2-3:風谷の仲間、ダリルさん
ぱん!と私は両手を叩いて、大きな岩にお参りした。
私の中で、風谷のシンボルとして早くもランクインした、風車。その裏手に、しめ縄がまかれた巨岩がある。
大狼姿のエア、そして小型犬サイズのディーネも、どこか神妙な顔つきでその大岩を見上げていた。
「……和風。というより、神社っぽいよねぇ」
私は、200年前ここで暮らしていたという神獣召喚士について、少しだけ教えてもらっていた。
サキチさんという人らしい。
お米やお箸など、日本と通じる文化はセレニス王国にちょこちょこあった。どこまでが転生者、あるいは転移者の影響かはわからないけれど、風谷のお屋敷がこれほど和風なのは、やっぱり前回が日本人だったんだね。
「ロランさん、これを『カナメイシ』って言っていたよね」
まず間違いなく『要石』のことだろう。
『神獣は、この世界とはちと違った場所におっての。その世界とこの場を結ぶ、重石みたいなもんじゃな』
「……むぅ。まさに、要石、か」
『ナイトベルグ領の大森林にも、こういうのはあったのじゃよ。森を切り拓いて街道にしていく間に、壊されたり、力が弱まったりしてしまったがのう』
神獣が現れる場所のシンボルってことだろうか。
「じゃ、ナイトベルグ領って、大昔は風谷みたいな場所だったの?」
『大昔は、のう。大森林の木々は霊樹といってのう、とっても大事なものなんじゃが――あれほど伐採されては、もとの秘境には戻らないじゃろうな』
人間達による伐採と開発が進んで、秘境としての力を失ってしまった――でも、変わらず神獣達は棲んでいた、か。
ディーネは、私とエアを助けてくれたけれど、お引っ越しもしたかったわけだね。
ぱんっと私はもう一度手を合わせた。
「おはようございます。ええと、おかげさまで、今日も元気です……これでいいのかな?」
大狼姿のエアも、ぺたんとお座りして、ぺこりと頭を下げる。
……お地蔵様みたいな扱いだけど、他にやり方を知らない。前の神獣召喚士も大事にしていたというし、私もそうした方がいいのだろう。
お祈りを終えてから、私はエアとディーネに振り返った。
「じゃ、2人とも、いこうかっ」
「わんっ!」
『りょーかいじゃ』
風谷の日課は、こうした見回りから始まる。
大狼になったエアの背に乗って、緑豊かな秘境を見て回るのだ。川に沿って移動して、風車の根元あたりから森に入る。
風谷は山と山に挟まれた、文字通りの谷間なのだけど、けっこう広い。見回りコースが定まるまで、少なくとも退屈することはなさそうだ。
北側の山が高くて、そこから流れ出る雪解け水が風谷を経由して、さらに下流に流れる。ただ、それだけだと流量が足りないから、風車で谷の下からも水を引いているんだろう。
全エリアを把握しきれないので、見回りコースは探索も兼ねている。
彼方の大森林を望む見晴らし台や、小川が流れ落ちる滝、葉がそよぐ森、そうしたエリアをたっぷり時間をかけて見回った。最後は、西の端にある小高い丘から、緑あふれる風谷を見渡しておしまい。
エアとは、ここでちょっとだけお別れになる。
「くぅん――」
「そんな寂しそうな顔をしないで」
大狼の大きさで、私に顔を押し付けて来る。後ろに倒れてしまいそうだ。
「風谷の守り神なんだから、ちょっとだけでも、独り立ちしないと。ね?」
「くぅ――」
まず、私が決めた第一の役割。それは神獣エアを、一人前の神獣に育てること。
霧を吹き飛ばし、神気の風を起こした今、エアは風谷の守り神のような存在だ。思い切り遊んで、一緒にご飯を食べる――それだけじゃなくて、だんだんと飼い主から離れても動けるようにしないとね。
犬の本でも、ずっと一緒にいるのは、甘えが癖になってよくないって書いてあったもの。
独り立ちの練習だ。
「それじゃ、後でね」
「わん……」
『うむ、お嬢ちゃんにはワシがついとる。お主こそ、ケガするでないぞっ』
「うぉんっ!」
エア、ディーネ相手だと、意地はるところがある。ディーネにはちょい勇ましげに吠えて、エアは森へ駆けて行った。
さて、私はお屋敷の近くに戻ってくる。そこで、風谷にいるもう一人の男性に出会った。
「おはよう、アリーシャちゃん」
ダリルさんという25歳くらいの男性だ。よく日に焼けた道着姿で、腰には剣。燃えるような赤毛は、なんだか熱血なイメージ。
実際、朝早く起きると、剣の素振りしているのを見る。
ロランさんが連れてきた
ただし、今担いでいるのは剣ではなく鍬だ。
「あ、どうも。おはようございます」
「聞いてるかな? ロラン殿は、今日も――」
「一日外出、ですよね」
へにゃんと眉を困らせるダリルさん。
「そうなんだ。ごめんなぁ、ちょっと寂しいか?」
「いえ。
「あ、そう」
強気で口を尖らせると、拍子抜けした顔になり、くしゃっと笑う。
「ならいいよ。ま、嬢ちゃんは正直だなっ」
私も、つられて笑う。
年上のお兄さんという感じで、かなり気さくな人だ。前世の私と同年代で、話しやすいというもあるだろう。
ロランさんとの付き合いも長く、なんと子供時代から知っているらしい。
『嫌いな食べ物から好きな子のタイプまで、なんでも知ってる』と、8歳児に言うにはちょっとアレな内容で胸を張っていた。
「今日は、何をするんだい?」
この人のお仕事は、風谷の開拓だ。
先のことはまだわからないけれど、当面、私は風谷で暮らす。
谷から生まれる『神気』を帯びた風――それを維持するために。
結局、自由がないんじゃ? と思わないでもないけど、別館に押し込まれて外出できなかったナイトベルグ領とはぜんぜん違う。何より、エアやディーネ達が見守ってくれている。
あと人が少なくて、むしろ気を使わなくていい。
「んー、そうですねぇ」
私は腕を組んで、幼女なりの威厳を出してみる。
広がる原っぱと小川を見渡して、まだ草がたくさん残る一角を指さした。
「もふもふ達と一緒に、畑を作りたいですっ」
やっぱりスローライフといえば、菜園だよね。
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