2-6:救出劇
青い大狼となったエアは、私達を乗せて山道を駆け下りる。
背中に乗るのは、私とワンコのディーネ、案内のカーバンクル、そして――
「アリーシャちゃんが、夜中に調べ物をしているのは知ってたよ」
はい。あっさり、バレてました。
「…………ごめんなさい」
「いや、ぜんぜんいいよ。だって、8歳で周りが知らない大人ばっかりで、それなのに自分で辺りを調べてるんでしょ? 俺になんて、止められないよ。ホント」
ダリルさん、思った以上に気さくな人だ。
私の話を聞いて、カーバンクルらの異変も知ると、二つ返事で協力を申し出てくれたんだ。
「でも、コニーさんにはホントに言わなくていんですか? 私達だけで出てきちゃいましたけど」
「コニーは、きっとこんな夜の外出は止める。もし腕ずくでこられたら俺は勝てない」
え!? コニーさん、そんな強いんだ……。
「『ここは俺に任せて先にいけ!』ってやる俺が見たいなら別だけど……」
「い、いえいいです」
「へへ、そうかい。後で小鳥を呼び出して、風谷まで飛ばせばいいさ。神獣が掴んだ異変なら、俺は確かめるべきって思うね」
言いながら、ダリルさんはひょいと口に黒いお菓子を放り込む。
カーバンクル達が出発前にお夜食として渡してくれたんだ。
「この、オダンゴ? っての、すっごく甘いな」
「あんこですね」
「へぇ……ハチミツとも違う、不思議な感じだぜ。要研究だな」
エアの背に揺られながら、ダリルさんは最後の一個を食べてしまう。
「ごくん。ほー、うまいし力が出るね。こりゃ、とんだ役得だ」
にこにこ顔のダリルさん。
でも不意に赤髪をぐしっと掴んで、鼻を鳴らす。
「ずいぶん土の臭いがするな」
私も、それは感じていた。
初夏の夜であるせいか、雨上がりの森はむわっとするほど土の匂いが充満してる。
「ここは標高が低いし、天気も変わりやすい。まとまった雨が降ったのかもしれねぇな」
やべぇかもな、という呟きをカーバンクルの叫びが遮った。
「きゅきゅ!」
同時に、誰かのかすかな叫び声。それに、これは――水の音? この先、川があるんだ!
「急いで、エア!」
「ばうっ」
森を抜けエアが足を止めると、そこは川の手前だった。
すごい流れ――! 谷底を流れる川は、溢れんばかりに増水して、ごうごうと恐ろしい音を立てながら飛沫をあげている。
私は、流れていく先を見た。
なぜか川幅の中心がぼんやりと光っている。その灯りが、雲間の月明りと混じって、川面を照らしていた。
「なに――?」
いくつもの木が、水面に突き刺さっている。
暗くて、見えにくい。だんだんと目が慣れてきて、私は叫んだ。
「ああ! 橋が落ちてる!?」
水面に刺さっているかのように見えたのは、崩れた橋だ。橋げただけが残っていたり、橋の一部が川に突っ込んでいたりするんだ。
「た、大変だ……!」
川幅、20メートルはあるだろう。こんな急流の橋が落ちたなら、だれか巻き込まれたかも!
激流から声がした。
「こっちだぁ!」
「助けてくれぇ!」
川の中央には、岩場がある。濁流に浮かぶ小島のようなその場所に、数人が座っていた。川にあった灯りは、一人が使っている照明魔法だろう。
よく見ると、反対側の岸にも灯りがいくつも浮かんでいた。
白い光が魔法で、赤い光が松明だろうか。
「助けにいこう」
きっとカーバンクル達は、あの人達と村の騒ぎを見つけたから、私に知らせてくれたんだ!
エアから降りようとする私の肩を、ダリルさんがぐっと抑える。
「ダリルさん!?」
「……
……私だって、ちょっと迷いはある。
私の目的は、あくまでも前世ではできなかった、『のんびり暮らし』を過ごすこと。風谷を整備したり、エアを独り立ちさせたりという目標はあるけれど、スローライフは譲れない。
それにナイトベルグ領でだって、人助けだと思ったら、ちょっと悪い人らだったりしたじゃない。
でも……!
「ダリルさん。私、ロランさんには『したいようにする』って言って、ここへ来ました」
「わかってる。だから君を危ない目にあわせちゃ……」
「今は助けることが、したいことなんです」
この気持ちだって、無視できない。
ダリルさんはふっと笑って、エアから跳び下りた。
「了解だ。でも、アリーシャちゃんは上にいてくれな。周りは俺が見る」
指をぴっと二本立てた。
「……アリーシャちゃん。難しいかもしれないけど、もっと大人に頼ってくれてもいいんだせ?」
「ダリルさん……」
「そういうやつ、昔いたからさ……と」
その時、急に風が強くなる。
「ちっ。また天気が変わった」
打ち付ける雨。
標高が高い風谷では、ちょっとの雨で済んでいたけれど。麓の方は、かなりの雷雨だったんだね。
――アオーン……!
エアが遠吠えを放った。乗っている私にも、エアの肺が、胸が、毛並みが、ビリビリと震えるのがわかる。全身が粟立つような、神々しささえある遠吠え。
ごうっと、強い風が吹いて、頭上にあった雲を穿ってしまう。
輝く月がぽっかりと顔を出し、豪雨が止んだ。
『やれやれ。こんなに無理やりに雨雲を押しのけては、別の場所がひどい雨になるじゃろう』
私の隣で、ディーネが呆れたように耳を伏せさせていた。
『ほいっと』
下に降りたディーネは緑の光に包まれて、巨大化。祈るように目を閉じ、やがて静かに開く。
『――ちょいと、上空の空気を乾かしておいた。これで上の湿気が治まって、周りの雨も緩やかになるじゃろう。エアは力が強いがまだちょっと考えが足らずじゃのう』
「くう……」
『そもそも、大気や自然は繊細じゃし力も使う。そうやすやすと同じことはしてはいかんぞ』
釘を刺されて、しょぼんとするエア。
私はその背中をさすってあげた。
「ありがとう。エアも、ディーネも、どっちもすごいんだよ」
ぽかんとしているダリルさんに、私はにっと微笑みかける。
うちの子すごいでしょと思う時、飼い主は鼻高々なのだ。
「じゃ、私達は中洲の人を助けます! ディーネ、エア、お願い」
私はエアにぎゅうっと掴まった。
ディーネの体が緑に輝き、水の流れが緩やかになる。さらにエアは水面に立つと、中州まで走った。
エアの足、そこに小さな風がまとっている。小さな竜巻に支えられて、エアは水面に沈まずに済んでいるみたい。
中洲の人たちが声をあげる。
「な、なんだ!」
「でかい狼!?」
「人が乗ってますけど……」
中州に辿り着いたエアは、優しい風を起こして4人を浮かび上がらせる。商人風の男性とその子供、後は護衛の冒険者っぽい人。
みんな、空中で手足をバタバタさせた。
「う、うおっ!?」
「わうっ」
宙へ浮かんだ彼らに、得意げに尻尾を振るエア。
私は手をメガホンにした。
「他の人は、いませんかー!?」
「か、下流に流されたやつらが3人! そ、それに馬だ! 見つけたら、助けてやってくれぇ!」
岩場にいた人たちは岸辺に運んだ後、ほどなく他の全員も救出した。
ふぅ……なんだか、大騒ぎの夜になった。
介抱と、事情も聞かないとね。
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