3-4:少年神官カイルさん(……くん?)
お味噌汁を一口すすり、ロランさんはぽつりと言った。
「……なるほど。夢の中に、竜か」
私は、昨晩の夢をみんなに話していた。午前の作業が落ち着いてからだから、結局お昼を食べながらになってしまったけれど。
お屋敷の広間は縦に長い。一番奥の座布団に私が座り、以降は向かい合うような2列でみんなが並ぶ。
順番は私に近い方から、1列目の右がロランさん、左がコニーさん。その次の右がダリルさんで、向かい合うのは神官の少年。
後は
……お察しの通り、偉い順に並んでいる。つまり奥にいる『神獣召喚士』――私が一番偉いってことで、とっても落ち着かないよ。
今まではロランさん達と囲炉裏を囲んでいたのに、急にぴしっと厳格になっちゃった。
私はお味噌汁を飲む振りをして、ちらっと左の2列目を見やる。
神官らしい服を来た美少年が、丁寧な所作でお昼ご飯を食べていた。席順の発案はこの子で、他の人も同意してたから流されてしまったけど……何日か経ったら、元に戻してもらった方がいいかもなぁ。
「わんっ」
『ほほ、お嬢ちゃん。おかわりはまだかのう』
「さっきもう食べたでしょ……」
私は額の黒髪を押さえる。
ちなみに、エアとディーネは私を守るように左右に控えていた。
なんとなく、神社の狛犬っぽいポジション。
ディーネはともかく、エアは最近、食べ過ぎてお腹がもちもちしてきたから、甘やかさないように気を付けないと。
「……に、しても」
お漬物をいただく。
かりっとした歯ごたえに、美味しいお大根の香り。
あ~、こんな時でも、カーバンクルとダリルさんの合作お昼、本当においしい! 炊き込みご飯、キノコの出汁がでてて最高だ。
コニーさんが緑髪をなで、ついでにお漬物を食べてから挙手した。みんなが思い思いに座る中、この人だけはきちんと正座している。
「私から、よいでしょうか」
おっと、いけない。
ドラゴンさんの話だった。
「……昨日、村を訪れた時に私も相談を受けたのです」
私は顎を引いた。この席からだと、頷くだけでもなんか偉そうで、少し気まずい。
「川で釣りをした時にも、言っていましたね」
「ええ。聞けばあのくらいの雨は、年に数度はあるようです。それでも橋が流されるほど増水したのは、理由があるかも、と」
「と、いいますと?」
「川の上流には、古い堰があるようなのです。村の伝承では、『竜が棲んでいる堰』ということなのですが……」
「りゅ、竜だって!?」
声をあげたのはダリルさんだ。ごはんを喉につまらせかけて、慌てて水を飲む。
「……アリーシャちゃんの夢と同じだ。ひ、秘境の風谷に、そんな魔獣がいるのかよ?」
夢のドラゴンさんも、『麓の川』にいるって言ってたもんね。
コニーさんの聞いた竜がいる堰と、関係がないとは思えなかった。
も、もしかして、大事件っぽい?
竜……竜、か。ゲームとかの知識はあるんだけど、私もこの世界のドラゴンについてはよく知らない。
ロランさんが難しい顔で腕組みした。
「
私は夢を思い出す。
「たしか、黒いウロコの、立派なドラゴンさんでした」
「神獣召喚士の夢に、神獣に似た存在と一緒に現れるなんて、普通じゃない」
メガネを直して、ぽつりと言う。
「……古の竜――古竜かもしれない」
ざわり、と食事の場がざわめく。私は「はいっ」とすかさず手を挙げた。
「新しい神獣さんってことですか?」
「いや、竜は獣霊神の関係とは、少し違う。ほら、もふもふしてないだろ?」
いや、『もふもふ』ってそんなに堂々と言わなくても。
そこ、そんなに重要?
きらんと光るメガネを、ロランさんは指でくいっとする。
「よし、かいつまんで説明しよう」
「で、できれば手短にっ」
私が食い気味にいうと、ロランさんは残念そうに眉を下げる。周りの人も、うんうんと頷いていた。
ロランさんの語りは、とんでもなく長いのだ。
「……結論をいうと、古竜とは年を経て魔力と知恵を増した強力な竜のことさ。神獣ではない。そもそも、竜の神獣というのは、いないとされている」
「え……竜って、特別で、強いイメージありますけど」
この辺りは、前世と同じだね。
「神話では、獣霊神が魔獣を創造したとされている。けれど竜は、とある戦いで別の神、聖光神の側についたという言い伝えがあるんだ。伝承のせいかは不明だが、実際に神獣とされる竜は長い歴史でも発見されていない。力では神獣とそん色ない竜もいるだろうが――彼らが『神気』を発することはないだろう」
そういえば……ナイトベルグ領の近くでも、竜を紋章に使った貴族はあった。魔獣を忌み嫌う聖リリア王国でも、竜だけは別ってことだ。実際、竜は戦争などでも使われるという。
ロランさんは、ひょいと肩をすくめた。
「……裏切ったなんて伝承は、眉唾だけどね」
「あ、そうなんです?」
「隣国の聖リリア王国が、竜を堂々と使えるよう伝承を変えたという説もある。竜は魔獣でも特に強いし、聖リリアに強みがある他の技術でも、飛行能力まではちょっとカバーしきれない。向こうの神官が、竜を使える『理屈付け』を考えてもおかしくはないんだ」
なるほど。聖リリア王国は魔獣を嫌っている。ただ竜は特別に強いから、魔獣は魔獣でもドラゴンは聖光神の味方なんですよ、という話を作った――まぁありうるか。
でもとにかく、その古竜さんは神獣ではないってことだね。
私はお箸を置いて、ほっぺたに手を当てた。
「強い魔獣には変わらないのですよね? なら――」
一際大きな声がすぐ近くからあがった。
「ぜひ、行きましょう!」
うわ、びっくりした!?
銀髪を短く切りそろえた少年が、半立ちで拳を作っている。
口元にご飯粒がついてて、目もキラキラ。そのテンションのまま私を見たものだから、思わず身を引いてしまった。
「神獣召喚士さま。これは、お力を確かめる絶好の機会ではありませんか?」
「え――」
な、なんだろう。
『まさか断らないよね?』なんて圧をかけられている気がする!
「神獣召喚士さまが向かわれるなら、ボクも同行します」
「あ、あの、その」
「竜がいるとなれば、一大事でしょう。ボクは明日にでも大丈夫ですよ」
ええと、と念のため記憶の棚を探る。ここ最近で風谷に人が増えたから、覚えるべき名前もたくさんだ。
でもこの人は年も席順も近いから、よく覚えてる。確か13歳だったはずだ。
「
「ええ! 神獣が住まう秘境の整備は、獣霊会としても大事ですので!」
カイルさん、いや、アラサー的な精神年齢からすると、カイル『くん』かな?
呼ぶときに紛らわしいから、やっぱりカイルさんでいいか。
力が入っていて、なんだか初々しい。風谷で神獣と一緒に暮らすという任務に、とっても力が入っているのがわかる。
たしかロランさんの元お弟子さんらしく、よく並んで話していた。
コニーさんが、紅化粧をした目を細める。
「カイル殿。神獣召喚士さまは、まだ小さいお方です。まず、危険がないか探るべきでは」
それだけ言って、きれいな姿勢でお茶を飲む。
カイルさんはばつが悪そうに口を尖らせた。
「む……それは当然ですが」
あれ、この2人も、なんだか知り合いっぽい?
ピンと張り詰めた空気に、ロランさんが咳払いをした。苦笑して、目つきで私に意見を求める。
――さぁ、君はどうしたい?
メガネ越しの青い目は優しげで。ちゃんと私の意思も、無理のない形で、確かめてくれているんだね。
「わんっ」
『お嬢ちゃんに従うぞい。古竜に会うなら、注意が必要じゃがのう』
お茶を飲んで、ほっと一息。
うん……私も、夢の内容は気にかかる。
『驚く準備もしておくがよい』なんて言ってたし、ちょっとの遠出もいいでしょう。
「調べに行きましょう」
元会社員のタスク管理モードが働き、頭で一日のスケジュールをざっとおさらいする。
「今日の午後を準備にあてて、明日、その堰を探しに行きましょう。村の人も安心してもらった方がいいですし……夢のこと、私も気にかかりますから」
突然指示を出した私に、カイルさんが面食らったようだった。
本格的な探索は、明日になる。
方法は――さて、どうしよう。
思っていると、ロランさんが微笑んだ。
「では、僕も準備をしよう。広く探すなら、空からの方がいいからね。ルナ、いけるかい?」
「ホォウ!」
やり方はルナに飛んでもらい、ゴンドラから観察する――『空中散歩』に決まった。
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