第3章:秘境の再生

3-1:渓流

 ぐい、ぐい、と釣竿がしなる。

 8歳の体だと、思いっきり踏ん張らないと川面にもっていかれそう!

 渓流で川幅は数メートルほどだけど、びしょ濡れにはなりたくない。


「う、わわわ……」

「わんっ」

「あおん?」


 子犬サイズのエアが顔を上げ、同じくディーネも片目を開ける。

 ばしゃんばしゃんと暴れる針と糸。竿を垂直にする勢いで思いっきり引いていると、木々の間から青空が見えた。

 ……わぁ、いい天気……ってそんな場合じゃないっ。

 召喚士サモナー協会の人が、慌てて駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですかっ?」

「平気ですっ」


 って、なに癖でやせ我慢してるんだ。


「う、嘘です嘘です! 手伝ってくださいぃ……って、わ!」


 ぽーん、と急に抵抗がなくなった。

 川面から針に食いついた魚が飛びあがる。急に軽くなった引きで、私は背中から後ろへ倒れ込んだ。


「あっ」

「わおん!」


 後ろで優しい風が起こる。もふん、と最高級のソファみたいな感触が、私を包み込んでいた。


「……エア?」

「わんっ」


 得意げにウインクする、私の召喚獣――神獣、エア。今は巨大な狼の姿に変身していて、大きなお背中で私を受け止めてくれたみたい。


「あ、ありがとう……」


 お礼を言うと、恐る恐るといった調子でメガネの青年がやってきた。私達の拠点『風谷』、その一応のリーダーであるロランさんだ。


「……ふぅ、水に落ちないでよかったよ。どう助けようか、気をもんでいたんだ。魔法で水ごと魚を巻き上げてしまうのは簡単なのだけど、以前、それをやったら向こう3日は魚が寄りつかなかったからね……」


 そんな助け方しようとしてたの!?


「……あのですね、ロランさん。魔法使わなくても、普通に私の肩を支えてもらえれば」

「あ、そうか」


 まったく、魔法の天才も考えものだ。でも美形だし、迂闊に令嬢に触れて問題になったことでもあるのかな? こちとらは8歳児なので大丈夫と思うけど。

 私達がそんなやりとり(?)をしている間に、赤髪のお兄さん、ダリルさんがやってきて、岩の上ではねている魚をひょいと取り上げた。


「お、なかなかいい大きさじゃないか」


 器用に針を外して、びくの中に入れる。

 私とロランさんを見て、にやっとした。


「アリーシャちゃん、そろそろ焼くかい? お腹が空いただろう」


 川から少し離れた木陰では、すでに火が起こされていた。番をしているのはリスに似た神獣、カーバンクルのエート達。

 バーベキューみたいに、串に刺さった野菜や干し肉が焼かれている。

 う、お腹減ってきた……。


「た、食べますっ」


 ロランさんがにっこりして立ち上がった。私に手を差し伸べる。


「了解だ。行こうか、神獣の召喚士」


 今日、私達はみんなでお休みの日にしていた。

 私とエアの修行とか、まだ来ないナイトベルグ領からの返信とか、心配事はある。でも、気分転換は必要だろうしね。

 これぞスローライフ、だ。


 私が風谷に来てから、そろそろ1月が経つ。夏の盛りとなり、沢の流れも陽にきらめいている。

 その間に、風谷には召喚士サモナー協会から色々な人がやってきていた。

 秘境を調査する召喚士もいれば、お医者さんもいるし、神官のような人もいる。共通しているのは、秘境に出入りが許されるくらい、信用ができる人ということ。

 タイミングによって出入りはあるけど、平均すると10人くらいが常駐する感じかな?


 みんな、天馬ペガサスという羽の生えた馬に乗って風谷までやってきたのだ。大勢の召喚士が、たくさんの白い翼に乗って空を飛んでくる光景は、きっと一生忘れまい。

 召喚術ってすごいんだなって改めて思う。

 そして、みんな私にも優しくしてくれた。何人かは『釣りをしたい』という私のわがままにつきあい、麓へ降りてきてくれているんだ。


「もふもふ可愛いし、ごはんは美味しいし、しあわせぇ……」


 神獣のみんなも一緒。

 子犬サイズに戻ったエア、おじいちゃんみたいな長毛犬のディーネ、それに可愛くて家事万能のカーバンクル――そんな色とりどりのもふもふ達。

 串に刺さった魚をいただきながら、私はほくほくだった。お魚の身もアツくて美味しくて、ホクホク……!

 小川の先から、コニーさんが帰ってきた。


「戻りましたわ」


 あ、しまった。コニーさん、村までちょっとお使いに行ってたんだ。

 川って麓の人もお魚をとったりするから、新参の私達が使うなら、挨拶くらいはした方がいいもんね。

 先に焼き始めちゃった……なんて思ったけど、ロランさんがさりげなく焼きたての魚を差し出していた。この辺り、さすがそつがない。


「私も戻りが少々遅れましたので。ただ、挨拶の返礼に、これだけもらいましたわ」


 ダリルさんが唸った。


「――すげぇな。卵に山菜に……獣肉まであるぞ」

「神獣召喚士さまが、村の危機を救ったことを、とても感謝しておいででした」


 私は頬が熱くなった。


「そ……そうなんですか?」

「そうですよ。あの後、橋を直すため、召喚士サモナー協会も協力しましたもの」


 ロランさんが出向いて、召喚獣の力を貸したのだ。近くに風谷という拠点を設けるから、という打算もあっただろうけれど――村人たちは大助かりだっただろう。


「ただ、後日にまた相談があると」

「? なんでしょう」

「私から窺って、また話を聞いておきますわ。村も、まだ調べたいことがあるようですし」


 メガネを直して、ロランさんは微笑む。


「アリーシャが、あの夜の飛び出さなければ、あの村との関わりもなかっただろう。今日のお昼は、おかげで豪華になりそうだよ」


 確かに、豪華だった。

 もらったお野菜はカーバンクル達がスープにしたり、焼き野菜にしたり。お肉とお魚は、ディーネ達わんこ組にも大好評。


『うむ、こりゃうまい。味付けがワシ好み』


 ふふっと笑って、ダリルさんにピースサインを出した。


「神獣の子達も、美味しいって」

「お、そいつはよかった。獣向きの味付けって、けっこうコツがあるんだよ」


 デザートには、風谷でとれた果物もある。桃とすももの真ん中くらいの大きさで、とっても甘くて美味しいんだ。

 その日は、風谷のみんなで青空のバーベキューを楽しんだ。

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