3-3:お客様は続々と

 朝のまだ涼しい時間帯、風谷の草地で大人たちの掛け声が起こった。


「柱を起こすぞぉ!」

「おお!」


 縄で結ばれた木材が、牛型の召喚獣の力を借りてぐぐっと引き起こされる。垂直になった柱が固定されると、みるみる壁の骨組みができ、板が張られ、簡易的な厩舎が生まれていった。


「ふ、ふわぁ……」


 私はエアを抱きながら、ほうっと息をついてしまう。

 今、風谷には10名くらいの大人がいる。召喚士サモナー協会から人が来て、神気を産み出す場所として、そして調査拠点として、ここを整備しようとしていた。

 隣に、薄着のロランさんが歩いてくる。


「だいぶ拠点らしくなってきたね」


 厩舎の配置や構造は、ロランさんも指示を出したらしい。さっすが、特級召喚士だね。

 ダリルさんとコニーさんもあちこちで作業を手伝ってる。

 私はエア達と一緒に手持ちぶさたなわけだけど……いや、エアを抱っこしてるから、物理的に手は塞がってるんだけどね。

 こういう日も、まぁいいか!

 働くみんな、かっこいいから、ちょっと眼福。


「わんっ」


 賑やかな風谷に、エアだって尻尾を振ってきょろきょろしてる。


「よかったね、エア。あそこに召喚獣たちのおうちができるから、色々な魔獣が風谷で暮らせるようになるよ」

「くぅ……」


 下に降りると、尻尾を振ってくるりと回る。青い毛並みがきらっとして、本当に嬉しそう!

 ロランさんが顎に手を当てた。


「今まで、召喚した魔獣はもといた都に送還デ・サモンしていたからねぇ。風谷で暮らせるなら、それが一番いい」


 遠くから召喚してくるより、近くから呼び出せた方が魔力的な負担は少ない。でもそれは2番目の理由で、やっぱり召喚士サモナーが近くにいた方が、召喚獣も安心するそうだ。

 この辺り、わんことかと同じだね。


「畑も増やさないと、ですよね」

「うん。神獣の力を使えば、すぐに実るけれど――そればかりだと大人数は厳しい。おいおい、『普通の』畑も整備しないとね」


 私はとろんとした目になったと思う。

 なんでかというと、土と太陽の力で半年に一度収穫するような、普通の畑でさえ秘境では実りがよさそうだから。土属性のカーバンクル達が百年以上も管理してきた土地は、とんでもなく栄養がいい。

 もちろん、エート達の腕があってのことだけどね。

 神秘の力を使わなくても、土だけで十分チートである。

 私はほうっと息をついた。


「……魔獣がこんなに素敵なものだって知っていたら、家も考えが変わってたのかな……」


 領地を出て1月以上も経ったからか、時々、ナイトベルグ領を思い出す。

 送った手紙への返事はまだ来ない。

 代わりに、生家の色々な動きだけが伝わってくる。召喚士サモナー協会は、ナイトベルグ領に観測のための人を配置しているらしく、情報が入ってくるんだ。


「心配かい?」


 私は顎を引いた。


「……魔物、減ってるんですよね」

「うん。エアが生み出した神気の風は、ナイトベルグ領までしっかりと届いている。アリーシャが決めてくれたから、セレニス王国も、聖リリア王国も、どっちも助かっているんだ」


 ナイトベルグ領で発生した魔物が、森を通じてセレニス王国まで行ってしまうことだって、昔はあったらしい。

 私はきゅっと両手で服の裾を握った。


「魔物から出る魔石は、高く売れるんです。色々な力を持っていることもあって――それで、家は魔物が多い状態を、あえて保ってたんです」


 見た目は透明なクリスタル。でもそこには炎を噴き出させたり、人を怪力にしたり、様々な力が宿る。

 魔物の力が濃縮した『核』、それが魔石なんだ。

 一部では、魔物それ自体を活用できないかって研究もあったようなんだけど――今のところ、魔物の利用価値は魔石だけ。

 むしろそれだけで十分なんだ。

 おかげでナイトベルグ領の貴族は景気がいい。大森林は、魔石を産出する鉱山のようなものなんだろう。

 ロランさんは目を細める。


「魔物だって、自然の一部だ。自然は、色々な方法で物事を解決しようとする。利益だけを引き出そうとするのは、うまくいっている間はいいが……危険でもある」


 私とロランさんの会話が、不穏なものと気づいているのだろう。エアは不安そうに鼻を鳴らした。


「特に危険視されるのが、魔物が大量に集まって、『邪気』が非常に濃くなってしまう魔界化だ」


 魔物って、『邪気』というガスみたいなものが凝り固まって発生する。水蒸気が集まって雲や雨を作るのに、ちょっと似てる。 

 でもそれだけじゃない。

 あまりにも『邪気』が濃すぎると、その場所に次々と『邪気』が呼び寄せられ、永久に消えない場所ができあがる。そんな『邪気』の渦みたいになった状況を、魔界化と呼んでいた。


「アリーシャ」


 ロランさんが言った。


「……何か、心配事があるんだね?」


 まったく、こういうの、ずるいよ。見ていないようで、しっかりと私のことを見てくれているんだから。

 生家を思い出して、ぽつりと言った。


「トリシャ、どうしてるかな、って」


 私は今、とても幸せだ。前世からの念願が叶って、もふもふ達と一緒にスローライフを生きている。

 だからちょっと思うんだ。

 トリシャは今どうしているだろうって。


「強いスキルを得た、妹さんだね?」


 私はこくんと頷いた。

 妹のことを考えると、私の――アリーシャの心に、もやっと黒いものが広がる。

 新しいお母様がきてトリシャと一緒にいた2年間のことは、記憶があいまいで、断片的にしか思い出すことができなかった。

 転生のせいで記憶が混乱してる、ってこともあるだろう。でも、記憶に蓋をしたいくらい、限界だったのかもしれない。


「私と違って愛されてるから、大丈夫だろうって思ってました」


 でも風谷で色々な話を聞くと、ナイトベルグ領は私が思っていた以上に危険なことをしていた。

 神官の祈祷で発生を減らせるはずの魔物を、利益のために放置して、隣国に迷惑をかけたり。

 城壁のメンテナンスをおざなりにして、街道に魔物が出てきたり。

 ナイトベルグ領にいた頃は、どこか『魔物ってそんなもんだ』って思っていた。この辺り、前世の記憶も影響したのだろう。


 魔物は、嵐や地震のような災害に近いイメージでいた。天災だからある程度の被害は仕方がないって思ってたんだね。

 その認識は正しくもあるけど、神官の祈祷や城壁の整備で被害を軽くできるなら、予防さえやらない状態って普通じゃない。

 セレニス王国では論外の対応だし、聖リリア王国でもあちこちから批判されていたようだ。

 領地から外に飛び出せたから、私はおかしさに気づけたんだ。


「愛されてるからって、本人の幸せとは別だもの」


 たとえば娘として愛されることと、領地に有益だから愛されるのって、違うし。


「お父様、トリシャのスキルを調べてるんですよね?」

「うん。都から魔法の専門家を呼び寄せたり、かなり本格的だ。ナイトベルグ領では、その噂でもちきりらしい」


 そういう情報も届けられていた。手紙を持ってきたのは、とってもきれいな見た目の少年神官だったから、よく覚えてる。

 ロランさんは優しく私の背にそっと触れた。


「優秀なスキルなら、親としてきちんと効果を調べるのは当然だよ。君の話なら、大事にはされるだろう」

「――ですよ、ね」


 改めて思うと、トリシャのおかげで私とエアは逃げられたようなものだ。

 お母様の目が怖かったし、前のお母さんが遺した侍女の人たちもトリシャを近づけなかった。だから、あまり話せたことはないのだけど……もし風谷の光景や、エア達のことを知ったら、妹は意外と気に入ってくれるかもしれない。

 ちょっと甘すぎるかな?

 ま、甘すぎるくらいが、ちょうどいいさ。


「わんっ」

「エア……ありがとう」


 カーバンクルのエート達や、ディーネもやってくる。


「きゅい! きゅい!」

『うむ、わしらもついとるぞ』


 生き物は、心を癒してくれる。

 それって、私のことを信頼してくれてるって、態度で示してくれるからかもしれない。


「ナイトベルグの状況については、僕らも気にしてる。君だけじゃない、あまり気に病まない方がいい。睡眠は、きちんととれてるかい?」

「あ、そういえば」


 私は言いかけて、固まった。


「……ん?」


 何か、変な夢をみていたような。

 途中で終わった夢の記憶が――夢でドラゴンに会うなんて大事件がだんだんと引き出されていき、私は真っ青になる。


「あっ」


 言うの、忘れてたっ!?

 私はロランさんに、今朝みた夢についてようやく話した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る