第16話 「デート!」を満喫しようと思います


 その後もフォロの戦いは続いた。

 しかし、最後までフォロから一本を取ることはできなかった。


 アバウト、エレナ、フォロの3人はスタン爺のところへ集まった。


「それじゃ、フォロの講評を聞こうかのう」

「はい。結論から申し上げますと、私はかすり傷一つ負いませんでした」

「...はい」「...はい」


 フォロの言葉に、アバウトとエレナはうつむきながら返事をした。そんな3人を見て、「ふぉっふぉっふぉ、辛口じゃのう、フォロは」とスタン爺が笑った。


「しかし、明日の試験には参加していただきます」

「...え?」「...え?」


 再びアバウトとエレナの返事が被った。そしてエレナは質問する。

「え、でも、フォロに攻撃をあてないと参加できないって...」

「おふたりは私へ攻撃をあてましたよ」


(攻撃をあてた?いつだろう)


 そしてフォロは続けた。

「愛の力による攻撃です。私は幸せそうなお二人を見て、完全に心がやられましたので」

(...何を言ってるんだこいつは?)


 アバウトは、まじめに考えた自分が馬鹿だと思った。


「まじめな話、アバウト様もエレナ様も着実に力をつけてきています。連携は完璧と言ってもいいほどです。おふたりとも、問題なく守護者になれると存じます」


 最強メイドの褒め言葉には、2人は素直に喜ぶほかなかった。


「ふたりとも、1か月間お疲れ様」

 スタン爺はそう言い、やさしく微笑んだ。




「アビー、デートしよ!」


 その日の夜。

 アバウトはエレナと出会ってから今まで、ほとんどの時間を共にしてきた。そんな中での、エレナからのお誘いであった。


「で、デート!?」

「アエスに行くの」

「ちょ、待てい待てい、デートって———」

「アエスの人たちはすっごく親切で~、海もすっごくきれいで~」

「いや聞けい」

「ご飯がとってもおいしいの~」

「...はあ」


 自分の世界に入ってしまったエレナには、アバウトの声は届かない。そしてエレナは上目遣いで...

「2人で行かない?」

「行きます」

「やった!」


 そんなエレナの提案に断る理由もなく、アバウトは賛成した。


「で、アエスってどこにあるの?」

「アエスはエリシア北部、カイ海に面する湾岸都市でござる~」

「カイ海...なんだその名前―!」

「ほんとにいい場所なんだってばー!」


 明日は日曜日、試験前日。訓練もお休みの日である。




 翌朝、アバウトはエレナとの待ち合わせ場所へ向かった。アバウトが部屋を出るとき、フォロは「私は空気を読める偉い子です。だからお留守番しています...」と少し寂しそうに言っていた。アバウトはその直後、いつもどおり朝のランニングを終えたノーティと廊下ですれ違ったが、その時はどちらも口を開かなかった。


 集合場所へ到着したときには、すでにエレナが待っていた。普段から着こなし上手な彼女であったが、今日のエレナはひと味違った。夏の日にぴったりなノースリーブのワンピースに、涼しげなサンダルを履いている。くびれたウエストと長く伸びる手足から、スタイルの良さが全開ながらもさりげなく醸し出されており、元気さを象徴する麦わら帽子にはちょこんとひまわりのマスコットがくっついている。


 そんな彼女を一目見てしまったアバウトは、今さらながらも己の抱く彼女への恋心に気付いたのだった。


「おはよう、アビー!」


 彼女に見入ってしまったアバウトは、つい挨拶を忘れていたようだ。

「あ、おはよう!お待たせ」

「いいよ。行こっか!」


 そしてエレナはごく自然に、出ていたアバウトの半ズボンのポケットをしまった。それとほぼ同時にアバウトは、エレナの逆の手を取った。


「デート、なんでしょ」

 アバウトは少し照れながら言う。


 いつもならそんなことはしないはずの彼が、積極的に手をつないできた。いや、たまにこうやって仕掛けてくるのだ。そのたびにエレナはドキドキしながらも、その喜びは全力で抑えている。



 大都市アエスの中心、アエスシティ。壮大な海を眺めるこの街まで、ノワールから電車で1本で行くことができる。1時間半ほど海沿いを進めば、見えてくるのはアエスシティのシンボル、アエス灯台である。日が出ているうちはその力を隠し、夜が来れば海を照らす光となるのだ。


「ここがアエスシティ...!都市としての格がまるで違うな」


 最大のターミナル駅から一歩外へ出れば、同じエリシアの都市とは思えないほど発展した街並みが2人を歓迎した。人の多さ、建物の高さ、西洋風のゴージャス感。アバウトは感じたことのない圧迫感に動揺しつつも、目の前に広がる異国のような世界に興奮していた。


「大都会って感じだよね。一度はここに住んでみたいな...誰かさんと一緒に」

 エレナの言葉にアバウトは赤くなった。


 2人がこの街に惹かれている理由はこれだけではない。立ち並ぶ建物の波のさらに奥にあるのは、本物の波だった。耳をすませば、人々の生活音の中にときおり波の音が混じっているのがわかる。


「行ってみようよ、アビー」


 今度はエレナがアバウトの手を取り、そして海へ向かった。

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