僕と木山は幼馴染だ。住んでいる家が近く、小学生の頃はよく公園で遊んでいた。


 木山はその時から運動神経が良かったが、僕はサッカーやバスケなどの球技は全くできなかった。他にも交友関係の広さやテストの点数、ゲームなどでも木山に勝っているところはなかった。だが、木山に唯一勝っていることがあった。それは短距離走だった。


 走り出すと目の前には誰にもいない。

 木山ですら僕の前を走れない。

 小学校の中で一番速かった僕は運動会でも敵なしだった。


「中学にあがったら陸上部入れよ。お前なら陸上部で絶対活躍できるだろ」


 という小学生の時の木山の言葉に僕は入学して陸上部に入部した。だが、僕は数か月で陸上部を辞めた。


「なんで辞めたんだよ」


 陸上部を辞めた次の日の放課後に木山に問い詰められた。

 

 六月のじんわりとした湿気が高い空気が頭に重くのしかかり、僕は上手く顔を上げられなかった。木山の顔なんか見られない。

 思うように口も動かなかったため、小さく呟いた。


「馴染めなかったんだよ」


「馴染めなかった?」


 木山が一歩近づいたのがわかった。陸上部の監督にも全く同じ反応をされ、何度も退部届を拒否されたが、押し付けるように渡してきた。

 だが、きっと木山ならわかってくれる。


「確かに木山の言ってくれた通り、一年生ながら大会出場候補までには入れるまで活躍はできたよ。けど、『一年生のくせに生意気だ』とか『先輩の顔を立てろよ』とか言われたんだ。ただ僕は全力で走っていただけなのに」


「そんなの一部の実力がない奴の戯言だろ。気にするなよ」


「けど!!」


 僕は語気を強めた。


 木山の足元しか見えないが、僅かに木山の体が硬直したのがわかった。


「僕は耐えられなかった。僕には向いていなかったんだよ」


 それに木山はバスケ部だろ。

 僕とは違う部活に入っているのに、わかったふりをするなよ、という言葉が僕の喉元まで出かかっていたが、無理やり飲み込んだ。


「そうかよ。俺はお前がもっと根性ある奴で、何かを成し遂げられる奴だと勘違いしていたみたいだ」


 木山はそれだけ言うと、僕に背を向けた。


 僕は慌てて顔を上げた、木山の背中は大きく、どこか格好良かった。まるで僕とは違う生命体を見ているようだった。

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