3-7:信じる気持ち
『そ、それは危険だ!』
作戦を話した瞬間、空のロランさんから立て板に水のように心配事が飛び出した。
『相手は年経た竜、古竜だ! 君は神獣に守られているとはいえ、まだ8歳の女の子! おまけにその神獣から離れて、竜の気を引くだって!? 万が一があったら、どうするんだ!?』
はい。
話した作戦は、ズバリ囮。
私は、どうもドラゴンに狙われているっぽい。地上を走っている時もずっと見られていたし、そもそも最初に襲われたのもゴンドラだった。
確証はないけれど、夢で話した記憶がドラゴンに残っているのかもしれない。
「でもロランさん。今じゃ、神獣達が準備できません」
『それは……』
「神気の風をたくさん吸ってもらわないといけないんです」
今はエアの背中に乗っているけど、これだと2人一緒に狙われてしまう。
神獣エアとディーネの力が鍵なのに、落ち着いて力を使えないんだ。
なら私がエアから降りて、少しの間だけでも竜の注意をひけばいい。仮に相手が変わらずエア達を狙っても、少なくとも私と神獣、どっちを先に追うべきか迷うと思うんだ。
二兎追う者は――っていうしね。
いずれにしても、わんこ達から狙いが逸れれば、その間に大技を用意してもらえる。あれだな……必殺技のチャージ時間を稼ぐ、みたいな。
『――君には、すぐにでも風谷に帰ってもらいたいくらいなんだよ』
「コニーさんのウワバミには、相手の動きを止める能力。カイルさんのユニコーンにも、魔法で壁を作る技がありますよね」
私が知っていることに、ダリルさんも驚いたみたいだ。
「アリーシャちゃん、ずいぶん召喚獣に詳しく……いや、勉強してたのか」
「はい」
コニーさんの授業のおかげだね。
「神獣召喚士さま――」
「カイルさんも、よろしくお願いしますね」
「召喚士が、囮になるなんて……いや、でも」
カイルさんはしっかりと頷いた。
「わかりました。全力でボクも守ります」
「くぅん……」
上目遣いに私を見上げるエア。
「エア達が私を信じてくれたみたいに、私も――ロランさん達を信じて、お願いしてみたい」
誰かを信じて、頼れなければ、スローライフなんて夢のまた夢だ。私は風谷のみんなを頼るって、頼っていいって、決めたのだ。
もちろんこんな怖そうな竜の前じゃ、勇気がいるけれど……。
その竜は、まだ堰の奥から様子をうかがっている。
「守ってくれますか?」
沈黙に、迷いのほどがよくわかった。
でも最後には、苦笑みたいなため息。
『――わかった、僕に君を守らせてくれ』
竜が一歩踏み出す。
その前に、空から猛烈な速さで巨鳥が飛び込んできた。ルナだ。
音も気配もない突撃に竜が後退する。そこに、水場に降り立ったロランさんが杖を数回振った。水、火、そして風、色々な魔法が放たれて、竜のウロコで火花を散らす。
ドラゴンが咆哮。
耳が痛くなって、水が波立つ。
ロランさんは手を振ると、ルナを呼び寄せた。普通のフクロウの大きさに戻ったルナだけど、飛行の勢いはさっきのままで、鉤爪をぶつけられた竜は身を傾かせる。
ディーネが感心したように唸った。
『ほほう、ただのフクロウではないと思っておったが……かなり強力な召喚獣じゃのう』
私はエアの背中から降りて、頷いた。
「お願いねっ」
入れ替わるように、ダリルさんが私を抱きかかえる。
ロランさんを振り返った。
多彩な魔法や不意を打つルナの攻撃で、頼れるお兄さんは竜を翻弄する。たった一人で。
走り出すダリルさん。
「いくぜ、舌噛むなよ」
「ひゃ、はい……!」
その時。竜がこっちに炎を吐いてくる!
「ガァァアア!」
ダリルさんは軽快な身のこなしでひょいひょいと逃げていった。
「危ないっ」
カイルさんのユニコーンも、角の先から魔法の障壁を生み出す。召喚獣にはさまざまな特性があって、それを活かすのも
……っていうか、私を抱えたまま逃げ回ってるダリルさん、すごいな!?
「僕がアリーシャへの攻撃を妨害する。みんなは援護をっ」
私を追う竜を、さらに追うロランさん達。
そんなロランさんの戦いぶりは圧倒的だった。
魔法で竜をけん制し、時には召喚獣を呼んで、こまめに
頭の中がどうなっているかわからないけれど、自分の回避と、召喚獣への指示を両立させている。
冗談じゃなく、1人で10人分くらいの強さ。
それでも竜は、やっぱり私が気になるみたい。
真っ赤な眼光は私とダリルさんを、紐でも結んであるのかってくらい、しっかりと見つめて離れない。
ここで私とエア達が分かれたのが利いた。竜は私とエア達、どっちを狙うか、明らかに迷っている。
……神気を発する神獣と、それを操っている召喚士、両方に脅威を感じてるってことだね。
「うぉっ?」
竜の攻撃が凄まじい地揺れを起こし、ダリルさんはバランスを崩す。
私も地面に投げ出されそうに――
「危ないっ!?」
ロランさんがキャッチしてくれた。
茶髪から水が垂れて、美形に磨きがかかっている。
「……ふぅ、やはり、心臓に悪い」
「ロランさん前前っ」
竜が私達を見下ろしてる。
「心配いらない。コニーのウワバミが力を使う。病で弱った竜になら、通じるはずだ」
真っ白の大蛇が私達と竜の間に滑り込み、首を持ち上げる。
背のコニーさんが腕を振るうと、巨大な目がかっと見開かれた。
「『蛇睨み』、小さなヘビも獲物を捕らえる時に使うけど、あのサイズだと大型の魔獣でも一瞬動きを止められる」
「グ、オオオオオ……」
大蛇の視線には、スキルのような魔法の働きもあるんだろう。竜は大きな手のひらで押さえつけられているかのように、動けないでいる。
その一瞬、エアが吠えた。
――アオオオン……!
遠吠えが堰に響き渡る。
ドラゴンがはっと恐れたようにエアの方を向いた。
そこに、巨大な水玉が投げ込まれる。ディーネからだ。
『ほいっ』
水玉は竜の体を包んで、全身を浮かせてしまう。
じたばたするドラゴン。
……なるほど。浮力のせい、かな?
地面に手足がつかないなら、強靭な足があっても意味がないもんね。
「わんっ」
そして、エアの突風だ。水ごと竜は空へ吹き上げられる。風と水流が巨大な縄のように渦巻いて、空中に竜を押さえつけていた。
チャンス、到来だ。
走ってくる大狼に、私とロランさんは飛び乗る。
「最後の一撃が一番危険だ。僕も一緒にっ」
「――うん! エア、跳んで!」
エアが、初日のような大ジャンプ! 竜の顔に向かって、神気を帯びたきらめく風を送り込んだ。
空中で避けようもなく、竜は神気の風を浴び続け、吸い続ける。
「ゲホ、ゴホ……!」
苦し気な吐息と同時に黒いもやが出てくる。やがてドラゴンさんは、深呼吸するように輝く神気の風をたくさん吸い込んだ。
目をぱちくり。燃えるようだった真っ赤な眼光が、穏やかになり、まるで初めて会ったように私とエアを見つめた。
瞼と共に、牙だらけの大口が開かれていく。
――は、は……!
さらに息を吸う竜。
――ハ~~クション!
くしゃみといっしょに、ポン! と真っ黒い何かが竜の口から飛び出した。
「虫……?」
一見は蜂のような、羽を持った黒い影。それは、エアが吹かせているきらめく神気の風に溶けるように消えていく。
『ありがとう、深く感謝する』
聞こえる声は、もう穏やかで。
黒の竜は目を細めた。
『そして、また会ったな、神獣召喚士よ……』
エアと一緒に地面へゆっくりと降りながら、私はどっと疲れた。やれやれ、とんだ空中散歩になったよ……。
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