第22話 「入隊試験2」を満喫しようと思います


 レアデルたち指揮官に続き、参加者たちは静かに山道を歩いていく。その足が止まることはなく、10分以上は歩いている。


(どこへ向かっているんだろう...試験会場ではないのか?)


 アバウトはふと疑問に思った。エレナに目を向けると、さぁ?と首を傾げた。


 そのとき、指揮官の中で一番後ろを歩いていたフィレに、1人の参加者が襲い掛かった。その男は斧のような武器を振りかぶり、「死ね~!」と叫びながら彼女の急所をめがけて振り下ろしたのだ。


 ところがフィレは振り向きざま、片手でその斧を軽々と受け止めた。よく見てみると、その手は薄い霊力で強化されている。男は驚き、一度斧を引こうとするが、フィレに掴まれた刃先はびくともしなかった。


「いい着眼点だ、アクス。彼の行動の通り、試験はすでに始まっている。固定観念にとらわれず相手のスキを突くのも、守護者としての重要な素質だ。まあ、口が悪いのはマイナス点だがな」


 男は自身の敗北を認め、レアデルに聞こえないようにチッと舌打ちをした。

 その合図で、アバウトたちの入隊試験が幕を開けた...というよりは、すでに始まっていたのだが。


 それからはもうハチャメチャのぐちゃぐちゃになる...と思われたが、突然目の前から指揮官4人とシスタンが姿を消し、同時に参加者全員は木々に縛り付けられていた。

 残り時間はすでに50分を切っている。おまけにこのだだっ広い山が試験会場。範囲も指定されていないので、まずはこの拘束をほどき、指揮官1人をなるべく早く探すことだ。


「このままだとあいつだけが合格になるぞ!...いや、あいつも受かるとは限らねえな。何しろ口が悪いからな!な!」

「あんたやっぱうるさいわ~。さっさとこれほどきゃええやんか!」


 同じ木に縛られていた男女が言う。しかし、アバウトも試しては見たものの、力づくでほどいたり切れたりするものではなかった。アバウトとエレナもまた1つの木に拘束されており、すぐ隣にいるエレナにアバウトは小声で聞いてみた。


「これ外れそうか?霊力と魔力が合わさってできてるよな、これ」

「そ、そうなの?魔力には気付かなかった...」


 元魔王のアバウトだからこそ気付いたものかもしれない。今は自分で魔力を制御することができないが、周りにある魔力を感知することはできる。リリスと対面したときと同じように、封印された魔力が一斉に騒ぎ出すのだ。


 ほかの参加者たちは、自身の霊力を込めた武器で何度も切断や解除を試みている。しかし、微かに傷がつく程度の攻撃にしかならなかった。近くで縛られていたセリーヌとメリッサも、

「ねえ、これ硬すぎない?」

「そうね。ウチらの霊力だけじゃ難しそ...」

と意気消沈している。


 その言葉が耳に入り、アバウトは閃いた。


「誰か!魔力操れる人いますか!?」


「魔力ぅー?なんでそんなもんが必要なんだぁ!?」

 フィレに攻撃を仕掛けた口の悪い男が言う。


「必要だから必要なんです!誰かいますか!?」


 数秒の沈黙が走った。

(やっぱりいないか...今ごろ魔力を使う人なんてそうそう、ね...)


「あ、あの...わたしでよければ!」

 アバウトの木の2本となりにいた女の子は、意を決したようにピンッと手を挙げた。

「わたし、逆にほとんど魔力しか使えなくて...活躍できるかどうか、なんですけど」

「ああ、大丈夫だ!オレに魔力をぶつけてくれ!」



 場は一瞬にして静まり返った。

「何言ってんだぁ?」

 口の悪い男が言う。


「オレは魔力に耐性があるから、もうジャンジャンかけちゃってくれ...理由は言えないけど。でもエレナには当てないでくれるかな?」

「それなら、できるけど...」

「よしっ!それじゃ、動くなよ。セリーヌ!」

「...はっ!?ウチ?」

「頼む、あ、えと、名前...」

「リリィ」

「そう!頼む、リリィ!」

「ちょっ、なんでウチ!?」

「絶対動くなよ!死ぬぞ!」

「は、はい!」


 そしてアバウトの身体はリリィにより放たれた漆黒の魔力に包まれた。


 その瞬間。

 再びアバウトの中の魔力が激しく騒ぎ出し、気分は最高に高揚した。

「ははっ、最高の気分だァ」

 アバウトの目は青黒く光った。その形相はまるで、300年以上前エリア0に封印された、全盛期の魔王のようであった。そしてアバウトは、可動範囲ギリギリまで右足を引き、瞬時に振りぬいた。アバウトの右足と言えば、そう。


 溜まりに溜まった霊力である。


 次の瞬間には、セリーヌとメリッサを縛っていたものが木ごときれいに切断されていて、縛られていた2人の身体は自由になっていた。

「え、嘘...」

「もしかして...セルでも見えなかった...?」


 昨日の紅茶サイダーはいとも簡単にキャッチしていたセリーヌでさえ、今回の斬撃は目で追うことが出来なかった。そしてさらに、2人にかすり傷すら付けないこのコントロール。


 この神の御業ともいえる技術をいつの間にアバウトは身につけていたのか。それとも...。


「アバウト、アバウト!!」


 エレナはアバウトの名を必死に呼んだ。アバウトは気を失っていたのだ。

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