2-7:なつかしのお味


 川から助けられたのは、合わせて7人。

 落ちた橋を渡っていたのは村に物資を売りに来た行商人さんの一行で、商人の親子が2人と、護衛が5人。

 今は村の広場に焚火が起こされて、冷えた体を温めてもらっている。火と照明魔法で、村は昼間のように明るかった。


 幸い、亡くなった人はいない。

 夏で水がそれほど冷たくなかったのが幸いしたのだろう。下流まで流された人も、木々や岩に掴まって耐えられたようだ。

 ただ、不安のせいか、それとも疲れのせいか、7人みんな元気がない。特に中州で照明魔法を使い続けた護衛と、雨に打たれ続けた子供は、ひどく具合が悪そうだ。

 救助に協力した私達は、とりあえず『居合わせた旅人』という形で岩に腰かけている。エアとディーネは子犬サイズで私の足元におり、リスに似たカーバンクル達は木に登ったりして辺りを探っていた。

 私はダリルさんを見上げる。


「ひと段落、ですかね」

「まぁな」


 あと残されたのは、馬車だけど――そっちもすでに見つかっている。馬車は壊れているけれど、馬は平気そうで、気が落ち着いたら村までひいてくる予定だった。


「わふぅ――」


 伏せの姿勢で、ほっと息をつくエア。

 みんなの正体が神獣であることも伏せられているし、雨が急に止んだのも単に天候のせいだと思われている。神獣の存在については、セレニス王国でも秘密にされているようだからね。

 一応、実在しない生き物、つまりおとぎ話として神獣の伝承が残る土地はあるようだ。とするとこの村にあるかは気になるけど――いずれにせよ、今はそれどころじゃない。

 ダリルさんが立ちあがる。


「どれ、俺は回復魔法を彼らにかけてくるよ」

「え……」


 そんなの、使えたんだ……。

 顎をなでて、ダリルさんは肩をすくめる。


「おいおい、なに驚いてるんだ? 召喚士サモナーってのは、キホン、魔法使いとしても優秀なんだぜ?」

「あ、確かに……召喚獣って、すごい魔法ですものね」

「そういうこと。あと、連絡も要るな」


 ダリルさんは懐から、手のひらくらいのカードを取り出す。表面には、びっしりと文様が書き込まれて、呪文と共に青く光った。


「魔獣よ! 境界さかいを越え、我の下へ!」


 カードが光と共に弾ける。すると、その光から一羽の鳥が飛び出してきた。

 え!? なにそれ、カッコイイ! 召喚カード!?


「おおお、ダリルさん、それなんです!?」

「え、ああ。アリーシャちゃんはまだ知らないか……召喚符っていう、補助具だよ」


 ダリルさんは面食らいながらも教えてくれた。


「俺は、鳥の召喚がちょい苦手でね。そういう時、この補助具を使う。使い捨てだけど確実に成功するしね」


 へぇ、と私はうなった。

 ナイトベルグ領の本に、そんな記録はなかった。召喚士サモナーの秘密か、最近の技術なんだろうか。

 小鳥はダリルさんから紙片を受け取ると、すうっと山の方へ飛んでいった。


「とりあえず、コニーに連絡を出した。谷を空けるわけにはいかんだろうが、俺達の状況は伝わるはずだ」


 私も頷く。


「私も、できることをしますっ」


 すでにいっぱい目立ってしまったし、こうなったら恩も売っておこう――なんて気持ちもないわけじゃない。けど、こんな状況で、座るだけなんてできないよ。


「お? じゃ、一緒に行くか?」

「はいっ」


 前世、私は『がっかりされたくない』と思って仕事を引き受けまくり、気づくと社畜になっていた。トラブルに関わっていく今も、ちょっと似てる……かもしれない。

 でも、この『放っておけない』という気持ちは、大事なことだと思うんだ。

 断れないの、欠点だと思っていたけど……意外とそうじゃないのかも。

 ダリルさんは私を見下ろし、目を細めた。


「……なんです?」

「いや。君のような神獣召喚士で、よかったよ」


 ダリルさんが声を張った。


「何かできることはないか? 我々は、旅の召喚士サモナーだっ」


 ダリルさんが名乗ると、周りがどよめく。獣霊神をあがめるこの国で、魔獣を操る彼らは、神官のように尊敬されているようだ。


召喚士サモナー!」

「こちらに来て下さい!」

「こっちにも!」


 私達は商人さん達の介抱を手伝った。

 ここは100人ほどが暮らす村で、おじいさんが薬師と村長を兼ねているという。

 そのおじいさんが、難しい顔で顎に手をやった。


「体の冷えと、魔力切れは、回復魔法でもどうにもならん。このままじゃ、弱ってしまうぞ。むぅ、山頂のあたりには、よい薬草があるのじゃが……」


 山頂の辺りって――風谷の近くじゃない?

 私はダリルさんにこそっと問いかけた。


「持ってきていたりは……」

「すまないな、俺のマジック・バッグは小さいんだ。濃い薬湯とかはあるんだが、子供には効果が強すぎる」


 ダリルさんが懐から取り出したのは、巾着サイズのマジック・バッグだった。

 私はカーバンクルのエート達へ振り返る。


「みんな、風谷から薬草を取って来れる?」


 茶色のモフモフたちは、コクコクと頷く。額の金宝石が頼もしげにきらっとした。


「大急ぎで、だよ。大丈夫? あと、火が使える子もできたら呼んでほしいの」


 またコクコク。


「じゃ、行って!」

「きゅいっ」


 暗い森を飛ぶようなスピードで、カーバンクルたちは次々と木から木へ飛び移っていく。夜の森に、金色の軌跡が残っていた。

 す、すごい、速い……!


「さ、さすがは召喚士さま……しかし、あれはどちらに?」

「ま、周りを見に、ですね……」


 ぽかんと呟く村長さんに、私は冷や汗だらだらで頭をかいた。まさか神獣とは告げられない。


「わおん」


 エアがぴくりと頭を上げる。

 松明を掲げた一団が村に帰ってきたんだ。


「馬が戻ったぞう!」


 橋と一緒に落ちた馬車は、下流に打ち上げられていたようだ。積み荷は流されたようだけど、決して安くない馬が無事だったのはよかったと思う。

 歩いてくる馬に、商人さん達はちょっと元気を出した。


「父さん、馬だよ」

「不幸中の幸いだな。しかし……」


 商人親子は、目を落とす。顔つきが明らかに暗くて、命が助かったあとの心配――つまり今後の不安がありありと浮かんでいた。


「……帰れそうですか?」

「これは、召喚士様。お助けいただいたこと、獣霊神に感謝をいたします」


 商人さんはそのまま地面に這いつくばりそうだったので、慌てて止めた。お隣の国というだけで、召喚士の立場が違いすぎるよ!?


「都に貯えがありますので。それに、旅での損失はある程度織り込んで出発しますし、どうにか。ただ――」


 商人さんは顔を曇らせた。


「……食料を失ったのは……痛いですね……」


 やっぱりか。辺境の村では、食糧事情もよくはないはず。でも積み荷と一緒に保存食も流されてしまったから、この村から食料を分けてもらうしかないんだ。

 村長さんが難しい顔をする。


「弱りましたな。最近は、米や野菜の出来もあまりよくはありません」


 村人が声をあげる。


「村長。今年は、霧がほとんど出ていません。豊作になるのでは……」

「そうとも限らんだろう」


 あ、と私は思った。


「風谷で霧を払ったのが、この村にも影響しているんだね」

『うむ。風谷ほどとはいかんが、神気で実りもちょいとよくなるはずじゃよ』

「わんっ」


 なるほど……そういえば、ロランさんもそんなこと言っていたね。いや、でも神獣は秘密なんだった。

 いっそ風谷のお野菜を分けた方がいい?

 うーん、でも……やっと動き始めた風谷で、畑だって拡張途中。

 余裕がないのは私達も同じだし、何より突然現れた召喚士が何日分も食料を持ち込んだら、怪しいよね。


 ……むぅ、困った。

 できること、あんまりないよ。

 こうなると、召喚サモンを習得していないのも歯がゆい。もしエート達とは違う、額に赤い宝石のあるカーバンクルを呼び出せたら、火で多くの人を温められたのに。


 結局、食料についての相談は後回しになり、商人達の容体と療養に話が移る。

 しばらく手伝って、私は戻ってきたダリルさんにふと尋ねた。


「……でも、立派な村ですね。ナイトベルグ領の大森林とも繋がってるのに、ここは魔物が出ないんですね」

「そりゃそうさ」


 ダリルさんは周りの木々を指さした。


「ここの木は、背が低いだろ? ナイトベルグ領の大森林は、でっかい古木ばっかりらしいじゃないか。魔物がたくさん出るのは、そういう古い森なんだよ」

「……大森林って、全部同じじゃないんですか?」

「樹齢によって持っている『力』が違うのさ。古木は奥地にしかないんだが――ナイトベルグ領は大森林を切り拓きすぎて、ぐわっとなるところを、だーっとやっちまったのさ」


 ?? ……な、なるほど? とにかく、私の知らない何かが大森林にあるのはわかった。

 やがて、森の奥から金と赤の光――カーバンクル達が戻ってきた。先頭のエートが、額の金宝石を光らせウインクする。


「きゅきゅ!」

「お帰り! ありがとうっ」


 7頭のカーバンクル達は、みんなで編みカゴを運んできたみたい。蓋を開くと、いろいろ入ってる!

 目をまん丸にするダリルさん。


「こりゃすごいな。マルナ草、ハッカ草、それにキスイの実……」

「……あ!」


 私は、カゴの底にお野菜も入っていることに気が付いた。

 大根に、白菜に、ゴボウ(日本のそれにそっくりだからそう呼んでいるけれど、味もそっくり)。


「ディーネ。風谷のお野菜って、人を元気にさせられるんだよね?」

『そうじゃな。神獣が作っているだけあるでな、ポーションのように体力を回復させるぞい』


 カゴからモノを出していると、ふと懐かしい香りが鼻をくすぐる。

 葉っぱで丁寧に包まれた食材を取り出すと、とっても懐かしい『和』の香り。

 エアも小さな鼻を鳴らす。


「スンスン」

「お、お味噌!? これも持ってきたのっ?」

『おうおう。そういや、完成する頃じゃったの』


 ディーネ、お屋敷の味噌蔵で作ってるって言ってたけどさ!?


「でも、なるほど。お味噌、か」


 できること、見つけたかも。

 傷ついて体が冷え切っている商人さん達、そして魔力切れを起こしている冒険者。

 この人たちに、風谷の神気豊富な食材を使ってアレをふるまうのは、うってつけじゃないだろうか?


「どうされた、召喚士さま?」


 呼びに来た村長さんに、私は思い切って提案した。


「――体が回復するお料理、作れるかもしれません」

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