会の神官として、あなたを認めましょう。ボクが知る全てをお話します。まずは今までのことに、謝罪を」
でも、とカイルさんはばっと立ち上がって口を尖らせる。
「い、一番弟子は――ロラン先生の一番弟子は、あくまでもボクですよっ」
「あ、そこは別なんだ」
「当然です」
なぜか胸を張るカイルさん。帽子でさっと目元を隠したけど……あ、もしかして照れてる?
横目でロランさんを見上げると、本人も苦笑していた。ま、いい子っぽいし、こういう子にそこまで尊敬されるロランさんがスゴイってことにしておこう。
後輩をきちんと育てるのって、けっこう難しいしね。
――などと話していると、右の方から大きな唸り声がした。
「ウォオオン……」
黒いウロコのドラゴンが、大きな口を開けている。
もう戦意はないみたい。両手を水場に沈めて、穏やかな目でこちらを見ている。
ダリルさんが赤髪をかいた。
「……あくびか、アレ?」
「だろうね、ダリル。あまり
ロランさんが、ルナを肩に乗せて先導する。手には、しっかりと杖を持ったままだ。
確かに警戒はすべきだろう。
私もエアに乗り直した。
コニーさんは大蛇ウワバミに乗って、カイルさんも
向かう途中、ディーネもエアの背中にひょいと乗ってくる。
『戦意は感じられんがの。ふあ……』
……ディーネおじいちゃん、すっかりリラックスしてるじゃん……。
ま、神獣がこんなに気を緩めてるってことは、本当に危険はないのかな。
竜の足から5メートルくらいの位置で私達は止まった。
ドラゴンがゆっくりと口を開く。
『まずは礼を言おう、神獣の召喚士』
頭に低い声が響いて、ごくっと喉が動いた。
『聞こえるか』
「は、はい……話せそうです」
私は問うた。
「教えてください。どうして、私達を、襲ってきたんですか? それに、この堰も……」
うう、質問がいっぱいだよ。
『ふむ、我がこの場にいる理由から、順を追って話したいが……』
私はロランさん達を見て、みんながぽかんとしていることに気が付いた。
「アリーシャ……話せるのかい?」
「え? はい……あれ、私だけ?」
『おそらく、お主がこの谷を統べる神獣の主人だからだろう。この谷に属す我とお主を、神獣の力が結んでおる』
……ふむ? なんだか、うまくは言えないけど……
「同じWi-Fiに接続しているようなものかな?」
私も、ドラゴンさんも、『エアが守る風谷』に繋がっている。だから話ができるというわけか。
とりあえず、ドラゴンさんとの会話をみんなにも伝える。
「な、なるほどぉお……!」
あ! ロランさんの目がキラキラに!
「古竜は本当に珍しく貴重だ。たとえ話せる知性があっても、深く心を通わせないと意思疎通はできない。それがこうも早くということは――!」
ふらふらとドラゴンさんに近寄ろうとするロランさん。
ルナが羽ばたきながらぐいぐいとクチバシで襟を引き、なんとか元の位置に戻す。
『な、なんだこの青年は』
古竜さん引いてるじゃん!
「え、ええっとぉ、会えて感激してるみたいです」
『お、そうか。苦しゅうないぞ』
何十人も縄跳びできそうな尻尾が、ぶるんと振れる。カイルさん達がびくっとするけど、私はこのお方を『おだてに弱い』にカテゴライズしようとしていた……。
でも、お話はちゃんとしないとね。
きゅっと表情を引き締め、こほんと咳払い。
「お、教えてください。ここはどういう場所で、どうして私達を襲ってきたんですか? 夢でも会えたかと思ったのですけど……」
ドラゴンさんは告げる。
『モリヤ、だ』
「え?」
『我の名だ。できれば、そう呼んでほしい』
その言葉は、思った以上に大切そうで。
夢でも名乗っていた記憶がうっすらある。
……なるほど。
もしかして、モリヤって――『守谷』さん? 日本語、だ。
「谷を守る――もしかして、前の神獣召喚士さんがつけたんですか?」
『……ほう、わかるか。いかにも、この谷を守るものとして、我はそう名付けられた』
モリヤさんが見渡すのは、学校の運動場くらいある広大な堰。
懐かしそう。
先代の神獣召喚士との間に、しっかりと絆があるのだろう。
『我がここにいる理由から、順を追って話そう。ここは、かつては氾濫がよく起きる地形でな。先代は神獣の力を使い、この堰を作りおった。数百年は自律で動くらしいが、水門を動かす魔力だけは時折誰かが具合をみてやらねばならん』
得意げに喉を鳴らすモリヤさん。
『そこを、我が管理しておったのよ』
「先代って、200年前ですよね?」
『そうだが、竜にとってはひと眠りよ』
私がその話をみんなにも伝えると、どよめきが返ってくる。
ロランさんが進み出て、モリヤさんに一礼した。
「失礼、ちょっといいかな?」
巨大な柱みたいな腕まであと一歩という位置で、しげしげと眺める。
「確かに、モリヤ殿は、たいへんな歴史を生きてこられたようだ。ウロコの力強さも、年輪も、それを裏付けている。若い竜は戦闘的だけれど、年を経た竜はひっそり生き、異変が起こるまで眠り続けるというものもいる。隠棲に、この堰を選ばれたのだろう」
「しかし、
コニーさんに、ロランさんは肩をすくめた。
「想像はつくけどね」
私は首を傾げる。
「ええと」
「歴史だよ、アリーシャ。200年前といえば、セレニス王国と聖リリア王国が戦争をしていた頃だ。古竜なんて存在は空を飛び、地上では千人の軍勢に匹敵する。必ず巻き込まれただろう」
私ははっとモリヤさんを見上げ、ロランさんの言葉を伝える。
竜の大きな目が和らいだ。
『……そのとおりだ。身を隠すことと、治水のための魔力を引き換えにしたのだよ。秘密を守るため、他の神獣にも伏せられたはずだ』
頭にカーバンクル達のことが過ぎる。
『召喚獣は召喚士の命令には逆らえぬ。もし次の神獣召喚士が悪意ある者で「秘密を全て教えろ」と命じれば、話さぬとも限らぬしな』
ちょっと怖いけど、優しげな目が私へ向いた。
『だがお主は、夢で治療を試みた。ゆえに、そう悪いものではないと思うたのよ』
「ど、どうも……」
『戦火の音も、ずいぶんと遠ざかったように思えるが……?』
「今は平和です」
モリヤさんははっきりと笑った。雷鳴のような笑いが堰に轟く。
『そうか。それを聞けて、嬉しく思うぞ』
あ、と私は気づいた。
少し前に村で起きた、橋が流されるほどの氾濫。それと、水門を管理していて、だけど邪気で体を壊していたモリヤさん。
これって――繋がってない?
「わおん……」
『ちと、不穏じゃな』
そう呟くわんこ達。
モリヤさんは、私を静かな目で見つめる。
『我の中に巣くっていた、黒いもや、そして魔物を見おったか』
「……やっぱり、あの黒い虫みたいなの、魔物なんですか?」
エア達の神気を受け、モリヤさんの口から飛び出してきた、あの黒い虫のことだ。大きさも形も蜂に似ていたと思う。
モリヤさんは深く顎を引いた。
『あれは、前の冬にこの近くまで飛んできた』
ドラゴンさんはぐうっと首を天に伸ばす。
『南から、妙な気配が近寄ってくるのを感じての。当時はこの地はもっと霧深く、神気に満ちた風も吹いていなかった。ゆえに魔物がやってくることができたのだろう』
「遠くから、魔物……」
『うむ。先代との盟約は生きている。魔物が堰の上を通りかかった折、我は払うため飛びあがった』
だが、と言いづらそうにモリヤさんはこちらを見下ろす。
『その魔物はなぜかこちらに飛び込んできての。払ったというか……実のところ、我はそいつを喰らったわけだ』
うえええ! とエアの背で後ろに引いてしまったのは仕方がないと思う。
「た、食べちゃったんです!? あの……虫みたいな魔物を!?」
『ま、魔獣が、魔物を食べることは珍しいことではない! 魔物は、魔獣にとっても敵だ』
……なるほど。
森の多いセレニス王国側に魔物がそれほど出ないのは、魔獣を大切にする国だから、かもね? 魔獣が退治してくれているんだ。
モリヤさんは巨大な体をしょんぼりさせる。
『思えばそれが悪かった。以降、なんだか体の具合が悪くてのう』
「そ、それってまさか……食あたり……?」
エアやディーネも、だんだんと残念な人を見る目になってきた。
話の流れだと、もしかして川が増水したのも、モリヤさんが魔物を食べちゃったせい? 不調で水門に魔力を流す量を誤った、とか。
雰囲気を察してか、ロランさんが尋ねる。
「アリーシャ、すまないが僕たちにも事情を教えてもらえるかい?」
「あ、はい」
格好のつかない真相を伝えると、まずダリルさんが叫んだ。
「おいおい大事件って――食あたりかよっ」
だ、ダリルさん、はっきり言わないで!
このドラゴンさん、私達が何を言っているのかは理解してらっしゃるようなので、傷ついちゃうぞ。
コニーさんがたしなめる。
「ダリル」
「でもよ、川じゃ何人か死にかけてるんだぜ?」
2人ともひそひそ声だけど、周りが静かだから丸聞こえだ。
モリヤさんは目を瞬かせる。
『……何か、あったようだな?』
村での一件を話すと、モリヤさんはザブンと巨大な顔を水につけた。
『なんと、そのようなことがあったか。水門が狂い、川が氾濫しておったとは――』
「……モリヤさんのせいだけじゃ、ないですよ」
だって、一番悪いのは飛んできた魔物だし。あれで具合が悪くなったのなら、事故みたいなものだ。
「大雨の日、覚えてますか? 1月くらい前ですけど」
『ううむ……熱に浮かされたようになっていたからのう。魔力を流しすぎた記憶はあるが……』
水から顔を上げ、咳払いするように唸る。目は少し鋭くなっていた。
『しかし、あれはただの魔物でも、無論、食あたりでもない。というか、食あたりでお主らを襲うわけがなかろう』
「あ……」
それもそうか。
『まったく――よいか、おそらくあれは我に「取りついた」のだ』
取りつく……?
確かに、体内から虫型の魔物が飛び出してきた。それって確かに、取りつくとか、寄生って言葉がぴったりくる。
木々のざわめきが、急に不穏に感じた。
『空を飛ぶお主を見た時』
すまなそうに声を弱めるモリヤさん。
『「縄張りに入ってきた」という戦意が、怒りが、沸き上がった。数世紀は覚えがないほど強いものだ』
ぞく、と背筋が寒くなる。
『思えば、その怒りは胸から――邪気の大本があった位置から、湧いてきたように思う。我ほどの竜の心を狂わせるなど、普通のことではない』
蜂型の魔物が飛び出したのは、まさに胸。肺だ。
『我に喰らわれたのではなく、我に取りついたというべきだろう。夢でお主から神気を受け取ったが、治癒は完全ではなく、しぶとく体内で生き残っていたようだな』
エアが不安そうに鼻を鳴らす。私はふんわりした青の毛並みをなでてあげた。
「もう治ったんですよね?」
『うむ、大事ない。夢ではすまなかった、お主は我を救った、立派な神獣召喚士だよ』
そう言って佇むモリヤさんは、堰できらめく水もあいまって、神秘的なほどきれい。せせらぎの中で、長い歴史を見つめてきた、大きな黒曜石の岩――そんな気持ちになる。
聞いたことをみんなにも話すと、まずロランさんが腕を組みした。
「新種の魔物だね」
メガネの奥で、青い目が細められる。
「宿主にとりついて、攻撃的にさせ、まるで魔物のような振る舞いをさせる。大雨で堰への魔力を流しすぎたのも、攻撃衝動のせいかもしれない」
暴れるモリヤさんは、確かに、まるで魔物だった。
「『寄生する魔物』というべきだろう。生き物は色々なやり方で環境に適応しようとする。取りつくという手段で遠くへ行き、隠れ、神気の風から逃れようとする種類が現れた――か」
とはいえ。
風谷にあった『堰』も見つけられて、ドラゴンさんも癒し、仲間にすることができた。
心配事は解決して、空中からの探索は結果だけ見れば大成功だけど……不安も残る。
あの『蜂』のような新種の魔物は――
「どこから、来たんだろう?」
この辺りと繋がっていて、魔物が野放しにされている所なんて……いや、まさか、ね?
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