前だけ
鈴木 正秋
プロローグ
ドンドンと心臓の音が鳴り響く。
今までに感じたことがない胸の高鳴りにどこか落ち着かない。さっき何度も確認した靴紐と三走者目が過ぎたら僕が走り出す目印をもう一度確認してしまっている。
僕は緊張しているのか。
手には脂汗がたっぷりと滲み出ている。
周りの声援も遠くに感じる。
頭の上から照らす九月の太陽が僕の体力を少しずつ奪っていく。
この間まで体育祭の種目決めにすらほとんど参加せず、ぼんやりと窓から外の景色を眺め、積極性がない人物だったはずなのに僕はどうしてしまったのだろう。
そんなことを思っていると、クラスメイトたちの歓声を僕の耳が捉えた。思わず顔を上げると、二走目の村田康介が三年生の応援席の目の前で他のクラスの二走者を抜いていた。
僕たちの中学の体育祭では、校庭の二百メートルのトラックを主に活用して競技を行っていく。そのため、体育祭の最終種目の選抜リレーは一人半周する必要がある。
村田は先頭走者に躍り出たまま、三走者目の木山雅人に赤色のバトンを渡した。
「行け―、雅人」
村田はコースから外れた後、拳を振り上げて叫んでいた。その声援を背中から抜けたからか、木山はぐんぐんと加速していく。バスケ部を引退してから数か月経っているはずなのに、走りのフォームからは衰えを感じさせない。
だが、木山の後ろには陸上部に所属していた他のクラスの三走者目がぴったりとくっ付いている。青色のバトンを持っているため、おそらく三年三組の生徒だ。
僕はちらりと横にいる青色のタスキを肩にかけている生徒をちらりと見た。三組の四走者目は陸上部で一番短距離が速いと言われている生徒だったはずだ。確か名前は大川純也だったか。
大川は僕の視線に気が付き、こちらに視線を向けてきたが、これから真剣勝負をする人間と会話するのは気まずいため、僕は視線を逸らした。
僕と大川が「用意ドン」で競争したとしても、おそらく十戦十敗で僕が大敗することだろう。しかし、これはリレーだ。何度も練習をしてきたバトンパスで差を付けてやる。
僕は胸に手を当てて深呼吸をすると、一番内側のコースに陣取った。左足を前に出して前傾姿勢になる。そして、後ろに顔だけ向けて、木山が目印を越えるのを待った。
もう声援も、肌を焼く太陽の光も、自分の心臓の音さえも今の僕には関係ない。木山が目印を越える瞬間だけを視覚が捉えたら、走り出すということだけを考えていればいい。
あとは何度も練習を重ねたバトンパスやゴールテープまでの約八百メートルをこなすだけだ。
木山が一位のままカーブを曲がり切り、直線に入る。そして、何かを考えている暇もなく、木山は目印を越えたところを僕の視覚が捉え、体のエンジンを最大限吹かし走り始めた。
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