第14話 「成長」を満喫しようと思います
それから数日が経つ。本日も夜の特訓である。
1割の霊力を手先1点に集中させることができてきたアバウトは、普段の練習においてエレナと同様に下級武具を握らせてもらえるようになっていた。あとは、多くの経験を積み戦いに慣れることと、霊力を成長させることが重要となる。
そしてそんなアバウトの目の前には、下級武具“光焔砲”をこちらに向けたエレナが立っている。
「今日からは実践だよ。アビーはその閃華砲を使って、あたしに一撃を入れるの。もしそれができたら、あなたの言うことを1つ聞いてあげる」
「え、でももし本当に当たっちゃったら...」
「心配いらなーい!まだあたしアビーより強いからぁ~」
そういうとエレナは構えた。アバウトも閃華砲を手に持ち、まっすぐエレナへ視線を向ける。
「行くぞエレナ!」
「おう!」
そしてアバウトが閃華砲を撃ち込んだのは、エレナがいる場所とはかなりずれた方向だった。エレナはその軌道を目で追う。
「ちょいちょい、あたしはそっちじゃな———」
次の瞬間にアバウトは、エレナの目の前にいた。
(よしっ、もらった...!)
ところがアバウトの視界は途端に真っ白になり、すぐに平衡感覚を失った。その数秒後、アバウトは自身が地面に倒れていることに気付いた。セレナは腰に手をあて、アバウトの顔を覗き込む。
「わー、危なかった!相手の意識を逸らすなんて、アビーくん、やるね~」
「エレナもよく反応したね。まさかやられるとは思わなかったよ」
アバウトはあおむけに姿勢を直す。視界いっぱいに広がるのは、美しい星空だった。
「よいしょっ、と」
星々を見つめるアバウトの隣に、同じようにエレナはあおむけに寝転がった。
「光と闇だけの世界。なんだかアビーみたい」
「そうか?」
「そうだよ。魔王として生きてきて、今はその逆の立場。私たちが出会う前から、あなたは空から見守ってくれてたんだね」
アバウトはその言葉を聞いて照れ臭くなり、「別に、見守ってなんかねーし」と言いながらエレナへ背中を向けた。本当に見守っていなかったのだからしょうがない。
数秒間の沈黙が流れた。かすかに聞こえるのは遠くを走る川の水の音のみ。
「アビーは...強くなりたい?」
彼女の問いに、「ああ、できればこの魔力を頼らずに」と答える。
「そっか」
そしてエレナは、後ろからぎゅっと彼を抱きしめた。
「ちょ———」
「霊力は人とのつながりで育つんだよ。だから...仕方なく」
辺りはほとんど真っ暗だが、薄明るいライトの下でエレナは顔を赤くしていた。
「エ、エレナ?」
「こっち見んじゃねえ...これ撃ち込むぞ」
唐突なドスのきいた声でエレナは言った。
「はいすんませんでした!」
「わかればよろしいのだ~」
エレナの声のトーンはいつものように明るく戻った。そんなエレナのふるまいにアバウトはほっとしつつ、気分が高揚する感覚を覚えた。
「これは...!」
人肌と触れ合う感触、人に抱きしめられる感触。さらにその相手が深い関わりのある異性である場合。鼓動は著しく早まり、体温は上昇する。胸のあたりで生命の証が躍動している。アバウトはそのとき初めて、胸を駆け回る霊力をはっきりと感じ取った。フォロの言うとおり、それらは秘められた膨大な魔力の周りを動いていた。
アバウトは自身の胸に手をあて、その感覚を身に刻む。
「...胸が痛いの?」
エレナはアバウトの様子を見て、顔を覗き込む。
「ちゃうわ!たった今霊力感じてたの!胸のあたりをぐるぐるって...あー、どっか行っちゃった!」
霊力をはっきりと感じたのは一瞬であったようだ。しかしこの一瞬の経験が、のちのアバウトの成長に大きく関わるものになる。
「え、まじで!?すごいじゃんアビー!私だってまだはっきりとはわからないのにー」
「え、そうなの?」
「そうだよ。わからないけど何となく霊力使えてる感じ」
そういえば、とアバウトは思い出す。
(この前スタン爺が言ってたな。霊力は感じられなくても使えるけど、完全に把握して出す一撃はその比ではない...ってフィレが言ってたって)
エレナはアバウトへ尋ねる。
「ねえねえ、霊力ってどんなだったの?」
「魔力の周りを小さい何かが飛び回るというか...質量はないはずなのに重量感があって...みたいな」
「へー、いいなぁ!あたしも知りたいな、その感覚」
そしてアバウトは礼儀正しく正座をし、エレナの目をまっすぐと見る。
「な、何?」
「エレナ。エレナのおかげでオレは何か掴めた気がする。本当にありがとう。これからもまた、一緒に練習をしてほしい」
「...それって、またハグしてってこと?」
「あ、いや!そ、そういうわけじゃ...」
エレナはいたずらっぽく笑い、アバウトを見つめる。
「いいよ!喜んでお受けいたす」
エレナがお受けしたのは一緒に練習をすることかハグをすることか、はたまた別のことなのか。それを知るのは彼女だけである。
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