2-5:麓の村

 翌日は、朝から雨だった。

 夕方にはあがったけど、農作業はお休み。ロランさんも昨日からいなくて、私はお休みやおやつを交えつつ、ずっとお屋敷でコニーさんの授業を受けていた。

 もともと歴史は好きだったから、この国の神話とかはけっこう面白いね。先生がいいせいもあるけれど。

 でもすごく頭を使ったせいか、晩御飯も終わると眠気で頭がうつらうつら。

 部屋で寝る支度をしていると、窓辺にカーバンクルが現れた。


「きゅう……」


 茶色の毛を夜風に揺らして、カーバンクルは窓辺で手を振っている。額にある立派な金宝石は――『エート』だね。


「入っていいよ」

「きゅうんっ」


 エートは空中で一回転し、私の胸に飛び込んでくる。エプロンみたいな胸のふんわりした毛が、もふんと当たって、くすぐったいやら、可愛いやら!


「きゅきゅっ」


 腕の中で、カーバンクルが窓へ手を振った。すると、カーバンクルが3匹ほど部屋に入ってくる。


「報告があるのね?」


 私が囁くと、エート達はコクコクと頷いた。

 気配を察したのか、眠っていたディーネとエアも私のところに歩いてくる。

 私の寝室は、あっという間にもふもふ達の集会所になった。

 エートは私の腕から降りると、一鳴きして棚から一枚の地図を持ってくる。その一部分を、小さな腕でつついた。


「そこに何かあるの?」

「きゅっ」


 畑の準備や、野草の採取を行いつつ、私はカーバンクル達に秘密の命令を出していた。

 それは、『秘境の周りを調べてほしい』ということ。

 私の世話をしてくれる人たちがいるのに、その人たちの目を盗むようで気が引ける。


「でも、この土地のこと、聞いてもあんまり教えてくれないんだよね……」


 一応、コニーさんは私に授業をしてくれる。

 でもそれは『召喚術』の歴史や、技術についてだけ。この土地がどういう場所で、どこにあって、周りになにがあるか、そういうところは話題を逸らされてしまうんだ。


 ――ぅえ!? え、あ~……そ、それより次は召喚術の歴史の話ですっ!


 コニーさん、誤魔化すの下手すぎて、『隠されてる』ってわかっちゃうんだよねぇ。

 気さくなダリルさんも、おんなじだ。地理については教えてくれない。

 ロランさんにも聞いてみたいけど、こっちはそもそも風谷にいない日が多すぎる。

 私なりに推理した。

 これって、みんな私にどこまで話すかを決めかねているってことだと思う。私はまだ8歳の子供だし、神獣についての秘密をペラペラしゃべってしまうというのも、確かに無理があるんだろう。

 それに――あまり考えたくない可能性だけど、私は結局ナイトベルグ領に戻される可能性も、あるかもしれない。

 そうなったら秘境の情報が、他国に漏れる。だから情報を抑えているなんて憶測も成り立つはずだ。


「知っていないと困ることもあるかもしれないし……」


 シンプルに、落ち着かない。

 だから私は、悪いとは思いつつも、こっそりと風谷について情報を集めていた。


「きゅい、きゅい!」


 エートは、地図の一点をつついた。

 私は首を傾げる。


「えーと、そこになにかあったの?」

「ぎゅう――」

「『賑やかな場所』?」

「「「きゅ、きゅ……!」」」

「あ、村!?」


 カーバンクルらは、揃ってコクコクと頷く。

 この子らも、ディーネみたいに話せたらいいんだけど――そこまでの力はないらしい。


「そう、村があるのか。遠いの?」

「きゅいっ」


 エート達がえっほえっほと走る真似をした。

 おかげでこの辺りの意思疎通は、だいぶ洗練されたよね。


「ちょっと遠い? なるほどねぇ」


 腕を組んで考えた。

 村がある位置が、山の麓だとしよう。神獣でもそんなにかかる距離なら、やっぱり風谷は相当な山奥だ。

 最寄りの集落がそんなに遠いとは、さすが大秘境。


「ここは、ナイトベルグ領の北ってことだから……魔物が出る大森林の、さらに北側なんだよね」


 私は指を唇に当てた。


「集落があるってことは、ここって魔物は出ないのかな?」


 ディーネがひょいと片目を上げる。


『神獣が住まう場所の近くだからのう。魔獣はいるかもしれんが、彼らがいれば魔物を狩ってくれるし、かえって安全じゃ』

「なるほど……」

『ま、理由は他にもあるんじゃが』


 周りのことをがわかったのは、朗報だ。

 そうしていると、窓からカーバンクルが新しくやってきた。


「きゅ、きゅ!」

「きゅうぅう!?」


 ひっくり返って驚くエート達。

 揃って私達に向きなおると、必死に何かを言いつのる。


「きゅ、きゅうう!」

「ど、どうしたの!?」


 カーバンクル達は私の衣服を引っぱって、外へ連れ出そうとする。

 その目は、どうしてか必死だ。


『君に来て欲しいようだのう』


 ディーネが、問い掛けるように私をみた。


「行ってみよう。案内して、カーバンクル」


 ――だって私は、この子達の、神獣召喚士だもの!

 この子達ともふもふで、幸せな日を過ごすためには、彼らの心配事も見逃せないよ。

 そろっと障子を開け、私は夜の廊下に出てはたと止まった。

 ……さすがに勝手に風谷を抜けだしたら、みんな心配するよね。というか、黙って周りを調べていたことも、どう言おうか。


「うーん?」

「――くぅん?」


 エアと揃って首をひねっていると、後ろから声をかけられて跳びあがる。


「アリーシャちゃん、どうしたの?」

「あ……!」


 ダリルさんだった。

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