2-9:ゆびきり


 村から風谷に戻るまでの道で、どうやら私は眠ってしまったらしい。

 いっぱい緊張もしたし、迷いもした。エアたちに指示を出したことも、魔力の消費に影響したんだろう。

 気が付くと私はお屋敷の布団で寝ていて。周りにはエアやディーネ、カーバンクル達がぐるりと控え、目覚めた私にそっと寄り添った。エアが、ぺろりと私の頬をなめる。


「――おはよう。心配をかけたみたいだね」


 考えてみれば、8歳なのにずいぶんと無茶をしたものだ。徹夜でエアの背中に揺られて、お味噌汁なんてものも作った。

 結局、何時間立ちっぱなしだったんだろう。

 ……そりゃ、疲れもするか。


「わんっ」

「うん。起きようか、エア」


 木戸を開けると、お昼の爽やかな風が吹き込んだ。

 切り株に座っていた女性が、こっちに気づく。


「コニーさんっ」


 そう呼びかけると、コニーさんは慌てて私に駆け寄る。目元の紅化粧が少し乱れていて、とっても心配かけたんだって、改めて気づかされた。

 額に手を当てて、脈をとり、ほっと一息。

 最後にはぎゅっと抱きしめられ、申し訳なさで胸が潰れそうになった。


「体は、大丈夫だと思います。その……ごめんなさい」

「――の、ようですね」


 コニーさんは目をちょっと厳しくした。


「危険な場合もありました。ダリルの行為がそもそも問題外なのですが、出ていく前に私に一声あってもよかったはずです」

「……そこは、ごめんなさい」


 コニーさんは苦笑した。


「『そこは』? 隠れて村を探ってもいたようですわね」

「うっ」

「神獣召喚士さま……あなたは、とても子供とは思えませんわ」


 ちなみに、ダリルさんは罰としていつもの倍の雑用をやっているらしい。そ、そんなに開拓しても――なんて思ったけど、麓の村から鶏をもらってくる計画があるみたい。

 この辺りの鶏は、餌となる木の実が多いせいか大ぶりで美味しい卵を生むのだそうだ。

 え、なにそれ楽しみ。

 ダリルさんも戻ってくる。


「アリーシャ、気づいたか」


 ダリルさんは顔をくしゃくしゃにしていた。


「ただ眠っただけだとは思ってたけどさ。すまねぇな、やっぱり、俺だけで行くべきだったよ」

「……それじゃ、みんなは助けられなかったでしょ?」

「だけどよぉ。ああ、くそ、うまく言えねぇや」


 なんだろう。

 心が、ぽかぽかと温かい。なんとかしないと、なんて気を張っていたけれど――私がちょっと長めに眠っただけで、こんなに心配してくれるなんて。

 『神獣召喚士』だからってだけじゃないだろう。

 シンプルな納得がやってくる。ああ、つまりこの人たちは――いい人なのだ。


「アリーシャ!」


 空からロランさんの声が降ってきた。

 月梟ルナに乗って、遠出から戻ってきたんだ。2日会えなかっただけのはずなのに、ずいぶん久しぶりな気がする。


「ロランさん!」


 子供の体のせいか、すごく安心した。

 ルナから降りてしゃがみ、私に視線を合わせるロランさん。

 抱き着くのは、さすがにちょっと恥ずかしいや。代わりにロランさんの袖を指でぎゅっと握った。


「……何かあったのかい?」


 私は、ロランさんに顛末を話す。メガネの奥で目がまん丸になり、顔が真っ青になったのは、言うまでもない。



     ◆



「……すまない」


 ずーん、と音がしそうなほど、ロランさんの表情には暗い影が落ちていた。

 コニーさんとダリルさんが、ちょっと驚いた顔でそんなロランさんを見つめている。エアとディーネ、それにカーバンクル達も、遠巻きだ。

 私達は緩やかに流れる小川のほとりで、話し合っていた。陽の光が気持ちよくて、心まで穏やかになっていく。

 ロランさんが、今まさに落ち込んでいることを除けばね!


「僕の責任だ。まさかそんなことになるとは……」

「も、もともとは私が風谷の周りを勝手に調べていたからですし」

「それでもだよ。君に、風谷の詳しい事情を伏せる判断をしたのは僕なんだ。だから僕の責任」


 そこだけはきっぱりと言って、ロランさんはやっと肩をすくめた。


「とはいえ、アリーシャの行動力にも驚いたけどね。いや、初日から予想しておくべきだったかな」

「ロランさん。今更ですけど、どうして風谷の位置や、周りの村を伏せたんですか?」


 もう、遠慮するのはやめよう。私は真正面から尋ねることにした。


「……やっぱり、私ってナイトベルグ領に戻される可能性、ちょっとはあるってことなんですか? だから、風谷の秘密がばれないように……」


 ロランさんはすうっと目をふせて、不器用そうに私の頭に手を置いた。

 私が嫌がっていないのを確認すると、ゆっくりとなでてくれる。


「そうじゃない。いや、君には正直に話すけど……確かに、そういう考えもあった。実際、召喚士サモナー協会は、君に風谷の情報を渡すのは最小限に、と命じてる。他国の生まれというのが引っ掛かるんだろう」


 でも、とロランさんは続けた。


「それだけじゃない。周りに村があることや、道があることを知れば、君はそれを気にする。『気に掛ける』範囲が増えるんだ。すると、神獣召喚士である君は、おそらくそこが気になって――無意識のうちに異変を感知するようになる」


 私は、びっくりした。


「そんなこと、なるんですか?」

「理論上はね。神獣召喚士は、神獣を通じて異変の気配を察知できる。遠くの村なんて気にかけ始めたら、ただでさえ環境が変わった君の新たな負担になりかねない」

「な、なるほど……」


 この人なりに、私のこと、考えてくれてたんだ。

 確かに村から帰った後、私はばったりと眠った。あれも心への負担の一種なのだろうか。

 『知らせない』ことで私を守ろうとしたんだ。

 でも……やっぱりそれ、ちょっと寂しいよ?

 ロランさんはふっと表情を緩めた。


「君には、お礼を言わないとね。結果的に、村を見捨ててしまうところだった。この時期は災害も起こりにくいはずなんだけど……」


 そうして少し考えこんでから、ロランさんは私をまっすぐに見た。


「麓の伝承を聞いたのだね」

「はい」

「神獣召喚士の役割については、心配しなくていい。僕が命に代えても、君を守るし、一人にはさせない」


 驚きのあまり、私は半立ちになってしまう。

 冗談――じゃ、ない、よね?

 ロランさんの真剣なまなざしは、肩のルナがまた頭をつつき始めるまで続いた。


「い、いたたっ。そ、村長の話は、『大昔にそういう神獣召喚士がいた』というおとぎ話だ。神獣の力は秘密でも、伝承として残っている地域や、物語もあるんだ。伝えられるうちに、大げさになったんだろう」


 ああ、なるほど。確かに強い力で活躍したら、言い伝えが残っていても不思議じゃない。


「村には、僕からうまく言っておくよ。どのみち、今後は助け合うこともあるだろうからね」


 ロランさんは、小川沿いで見守るエア達に目をやった。


「風谷で神獣達と暮らせばいいことに、変わりはない。それだけで大勢が救われる」


 ほっと一安心だ。世界のために――なんて、私には荷が勝ちすぎている。

 いいとこ、この地でもふもふ達と暮らすくらいだ。

 でも――胸がぽかぽかと温かい。

 信じてみよう、と思った。


「あ、あの」


 私はディーネをちらりと見た。抱えていた秘密の一つを、そろそろ明かそう。

 緑の長毛種わんこ、ディーネは察したのか頷いた。

 任せる、ということだと思う。


「なんだい?」

「話せる召喚獣って、いるんですか?」

「知恵のある魔獣には、話せるものもあるね。神獣を含めても、非常に珍しいけれど――」


 はた、とロランさんは気づいたみたい。


「ディーネか、エアは、話せるのかい?」

「ディーネだけです」

「そうか……」


 ちょっと緊張した。

 ディーネが『話せること』を伏せた理由、今ならわかる。珍しい神獣に、私の珍しい力、さらには召喚獣と話せること。

 これ、私の価値をさらに上げてしまう情報なんだ。もし魔獣を研究する立場だったら、それこそ私の自由を奪いかねないのかも。

 ……前世だったら、絶対、隠してたな。

 でも今世では、信じたいって思うんだ。


「その情報は、風谷に入れる人の間だけで、伏せた方がいいだろうね。僕も隠しておくよ。追ってダリル達には、言ってもいいかな?」

「あ、あとで私から伝えます」

「わかった」


 微笑むロランさん。


「……ごめんなさい、最初に隠してて」

「謝ることなんて一つもない。不安も仕方がないし、君が無理をしなければならない理由なんて、何もないんだ」

「でも、ロランさん、神獣のこといっぱい知りたいんじゃ……」

「ぶっ」


 ちょっと噴き出すロランさん。

 あ、やっぱり色々聞きたいんだ。


「確かに。でも、僕は知りたいのであって、暴きたいわけじゃない。神獣について、ゆっくりと知っていければいい」


 わん、とエアが明るく吠える。

 人を信じるのって、それだけで元気が要る。この子たちのおかげで、私はだんだんとそんな元気を取り戻しているのかもしれない。


「ロランさん。あともう一つ、お願いなんですけど」

「うん?」

「お食事、一日に一度は、風谷のみんなで揃って食べるようにしませんか? 話し合いとか、一緒にご飯をすれば進むかもですし」


 ロランさんは首を傾げた。


「コニーと、ダリルは一緒に食べていると――あ、僕がいないのか」

「…………そ、そうですよ」


 こ、この人、やっぱりどこか抜けてる……。

 風がやってきて、茶髪がなびく。くすぐったそうにロランさんは笑った。


「わかった、そうしよう」


 私は小指をさしだし、ロランさんの小指をつまんで絡めた。


「これは?」

「おまじないです。約束ですからね」


 ゆびきり、である。

 ……改めてやると、恥ずかしいな!? でも、今は8歳児だ。セーフだ。セーフなのだ。


「大事なことは、2人で相談、です!」

「でも」

「私が寂しいって、気づいてますか?」


 コニーさんとダリルさんも、私達の様子にくすりと笑っている。エアが、嬉しそうに遠吠えをして、ディーネも空気を呼んだのか同じようにした。

 穏やかに渡る風。

 ロランさんは、ちょっと迷う。だけど最後には、向こうから小指に力をこめた。


「約束する」


 絡めた指に、手の温かさが伝わった。

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