1-4:神獣って?
正直、美形の誘いに動揺しなかったかといえば、嘘になる。
ずっと仕事ばかりだったし、よく言えばバリキャリ、悪く言えば社畜の生活。イケメンの接近は、スマホのゲーム画面ばかりだったのだ……。
でも8歳の幼女が大至急必要な事情って何さ。いや中身は、27才なんだけど。
「ああ、いたた」
右の頭をさすりながら、ロランさんは座り直す。ずれたメガネと乱れた茶髪が、ちょっと情けない感じ。
肩にとまったフクロウから鋭い目で促され、ロランさんは苦笑した。
「僕は、セレニス王国からやってきた。
「お隣ですか」
私達の国と違って、魔獣を嫌ったりはしていない。ちなみに魔獣とは、強い獣というくらいの意味で、人里にいる馬や牛とは区別されている。
体が大きかったり、簡単な魔法を使ってきたり、普通の獣とは違うらしいんだ。
「ほ、ほほう……」
私の記憶にも、隣国の文化や歴史がはっきり残っている。どうしてかというと――セレニス王国には、『お米』があるらしいのだ。
そんな理由で、記憶を思い出した後から、この国は特に印象深い。
ああ、久しぶりにごはんが食べたいなぁ。憧れの、そして懐かしの和食――。
と、いかんいかん。
食べ物に釣られるな。注意をロランさんに戻そう。
「そう、隣国だ。アリーシャ、君はナイトベルグ辺境伯の娘、アリーシャ・ナイトベルグだろう?」
あ、ばれてましたか。
ロランさんはくすりと笑う。
「見知らぬ大人に、身分を明かさないのは賢いよ」
「なんでわかったんですか?」
私の警戒を察したのか、すっとエアが前に出る。
「言っただろう? 神獣について調べていたんだ。領主の長女が、『召喚』にまつわるスキルを賜った噂は掴んでいた。名前はアリーシャ。そして、領主の城館が騒がしくなって召喚獣を抱えた女の子が目の前に飛び出し、同じ名前を名乗ったら――」
「ああ、はいはい」
そりゃ、わかりますよね。
服は領主の娘とは思えない、農民並みに簡素なワンピースだから、貴族とは思われないかもと考えたんだけどね。髪色だって地味な黒だし。
「魔獣の研究者を名乗って、なんとか『領主様の娘さんの魔獣を調べましょうか』という話に持っていこうとしたんだけど……君の方からきてくれた」
もう隠しても無駄なので、私は逃げてきた経緯をかいつまんで話した。
私の扱いや、エアの怪我のことを知ると、この人は顔をしかめたり青くしたりする。
一通り聞き終えて、ぽつりと言った。
「それは、僕がどう言っていいかわからないが……ひどい親だな」
私は頷いた。
ただ、前世の親も、思えばそういうところがあった。親だって人間だから、完璧とはいかないだろうけど。
胸のもやもやを追い出すように私は話題を変えた。
「それにしても、セレニス王国ですか――」
私は地図を思いうかべる。
ナイトベルグ領は、辺境伯領というお取り扱いになっていた。『辺境伯』というのが爵位なのだけれど、辺境とあるとおり国土の端っこだ。
そして大森林という危険な生き物がうようよしている危険地帯を挟んで、隣国セレニス王国がある。
「どうやって来たんですか? 関所はずっと南ですけど」
「空を飛んで」
「へ」
ロランさんの肩で、フクロウがばさりと羽を広げた。
この子、もしかしてさっきの大フクロウ? ずいぶん、小さいけど……エアと一緒で、この子も巨大化できるタイプ?
「……だから正直に言うと、僕の立場はちょいとまずい。関所で通せんぼされると、こうして君に会えなかっただろうから、関所破りは大目にみてほしいけど」
「な、なんのために」
「神獣を保護するためさ」
ぱちっと焚火で音がした。
ロランさんは鞄から何かの木の実を取り出し、火に投げ込む。火は勢いを増して、静かになった。
「君達の国では、魔獣は忌みものとされている。ただ、僕らの国ではその逆。魔獣を大切にして、神獣は魔獣の中でもさらに特別だ」
ロランさんは言う。
どうして考え方が真逆なのかというと、それはそもそも信仰している神様が違うのだ、と。
私達の国では聖光神という存在があがめられ、ロランさんの国では獣霊神があがめられている。
神様からもらうスキルも、私達の国では聖光神から、ロランさんの国では獣霊神から、それぞれもらう。
「神様にも縄張りのようなものがあってね。聖光神をあがめる国では、聖光神からスキルをもらうのは普通だ。でも君は隣国に近いから、獣霊神からスキルをもらったんじゃないかな?」
「あ……〈もふもふ召喚〉って、魔獣を呼び出すためのものっぽいですものね」
「そう。君が召喚したのは、魔獣の中でも特別な、神獣だけどね」
なるほど……。
確かにこの世界、創造神が2人いるんだよね。聖光神も獣霊神も、どっちも世界創造の神様だ。
「君は聖リリア王国に生まれながら、〈もふもふ召喚〉という神獣を呼び出す力を受け取った」
「……名前、なんとかならなかったんでしょうか」
「? 神獣はもふもふしている。わかりやすいじゃないか」
いや、そうだけどさ。実はすごい力なら、もっと強そうな名前をつけておけば――
「あ……」
いや、本当に凄そうな名前だったら、私は厳重に監禁されたりしたのだろうか。
縄張りの外にスキルを授けたり、神様はきちんと考えているのか、てきとうなのか、わからないぞ……?
「神獣を呼び出せる召喚士は、数百年に一度、現れるかどうか。ちなみに、アリーシャ。ナイトベルグ辺境伯らは、君とエアをどうしようとしたんだい?」
「あ、そこまでは話してませんでしたね。ええと、私は修道院でスキルを取り上げられる予定です。エアは……都の方で、なにかの、実験に」
ロランさんは真っ青になる。
そんなに大きく口が開くのかと思うほど、口を開けた。
「そ、まずいよそれはっ」
あ、本当に大ごとっぽい。
「……改めて申し出たい。君を神獣の召喚士として、僕らの国で保護したい。付け加えるなら……君をこの領地に置いておきたくはない」
メガネの向こう側で、澄んだ青い目は真剣だった。
「見過ごせないし、見過ごしたくない。君は正しい扱いを受けるべきだ」
……正しい扱いか。
家から出るのは別に辛くはなかった。前妻の娘で、今は妹のトリシャが当たりスキルをもっている。
私は要らない方の子だ。
扱いが悪かったのは、スキルがわかってからだけじゃない。もともと遠からず、私の居場所はなくなっていた。それか、心が壊れていたか。
「隣の国……ですか」
「君のスキルも、エアも、きっと大事にされる。重要な力と、頼みたい役目があるからね。だから、僕は国の利益のために君を迎えにきたといっていい」
どうだろう。
国の利益、なんて言っているけれど、その方がかえって納得できる。わざわざ助ける理由があるってこと。
「ちなみに、そのお役目って?」
「……それは、君の意思を聞いてからだ」
おいそれと話せないお役目ってことか。
「だけど僕は、それ以上に君とエアを助けたい」
ロランさんの目は、私が前世でも今世でも見たことがない、強い強い意思がある気がした。
覚悟、というものかもしれない。
「僕の国の、『秘境』と呼ばれる場所に、君達を招きたい。安全だし、自由に暮らせる場所だ。僕個人としても……アリーシャもエアも、結果的には幸せになれると思う」
「……エア、どう?」
「わん!」
名前をつけたせいか、エアの気持ちがわかる気がした。
この領地に残るのは嫌らしい。
「難しいお仕事だと、あんまり自信ないですよ? そりゃ、ちょっとはやりますけど……」
「心配ない。その場に『いる』だけでいいんだ」
「へ」
な、なんだそりゃ。でも、心がひかれた。
自由。
今世こそ、私は本当の意味で生きたい。
エアへの好きという気持ちを、大事にしたいんだ。
「――わかりました。行きます」
でも、この子の力っていったい何なんだろう?
応えるようにエアがすっくと立ちあがった。
森の奥の方を見つめて、耳をピンと立てている。
ばさり、とフクロウも羽を広げ飛び立ち、頭上を旋回した。
「遠くで戦いが起こっているようだね」
ロランさんが座ったまま、手早くカバンに荷物をまとめ始めた。
戻ってきたフクロウが、ロランさんの腕にとまる。
「――なるほど? 彼女が言うには、大森林へ入り込んだ兵士が苦戦している。おそらく、君の追っ手だろう」
「ええと、私を探している間に、危険地帯に迷い込んだ人がいるってこと……?」
間接的に私のせいじゃん!?
それには答えず、ロランさんは荷物をまとめ続けた。
「この子はルナ・オウルという、僕が召喚した魔獣だ。今はこれほど小さいが、僕が魔力を渡してあげると、小屋みたいな大きさまで巨大化できる」
「学名はモフモフフクロウだ」
その学名、誰がつけたの?
「少し慌ただしいが、こいつに乗って急いでこの場を――」
……本当に、それでいいんだろうか? 迷った時、エアがちょんと私の膝を鼻でつつく。
「わんっ」
僕がいるよ、なんて励ましてくれた気がした。
「ありがとう、エア。でも、怪我が治ったばかりだし」
「ばうっ」
まるで元気さを証明するように、エアからごうっと強い風がやってくる。私の髪は真後ろに伸び、後ろの木々がざわめいた。
……自信、たっぷりだね。確かに、あの狼の姿なら。
くすっと笑って、ロランさんに向き直る。
「――助けることって、できますか?」
「え、君の追っ手だよ?」
「見捨てたら、もふもふに囲まれてても、目覚めが悪そうなんで」
あくまで、自分のためである。
「手伝ってくれますか? 私が怪我したら、助け損です」
ロランさんは目を細めて、指でメガネを直した。
「……なるほど」
「なにか?」
「いや。神獣召喚士が君でよかったと思っただけさ」
私はエアに念じる。
――さっきみたいに、大きくなれる?
エアが大きな狼に姿を変える。そして私を背中に乗せると、勢いよく駆け出した。
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お読みいただきありがとうございます!
本日は20時頃、21時頃にも更新します。
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