「おい、大智」
足を止めていた木山が僕の方を振り向いて問いかけた。僕のことを苗字ではなく、大智と呼んでくるのは久しぶりだ。
「なに」
「お前、もっと速く走れるだろ」
木山の言葉に僕は息を飲んだ。今日のバトンパスのミスでもそうだったが、僕に木山が追い付きすぎてしまって、バトンを落としてしまったのだ。それがリレーの練習を始めてからずっと続いている。
「体力テストの短距離走のタイム。ただの帰宅部の奴が出せるタイムじゃない」
そうだ。
僕は短距離走のタイムがクラスで四番目に速い。けど、何もしてなかったわけじゃない。陸上部を退部してからずっと走り続けている。
風を切り裂いてぐんぐんと前に進んでいく身体。
地面を踏み込むと跳ね返ってくる感覚。
目の前には邪魔をする奴が誰もいなくて、一番を独走する快感。
その全てを忘れたくて。けど、忘れられなくて。僕は走り続けてしまっている。この快感は麻薬だ。止めたいと思っても止められない。
だから中学の部活の中でスタメンとして活躍していた三人に引けを取らないタイムを体力テストの短距離走で取れたのだ。
「今まで走り続けてきたんだろ。俺たちが中学部活の現役を退いてからもずっと。すげー奴だな」
木山が言った言葉が理解できなくて、思わず顔を上げてしまった。木山はかなり穏やかな顔をしている。
「陸上部を辞めた時は根性なし、と思ったよ。誰よりも走る才能を持っているのに、勿体ないとも思った。だけど、お前の短距離走のタイムを知った時、こいつは努力を怠っていないだとすぐに悟った。お前、本当にすげーよ」
すげー奴だからこそ、と木山は語気を強めた。
「本気で走ってみてくれよ。目印を越えたら、俺なんかを振り切るくらいにさ」
僕は誰かと走ることなんて、もう無理だろうと思っていた。
きっと僕は走る才能がある人間なんだろう。だが、それ以外はない人間だ。
人間関係が上手くいったことなんか数少ないし、頭も良くない。ゲームとか他のスポーツだって上手くない。
だけど、この選抜リレーだけは上手くやって、一位になりたいとそう思った。
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