「男子の選抜リレー、四月にやった体力テストの短距離走で速かった順で決まりってことで!」
という学級委員の南野良哉の声が教壇の上から聞こえた気がした。
僕は頬杖を突きながら、窓から見える校庭を囲む木々が夏から秋に変わっていく様を眺めるのが僕の最近のマイブームだ。クラスの中心的人物でもなく、運動部にも所属していない僕は体育祭で目立つことはない。
そう思っていた。
一人一種目は出場しなくてはならないという決まりがあったため、僕は出場人数が多い大縄跳びにでも出場すればいいかと思っていた。
「じゃあ、これで決まり」
という南野の声で現実に引き戻された。
僕が全く関わっていない間に、体育祭の種目決めがもう終わってしまっていたみたいだ。黒板には各種目とその下にクラスメイトの名前が書かれている。
「今日の放課後からそれぞれの種目の練習を開始するってことで!」
解散、という南野の言葉でクラスメイトが席から立ち上がり、同じ種目に出る者同士で集まり始めた。僕は座りながら、上半身だけを動かして教室の中を忙しなく動くクラスメイトを避けつつ、黒板に書かれた僕の名前を探した。
だが、僕の名前がなかなか見つからない。大縄跳びの下に名前が書かれていると思っていたが、そこに僕の名前はなかった。
おかしいな、と思っていると、僕の目の前を遮るように村田康介が立っていた。手にはプラスチック製の筒を持っている。リレーのバトンだろうか。
「よろしくな、藤田!中学最後の体育祭だ!一緒に一位をもぎ取って、三年一組を優勝させようぜ!!」
「え、ああ。そうだね」
クラスの中心的人物である村田にいきなり話かけられたことに驚いて、上手く返事ができたかわからなかった。だが、僕に声をかけるのはこんなの陽キャの気まぐれだ。適当にそれっぽいことを言っておけば満足する。
それに僕は体育祭でも目立たないと思っていたため、僕一人が頑張ったところで変わらないだろう。
しかし、村田は僕の傍から離れようとしなかった。村田はリレーのバトンを持ったまま、頭の後ろで手を組んで、僕の方をじっと見てくる。
まだ僕に用事があるのだろうか。
だが、何も言わないのなら、黒板に書かれた僕の体育祭の種目を確認したいため、席を立とうとした瞬間、村田が口を開いた。
「というか、知らなかったぜ。藤田がクラス内で四番目に短距離が速いなんて」
「え」
僕はその時、全身の血の気が引いた気がした。数分前、教壇の前に立っていた南野良哉はこう言っていた。
―――男子の選抜リレー、四月にやった体力テストの短距離走で速かった順で決まりってことで!
まずい。
選抜リレーは四百メートルを四人が走る競技。クラス内で四番目に短距離走が速い僕は選抜リレーの四人の中に入ってしまっている。そして、かすかに見えてしまった。黒板の選抜リレーの下に南野良哉、村田康介、木山雅人というクラスの中心的人物の下に藤田大智という僕の名前が書かれていた。
「一応そいつ、元陸上部だからな。速いのは当然だろ」
いつの間にか村田の横まで来ていた木山が僕を指さしながら言った。
木山と僕の顔を何度も見ると、心底驚いた表情を浮かべていた。
「え、藤田って陸上部だったっけ。何も入っていないと思っていた」
「正確に言えば、一年生の六月に部活を辞めた元陸上部だけどな」
「え、そうなんだ!!」
村田は目を丸くして、僕の方だけに顔を向けた。
そう。
僕は木山の言う通り、一年生の六月に陸上部を辞めた元陸上部だ。
だけど、木山がそんなことをわざわざ覚えているなんて意外だ。あの時のことしっかりと覚えているのは僕だけじゃなかったのか。僕がそんなことを思っていると、学級委員の南野が教壇から僕たちの元まで早歩きで来た。
「ごめん。担任の先生に体育祭の種目の報告書を出すので遅れた」
僕たち三人に向けて手を合わせて謝る姿に怒ることはもちろん、話の続きさえ言えない雰囲気になってしまい、僕たちは口を閉じた。
「もしかしてもう走る順番とか決めちゃった?」
「いやまだ」
「それなら良かった。少しやってみたいことがあってさ」
南野はそう言うと、一枚の白紙を僕の机の上に置いた。白紙の左端の幾つかの穴が破られたようになっているため、リングノートの一枚を破って持ってきたのだろう。
そこに南野がその白紙に南野、村田、木山、僕の順で書いていき、上から順に一から四までの数字を振り分けた。
南野が書き終える前に僕はこれが何を現しているのか察することができた。
「これが俺からの提案なんだけど、走る順番を体力テストの短距離走が速い順にするのはどうかな。これが体育祭のリレーで勝つためには一般的らしい」
「なんでだ?」
木山の問いかけに南野が小さく笑みを浮かべていた。待っていた質問なのだろう。
「どうやら人を後ろから抜かすのってかなり力が必要らしいんだ。去年のクラスで一緒に選抜リレーに出た陸上部の大川が言っていた」
そうなのかー、と村田が唸ると、じっくりと机に置かれた紙を見ていた。
一走が南野良哉、二走が村田康介、三走が木山雅人、そして四走が藤田大智。クラスで中心的な人物ではなく僕が四走というのには違和感があった。
「他に意見が無ければ、この順番で行きたいんだけどどうかな」
反論は出なかった。本当なら僕は反論したかったが、効果的な言葉も思いつかなかったため、仕方なく受け入れることにした。
じゃあ決まりだね、と南野が言うと、走順が書かれた紙を小さく折り畳んで体育着のポケットに仕舞いこんだ。
「じゃあ、早速この順番で走ってみようか」
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