2-12:獣霊会
アリーシャ達がいる風谷から南西に向かうと、ファリスという街がある。
延々と広がる大森林はだんだんとまばらになり、ぽつん、ぽつんと島のように森が残るだけになる。いずれの森も、木の高さは平均十数メートルだが、時折に高さ50メートル近い巨木が塔のように空へ突き出していた。
大梟ルナに乗ったロランは、それらを眼下に南へ翼を傾ける。
山や谷が後ろに流れ去っていき、ようやく平野が現れた。
田んぼや畑、街道が走り、山を源流とする川が水量を誇るように飛沫をあげている。
川はやがて湖へ至り、目的の街はそのほとりにあった。
「ルナ、そろそろ降下しよう!」
セレニス王国の大きな街では、召喚士が着地するためのスペースが用意されていた。それはたいてい、
「
「ホォウ」
得意げに羽をすくめる相棒に、肩をすくめ返して、ロランは屋上から建物に入る。
世界に数人しかいない特級召喚士の訪いとなり、協会はにわかに慌ただしくなった。年季の入った支部長が、執事のように一礼し、ヒゲをなでる。
「お待ちしておりました。お客人も、すでに」
「ありがとう」
この街ファリスは、風谷に日帰りできる範囲では一番大きい街だ。
大森林が近いこともあって、魔物を標的とする冒険者や、調査研究をする召喚士も多く詰めている。ダリルとコニーはこの街に滞在していたから、いち早くロランが連れてきたのだった。
今回の用事も似ている。
ロランが次に会うのも、じきに風谷に招く予定の人だった。
通された部屋で、少年が慌てて立ち上がる。
「ロラン先生っ!」
「やぁ、カイル。久しぶりだね」
微笑むロランに、少年は目を輝かせる。
少年は白の法衣姿で、手には杖。袖のゆったりした装束は、セレニス王国の高位神官の装いだった。
年はまだ13歳。数センチに刈られた銀髪は、厳格というよりかえって幼さを感じさせる。
目を引くような美形でもあり、将来は令嬢をさぞ悩ませるだろう。
けれども実力、実績ともに確かなのを、ロランはすでに知っていた。
「でも、そろそろ先生はやめてほしいかな」
「ロラン先生は――いつだって、ボクの先生ですよ」
きらめく目には、おもばゆいほどの尊敬。
2年前までは師弟の仲だった。
当時、ロランはある目的をもって、つまり打算で師匠を引き受けた。だが優秀な少年神官を弟子にとったことは、大きなプラスだったと今は思う。
「ルナも元気そうですね」
「ああ、妹からの……大事な存在だからね」
「ほぉう!」
得意げに翼を広げるルナに、ロランは目を細める。
カイルの方は、師の顔に寂しそうな影が過ぎることに気づいたらしかったが、幸い何も言わなかった。
「さて」
仕事だ――ロランは気を引き締め、メガネを直す。
カイルもくっと顎を引いた。
「ええ、お話は聞きました。神獣召喚士様を、保護なさったとか」
神獣については、
魔物の発生を防ぐ力は、広まれば召喚士への尊敬は集まるだろうが――敵も多くなる。
目の前の少年は、若くして神獣の情報に触れることを許されていた。21歳のロランも充分若いが、13歳のカイルはさらに若い。
どちらも、実力と家柄の両方があるためだ。
「その通りだ。今は、風谷で過ごしてもらっている」
「すごい……!」
少年神官、カイルは目をキラキラさせる。
「そんな人を保護できるなんて、さすがロラン先生です! ああ、獣霊神よ、ご加護あれっ」
「ま、まぁ偶然の面も強いんだけどね。いや、というか、ほぼほぼ偶然というか……」
カイルは聞いていない。
実力は確かな一方、思い込みが強すぎるフシがあり――どうやらそれは治っていないらしいとロランは思う。
咳払いをして、話を戻すことにした。
「それにしても、助かったよ。獣霊会から誰が来るのかは、気になっていたんだ」
獣霊会とは、セレニス王国版の神殿である。
「獣霊会には神獣の知見もあるからね。高位神官でも、誰が来てくれるのかは気になっていたんだ」
「ああ、それにしてもロラン先生がこんなに心を砕かれるなんて――きっと神獣召喚士様は、素晴らしい方なのでしょうね!」
カイルは感極まったように拳を震わせた。
「日夜獣霊神に祈りを捧げたり、不眠不休で神獣達の世話をしたり!」
「い、いやそこまでは」
高まる期待に、ロランはちょっと口元をひくつかせた。肩で、ルナが身をゆする。
微妙な雰囲気を察してか、カイルは話題を変えた。
「それにしても、魔物が多いナイトベルグ領から神獣召喚士が現れるとは――」
「あの国の辺境は、大森林が残る数少ない立地だからね……邪気が集まりやすいのだろう」
カイルは声をひそめた。
「その件で、ロラン先生あてに、各所から言伝を承っています」
渡された手紙には、こう書かれていた。
――風谷の南方で、魔物の発生は減ってきている。
神気を帯びた風が、広く届いている証だろう。
「そうか、よかった」
安堵するロラン。
続きを読むと、アリーシャの故郷、ナイトベルグ領についても邪気が減っているという観測結果だった。ナイトベルグ領に手紙を届けた使者は、そのまま領内に留まり、魔物の発生状況を観測、鳥を使った手紙で
「ふう、肩の荷が下りたよ……」
元々、ナイトベルグ領は魔物の発生が異様に多いことで知られていた。
「魔物は、豪雨や嵐といった、自然災害に近い面を持つ。本質的には予測できない。今までは、かなりリスクが高かった」
魔石が多いだけならいいが、急激に数を増したり、群を抜いて強力な個体が現れたり――危険は拭えない。
魔物が減りだすことを領主は喜ばないかもしれないが、リスクを放置するよりはいい、とロランは考えていた。何かあった時に魔物に襲われるのは、結局のところ領主ではなく、その下にいる民なのだから。
「神獣は、やはりすごいのですね」
「そうだね。でも、本当にすごいのは――アリーシャだよ」
彼女がいたからこそ、神獣達は力を発揮している。ロランにはそう思えてならない。
『好き』という気持ちで、互いに通じ合っているのだ。
「神獣召喚士でなければ、弟子にしていたかもしれない」
「弟子?」
カイルは首を傾げる。
「……ロラン先生、弟子はもうお取りにならないのでは」
「いや……あ!」
カイルの目の中に嫉妬の炎がめらりと燃えたのを感じ、ロランは慌てた。
「ふふ、ボク……風谷に向かうのが、ちょっと楽しみになってきました」
「そ、そうか……それは、よかった……」
しどろもどろとなるロランを、肩口のルナが今にもため息をつきそうな目で見下ろしていた。
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