2-11:見習い卒業!
私は、お屋敷の勉強部屋でコニーさんからのテストを続けていた。
――うん、やっぱり、教えられたことを整理すると、いろいろな疑問がまた浮かんでくる。
たとえば、スキル〈召喚〉はとても強力な力であること。
私達のナイトベルグ領、そして故国の聖リリア王国では、魔獣を使うスキルは差別されている。でもこんなに強力なスキルなら、もっと研究したり、セレニス王国とも交流があっていいんじゃないだろうか?
国同士だと、単純にいかないのはわかるけど。
もっとも、セレニス王国と、聖リリア王国は歩んできた歴史もかなり違う。
聖リリア王国は平地が多くて、農耕が盛ん。
今は、国土に古い森は少ない。ナイトベルグ領にもあった大森林、それに似た古森はかつて国土のあちこちにあったという。ただそうした森は、どんどん伐られてしまった。
森を減らせば、魔物も減るし、畑が増やせるって考えたんだね。
古い森に棲む魔獣も同じく減ってしまったから、大多数の聖リリア王国の人は、一度も魔獣に会わずに一生を終える。魔獣が出る、イコール、聖リリア王国のド辺境ってことなのだ。
魔獣を知る機会がないことで、悪いレッテルが見直される機会もなくなったのだろうか。
それぞれ別の神様を信じているだけあって、200年ほど前はかなりピリピリして、戦争までしたという。魔獣嫌いは、当時からの悪評が続いている面もあるんだろう。
ただ、大森林のような古い森がなくなっても、依然として国土のあちこちに魔物は現れているらしい。
むしろ森に集中していた出現が分散し、かえって街道の警備に費用がかかるようになった。
またロランさんによれば、大森林にある古い木は『霊樹』といって、邪気を払う力を少し帯びている。邪気を吸収して消し去るために、そうした霊樹は周りから邪気を集める特性があるらしい。
だから邪気が多くて消しきれない状況が長引くと、その森は魔物の発生源になってしまうんだ。
数百年という歴史の中で、聖リリア王国の聖光神殿は、大森林を伐採。跡地には神殿を建てて、祈祷による神気で魔物を抑える道を選んだ。神殿が発する『神気』は、エア達ほどではなくても、霊樹による吸収と浄化をゆっくり待つよりよほど早かったという。
……今思うと、人にとって悪いものを樹が減らしてくれるのって、光合成みたいだな。
一方。
今いる国、セレニス王国は、獣霊神に仕える『獣霊会』という組織が神殿だ。
ここは、祈りによって霊樹が持つ力を強められる。けど、祈祷で神気を発することはあまり得意ではなく、結果的に国に木々がたくさん残った。
ただ、今は邪気が世界的に多い。
そして邪気自体にも、もともと一箇所に集まろうという性質が――魔物を
ここで聖リリア王国とセレニス王国、両国の差が出る。
大森林を伐ってきた聖リリア王国では、僅かに残った辺境の大森林に、邪気が集まりがちということだ。木を伐りすぎたから、ちょっと邪気が増えるとあっという間にキャパオーバーしちゃうんだね。
辺境にあるナイトベルグ領、けっこうピンチだ。魔石がお金になるから、もともと魔物を野放しにしがちだし。
風谷の神気が届いて、魔物が減っているといいんだけど……。
「……もっと、しっかり知りたいなぁ」
エアたちについて、神獣について、もっと知りたい。
テストを受けている私を、壁際からエア、ディーネ、それにカーバンクル達が不安げに見つめていた。
平気だよ、なんて微笑みかける。
一番の目的は、風谷でのんびり生きること。
今世こそは、好きなもののために、本当の意味で生きたいもの。
でも『やりたいこと』って、大好きなものが増えれば増えるほど、増えていく。今の私の目標には、もふもふ達との暮らしを――風谷を守ることが、しっかりと刻まれていた。
でも、一歩ずつだ。
『邪気』とか『神気』とか、獣霊神に関することについては、もっと別の先生を呼んでくれているらしい。
私は答案を書き終え、コニーさんに提出する。
「できたのですか?」
鋭い目を細めて、確認するコニーさん。
「はいっ」
「では、採点しましょう」
その場で採点していく。うー、このもぞもぞする感覚、久しぶり……。
椅子に戻って待つこと、少し。
やがて一通り見たコニーさんが、ほほ笑んだ。
「やるわね。満点よ」
私は得意げに胸を張った。
「よ、よっしゃ!」
協会では、神獣召喚士には階級がつかないみたいで、『晴れて4級
「おめでとうございます。今夜は、カーバンクルにお願いして、ちょっと豪華にしましょうか」
「じゃ、卵焼きがほしいですっ」
「え。た、卵焼き……?」
質素っぽいとか言わないでね。ダリルさんが村と交渉してニワトリをもらってきてくれて、卵が毎日手に入るようになったのだ。
うぐっと涙ぐむコニーさん。
「――そうですか、なるほど。実家ではきっとお肉とかも出してもらえなかったのですね……」
「……え?」
「卵焼きだけじゃなくて、ハンバーグも、ケーキも出せますよっ」
……な、何か誤解されてる……!?
その夜、夕食はロランさん、コニーさん、ダリルさん、それにエアたち神獣と一緒にとる。
囲炉裏を囲み、メニューはご飯とお味噌汁、卵焼きに、山でとれたお肉を使ったハンバーグ。食卓も和洋折衷な感じだけど、食べているみんなも、西洋風の顔立ちでしっかりとお箸を使いこなしている。
先代の神獣召喚士、サキチさんが伝えたという和食は、きちんと文化として根付いているようだ。
お味噌とかお醤油とか、気候に左右される発酵食品もあるから、地域によってはまだ珍しいみたいだけどね。
ぱくりと卵焼きを頬張りながら、ダリルさんが言った。
「俺、今日は厩舎を建てたぜ」
最近、ダリルさんは何をしているのかと思ったら、ずっと召喚獣の厩舎を作っていた。そのうち
「風谷に召喚獣を呼ぶと、みんな帰りたがらないんだ」
なるほど、そういうものか。
「あ、あとあと、聞いてくださいっ。私ですね、コニーさんの試験で満点でしたよっ」
「ま、まじか、あのコニーの試験を……」
「あのってなんですか」
「いや、すげぇな! よし後で、俺が特製のお茶とお菓子を作ってやるよ」
にっと笑うダリルさん。驚くなかれ。この人、お茶とお菓子の技術はなかなかなのである。
「期待しちゃいますよ?」
「任せとけ」
ちょっとロランさんを見る。
「明日も、修行がんばりますからね」
「いいけれど」
苦笑して、目を細めるロランさん。
「……ちょっとずつでいいんだよ。特に君には、すでに神獣召喚の力がある。知るということは、知る前には戻れない。それは知ったことに対して、責任を負うということでもある」
私は神妙な気持ちになった。ちょっと抜けているところあるけど――こういうところ、やっぱり根は学者さんだ。
「私、気づいたんです」
「なにに、だい?」
「――周りに困ってる人がいると、私、結局は後悔しちゃうって」
私はどうもそういう性質らしい。
困っている人がいたら、ついつい手を差し出したくなる。
前世はそれで失敗した。
だから、なんでもは助けない。無理だと思ったら、ロランさん達を信じて頼る。
でもそれとは別に、もふもふ達の召喚士――神獣召喚士の力は、きちんとつけたいと思うんだ。大好きな子たちのための力だからね。
「『助けたい』と思った時に慌てないで済むように、日ごろから力をつけておくんです」
『頑張らない』は、ある程度は頑張らないと達成できない。
なぜなら余裕があるから、頑張らないで済むのである。
「みんなとのんびり暮らすため、もふもふ
顔を上げるエアを、私は抱きかかえた。
ふわふわな毛並みから、お日様みたいな匂いがする。
「わんっ」
「きゅきゅっ」
「うおんっ」
エアも得意げに吠え、カーバンクル、ディーネが続いた。
「……神獣達に、本当に好かれているんだね」
ロランさんは目を細める。
私は変に思った。というのも、どこか辛そうな、切なそうな、不思議な雰囲気が過ぎったから。
「……君なら、そのうち、ルナのことにも気づくかもね」
「え?」
おや、思わせぶり。
口を尖らせた。
「なんでも相談って言ったじゃないですか?」
「これはテストの一環と思ってくれ。気づいたら、教えてくれればいいさ」
メガネの奥の微笑みは、いつも以上にミステリアスで。
「ま、いいですけど。ディーネ、わかる?」
『……いきなりワシに頼るでない。そう聞かれてもわからんぞ』
ま、ディーネに訊いてすぐにわかるなら、宿題にならないもんね。
そんな感じで、私が初めて『
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