3-5:空中散歩と時々ドラゴン
堰を調べることに決まった翌朝、私達はカーバンクル達からお弁当を受け取り南に向かった。
びゅんびゅんと、私達を乗せた大きなカゴが、地上を離れ空へ上がる。
上を見ると、巨大フクロウとなったルナ。その鉤爪が、私達が乗り込んだ大きなカゴ――ゴンドラを、ロープでしっかりと吊り下げていた。
イメージ的には、前世での熱気球が近い。気球の代わりに、大フクロウが運んでくれるのだけどね。
「ルナ、すごいよ……!」
「ホォウ!」
ゴンドラには、私とエア、それにコニーさんとカイルさんが乗っている。
定員もあるし、ディーネはお留守番だ。風谷にも神獣を残しておいた方が安心だし、いざとなったら
ロランさんはルナの上という定位置で、ダリルさんは地上で先にゆき、堰の様子見をしていた。
ゴンドラから顔を出すと、感じる風。
眼下には、風谷の大自然。
夏の日差しが緑を照らして、それが地平線まで延々と続いている。雲だって地上よりもずっと近くに感じて、私は感動しっぱなし。
「わんっ」
私に抱かれて、ゴンドラの淵から外を覗き込むエア。
風に毛がなびいて、私の鼻をくすぐってくる。
「くしゅん!」
「――神獣召喚士さま」
くしゃみをしたところで、少年神官のカイルさんがこほんと咳払いした。
「相手は、強い力を持ったドラゴンです。少し、気を緩め過ぎではありませんか?」
「あ……」
「ロラン先生が上にいるとはいえ、最低限の警戒はするべきです」
ぴしりとたしなめられて、私は背筋を伸ばした。
「確かに、そうですね」
1人だけ盛り上がっているのも恥ずかしい。
私はぺたんと床に座る。下はカーペットがしいてあって匠の配慮を感じます。
……でも、自分だって昨日は目がキラキラだったくせに、と心で口を尖らせでおく。
カイルさんは澄ました顔で指を一つ立てた。
「そもそも、この秘境に、ドラゴンのような魔獣がいた記録は残っていません。先代の神獣召喚士が、隠していた可能性だってありますよ」
「先代とお付き合いがあったみたいなことは、確かに言ってました」
「……ふむ、なるほど」
こういったらカイルさん本人は怒るかもだけど――顔立ちが整っていて、考えこむ姿も絵になった。
まつ毛も長くて、これで髪を伸ばしたら女の子と間違えられそう。
今は銀髪を短く刈り、神官の帽子を被っていた。13歳という年齢のせいか、高位神官というより運動部の中学生が印象に近い。
「ロラン先生のおっしゃるように、やはり古竜の可能性が高いでしょう」
カイルさん、ロランさんのことを『先生』と呼ぶ。
2年前までは師弟関係だったらしいんだ。
とっても尊敬しているみたいで、これまでも色々教えてくれている。
最年少で特級召喚士になったこと(これは予想通りだけど)、私がカードと呼んだ召喚符を改良したのも、ロランさんだということ。
ダリルさんのはカードサイズだったけど、それまでは巻物だったらしい。
あんなにたくさんの召喚獣を呼び出せて、強くて、おまけに研究までできる――確かに、スゴイ。
「くぅん?」
エアが私とカイルさんを交互に見る。
小さな神官さんは微笑み、頷きを返した。
「神獣召喚士さま。よい機会です、そろそろボクら『獣霊会』についてお話ししましょう」
突然に畏まられて、私も居ずまいを正した。
「ボクは獣霊会から風谷に遣わされました。神獣について、色々な情報をあなたに話すことが役目。ただ――」
きらっとする目。
「それを『いつ話すか』は、ボク次第。この目であなたを見極めなければなりません」
なるほど。ようやく、昨日カイルさんが乗り気だった理由がはっきりした。
獣霊会はセレニス王国の神殿だ。知識をどこまで伝えるか決めるため、外出で私の力を確かめるということだろう。
ごくっと固唾を飲んだ。
「が、ガンバリマス」
「こちらこそ、お手柔らかに」
ほんと、頼みますよ?
…………でも、13歳の少年だし。こう言っては悪いけど、私とエア達が本気で駄々をこねたら、多分、もっと偉い人が出てきて教えてくれるんだろう。
でも『挑戦状』だと思えば、受けてみたい。
信頼してもらった方が話がスムーズだしね。
「少しだけお伝えしましょうか。神獣召喚士さまが見た世界は、おそらく『神界』という場所です」
エアがぴくりと顔を上げた。
「神獣達がやってくる場所、と言われています。その場にいた狼も、おそらく神獣」
……あの子、前世の飼い犬、クウにそっくりだったな。
「その神獣が、不調に苦しむ竜と、神獣召喚士さま、それぞれの心を神界に招いたとすれば状況に筋が通ります。神界とはそうしたことが起こりうる、もう1つの世界なのです」
異世界、か。
それなら私も知っている。
前世の日本もまた、この世界にとっては異世界だからだ。
転生して、さらに別の異世界の話を聞かされるなんてね。でも、なんか納得。異世界が1つだけってわけでもないのだろう。
カイルさんは思わせぶりに杖をたてて、私を見つめた。
「ロラン先生に、弟子にとりたいと思わせるほどの逸材と聞いています。ボクも、お力を見たいと思います」
コニーさんが困ったように嘆息。
私も察する。
……やっぱりなんか、個人的な感情、混じってません?
ロラン先生の弟子としてはボクが先輩なんですよ、とか、そういう感じの。
後ろにめらめらと炎が見える気がする。
「神獣召喚士さま。カイル殿の腕は確かですよ」
苦笑して、コニーさんがフォローする。
「スキル〈神使〉といって、私達のような〈召喚〉とはまた違った力をお持ちなのです。周りの神気や邪気を探ったり、その応用で遠くの神獣を見つけたり、神獣を保護するには欠かせない力をお持ちです」
その時、ゴンドラがぐうっと傾いた。
私とエアはバランスを崩し、カイルさんに支えてもらう。
「ど、どうも」
「いえ」
コニーさんが膝立ちになって、ゴンドラの外を眺める。
「そろそろですわね? 私の召喚獣を出しましょう」
途端、びくりとカイルさんの身が震えた。その理由は私にもわかる。
2人仲良くゴンドラの壁に寄ってしまった。
なんでって? コニーさんの召喚獣は――
「魔獣よ!
上に真っ白い光がきらめき、縄のような何かがぼてっと落ちて来る。
「クリスタル!」
縄はコニーさんの手にくるりと巻き付いた後、私達の方へひし形の頭を向ける。
「わっ」
「きゃっ」
「わん……?」
戸惑う私達に、コニーさんの召喚獣――クリスタルは口を開けて舌を出した。
「シュー……」
蛇、だ。
コニーさんの召喚獣は、絹みたいに真っ白な、雪色の蛇。赤い目は小さな宝石のよう。
「
前世の知識がうっすらある。蛇には熱探知の、ピット器官があるんだよね。
この世界の蛇にも、独特の感覚が存在するんだろう。
コニーさんはそうした大小の蛇を使いこなす、蛇使いの
寂しげに笑うコニーさん。
「……神獣召喚士さまも、まだ慣れませんか」
「あっ」
失敗した。
最初の頃、コニーさんは召喚獣を伏せていたけど……確かに苦手な人も多いらしい。
でも私にとってのエアがそうであるように、コニーさんにとっても、クリスタル君は大事な大事な召喚獣。
こんな露骨に怖がってちゃ、傷つけちゃうよ。
「……失礼、ボクも驚きすぎました」
カイルさんは気まずそうに一礼する。
「ただ、蛇は獣霊神との関りが弱く、だから獣毛が薄いと聖典にも書いてあります。ヘビを不吉と考える神官も少なくありません」
カイルさん、それとなくクリスタル君から離れて座る。
「もちろん有益なのは認めますよ? ですが獣霊神からお力をもらったとはいえ、神獣召喚士さまが蛇が苦手でも仕方がない話で――って、ええ!?」
私はクリスタル君に手を差し出した。
真っ白いウロコに、ぺたりと触れる。
う、うわぁ――! ひんやりして、意外と気持ちいい……!
「……けっこう、いい手触りなんですね」
「え、ええ……平気なのですか、神獣召喚士さま」
「一緒に働いてくれるんだもの、ね。知らないなんて、もったいないですよっ」
エアもクリスタル君と見つめ合って、鼻でちょんと挨拶しあう。こっちも仲良くなれそうだ。
コニーさんは、あ然と口を開ける。
「……蛇使いにそう言ってもらえたのは、ロランさま以来ですわ」
魔獣が大事にされる国で、そんな迷信があるなんて――世界は、どこも複雑なのだろう。
この国の人は気にするかもだけど、私にはコニーさんの気持ちが大切だ。
「私は、よく蛇使いが出る一族なのです。家のことだからと慣れっこでしたけど……神獣召喚士さまには嫌われずによかったですわ」
「嫌うなんてないですよ。大好きなんでしょう?」
頬を緩めるコニーさん。
どんな子も、飼い主にとっては大事な子だもの。
カイルさんははっとして、白蛇に触れる。
「神獣召喚士さまがやるなら、ボクも……!」
「しゅー!」
「ふ、ふん! た、たたた確かに、もふもふ感はまだまだですが、冷たくて、いい手触りです!」
対抗心!
エアと思わず笑ってしまった。
「ふっ」
「わふぅ――」
「な、なんです!? 何か言いたいことでも?」
「あらあら、カイル殿。あんまり乱暴に触ると、前のようにぐるぐる巻きにされてしまいますよ」
「!?」
慌てて離れるカイルさん。
どうも、『ロランさんの部下として蛇使いが相応しいか、確かめたい』とコニーさんに召喚獣で挑み――蛇でぐるぐる巻きにされてしまったらしい。
コニーさんさぁ……それ、ちょっとわずかに3割くらいは、あなたも悪くない!?
「やれやれ」
どっこいしょ、とゴンドラの隅に座る。
ふぃー、賑やかな若い子と話すと、おばちゃん(27)疲れるよ、なんて……。
ディーネおじいさんや、お茶はまだかね――って、今はいないんだった。
「ホォウ!」
突然、ルナの叫びと共に羽ばたきが激しくなる。
ゴンドラが、急激に旋回。私達は床に押し付けられる。
「な、なになに!?」
ロランさんの声が降ってきた。
「アリーシャ、森からだ!」
直後、ゴンドラを揺るがす咆哮が青空に轟く。同時に、鬱蒼とした森から黒い影が躍り上がった。
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