2-8:おみそ汁

 村からお鍋や包丁を借りる。野菜を切るときに危ないからと、ダリルさんが横から出てきて自分でやってくれた。一瞬でバラバラになって怖かったけど。

 さて、調理法は、至ってシンプル。

 これから作るのは風谷のお野菜をふんだんに使ったお味噌汁だ。


「まずはお出汁をひいて、と」


 ここで、カーバンクル達から教わった料理知識が役に立つ。

 風谷でのお出汁は――キノコと野菜だ。

 そう、野菜だしのお味噌汁である。

 前世でも、疲れた時の栄養補給によく作ってたな。


 考えてみれば、200年も前にやってきた神獣召喚士が仮に日本人だったとしても、当時はトラックもなければ冷蔵庫もない。昆布や鰹節がない!なんて思わずに、粛々と身近な出汁を使ったんじゃないかな。

 切ってもらった野菜を、ディーネに出してもらったお水で煮詰めていく。火加減は、火属性のカーバンクルにお任せ。幸い夜は長いし、『時短』とかいわずに調理時間はたっぷりとれる。


 野菜とキノコが、神気のお水と仲良くなるように、20分くらいじっくり煮詰める。

 もういいかな? と思ったら、お味噌を投入した。給食で使うような大きなお鍋に、大根や野菜をぎっしり詰めて作ったから、ゆうに10人分くらいのお味噌汁にはなっただろうか。

 雨上がりの村に、お味噌と野菜の香りが漂っていく。

 そこかしこでお腹が鳴るありさまだ。


「エア!」

「わんっ」


 ワンコの一吠えで、そよ風が吹く。初夏だけど肌寒い夜に、お味噌汁の優しい香りが飛んでいった。


「えと……」


 集まる大勢に、私はたじろぐ。

 弱っていた行商人の方々も、肩を借りてやってきた。


「召喚士さま。これは……?」

「うんとですね。召喚士特製、回復スープ! ですっ」


 味見もしたし、この状況なら『シェフは誰だ!?』なんて怒鳴り込まれることもまさかあるまい。

 ダリルさんが赤髪をなでている。


「それミソ汁だよな? アリーシャちゃん、よく知ってるね?」


 あ、そうか。お味噌って前回の神獣召喚士が伝えてるんだった。

 この人にとってみれば、急に幼女が知らないはずの隣国料理を作り始めたようなもの、か。


「か、カーバンクル達が教えてくれるんです。有名なんですか?」

「ん~、場所による。ミソはうまくできる地方とそうじゃない地方があるらしいしな」


 へぇ……。

 お味噌とかは前回の神獣召喚士が教えたようだけど、まだ地域性があるようだ。

 ダリルさんは『あんこ』を知らなかったし、私だけ知っている和食もありそう。これは気を付けないと。

 村の人たちと商人の親子はお味噌を知っているようだけど、護衛のうち何人かは怪訝そうにしていた。


「お、美味しいですよ」


 私は頬をかいて誤魔化す。

 前世の経験で野菜出汁のお味噌汁がちゃんと美味しくなるっていうのは、実証済み。でも狙いはただ美味しいだけじゃないのだ。

 ダリルさんに囁く。


「それよりですね――」

「――ああ、なるほど」



     ◆



 お味噌汁は、大成功だった。

 ポイントは神獣ディーネが魔法で生み出したお水に、風谷のお野菜で出汁をとっていること。

 お米がきらきらと輝いていたように、お味噌汁もふわりと豊かな香りがするばかりか、食べて魔力も体力も回復する。薬草以上に薬湯の役割を果たすのだった。

 商人の息子さんが、嬉しそうにお味噌汁をかきこんでいく。

 護衛達も口々に味を褒めていく。青かった顔色もよくなったから、きっと魔力が戻ったのだろう。


「……美味しいです! 本当にっ」

「温まる……」

「なんか、力が湧いてくるぞっ」

「珍しいスープだけど……」


 神獣の力がこもっているのだから、それはそうでしょう。

 もふもふ達を褒められて、私は鼻高々だった。飼い主ってこんな気持ちなんだろうか。


「うーん、まだお野菜も残っていますし……」


 7人に振舞った後は、余った分を村の人にも分けていく。結局、村の人にも手伝ってもらい、20人分くらいはお味噌汁を作ることになってしまった。

 おそらく、時刻は日付が変わるかどうか。

 橋が落ちて人が流される、なんて大騒動になった後だから、村にとってはちょっとしたお夜食になっただろう。

 私とダリルさんも、一杯分を味わう。


「うん! 美味しくできたっ」

「こいつは役得だ」


 ダリルさんと目線を交わし合い、イタズラっぽく笑った。


「秘密に抜け出して、ちょっとよかったでしょ」

「ま、終わりよければ、だな」


 でも、騒動はまだ終わっていない。

 食べ終わってみんな一息ついた後、ダリルさんがみんなの前に出る。


「この野菜は、マジック・バッグで持ち込んだものだが……」


 ごほん、と咳払い。

 高位の魔法使いでもある召喚士サモナーが、魔法の鞄でお野菜を持ち込むことは、そう不自然ではないだろう。

 実際にお食事で人を回復させたのだから、村人から私達への信頼感も増している。みんな真剣な目で、ダリルさんの言葉を聞いていた。


「我々は、この場所で変化が起きたことを調査に来た。その変化とは、この周辺に出ていた濃霧が消えたことだ」


 村人たちは息をのむ。


「おそらくは……この辺りの濃霧が、この夏の間、また出ることはあるまい」

「それは――本当でしょうか!?」

「うむ」


 わん、とエアが誇らしげになく。私は慌てて、エアにしっと合図した。

 今はダリルさんにやってもらわないとね。


「今年は、豊作になろう」


 エアの力で霧が消えて、風谷からは『神気』を帯びた風が吹き下ろす。

 今まではロランさんがかつて言った――『実るべきものが実らない』状況だったわけだ。

 なら、それが解決した後は?

 前途への不安がとけたなら、村の人たちだって行商人さん達に食料を渡しやすい。

 どのみち分けないわけには、いかなかったかもしれない。

 でもその価格や、気持ちの申し訳なさは、きっと大きく違うはず!

 私はうんうんと頷いて――はっとガクゼンとした。


「ぜんぜん、スローライフしてないじゃん」


 めっちゃ働いてるよね、私。

 いや、いまさら? って感じかもだけど、前世が前世だったからショックだ。


「うぬぬぬぬ……」

『情けは人のためならず。そのうち、自分に返ってくるぞい』


 私はちょっと考える。

 でも、この村の助けを無視していたら、きっと後悔した。

 誰かのため、なんてずっと思って前世では働いていた。

 でも自由に生きると誓っても、それはそれでなかなか難しいことなのかもしれない。


「……ま、みんなが助かったなら、いいけどさ」


 しばらく後、私とダリルさんが帰り支度を始めていると、村長さんが呼びに来た。


「召喚士様。今夜はありがとうございました。時に……少しよろしいでしょうか」

「は、はい」


 いつの間にか、空もうっすらと白んでいる。

 コニーさん、さすがに怒ってるよねぇ……。

 村長さんは、おうちで口火を切った。


「この村には、伝承があるのです。山頂には、高位の召喚士しか入れない、隠された場所があると。そしてそこに……」


 村長さんは、尊敬の眼差しで私を見ている。


という特別な獣を従える召喚士が現れた時、その者は民を救い、世界に安定をもたらすだろうと」


 私はもらったお茶を噴き出しかけた。いきなし正体ばれてんじゃん!


「だ、ダリルさん……?」


 ダリルさんは、『やっべー』という顔で目をそらしていた。

 おい。


「この谷の神獣召喚士は、特別な存在です。霊樹のある大森林を護り、多くの魔獣を従え……」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

「あなた方は」


 村長さんは勝手に続けた。

 というか……ロランさん、嘘ついたね?

 暮らすだけでいいって言ったはずなのに。この辺りを守るとか、救うとか、知らないことを期待されてる……。


「その力、知識、そして召喚獣」

「わんっ」


 エアが嬉しそうに尻尾を振る。

 褒められたのを感じたのか。可愛いけど、今はじっとしててね。


「……あなた方は、200年ぶりにやってきた新たな神獣召喚士――」

「うっ」

「――の、弟子、なのでしょう?」


 私とダリルさんは視線を交わし合う。

 ……そりゃ、そうか。8才の子供が、神獣召喚士だなんて思うはずもない。

 話によれば超重要人物だもんね。


「教えて下され。当代のその人物は、どんな方ですか?」


 ダリルさんと頷き合う。


「「メガネをかけた、茶髪の青年です!」」


 とりあえず、私はロランさんに高めた期待をなすった。

 ……ごめんなさい。でも、話さないあなたも、悪いと思うよ……?

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