2-4:風谷の先生、コニーさん


 私は、キラキラな目でダリルさんへ振り返った。


「午前中は、土を耕して畑にできるエリアを広げたいと思います。神獣達がすぐ収穫してくれますけど、そのうち冬ですからね。まだまだ田んぼ以外にも畑を多くして、作れる数を増やさないと」

「し、しっかりしてるなぁ」


 呆気にとられた後、ダリルさんは長身をかがめて私に目を合わせた。


「――なぁ、アリーシャちゃん。無理しなくていいんだぜ? お嬢様だったんだろ? こういう畑仕事は、俺いくらでもやるよ」

「ふふふ。私、これがしたいんですよ」


 思い浮かぶのは、前世の家庭菜園だ。ベランダでプチトマトが限界だったけど、ここにはこんなに立派な土と畑がある。

 なら、楽しまないと損でしょう!


「自分で作ったとれたてお野菜は、すっごく美味しいっていいます。それに――」


 私は言葉を切った。


「やっと、好きなこと見つけられそうなんです」

「……どういうことだ?」

「もふもふ達の召喚士、ちゃんとやりたいなって」


 エアだって、一人前の守り神になるのだろう。私だって、もふもふ達の召喚士として、一人前になりたい。

 大好きなことのためなら、前世ほどとはいかずとも、頑張れるような気がした。


「そのために、風谷を整備するってか」

「はいっ。ライフを、がんばるんです」

「へぇ……よぉし燃えてきた!」


 ダリルさんはすっくと立って鍬を握り直すと、鼻歌を歌いながら畑の候補地に歩いていく。

 道着っぽいのを着ているせいか、ここだけ見るとテレビでやっていたような『外国人が日本の農作業に挑戦』みたい。

 背の低い草や、灌木が生い茂る畑の候補地に辿り着いたダリルさんは、手を振って召喚獣を呼び出す。


「ファング、ギャロップ! 仕事だぞっ!」


 召喚したのは、軽トラックみたいな大きさの猪、それに馬。土属性の召喚獣という2頭が進むたびに、土が勝手に盛り上がって耕されていく。

 そして荒く耕す2頭の後ろを、鍬を持ったダリルさんが人力で追っていき、除雪車みたいな猛烈な勢いで土を攪拌していた。


「ふん! ふん! ふん! ふん!」


 あれ? ダリルさんが一番すごくない?


「あ、あのー! だ、ダリルさんがそんなに頑張らなくてもよくないです!?」

「ふふふ、アリーシャちゃん。これも召喚士サモナーの修行さ」


 汗を光らせ、にかっと笑うダリルさん。


「健全な精神は、健全な肉体に宿る! つまり、いい召喚士は、召喚獣と同じくらい、いやそれ以上に働くってことさ!」

「それ……召喚獣の意味なくない……?」

「ははは! 楽しいな、ファング! ギャロップ!」

「ブルルン!」

「ヒヒン!」


 ダリルさんの姿が、土煙に消えていく。

 ……よし、畑はこれでいい。いいったらいいのだ。

 重機みたいな成人男性は考えないことにする。ダリルさんの作業を見たことはあるけど、こんなに気合をいれてくれたのは初めてだしね。


「じゃ、じゃあ、私は種まきします~!」

「おう、よろしく!」


 ダリルさんに手を振り返して、私は土が耕されたエリアに向かう。


「よいしょっと……」


 手伝いにきてくれたカーバンクルのエート達が、種の入ったカゴを掲げている。私はそこから種をとり、シャベルで地面にうずめ、土をならし、最後にディーネが水をかけておしまい。


「ふう……」


 テニスコートくらいの畑だけど、ようやく横一列に種を植えられた。今日植えるのは、トマトやナスなどの夏野菜だ。

 今が初夏だから、普通なら夏の盛りくらいに収穫できるはずなのだけど――振り返ると、もう芽が出ていてぎょっとしたり。


「……とれ過ぎた分は、早速今日の晩御飯か、お漬物かな?」

「きゅいっきゅいっ」


 得意げなカーバンクル達。その辺りの食品保存なんかも、おいおい試していこう!

 朝から、そうやって1時間くらい作業しただろうか。

 8歳だから疲れが抜けるのも早いけど、体力的に疲れるのも早い。ひー、休憩だ。

 それに午後には午後で、また楽しみな時間がある。



     ◆



 お昼ご飯をとってから、外をぐるっと回ってお屋敷の離れへ向かう。


「神獣召喚士さま」


 縁側に、きれいな女性が座っていた。

 緑色の髪を後ろで結い、腰くらいの高さまで垂らしている。切れ長の目、その目尻には紅がさしてあって、どことなくモデルさんのアイシャドウを思わせた。

 セレニス王国の文化なのか、前襟のある日本の神職――巫女さんっぽい装束。

 年頃は23くらいかな?

 ダリルさんよりちょい下のはずだけど、そのダリルさんにビシバシ指示を出していて、はじめは私もビクビクした。

 でも話してみると、子供には優しいんだ。

 名前はコニーさん。

 縁側から立ち上がって、穏やかに目を細める。


「お待ちしていました。では、今日の授業を始めましょう」

「はいっ」


 この人も、ロランさんが連れてきた召喚士サモナー

 ダリルさんが畑や大工を手伝ってくれるとすれば、コニーさんは『教師』。召喚術の基本はこの人が教えてくれる。

 私は早速、野原で呪文を唱えた。


「獣よ! 境界さかいを越え、我の下へ!」


 しん――と何も起こらない。ディーネも、見回りから帰ってきたエアも、子犬サイズでお座りしてて、揃ってきょとんと首を傾げた。

 しまいには呼ばれたと思ってか、エアが飛びついてくる始末。

 もふん、と柔らかい毛が頬に当たった。


「わふっ」

「……まだ召喚サモンはダメですか」


 魔獣を遠くから呼び出す魔法を召喚サモン、還すことを送還デ・サモンという。両方とも使えることが、召喚士サモナーを名乗るうえで最低限らしい。

 つまり私は、神獣召喚士だけど、まだまだ見習いってこと!


「見本をみせましょう。成功した時のイメージを、しっかりと思い描いて」


 コニーさんは召喚呪文を唱える。


「獣よ! 境界さかいを越え、我の下へ!」


 小鳥を召喚、指にとまらせた。


「獣霊神から〈召喚〉にまつわるスキルをもらった以上、努力を続ければいずれは使えるようになりますわ。焦らなくて大丈夫よ」

「が、ガンバリマス……あ、コニーさんは、他にどんな子を呼び出せるんですか?」


 なぜか笑顔をぴしっと凍りつかせるコニーさん。

 呼ぶなら、エアと同じ狼かせめてもっと大きな子の方が、参考になると思うんだけど。


「ひ、秘密です。もうちょっと上手になったら教えましょう」


 首を傾げてしまう。

 召喚士には、特に得意とするタイプがいるらしい。それが鳥だと『鳥使い』、竜だと『竜使い』、などなど。

 私は――エアがいるから、狼使い。


「べ、別に怖い子や、危ない子を使うわけじゃないですよ!? ただちょっと、好き嫌いが分かれるだけでぇ――」


 ごまかしたい感がすごくて、慌てて付け足す。


「い、イメージの参考にするなら、もう少しエアに近い大きさの子の召喚サモンを見せてもらえると」

「あ、ああ、そういうこと」

「ですです」

「ふむ……わかりましたわ」


 コニーさんは、こっちに背中を向け、何やら小声でつぶやく。


「……ああもう、こんなに可愛らしい子にもし嫌がられたら……! ロランさまは何を考えて」

「こ、コニーさん?」

「あ。こほん。な、なんでもありません」


 聞いちゃいけない雰囲気を感じたので、私はコニーさんの得意な召喚獣について尋ねるをやめた。

 でもロランさんが連れて来るだけあって、二人ともいい人なんだと思う。

 ただ今はちょっと後ろめたい。


 というのも――私にはとある計画があるからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る