第20話 「前夜」を満喫しようと思います
アバウトの嫌な予感はまた的中した。
男湯なのに、リリスがいた。
「え、ちょっ...!あ、アバウト、なんでこんなところに...!」
(それはこっちのセリフだよ!)
と言いたいところではあったのだが、さっきはったりでこちらのほうが強いと思わせた以上、落ち着いて平然とした態度をとる方が得策だろうと思い、アバウトは声のトーンを下げて言った。
「男湯に男が入って何が悪い。オレの気持ちいい入浴時間を邪魔するつもりか」
作戦は成功したようで、リリスは明らかに動揺している。
「だ、だって、女湯にはアバウトと一緒にいた女の子が入って来たし...。ほんとはあの子も強いんでしょ...?」
エレナのことだろう。いいほうに勘違いをしてくれていて助かる。
「ああ、あいつはオレに匹敵する力を持っている」
「くっ、やっぱり...」
アバウトとしてははったりであったことをバレたくないので、できれば早くここから彼女を追いだしたいのだが...。
「アバウト様、お詫びとしてマッサージを...させてください」
リリスの態度が急に改まった。
その口調は、魔王アバウトの配下としての彼女の振る舞いと同じだった。
「いやいや、それはいいよ!リリスも長く入ってるとのぼせちゃうでしょ、今日はもういいから、帰ってゆっくり寝な!」
「いえ、私は大丈夫です。昔から、フォロがいない間は私がアバウト様のお世話をしていたではないですか」
「え、あ、でも...」
アバウトは困惑した。さらにそのとき、
「ねえ、アビー。そっちに誰かいるの?まさか女の子!?」
と隣から聞こえてきた。
「い、いやいや!そんなはずは」
「あとで話たっぷり聞かせてもらうからね」
「...はい」
アバウトが風呂から出たあとに待ち受けるのが、地獄のような時間ではないことを祈るばかりである。
辺りには静寂が訪れ、やがてリリスは小声で言った。
「さあ、寝そべってください」
アバウトはとうとう断ることが出来なかった。
思う存分アバウトにマッサージを施したリリスは、帰り際に「別に、連れ戻すのを諦めたわけではありませんから」とアバウトに残していった。いつか実力がバレてしまう前に、本当に強くならなければ。
風呂上がり。
先ほどセルとメルと呼ばれていた女性にすれ違った通路を通り、見えてきた休憩室には、まだその2人がいた。
「ねえセル~、明日ってどんな試験だったっけ...お、さっきの子」
2人は「よっ」と手を振ってきた。アバウトも軽くお辞儀をする。
「今年も内容は公表されてないらしいね。噂によると試験は一種類だけだって」
「試験って、明日の入隊試験ですか?」
アバウトがそう言うと2人は驚いた顔をした。
「そうそう!もしかして君も参加するの?っていうか、名前聞いてもいいかな。あ、ウチはメリッサ。で、こっちがセリーヌね」
メル、セルとお互いに呼んでいた2人はそう名のった。
「アバウトです、どうも」
そしてアバウトは2人から、試験についての話を聞いた。とはいってもやはり十分な情報はなく、詳細については分からなかった。
そして、背後から強烈な負の感情の気配がした。
「あ。アビーくんだ。なんかすっごく楽しそうにお話してるね。いいね。」
風呂から上がってきたエレナがいた。にこやかな表情とは裏腹に、言葉の端々から殺意を感じられる。
「あ、いや...これはその...」
エレナは言葉に詰まるアバウトの隣にグイっと座り、胸をアバウトの腕に寄せた。
「初めまして~、あたしエレナです。アバウト大好きです!」
「そう、みたいだねー。あはは...」
メリッサとセリーヌは反応に困っているようだ。
気を取り直し、やがてセリーヌは尋ねた。
「ところで、アバウトたちはどこ出身なの?」
「オレは...ノワール出身です」
実際の出身地はエリシアの西側に隣接する国アヴァロニアのエリア0であるが、それを言うべきではないと思ったのでとっさに嘘をついた。
「あ、そう、なんだ...」
途端に彼女たちの態度が変わった。それを見てアバウトは思い出した。
(そういえば、ノワールの人たちは他の区から下に見られる風潮があるって、前にセレナさんが言っていたような...)
「メル、そろそろ行こっか」
「そうだね。じゃあね、アバウトとエレナ」
そう言ってセリーヌとメリッサは部屋へ戻っていった。
「なんかいやな感じ」
エレナの漏らした言葉に、そうだね、とアバウトも続く。
「っていうかエレナ、バスローブ似合ってるね」
「...!そうやって突然言ってくるんだから~、もう」
アバウトは微笑み、照れているエレナの手を取り「部屋戻ろっか」と言って立ち上がった。
そして明日はいよいよ、守護者入隊試験がある。
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